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二.魔法使いと共同生活

15.甘いお夜食

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 目を覚ますと、ソファーに寝ていた。意識を失う前は椅子に座っていたのだが、倒れた愛久をカデルがものを浮かせる魔法を使って移動させたのだ。

 床に倒れたまま放置しなかった心遣いは、汲み取る。けれど、拒否したのに魔力を流し続けるなんて、意外とドSだ。
 歯医者が、痛かったら手を上げて下さい、と言うわりに手を上げ痛みを訴えても、止めてくれないソレに似ている。歯医者は言えば麻酔を掛けてくれるし、そもそも気を失うまでやらないから、カデルとは比べようもない。
 研究をしていると言っていたから、異世界人への興味もあるんじゃないかと、今更ながら疑惑が浮かんだ。

 視線を窓にやれば、サフランライスの色に似た黄色いカーテンの隙間から覗く外は相変わら真っ黒で、僅かに雨の雫が光っている。ガラスに反射して魔法薬の元となるものが所狭しと乱雑に並ぶ部屋の様子が映っていた。意識を失ってからあまり時間は経っていない。
「アイク、目が覚めたか。ごめん、やり過ぎた」
 眉尻を下げた金髪美人の顔が目の前にある。知らないうちに人体実験されてるんじゃないかという疑惑も吹っ飛ぶ美貌。これが知っている顔ではなかったら、あの世に導く天使に見間違えていたかもしれない。

「止めてって言ったのに」
 恨みがましく言っても、そこまで恨み切れなくて拗ねているみたいになってしまった。カデルが人に危害を使えるようには、どうしても思えないからだ。

「魔力を人に流すのは初めてだったのだけれど。異世界人に魔力を流すなんてこの先無い事だ、どこまでいけるのかと、つい興奮してしまった」

 横になった愛久を覗き込む美人が、悪びれもせずうっとりと頬を染めてはにかんだ。
 これは恋愛感情云々、そういうものじゃない。珍しい症状を診断した医者の興奮具合い――この場合、珍しい異世界人に対しての興味。
 カデルは魔法使いの研究者、珍しい現象や新たな発見に無邪気に喜んで興奮する人種。他意はない。

「人で実験しないで。死ぬかと思った」
「魔力を流し込んだだけで死んだ者は無いよ。爆破の呪文でも掛けない限りは」
「怖いこと言わないで!」
「あはは、冗談だ」

 からから笑っているが、カデルが出来心を起こしていたら四肢爆散していた可能性があったらしい。そんな事は絶対にしないだろうけど。短い付き合いではあるが、申し分なく衣食住を世話になって、町での自主的な奉仕活動を見ている、この魔法使いの善良性を信じられた。

 起きようとして、愛久は服装が変わっているのに気づいた。あれだけ汗をかいていたのに、体も服もサラサラ、濡れてもいない。
「汗が凄かったから、着替えさせた。魔法で浮かせてしまえば、アイクくらいの体格の持ち主でも上手く出来たと思う」
 介護士が喉から手が出るほど欲しい魔法だ。

 ふと気になり、ズボンの中を確認する。パンツも変わっていた。愛久はそっと目を閉じ、考えるのをやめた。

「それで、何か変わったことはない?」
 ぐぅぅぅ……
 好奇心を瞳に称え、前のめりに尋ねてくるカデルに答えようとすると、先に愛久の腹の虫が空腹を訴えた。腹の中が空っぽな感じがする。浄化薬の効果だ。

「話は後にしよう。汗もかいたから、水分を取るといい」
 早く結果を知りたいだろうに、愛久を優先してくれるカデルはやっぱり優しい。

 町で貰った果物を冷蔵庫っぽいクローゼットに入れて冷やしていた。
 果実を鼻に近づけ、嗅いでみる。甘酸っぱいベリーのいい香り。においは美味しそうだ。林檎くらいの大きさで、ピンク色のハート型果実という、メルヘンなそれを半分に切れば中が真っ赤で、心臓の肉を連想してしまった。真っ赤な果汁が血のようでちょっぴりグロテスク、柔らかさは硬めの桃か、赤肉のドラゴンフルーツか。

――苺かな?

 薄く切って恐る恐る味見する。味は苺なのに顎の関節がキュッとなるほど酸っぱくて、一瞬だけ顔がシワシワになった。そのまま食べるには抵抗がある。

 前に何かで、苺を潰す専用スプーンを見たことがあり、確か、酸っぱい苺は砂糖と牛乳を掛けて潰して食べるとかなんとか。果実を角切りにしてミルクを掛けたそれと、厚みがあってチーズと胡椒の香りがする食事用のビスケット。それから、紅茶に似たお茶。

「砂糖の量は好みで」
 ショッキングピンクに染まった苺ミルクもどきに大量の砂糖を入れ、最後の一匙は直接口に入れたカデルに、ギョッとした。自然な流で、ついで、みたいな感じだったけど、ホントに砂糖直食いした。氷砂糖ならまだわかるけど、ほんのりパステルカラーなカラフル白砂糖を……。見ている方が口の中がジャリジャリで甘ったるい。

 想像上の口の中ジャリジャリ感で背筋をゾワゾワさせている愛久を余所に、果実を潰してイチゴミルクを一口食べたカデルの目が輝く。
「これ美味しいな! そのままだと酸っぱくて苦手だったんだけど、果実の香りとミルクの香りが混ざって、優しい味だ。これなら美味しく食べられる」
「砂糖直食いよりは美味しいと思う。カデルは甘いものが好きなんだ」

「そうだな。言われてみれば、学者や研究、医療方向に就職した友人たちは、甘いものを好む傾向にあったと思う。僕は学生時代、シャピーラ――この果実のジャムを使ったパイを気に入っていて、よく食べていた。砂糖を加えて加熱したのは酸味が飛んで美味しいんだ。王都の学校の側にに美味しい店があってね。バターが香るサクサクで軽い食感のパイに、とろりとした甘酸っぱいジャムが流れ出るくらい入ってて、食べるのが難しいんだけど。アイクは甘いものは好き?」
「人並みに? プリンとか、シュークリームとか。カスタード……卵とミルクで作ったクリームが好きなんだと思う」

「アイクの世界に学校はあるのか」
「あるよ」
「学校はどうだった? アイクの話が聞きたい」
「そんな大した学校には行ってないな。中学――十ニからはそれなりに楽しかったけど、高校――十五になってバイトできる年齢になってからは、放課後はバイト――働いてた」
「アイクは働き者だな。偉いよ。ここに居る間は、気負わずゆっくりするといい」

 愛久の頭にカデルの手が触れる。短い黒髪をサラサラと撫でられた。頭を撫でられて労われるなんて、初めてのことで、食べようようとしていたビスケットを持ったまま固まった。
 バイトざんまいだったのは、五体満足ですこぶる健康体な自分は、父を少しでも楽にしたい、早く自立したいといった急き立てられるような思いが少なからずあって、誰かに強要されたでも働かなければならない経済状況でもなかった。自発的に働いていただけ、大変だった思いはない。

 労われるのは、頑張って働いてきた今までを肯定されているようで嬉しい。初めての感触で戸惑うけれど、悪くなかった。上から下へ、毛流れに沿って優しい手つきで丁寧に撫でられるのは、安心感がして気持ちいい。

 けど、やっぱり気恥ずかしいのは無くならず、手持ちのクッキーをリスのようにサクサクと無心で感触する。塩気の効いたチーズと黒胡椒、それからベーコンの欠片のようなものが入っていて、美味しいはずなのに味がしない。
 お茶を一気に飲み干し、クッキーを流し込んで、話題を変える。

「ま、魔法! 俺、魔法、どうなった?」
「アイクが落ち着いてから聞こうと思ったのだけれど」
「落ち着いた! 落ち着いた!」

 頭を撫でられて気持ちいいと思ってしまったことに対する、羞恥からくる焦りが外面に露呈していて、全く落ち着いてはいない。

 苦しい言い訳でも、愛久がいいならと納得してくれたのは、気遣いからなのか、魔法使いの研究者の好奇心で成果が知りたいからなのか。苦笑はされたけど、焦っている意味を深く追求されずに、頭撫でを止めさせることに成功した。
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