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二.魔法使いと共同生活

18.魔法使いと一夜明けて朝

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「はぁ……」
 朝食を前にして、どんよりとため息をつく。

 メニューは、柔らかい白パンにハムとチーズ、鍋に入った豆のスープ、それから見た目はひょうたん型キュウリだったが切ったらバナナとキウイの間みたいな南国な果肉が出てきた果物と、ヨーグルトが差し入れられていたので、サンドイッチと、取り分けたスープ、果物は切ってヨーグルトを乗せ蜜をかけたものがテーブルに並んでいる。

 今朝、また食べ物が爆散するのではないかと恐る恐る小屋の中――結界の中から引き入れた。爆発も四散もしていない、呪いが掛かっていないのはお墨付き。普通に美味しそうな朝食だ。

 木のスプーンでスープを無意味にかき混ぜ、豆たちがスープの中をグルグル泳ぎ、再び沈殿した。普通に食卓に並んでいるけど、昨日の今日であまり食べる気はしない。そもそも、これは誰が持ってきてくれているのだろう。

「昨夜は寝られなかったのか?」
「まあ……」

 気だるい雰囲気を醸し出す愛久に、訳知らぬ顔で気を使う。
 訳知らぬ顔というより、あれは本当に無意識なんだろう。
 無意識な人を問い詰めるのも無意味なので愛久は曖昧な返事をした。

 昨日の、あの状況で寝られるわけがない。
 首筋をチュウチュウ吸われるのが止まって安心し、微睡み始めた頃にまたチュウチュウと再開する。朝までそれの繰り返し。これが仔猫や子犬であれば微笑ましいのだけれど、愛玩動物ではなく綺麗な容姿をした歳上の成人男性。あれで眠れるのは、何事にも動じない大らかな人か、万物の母である地母神くらい寛容でなければ無理だ。

「やっぱり、寝苦しかったせいかな。手元に星屑の明かりを灯してみたら、あんまり端に居るものだから少し考えたんだ。壁とベッドの間に落ちないようにと思ったのだけれど。浮かせて動かすのも、起こしてしまうのは悪かったから。
 だけど、アイクの背中は大きくて安心してしまって僕の方が熟睡してしまった」

 抱きついてきたのは純粋な気づかいだった。吸い付いていたあれは熟睡しての行為か。赤ちゃんかな。
 恨めしく美人を見ると、しっかり寝られたらしく肌の調子がまた一段といい。日を浴びキラキラ輝く金髪、小さな泣きぼくろが蠱惑的な朝日の妖精さんが本日も美しい。それはそれで眼福。
 役得ではあるから、まあいいか。

「食欲がないなら栄養剤を作ろう。僕も徹夜したときだとか、疲れたときに飲んでいるものだ。きっと眠気もよくなる」
「昨日から何かと飲まされてる気がする」

「僕らと異世界の人と同じ効果が得られるのかなと、少し思うところはある。でも、昨日の浄化薬もこちらの世界の人と同じ効果だったから、この世界の人と変わらないのかもしれないな」
「勝手に臨床試験しないで」
「すまない。アイクが嫌なら、栄養剤はやめておこうか?」
「色々言っておきながらなんですが、貰います。稽古でへばりそうなので」
 色々と言ったけど、カデルが飲んでいるものと同じなら大丈夫だろう。多分。

 勝手にやられた臨床試験を指摘したらちょっとしょんぼりしたカデルが、途端に嬉しそうな顔になり、喜々として魔法薬を作り始めた。

 呪文を唱えて棚から瓶が浮き、誰も手を触れていないのにコルク栓が抜け、トロッとした透明な液体、小瓶の黄色い粉、キラキラした白い粉を少々、空中で水の玉になってウニョウニョ混ざったら、呪文を唱えるとビー玉のような丸い氷が空中にでき、それがコロコロとグラスに入り、空中のでできた薬の元、ミルクを注いで金色のマドラーでかき混ぜて、最後に魔法の呪文。

 目の前で作られていく、鮮やかな魔法に見惚れてしまった。途中から、薬というよりカクテルを作っているのだけれど。栄養剤って、サプリメントみたいな錠剤ではなく液体なのか。コンビニで売ってる茶色い小瓶を思い出した。

「お待たせ。口に合うといいのだけれど」
「ありがとう。いただきます」
 興味津々と観察してきてちょっと飲みにくいのだけれど、カデルの作った乳白色の栄養剤を口にした。

「美味しい」
「よかった」
 お世辞ではなく、本当に味がいい。薬だと思えないほど普通にジュースとして通用する。キンと冷えた、フルーティで少しビタミン剤っぽさのある、フルーツ牛乳。
 纏わりついていた眠気が消え、スッキリ目覚めて調子のいい朝になった。身体が薬を吸収して効果を発揮するするまでの時間差がない、驚異の即効性。これが魔法薬ってやつなのか。

 食欲も出てきたので、朝食をいただく。ホクホクな豆が美味しいスープだ。
「普通に食べちゃってるけど、これ、誰が持ってきてくれているのかな」
「町のお婆さんたちが持ち回りで作ってくれている。気になるなら、ジャックに聞いてみるといい」
「ジャックさんがカデルと町の人たちとの間を取り持ってくれているんだ」
「ジャックは面倒見がいいんだ。すっかり世話になっている」

 ジャックが世話好きなのは、愛久に稽古をつけてくれる点からもわかる。眼鏡をかけた、ともすれば暴力団幹部と誤解しそうな強面だけれど、見た目の偏見もなく町の人たちにも好かれているらしい。魔法使いにもフレンドリーで、いい町だな。

「やっぱり、同じベッドで眠るのは無理がある。今夜からは俺は床でいいんで、カデルがベッドを使って」
「しかし、僕はアイクよりも寝るのが遅い。床だと、誤って踏んでしまう。かといって、僕が床で眠ると、アイクに心配されてしまうし。本当は、疲れたらそのままここの部屋で寝られたら楽なのだけれど」
「せめて、シャワー浴びて着替えて」
「そうだな、アイクの言う通りだ。薬品が付いたままなのは危ない。気をつけよう」

 カデルは薬品に詳しいのだからないとは思うけれど、無精して劇薬が付いたまま寝て、うっかり死んでいた可能性を考え、ゾッとした。朝起きたらカデルが冷たくなっていたなんて、本当にやめて欲しい。

「やはり、一緒に寝るのが一番いいのでは」
「このソファーがベッドになればいいんだけど……」
「ソファーがベッド?」
「ソファーベッドっていって、こう、背もたれと肘掛けが倒れて、ベッドになるソファーが俺の世界にはあるんだ」
「凄いな! アイクの世界には、そんな便利なものがあるのか! そうか……ソファーベッドか……それはいい、作ってみよう」

――ソファーベッドを作る? 魔法使いの天才は日曜大工もできるのか。

 紙とペンを持ってきて設計図のようなものを書き出す。食事も途中で放棄して、夢中になってしまった。歳上のはずだけど、興味があるものに食事も忘れて飛びつく子供みたいだ。
 言い出すタイミングが悪かった、カデルが朝食を終えてから話せばよかったな、なんて思いつつ自分の食事を終えて食器を片付ける。

 さっそく昨日教わった呪文を唱え、「食べ終わった食器を片付けて」と言えば、フワフワ空中に浮いて、洗われずにそのまま棚へ向かっていったので、慌てて「食べ終わった食器を洗ってから片付けて!」と言い直した。人と違って足りない情報を脳が補ってくれないので、全部指示しなければならないのか。考えて言わないと。
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