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二.魔法使いと共同生活

27.魔法使いとお出かけ

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 小屋に帰って、何か書いていたカデルにダァゴの体液入り瓶四本と報酬を渡す。
「ありがとう。でも、小遣いは必要性だろう?」
 報酬の方は突き返されてしまった。自由になる金を持っていないのは不便なのは事実、強く押し付けられなくてもごもごと口籠ってしまう。
「ダァゴの体液の配達料を愛久に払ったと思ってくれ」
 渋っていたら、気遣われた。配達料だとしたら、多すぎると思う。この町の相場はよくわからないけど。
「返金はお金に余裕があるときでいい」
 自分で支払いが出来ないとカデルに甘えなければならなくなり本末転倒なので、ここは素直に従った。
 変人だとか天才だとか色々言われているが、気遣いのできるところなんかよくできた人だ、見た目もエルフの血が混ざっているせいか美しいのに、なんで独り身なんだろう。一嫌いどころか、人好きで町の人たちからは好意的なのに。カデルにその気がないからなのかもしれない。人好きではあるが、恋人の対象として意識していないのか、そもそも己に恋人をつくる概念がないのか。
 ジャックが難攻不落だと言っていたのだから、おそらくそうなのだろう。
――別に、落とすつもりもないけど。

 もし、カデルに好い人が出来たのなら、邪魔しないよう愛久はここから出ていかなければならない。
 カデルに好きな人が出来たら、と考えると胸の奥がチクッとした気がして、やめた。そのときになったら、考えよう。

 夕食時になるまでには時間がある。書きものを切り上げ、カデルと一緒に魔物の森へ調査に向かったが、愛久の世界で見たことあるような植物が自生しているのを見つけたくらいで他に成果はなく、帰路についた。

 一通の手紙が魔法陣の真ん中にちょこんと現れていた。
 おもむろに手紙の内容を確認したカデルの表情が芳しくない。
「何かあったの?」
「魔物の森の管理者を名乗り出ているのだけれどね」
「カデルが?」
「そう。人が迷い込んだら危ないから。でも、何度中央に申請しても通らなくて」
 また駄目だったと肩を落とす。
 迷い込んだら出てこれない森だ、管理者が必要だろうに。中央というからには、ここから遠く離れていて危機感がないからなのだろうか。

 気を取りなし、夕食にする。食事をしながら今日起きたことを話す。
「そういえば。昼間、ダァゴの討伐依頼でルエヴェと一緒になったんだけど。魔法って詠唱なしでも発動するんだ?」
「練習しなければならないし、熟練度によるが、戦闘系は発動の早さを求められるからそうだな。威力が大きいものとなると、熟練者でも――たとえ魔法に長けたエルフでも詠唱も素材も必要になる」
「へぇ」
 魔法の発動に関しても色々あるんだな。
「魔法をもっと詳しく知りたいのなら、学校に通う必要がある」
「習っても使えないので遠慮しておきます。話変わるけど」
「なんだい?」
「カデルのお婆さんに、精霊になったお爺さんが憑いているって」
「うん、憑いているよ」
「それで、お兄さんの魂はどうなんだろうなって。この世に呼ぶとか」
 いわゆる、イタコみたいにあの世から呼び出せないだろうか。人間の死者を精霊にできるエルフならもしかしたら、と思ってきいてみた。

「いや、一度常世へ行った者は現世に帰って来られない」
「その、常世って?」
「僕がいう常世とは『常世の楽園』のことだ。死んで肉体を離れた魂は、善良な者は軽くて浮き上がるから上の世界――常世の楽園に行き、悪しき魂は重いので落ちて下の世界――地底の世へ行く。常世の楽園は豊かな世界で、その人が一番よかったときの姿で永遠に暮らせる世界で、魂が上ったとき、その魂の分だけ世界が広がるから、魂で溢れることはない」
「地底の世って?」
「悪い者たちばかりだから殺戮と奪い合いが常で、陽の光も届かなくて何もかもが貧しい世だといわれている」
 輪廻転生はしないけど、天国と地獄みたいな概念はあるのか。神様が滅んだ世界だ、救ってくれる望みもなく、永遠に地獄から這い上がられないなんて。この世界の死後の話を鵜呑みにする訳ではないが、もし、この世界で亡くなる事態が起きたとき下に落ちないようにしよう、という気にはなる。
「普通に生きていれば、地底の世へ落ちる程に重くなる魂は滅多にない」
 なんにせよ、カデルのお兄さんから直接話を聞くのは、エルフの力を借りたとしても無理だとわかった。自分たちで魔物の森を散策して、世界が繋がる出入り口を見つけなければならないのか。
 それから七日、毎日森を歩き回ったがなんの手掛かりもない。

 成果といえば、カデルの説得に成功してお婆さんたちから差し入れを直接手渡し可能になった。お婆さんたち、喜んでたな。
 それと、愛久は職業斡旋ギルドにも登録して、空き時間にベビーシッターを引き受けて小遣いを稼ぐようになった。……なにせ魔物も少ない田舎なもので、傭兵の仕事が乏しい。
 体力が底なしの子供たちの遊び相手になるのは大変だが、無邪気な笑顔に元気を貰っている。元の世界へ帰る出入り口を見つけられず沈みかけた心を癒やしてくれた。

 あと、成果といえば。
 カデルのパン作りの腕がみるみる上達した。あの黒焦げの一件でも、カデルは諦めなかった。
 うまく膨らまなくてカチカチだったり、生焼けだったりしたが、パン屋を継ぐ為に実家で修行している妹が居るらしく、例の魔法陣で手紙のやり取りをしながらパンを焼き続けていた。一度火がつけば熱心になるのは、研究者の性なのだらう。
 最終的に、有名店で買ったみたいなバゲットが出てくるようになった。パン屋の息子、こだわりの逸品だ。最初の火山弾を全く想像させない。

 ふわふわのパンもいいが、香ばしく焼き上げられたバゲットは、かみしめる度に小麦のいい香りがしていくらでも食べられてしまう。朝起きると、パンの焼けるにおいに包まれ、パリッと焼き立てバゲットを頬張れる毎朝に、幸せを感じていた。
「プロ並みだよ。店出せるんじゃない?」
「売るほどパンを仕込む体力はないよ」
「そこは、魔法で」
「魔法だと風味や食感が変わってきてしまうんだ。やっぱり、手作業で作る意味がある」
「そっか。以前、カデルがパン屋になるのが夢って言ってたから」
「フフ、ウチのパンの味を気に入ってくれて嬉しい。僕はアイク専用のパン屋になる」
 一生食べていたい、なんて、カデルを落とすつもりはないと前に思った愛久だが、落とされるのは愛久の方だった。このパンの味に惚れたカデルのお婆さんの気持ちがわかってしまった。

 チリンと涼やかなベルの音が響き、魔法陣に一通の手紙が浮かび上がる。
 食事を中断し、カデルが取りに行った。
「お姉さん?」
「いや、学校からだ。僕は王立クローヴィス総合魔法学校の研究所に所属していてね」
 学生ではなく、学校内にある魔法研究所に所属しているのだという。
「カデルは教授だった……?」
「いや、准教授だ」
「二四だよね!?」
 若くして准教授という肩書きにびっくりした。研究者というから、ここで個人的にしているのだとばかり。

「たまには学校へ来て教鞭をとりなさい、っていう内容だと思う……あ、やっぱり」
 給料と研究資金を学校から貰っているのなら、求められる役目をこなさなきゃならない。
「今日準備をして、明日から出掛けよう。アイク、一緒に来てくれないか」
「もちろん。護衛をするよ」
「それもあるが、異世界から来たと言った人が居た、という記述のあった歴史書が学校の書庫にあるんだ。もしかしたら、手掛かりが見つかるかもしれない。あとは、僕が学生時代過ごした町を愛久を案内したいんだ」
 仕事と調べ物と遊びが全部揃っていた。案外、ちゃっかり者だ。

 次の日、旅の装いで小屋を出る。異世界だから徒歩で行くのだろうか。乗馬の経験は生まれて一度もないのだから、旅ができるとは思えない。
「この馬車で行くんだ」
「馬車……?」
 カデルが馬車と言って用意したのを最初に見た印象は、なんとなくリアカーに似ていた。しかし、愛久が知ってるリアカーとはかなり異なる。引き手が付いていないし、車輪もない、座るためのベンチが向かい合わせに備え付けられた、蓋のない大きな木箱に、丸太でできた八本の脚が付いている、高床式の何かである。
 車輪がなくて、どうやって動くのだろうか。
「先に乗って待ってて」
――乗る? これに?
 困惑しつつ、踏み台を使い箱の中に入ってベンチに座った。背負った斧が背中に当たって痛いし邪魔だったので、旅のわりには少ない荷物の隣に下ろす。

 カデルは小屋の周りに木の杭を刺しだした。木の杭同士は縄で繋がっていて、それで小屋をグルっと囲う。ついでに、何かの灰か調合した薬品なのかわからない粉も撒いていた。
 着ている白いローブの内ポケットから葉っぱが三枚ついた灰色の木の枝――カデルが杖と呼んでいたものを取り出す。
 呪文を唱えると、それは成長した。柄が伸び、地面につくとカデルの腰ほどの高さがあり、杖らしくなった。
――本当に杖だったんだな。
 愛久が関心している間にも、作業は進む。

 刺した杭の側に杖で線を引き、小屋をぐるりと一周。できた溝に小瓶の液体を流す。小瓶の中身では明らかに溝の全てを埋めるには足りないだろうに、それが何故か線の溝一周分を満たしてしまった。
 何が始まるのか、何をする気なのだろうか、少しだけワクワクしながら見守る。

 カデルが呪文を唱えると、薬品を流した溝が光りだした。
「えっ」
 思わず声が出た。刺した杭と囲う縄を残し、愛久の目の前で小屋が消えた。
 小屋のあった場所――杭で囲われた内側は、肩の高さくらいの深さで四角く綺麗に抉れている。

 残った縄付き杭を魔法で回収し、カデルが馬車と呼んだ木箱に積み込み、本人も乗り込む。
「じゃあ、行こうか」
「わっ?!」
 カデルがまた呪文を唱えると、木箱が歩き出した。後ろを見れば、踏み台もトコトコとついてきていて、親の後を追うカルガモの雛を彷彿とさせ、なんか可愛い。何の変哲もない木製の踏み台を可愛いと思ったのは初めてだ。

 小屋が消え、木箱が歩く、初めての旅立ちは初っ端から不思議な力を目の当たりにし、これからどうなるのだろうかと不安と期待でドキドキする。生き物の気配がしない森が、ざあっと鳴り、風が愛久の髪を撫でていった。
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