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二.魔法使いと共同生活

24.エルフのイメージが違う

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「エルフは出生率が低くてね、万年同胞の子供を求めて慈愛に飢えているところ、生れた久しぶりの赤ん坊、しかもか弱い人間の同胞の誕生だ。歓喜して、自分が守らなければと庇護欲に狂ったエルフたちが騒然となり、何度も攫われたとか」
 つまり、赤ん坊争奪戦が起きたと。忌諱されて差別されるのも苦労するが、愛され過ぎて人攫いに会うのも大変だ。
「大丈夫だったの?」
 大丈夫だったからカデルが居るのだろうけど、この世界のエルフは元々神だったようだし、神々の世界は戦争で滅んだのだから大変な事態では。
「祖母は付き合っている頃から、祖父を狙われていたそうだ。エルフは人間の作る美味しいものが好きだからな。それで、どのエルフにもとられないよう強くなった。子供が出来てからは一層に。
 あまりエルフたちが騒ぐものだから、人間界にある太古の森の奥、エルフの里の長が、この里でみなで育てればいい、なんて言うものだから、お祖母様は怒ってエルフの里に乗り込んで、エルフたちをボコボコにした。そのことが妖精界に居るエルフ王の耳に入り、「人間界に住むエルフの中で最も強い者が里長になる」と里長にされそうになったけど、「人間界のエルフの中で一番強い者が上に立つのなら、エルフたちに命令する」と言って、里長の座を今までエルフの長をやっていたエルフに押し付け、我が子や子孫に手を出さないよう言いつけた。お祖母様に逆らえるエルフは人間界に居ない」
 我が子を取り上げられそうになって、キレたのか。そりゃあ、キレるよな。
「そのせいで、お祖母様はエルフが嫌いなエルフなんだ。「可愛い人間の前では品良くしてカッコつけるくせ、知識があっても結局は魔法の力が全ての脳筋集団」だって」
 愛久が知っている創作物のエルフも、一族いち魔力が強い者がエルフの長だったりするけど、それを脳筋集団とは。エルフのイメージが大分違う。

「神々の時代から、気に入った人間を攫う神や妖精はよく居た。人間は神よりも身体が丈夫ではないから、うっかり死なせてしまう事態も多発していたと聞く。神がいなくなり、人間を庇護していた元神として、神々の時代のときのようにならないようエルフたちを監視するのがエルフ王だ」
 エルフを治める王というより、監視役なんだな。

 しかし、カデルを初めてみたときエルフみたいだと思ったけど、本当にエルフの血筋だったとは。それでこんなにも人間離れした美しい見た目なんだと納得した。
「エルフは森の魔力を好むし数が圧倒的に少ない。遭遇率は低いだろうが、アイクはカッコいいし優しくてすぐに気に入られそうだ、エルフや妖精に会ったら気をつけないといけないよ」
 今の話を聞き、冗談だと受け流す気にはなれなかった。

「エルフの血が流れていても、カデルのお母さんは魔法が使えないのに、カデルは魔法使いなんだ?」
「人間の中に生まれる魔法使いは血筋ではなく偶然なんだ。僕が魔法使いなのもエルフの孫だからではなく、偶然の賜物だ。妖精ならみんな魔法が使えるが、人間はそうじゃない。一説によれば、か弱い人間を哀れんだ豊穣神が人間のごく一部に魔法を使う力を与えた、といわれている。エルフも下位の豊穣神の一柱だったのだ」
「獣人は妖精?」
 ルエヴェも魔法を使っていたから気になって質問した。
「獣人は人間だ。けど、獣人そっくりの妖精も居て、見た目は紛らわしいのだけれど。猫の獣人に似たケイトシー、犬の獣人に似たコボルトなんかは妖精族だ。ルエヴェは獣人、僕たちと同じ人間さ」

 この世界、色んな種族が居るんだな。愛久の常識になかった情報を一気に聞かされ、息をついてソファーに沈み込んだ。
 ひと息ついたとき、ドアが控えめにノックされた。そろそろ夕食の時間だ、持ってきてくれたのだろう。

「待ってくれ」
 料理を取りに行って挨拶しようかとソファーを立ち上がる。カデルに止められた。
「押し問答になってしまうから、顔を合わせないルールにしているのだ」
「料理の受け取りで押し問答とは」
「僕は報酬を盛らうつもりで奉仕活動をしているのでもない、それが目的ではないと断っているのだけれど。向こうは、お礼がしたい。どっちも譲らなくて埒が明かないと、料理を置いて行くときは顔を合わせない条件でジャックが取りまとめてくれたのだ。料理の差し入れは有り難いのだけどね」
「じゃあ、料理を取りに行くのはもう少し待った方がいいかな」
「うん。そうだ、待っている間、アイクの斧を貸してくれないか」
「いいけど。なにに使うの?」
「アイクのそれは木こり斧だろう? 元々武器ではないし、武器にするなら強化した方がいいと思う。僕にやらせてくれないか」
「そういうことなら」

 邪魔にならないよう、玄関ドアの横に立てかけてある斧を持つ。カデルについて二階へ上がると、そこは別世界だった。一面ガラス張りで、植物が豊かに茂り、晴れた空が見える。
「温室?」
「薬草園さ。魔法薬の材料を育てている。用があるのは三四階の作業室だ。四階は、魔法道具なんかを組み立てるときに使っている」
 二階で既に空が見えるのに、その上があるのか。
「外から見た小屋は平屋建てだったような」
「こっちに引っ越してきたときに部屋も持ってきた。因みに、二階は薬草園、三階は図書室、四階は作業室、五階は倉庫だ」
 部屋って持っていけるものなのだろうか。家の一室が薬草園だし、魔法使いの常識はわからない。
「開いたら死の呪いが掛かる本だとか、指が溶ける草だとか、霊体になる魔法道具だとか、危ないものもある。アイク一人のときはなるべく上の階には行かない方がいい」
 そんな恐ろしいものとひとつ屋根の下で同居していたらしい。そういう注意事項はもっと早く言って。

 二階の温室、三階の図書室と通り過ぎ、四階に上がる。部屋の中心に魔法陣が大きく書かれて、様々な道具で溢れているところはリビングと大差ない。
「魔法陣の真ん中に斧を置いてくれるか」
 カデルに指示され、担いでいた斧を床を傷つけないようそっと置いた。

「まずは、魔法を組み込む下準備だ。ハバーニ海産の塩で清めて、ヌルリ蛇の粘膜、モグラ魚の抜け殻、ニンフの汗、えんどう豆の鞘を燃やした灰、妖精リンリィが食べ残した齧りかけの渋い林檎……それから、これと、これと……」
 次々と材料らしきものが出てくるが、アイクにはサッパリわからない。まじないの儀式に必要な素材なのだろうけど、何も知らないとゴミっぽいな、なんて思ってしまう代物だった。

「最後に忘れてはいけないのは、これ」
「えっ」
 カデルが引っ張り出してきた大きな瓶に驚いた。透明な中に入っているのは、キラキラした豊かな金糸に茶色く濁って血が変色したものがこびりついていて。

「カデルの髪?」
「うん。いい媒体になると思って取っておいてよかった」
 嬉々として作業に没頭し、床の魔法陣に書き出し始めた。
 カデルが髪を伸ばしていたのって、そのためなのか……?
 しかし自分が死にかけた記憶の元だというのに楽しそうにしているのは、アイクとしては複雑な気分。魔法使いの感覚は、やっぱり理解できない。

 アイク、ぼうっと眺めている内に、カデルはテキパキと作業して、斧の周りに素材を並べ、魔法陣に魔力を込める。淡く白い光を放つ魔法陣を確認し、這いつくばっていた床から立ち上がった。
「これで少し待つ。さて、夕食にしようか」

 一階に降りて、玄関先に置かれた料理を回収し、夕食となった。よく煮込まれ、トロトロになった豚の角煮に似た料理に舌鼓を打つ。
 昼間、日頃のお礼を伝え、豚肉を持っていったお婆さんから聞いた話、初めて料理のリクエストをしたらしく、張り切って作ってくれた逸品だ。これはカデルも気に入ってくれた。

 食事中、昼間の出来事を話す。例の、カデルを襲った盗賊らしき人物が森から出てきた形跡がないことも、それから、依頼を受けてみないかと誘われたことも。
「明日、午前中は傭兵ギルドに行って、午後は魔物の森に行こう。ギルドは、紹介者が必要だからな。ジャックに頼んでもいいが、アイクは僕の客人だから僕の紹介で登録してもらいたい」
「ギルドって、傭兵ギルドなんだ?」
 冒険者ギルドじゃないんだな、と思ったけどあれは創作物の中のものだ。

「魔物退治や商人の護衛依頼等、戦闘が必要な仕事依頼は傭兵ギルドだ。あ、職業斡旋ギルドの方がよかったかな。町で働くなら、職業斡旋の方なのだが。今は時期外れだが、果実の収穫時期になると人手が足りなくなる」
 バイトや職業斡旋所みたいなとこかな。
「うんん、傭兵ギルドで。ジャックさんが言ったのは、そっちだと思う」
 魔物退治の依頼を受けてみないか、との話だった。果樹から作物を収穫しても、戦闘訓練にはならない。
「わかった。ところで、字は書けるのか?」
「あー、すみません。書けない……」
「いや、いい。確認したかっただけだ。字がかけない庶民も多いからな。書類にサインを求められるのだが、書けなければ代筆で構わないんだ。紹介人の信用さえあれば」
 ここでも、カデルが町で築き上げた信用に世話になってしまった。
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