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二.魔法使いと共同生活
26.初仕事
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カデルは作業をするからと小屋に残り、愛久は昨日受けた依頼へ向かう。果樹園を食い荒らす魔物退治だ。
魔物といっても、でかいイモ虫で動きが遅い。狩りすぎを防ぐ為に一人五匹までという制約付き。果樹への被害は少なくしたいが、素材にもなるから根絶やしにはしたくないという、共生のかたちだ。
今回、ダァゴ退治に参加した傭兵は愛久を含めて三人。ダァゴ十五匹が目標だ。多いのか少ないのか……。
一人、見知った人物が居て愛久は驚く。鮮烈な赤の猫の獣人は、一度見たら忘れない。カデルが学友だといった、ルエヴェだ。こちらとは距離をとっていた。
「俺、マルタンっていうんだ、今日はよろしく」
二十代後半の見た目をした、旅人風の格好をしたこちらの男は気さくに愛久に話しかけてきた。
「よろしく」
「おう。その斧、木こり斧だろ? さっきから気になってたんだけど、ちょっと見せてくれないか」
背中に背負っていた斧を、手にして掲げて見せた。そのとき、愛久は気づいた。部屋の中ではわからなかったけど、黒い鉄の中や木製の持ち手に、光の加減によって金と銀の紋様が見える。黒い石を光にかざして動かすと、中で輝石がキラキラ輝く様子に似ていた。
マルタンが目を見開き、鼻が斧にくっつきそうなほど近づけたのち、吹き出し、腹を抱えて笑いだした。
「あはは! スゲェ! ヤベェ! あははは!」
スゲェ! ヤベェ! をひたすら繰り返してゲラゲラ笑う。愛久にはマルタンのツボのどこに入ったのかわからず、きょとんとするばかり。
「ただの木こり斧が……! ヒィヒヒヒィ、腹痛い! 息できねぇ!」
「何かおかしい?」
「おかしいもなにも、なぁ?」
マルタンがルエヴェに振ると、猫獣人の猫の眉間にシワが思いっきりよって嫌そうな表情をした。
「アイツの小屋の側に居たから、大方、あの変人魔法使いの仕業だろ」
すれ違ったのを覚えていたようだ。
「変人魔法使い?」マルタンが笑いを収めて訊ねた。
「カデル・フゥニィ」
「魔法使いのカデル……って。あの、天才魔法使いか! エルフの孫っていう!」
「有名?」
「有名も有名!」
この田舎の町から出たことがない愛久だ、カデルがの名前や出生が世間的に知られるほど有名なのかと、ちょっと驚く。
「天才魔法使いカデルはこの国の……いや、全人類を救った!」
興奮したマルタンにがっしり両肩を掴まれ、勢いに気圧される。
「大袈裟だ」
ルエヴェの顔は益々渋いものになっていた。
「大袈裟なもんか」
「カデルは、具体的に何をしたの?」
「お前、知らねぇのか」
「すみません、教えてください」
「しょうがねぇな、教えてやろう。魔法使いカデルの偉業……それは……」
「それは?」
「それはな……魔法薬を美味しくした」
勿体ぶって教えてくれたわりには、内容がショボい。
「『それだけ?』とか思ってんだろ? 魔法薬が美味しくなったのは、凄いことなんだぞ」
「そうなんだ?」
「『飲んだら余計に体調が悪くなる』だとか『魔法薬を飲むくらいなら死んだ方がマシ』だとか言われてて、臭いだけで吐くし、口にした途端嘔吐するし、吐いたら飲んだ意味ないから無理矢理流し込まれてた、クソ不味い魔法薬が一般常識だったのを、まるっと変えた。ヤツは人類を救った!!」
「な、なるほど」
不味すぎて飲めない魔法薬を飲めずに居た人にも美味しく飲めるようにしたのは、人類を救ったとも言えなくないのか?
「お前、さては以前の魔法薬を知らねぇ世代別か」
「昨日、傭兵ギルドに登録したばかりなもので」
「じゃあ、しょうがねぇな」
ニッカリ白い歯を見せるマルタンは、圧は強いけど、いい先輩なのかもしれない。
「しっかし、その斧だよ。ただの木こり斧だろ?」
「重くて使いにくいからって、本業の人に貰ったので」
「だろ? なのに、スゲェよな。天才と変人は紙一重つーか」
「これ、そんなに凄いんですか」
「おう。だって、ただの木こり斧にオリハルコンとミスリル組み込もうなんて、普通考えねぇよ。土台ももっといい武器にするだろ、そんな高価な鉱石入れるんだからさ」
詳しくないけど、聞いたことはある。ファンタジーでお馴染み、高価な素材で、いい武器の材料になるやつだ。
「しかもそれ、組み込んでる魔法も凝りすぎてて買えるヤツじゃねぇ。売るなら採算合わねぇよ。普通、素材ですら、手に入らないだろ」
愛久にはゴミみたいな素材ばかりに見えたけど、貴重なものだったらしい。
あれだ、趣味でラーメン作ると材料費がやたら高くて商売には向かない極上ラーメンが出来上がる現象と同じ。
そんなに貴重なもの貰ってもいいのだろうか。カデルがこの木こり斧を使うところは想像できないけど。
話しながら果樹を歩く。ルエヴェは終始距離をとっていた。カデルと知り合いだとわかったから警戒しているのだろうと愛久からも話しかけない。藪をつついてもトラブルになるだけ、様子をみるつもりだ。
「おっ、いた」
真っ白な巨大イモ虫が一匹、地面を這い、頭上の果実を狙い木に登ろうとしていた。大きさは、目視で大体二メートル。白いむちむちボディー、ヘルメットみたいな硬そうな茶色い頭に、頑丈そうな牙が生えている。形はカブトムシの幼虫より、アゲハチョウの終齢に似ている。
「成長したら蝶になる?」
「いや、あれで成虫」
ダァゴはずっとイモ虫のままらしい。
ざっと見回すと、三匹程度居た。
「ダァゴの糸も回収したいから、即倒すのはよくないんだっけ」
依頼用紙に書いてあった内容を思い出す。
「ある程度近づけば、糸を吐いて攻撃してくっから。じゃあ、俺はあっちの折れそうな細い枝に乗ってるヤツやるわ。猫獣人、お前はあっち――って、おい!」
ルエヴェは軽く跳躍し、果樹に飛び乗る。すると、頭上から白い糸の束が勢いよく噴射され、愛久は間一髪避けた。――上にも居たんだ!
枝に飛び乗り、枝をしならせてジャンプする。枝に乗っていたダァゴが落ちてきた。
ベタッと落ちた巨大イモ虫は、愛久たちに目もくれず、ルエヴェを敵と認識して糸を飛ばす。それを身軽にひょいひょいと避けるルエヴェは、正しく猫だ。
すごい、本物の魔物との戦闘だ……!
初めて目の当たりにする戦闘に感動して魅入っているうち、白いイモ虫が吐く糸の量が少なくなってきた。――と感じた瞬間、光景が陽炎のように歪み熱風がふわっと吹き抜け、ダァゴの首が飛んだ。
「わっ!?」
ダァゴの首から透明な体液が飛び散り、愛久の顔に掛かって口にちょっと入った。フルーティーな味がした。浄化の宝珠を持っていれば、魔物からの瘴気の影響を受けないから、瘴気は大丈夫なのだけれど。
――あれ? これ知ってるな。
カデルが、栄養剤と言って飲ませてくれたフルーツ牛乳味の魔法薬に似ている。けど、違うと思いたい。いや、でも、似ているというか、そのままの風味というか、そういや魔法薬の材料になるとか……いや、聞かないでおこう。知らぬが仏だ。
マルタンがヒュウと口笛を吹く。
「熱風の刃か。武器持ってねぇと思ったら、魔法使いだったんだな」
ルエヴェは熱風の刃で残された糸を切り、ダァゴの亡骸と一緒に手際よく回収し、次のイモ虫に向かって行った。
「あれはほっといた方がいいな。俺たちは俺たちでやるか」
「はい、よろしくお願いします」「さっきの猫獣人みたいに、ダァゴの周りを走り回って、ある程度糸を吐き出させたら狩る。アイク、初めてだろ? やってみろよ。サポートするから」
どうやらこのマルタンも世話焼きらしい。初心者にレクチャーしてくれる、先輩の立ち位置だ。
マルタンは腰に差していた剣を抜く。
愛久は斧を構え、前に出て地面を張っているイモ虫に近づいた。
「わっ!?」
糸が一直線に向かってきて、身を交わす。イノブタ――じゃなかった、豚の突進を散々避けたのだから、避けることに関しては自信があった。
「おーい、イモ虫! こっちにも攻撃してこい!」
片手に剣、片手に鞘を持ち、ガンガンと打ち鳴らすマルタン。マルタンの方にも糸を吐くダァゴ。
「こっちだ!」
負けじと斧を振り回せば、愛久へ再び糸が飛ばされる。マルタンと愛久、交互に攻撃するのだから避けるのは簡単だ。
ダァゴの吐く糸の勢いも量も減ってきた。――そろそろだ。
マルタンへ向いている隙に、一気に肉薄し、茶色い頭へ斧を振り下ろす――
「待った! ソイツ、硬いから……」
時すでに遅し、勢いのついた斧は止められない。マルタンが言い終わる前に、イモ虫の頭を捉え、スパッと斬った。
「斬ったぁ!?」
斬った本人が一番驚いた。
だって、この木こり斧、重さを力に叩き斬るばかりで切れ味なんてあったものではなかったのだけれど。
――斬った、スパッと斬った。
まるで、プリンにスプーンを入れるかの如く、軽い切れ味で。
「あはは! ヤベェ! やっぱ、おかしいだろ、それ強化した魔法使い! ヤッベェ、ヤバい! 頭おかしいって! 変態かよ! 切れ味ヤベェ! あはははは!」
またツボったらしく腹を抱え、笑う。
愛久としては、まぁカデルだしな、と思いながら頭がパックリ斬られて絶命したダァゴの亡骸を回収する。この斧、丈夫なダァゴの糸もスパッと切れて便利だった。
「ダァゴは糸も身体も丈夫で、武器だけじゃ普通は斬れねぇんだ。熱には弱いから、猫獣人がやったみたいに熱を加えた攻撃か、頭の付け根なら熱がなくても斬れる……んだけど、オメェのソレは関係ねぇみてぇだ。すげぇ力技見ちまった、いやぁ~いいもん見た」
イモ虫狩りは順調に行き、お互い規定数に達した為、傭兵ギルドへ行く。ルエヴェは、早々に済ませたようでいつの間にか居なくなっていた。
「はーい、お疲れ。これ、報酬と買取額ね。アイクはちょっと待ってて」
受け付けのお姉さんに止められ、愛久だけが待たされた。そして、酒瓶に似た瓶を四本渡される。
「カデルさんの注文の品、ついでだから持ってって」
「これは?」
「ダァゴの体液」
――聞かなきゃよかった。
いや、まだ何に使うか聞いてない、聞いてない……。
瓶を抱えて傭兵ギルドを出る。
「おい」
低く剣呑な声を掛けて呼び止めたのは、ルエヴェだった。
「お前、オレがカデルに呪いを掛けたのは知っているか」
ピクッと愛久の肩が揺れ、緊張が走る。聞かないよう、関わらないようにしていたのに、向こうから近づいてくるなんて。
魔法使いに対抗できる力があるとは思えない愛久は、ルエヴェを警戒する。
「カデルに、なんの恨みが?」
「ハッ! それは本人に聞け。せいぜい、ヤツが殺されないよう警戒しておくんだな」
それだけ言って、ルエヴェは行ってしまった。
――何なんだ、単純に意地悪して青っただけか?
腑に落ちないものの、猫獣人の魔法使いの考えなんてわからない。初仕事の報酬とイモ虫の体液が入った瓶――戦利品を持って、カデルの小屋へ帰った。
魔物といっても、でかいイモ虫で動きが遅い。狩りすぎを防ぐ為に一人五匹までという制約付き。果樹への被害は少なくしたいが、素材にもなるから根絶やしにはしたくないという、共生のかたちだ。
今回、ダァゴ退治に参加した傭兵は愛久を含めて三人。ダァゴ十五匹が目標だ。多いのか少ないのか……。
一人、見知った人物が居て愛久は驚く。鮮烈な赤の猫の獣人は、一度見たら忘れない。カデルが学友だといった、ルエヴェだ。こちらとは距離をとっていた。
「俺、マルタンっていうんだ、今日はよろしく」
二十代後半の見た目をした、旅人風の格好をしたこちらの男は気さくに愛久に話しかけてきた。
「よろしく」
「おう。その斧、木こり斧だろ? さっきから気になってたんだけど、ちょっと見せてくれないか」
背中に背負っていた斧を、手にして掲げて見せた。そのとき、愛久は気づいた。部屋の中ではわからなかったけど、黒い鉄の中や木製の持ち手に、光の加減によって金と銀の紋様が見える。黒い石を光にかざして動かすと、中で輝石がキラキラ輝く様子に似ていた。
マルタンが目を見開き、鼻が斧にくっつきそうなほど近づけたのち、吹き出し、腹を抱えて笑いだした。
「あはは! スゲェ! ヤベェ! あははは!」
スゲェ! ヤベェ! をひたすら繰り返してゲラゲラ笑う。愛久にはマルタンのツボのどこに入ったのかわからず、きょとんとするばかり。
「ただの木こり斧が……! ヒィヒヒヒィ、腹痛い! 息できねぇ!」
「何かおかしい?」
「おかしいもなにも、なぁ?」
マルタンがルエヴェに振ると、猫獣人の猫の眉間にシワが思いっきりよって嫌そうな表情をした。
「アイツの小屋の側に居たから、大方、あの変人魔法使いの仕業だろ」
すれ違ったのを覚えていたようだ。
「変人魔法使い?」マルタンが笑いを収めて訊ねた。
「カデル・フゥニィ」
「魔法使いのカデル……って。あの、天才魔法使いか! エルフの孫っていう!」
「有名?」
「有名も有名!」
この田舎の町から出たことがない愛久だ、カデルがの名前や出生が世間的に知られるほど有名なのかと、ちょっと驚く。
「天才魔法使いカデルはこの国の……いや、全人類を救った!」
興奮したマルタンにがっしり両肩を掴まれ、勢いに気圧される。
「大袈裟だ」
ルエヴェの顔は益々渋いものになっていた。
「大袈裟なもんか」
「カデルは、具体的に何をしたの?」
「お前、知らねぇのか」
「すみません、教えてください」
「しょうがねぇな、教えてやろう。魔法使いカデルの偉業……それは……」
「それは?」
「それはな……魔法薬を美味しくした」
勿体ぶって教えてくれたわりには、内容がショボい。
「『それだけ?』とか思ってんだろ? 魔法薬が美味しくなったのは、凄いことなんだぞ」
「そうなんだ?」
「『飲んだら余計に体調が悪くなる』だとか『魔法薬を飲むくらいなら死んだ方がマシ』だとか言われてて、臭いだけで吐くし、口にした途端嘔吐するし、吐いたら飲んだ意味ないから無理矢理流し込まれてた、クソ不味い魔法薬が一般常識だったのを、まるっと変えた。ヤツは人類を救った!!」
「な、なるほど」
不味すぎて飲めない魔法薬を飲めずに居た人にも美味しく飲めるようにしたのは、人類を救ったとも言えなくないのか?
「お前、さては以前の魔法薬を知らねぇ世代別か」
「昨日、傭兵ギルドに登録したばかりなもので」
「じゃあ、しょうがねぇな」
ニッカリ白い歯を見せるマルタンは、圧は強いけど、いい先輩なのかもしれない。
「しっかし、その斧だよ。ただの木こり斧だろ?」
「重くて使いにくいからって、本業の人に貰ったので」
「だろ? なのに、スゲェよな。天才と変人は紙一重つーか」
「これ、そんなに凄いんですか」
「おう。だって、ただの木こり斧にオリハルコンとミスリル組み込もうなんて、普通考えねぇよ。土台ももっといい武器にするだろ、そんな高価な鉱石入れるんだからさ」
詳しくないけど、聞いたことはある。ファンタジーでお馴染み、高価な素材で、いい武器の材料になるやつだ。
「しかもそれ、組み込んでる魔法も凝りすぎてて買えるヤツじゃねぇ。売るなら採算合わねぇよ。普通、素材ですら、手に入らないだろ」
愛久にはゴミみたいな素材ばかりに見えたけど、貴重なものだったらしい。
あれだ、趣味でラーメン作ると材料費がやたら高くて商売には向かない極上ラーメンが出来上がる現象と同じ。
そんなに貴重なもの貰ってもいいのだろうか。カデルがこの木こり斧を使うところは想像できないけど。
話しながら果樹を歩く。ルエヴェは終始距離をとっていた。カデルと知り合いだとわかったから警戒しているのだろうと愛久からも話しかけない。藪をつついてもトラブルになるだけ、様子をみるつもりだ。
「おっ、いた」
真っ白な巨大イモ虫が一匹、地面を這い、頭上の果実を狙い木に登ろうとしていた。大きさは、目視で大体二メートル。白いむちむちボディー、ヘルメットみたいな硬そうな茶色い頭に、頑丈そうな牙が生えている。形はカブトムシの幼虫より、アゲハチョウの終齢に似ている。
「成長したら蝶になる?」
「いや、あれで成虫」
ダァゴはずっとイモ虫のままらしい。
ざっと見回すと、三匹程度居た。
「ダァゴの糸も回収したいから、即倒すのはよくないんだっけ」
依頼用紙に書いてあった内容を思い出す。
「ある程度近づけば、糸を吐いて攻撃してくっから。じゃあ、俺はあっちの折れそうな細い枝に乗ってるヤツやるわ。猫獣人、お前はあっち――って、おい!」
ルエヴェは軽く跳躍し、果樹に飛び乗る。すると、頭上から白い糸の束が勢いよく噴射され、愛久は間一髪避けた。――上にも居たんだ!
枝に飛び乗り、枝をしならせてジャンプする。枝に乗っていたダァゴが落ちてきた。
ベタッと落ちた巨大イモ虫は、愛久たちに目もくれず、ルエヴェを敵と認識して糸を飛ばす。それを身軽にひょいひょいと避けるルエヴェは、正しく猫だ。
すごい、本物の魔物との戦闘だ……!
初めて目の当たりにする戦闘に感動して魅入っているうち、白いイモ虫が吐く糸の量が少なくなってきた。――と感じた瞬間、光景が陽炎のように歪み熱風がふわっと吹き抜け、ダァゴの首が飛んだ。
「わっ!?」
ダァゴの首から透明な体液が飛び散り、愛久の顔に掛かって口にちょっと入った。フルーティーな味がした。浄化の宝珠を持っていれば、魔物からの瘴気の影響を受けないから、瘴気は大丈夫なのだけれど。
――あれ? これ知ってるな。
カデルが、栄養剤と言って飲ませてくれたフルーツ牛乳味の魔法薬に似ている。けど、違うと思いたい。いや、でも、似ているというか、そのままの風味というか、そういや魔法薬の材料になるとか……いや、聞かないでおこう。知らぬが仏だ。
マルタンがヒュウと口笛を吹く。
「熱風の刃か。武器持ってねぇと思ったら、魔法使いだったんだな」
ルエヴェは熱風の刃で残された糸を切り、ダァゴの亡骸と一緒に手際よく回収し、次のイモ虫に向かって行った。
「あれはほっといた方がいいな。俺たちは俺たちでやるか」
「はい、よろしくお願いします」「さっきの猫獣人みたいに、ダァゴの周りを走り回って、ある程度糸を吐き出させたら狩る。アイク、初めてだろ? やってみろよ。サポートするから」
どうやらこのマルタンも世話焼きらしい。初心者にレクチャーしてくれる、先輩の立ち位置だ。
マルタンは腰に差していた剣を抜く。
愛久は斧を構え、前に出て地面を張っているイモ虫に近づいた。
「わっ!?」
糸が一直線に向かってきて、身を交わす。イノブタ――じゃなかった、豚の突進を散々避けたのだから、避けることに関しては自信があった。
「おーい、イモ虫! こっちにも攻撃してこい!」
片手に剣、片手に鞘を持ち、ガンガンと打ち鳴らすマルタン。マルタンの方にも糸を吐くダァゴ。
「こっちだ!」
負けじと斧を振り回せば、愛久へ再び糸が飛ばされる。マルタンと愛久、交互に攻撃するのだから避けるのは簡単だ。
ダァゴの吐く糸の勢いも量も減ってきた。――そろそろだ。
マルタンへ向いている隙に、一気に肉薄し、茶色い頭へ斧を振り下ろす――
「待った! ソイツ、硬いから……」
時すでに遅し、勢いのついた斧は止められない。マルタンが言い終わる前に、イモ虫の頭を捉え、スパッと斬った。
「斬ったぁ!?」
斬った本人が一番驚いた。
だって、この木こり斧、重さを力に叩き斬るばかりで切れ味なんてあったものではなかったのだけれど。
――斬った、スパッと斬った。
まるで、プリンにスプーンを入れるかの如く、軽い切れ味で。
「あはは! ヤベェ! やっぱ、おかしいだろ、それ強化した魔法使い! ヤッベェ、ヤバい! 頭おかしいって! 変態かよ! 切れ味ヤベェ! あはははは!」
またツボったらしく腹を抱え、笑う。
愛久としては、まぁカデルだしな、と思いながら頭がパックリ斬られて絶命したダァゴの亡骸を回収する。この斧、丈夫なダァゴの糸もスパッと切れて便利だった。
「ダァゴは糸も身体も丈夫で、武器だけじゃ普通は斬れねぇんだ。熱には弱いから、猫獣人がやったみたいに熱を加えた攻撃か、頭の付け根なら熱がなくても斬れる……んだけど、オメェのソレは関係ねぇみてぇだ。すげぇ力技見ちまった、いやぁ~いいもん見た」
イモ虫狩りは順調に行き、お互い規定数に達した為、傭兵ギルドへ行く。ルエヴェは、早々に済ませたようでいつの間にか居なくなっていた。
「はーい、お疲れ。これ、報酬と買取額ね。アイクはちょっと待ってて」
受け付けのお姉さんに止められ、愛久だけが待たされた。そして、酒瓶に似た瓶を四本渡される。
「カデルさんの注文の品、ついでだから持ってって」
「これは?」
「ダァゴの体液」
――聞かなきゃよかった。
いや、まだ何に使うか聞いてない、聞いてない……。
瓶を抱えて傭兵ギルドを出る。
「おい」
低く剣呑な声を掛けて呼び止めたのは、ルエヴェだった。
「お前、オレがカデルに呪いを掛けたのは知っているか」
ピクッと愛久の肩が揺れ、緊張が走る。聞かないよう、関わらないようにしていたのに、向こうから近づいてくるなんて。
魔法使いに対抗できる力があるとは思えない愛久は、ルエヴェを警戒する。
「カデルに、なんの恨みが?」
「ハッ! それは本人に聞け。せいぜい、ヤツが殺されないよう警戒しておくんだな」
それだけ言って、ルエヴェは行ってしまった。
――何なんだ、単純に意地悪して青っただけか?
腑に落ちないものの、猫獣人の魔法使いの考えなんてわからない。初仕事の報酬とイモ虫の体液が入った瓶――戦利品を持って、カデルの小屋へ帰った。
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