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二.魔法使いと共同生活

13.シャワータイムの悲劇

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 全身、料理のソース塗れで気持ち悪い。ソースを落とさないように気をつけつつ、急いでバスルームに直行する。
 カデルがドアの外で呪文を唱えると、ざあっとシャワーから湯が出始めた。出しっぱなしのシャワーとなると、水道光熱費が勿体ないなんて所帯染みたことを考えてしまう。魔法で作動するここじゃ、そういう概念も無いのだろうに。

 下着にまで染みてヌルっとする下から脱ぎ、洗濯樽に入れる。
 樽の中に、ポヨポヨ蠢いている白い砂入り白濁スライムみたいなものが入っているけれど、スライムではなく、魔法で球状になっていて汚れを落とすための白砂と、フローラルな香りがする洗剤入りの、魔法のぬるま湯だ。これは、初日に触って確認した。しかも、触っても濡れない。ぬるま湯の中に手を入れるとちゃんと水と砂の感覚があるのだけれど、ぬるま湯から手を抜くと、ぬるま湯が手に付いてこない。濡れない砂ならぬ、濡れない水。

 愛久のズボンと下着を飲み込み、ポヨポヨの白砂ぬるま湯が一段と激しくポヨポヨ蠢く。捕食っぽい動きだ。洗濯物を入れた瞬間、ソースでほんのり赤く染まったが、次第に白濁も無くなり、無色透明にった。洗濯機でいうところ、『洗い』から『すすぎ』に入った。
 厚めの生地でできたカデルの白いローブを、手洗いすれば相当な労力だろうに、魔法なら手間も時間も掛からない。しかも濡れないから、厚手のものを乾かす手間も時間も場所もいらない。魔法って便利。

「へっくしっ!」
 関心しながら変化する魔法の水を、コインランドリーの待ち時間に洗濯機の中で回っている洗濯物をつい無心で眺めてしまうそれと同じ現象で釘付けになっていたら、クシャミが出た。
 早くシャワーを浴びてしまおう。上も脱いだとき、カデルの声がした。

「アイク、クシャミが聞こえたけれど」
「ちょっと冷えただけだから」
「呪いの掛かったものを頭から浴びたんだ、他に何か混入していたのかもしれない」

――何かって、何!? 怖いんだけど!
 それより、全裸の状態でカデルと鉢合わせしたくない。男同士だからカデルは全く構わないのだろうが、愛久は違う。
 股間のなにがしに視線を向けられ、意外と可愛いんだな、なんて美人の遠慮がち笑顔付きで言われた日には一生立ち直れる気がしない。言わないとは思うけれど、思われて気を使われるのもそれはそれで嫌だ。
 サイズとしては平均的日本人サイズのペニスなのに、体格がいいせいで小さく見られがち。身長が高くなると、比例して長い傾向にあるなんて、中学生というデリケートなお年頃に修学旅行のあとで気になって調べた結果、そんなことが書いてあっても実際は平均サイズ、人知れず膝から崩れ落ちて泣いた記憶がある。短小の方が好まれ美しいとされるギリシャ彫刻だったら大き過ぎる部類だぞ、なんて古代の美的センスネタも異世界では通じないだろう。

「へっぶしっ!」
 またクシャミが出た。
「心配だ、身体を見せてくれ」
「待って、まっ……!」
 風呂に逃げ込もうと考えたが追って来そうなのだ、慌てて脱いだ服で股間を隠した……のが不味かった。

「! 血が出ている。怪我をしていたのか。早く治療を!」
「違う! 怪我、違う!」焦って何故か片言になった。
「怪我ではないのから、あの料理に男性妊娠薬が入っていたのか。下腹に違和感は? 痛みは? 経血では――」
「血じゃない! 料理の汁だから、血じゃない!!」

 心から叫び、風呂場へ逃げ込む。
――そんな恐ろしいものがある世界なんて、知りたくなかった!! この世界、怖い!

 骨を鉄にしたり抜いたり、自分の意思とは関係なく妊娠できる身体になってしまう世界、怖すぎる。
 最初は混乱し、動揺した愛久も、深呼吸して次第に落ち着きを取り戻し始めれば、温かいシャワーを浴びているのに心身共に冷える思いが全身を巡る。不安になり身体をあちこち触って調べても、カデルが言ったような違和感は無い。
 だけれど。

――経血って、あれだよな。女性の身体に毎月起こる、月経。
 異性の兄弟も居ないし、母親という存在も過去にしか居ないから、すぐには気付かなかったけれど。
 下手をしたら、女性化していたかもなんて。本当にそんなものが入っていた可能性があったのだ、恐ろし過ぎて全身から血の気が引いて震えてくる。体はヒグマみたいに大きくとも、捕食される草食動物代表ウサギ程度に気は小さいのだ。平穏な日々を送りたい。
 迂闊に差し入れられたものに手を出さないようにしようと決意し、シャワーを終えた。

 風呂を出たあと、念のためカデルに魔法で診て貰い、なんとも無いと確認し、ようやく安心する。

「昔の男性妊娠薬は、筋肉が落ちて身体の線が細くなり、可憐な印象になって見た目でわかるのだけど。現在のものは骨盤回りが少し変わる程度で見た目も体格もほとんど変わらず、肚の中に女性のような妊娠可能な機能ができ、鳥が卵を産むように肛門から――」

「薬の説明はもういいです。女性になったでも、妊娠可能男体質になっでもないってわかっただけで十分なので。診てくれてありがとうございました。というか、普段はどうしてるの。いつも差し入れがあるみたいだけど」

 研究者のカデルとしては医学的な人体構造の話なのだろうが、医療関係者でもない一般人感覚の愛久としては、人体改造の話はちょっと怖いので男性妊娠云々の話題から切り替えた。

「どうしている、とは?」
「普段の食の安全」
 誰がいつ差し入れたのかわからないものを、なんの疑問もなく素直に口にしていいものかどうか。
「悪意があるものは結界が通さないけれど、傷んでいるのはわからないな。まあ、臭いや味でわかるだろう」
 そこだけ原始的だった。
 誰かが故意に悪戯したものは通さないだけ上々か。

「でも、なんで呪いってわかったんですか?」
「そうだな。少し説明しよう。魔法薬や呪いといった類でも、魔法を使えば魔力の気配が残る。
 呪いというのは特殊で、人でも動物でも無機質な物でも、感情や思念が負に傾いたとき、瘴気が生まれ、凝り固まると魔法が使えなくても、成立する。魂を賭けるだけの強い想いがあればより強い呪いになる。
 自身の体液や身体の一部、それから呪いを賭ける相手の身体の一部、髪や爪などを用意し、道具と日時、環境や場所を整えて、より瘴気を強くするため瘴気を孕む生きた魔物、己の幸運と魂を代償にして、正しい手順を踏んで儀式を行えば、魔法使いでなくても呪いはより確実に完成する」
「そ、そうなんだ……」

 愛久の居た世界――日本には、藁人形に相手の髪の毛などを入れ、白装束で丑三つ時に釘を打ち付ける儀式を都市伝説程度に知っている。それに似たものだろうか。
 せっかく、男性妊娠薬から話を切り替えたのに、こっちも怖い話だった。

「注意深く観察すれば、気配でわかったはずだ。小屋に結界も張ってある、このところ気を抜いてしまっていた。愛久には、本当にすまない」
「ガデルのせいじゃなくて、カデルを呪った相手のせいだし……。魔法じゃなくても、魔力の気配がするんだ」
 魔法を使えば魔力の気配が残るのはわかった。カデルは今、魔法ではない呪いもわかるような言い方をした、理屈はなんだろう。

「魔力は大気中に漂っているものだ。呪いの瘴気に触れ、魔力が穢れる」
「魔力や魔法についてもうちょっと詳しく教えてください。俺の世界には、魔法がないので」

「そうなのか。なら、魔法について簡単に説明しよう。
 魔法使いは大気中の魔力を体内に取り込み、魔法という現象を起こす。
 素材に呪文を組み込んだり道具を使用すれば、より専門的で複雑な魔法を使える。効果の低い簡単なものだとか、単純なものであれば、魔法の熟練度や知識、扱える魔力量によって、素材や道具が無くても魔力と呪文で魔法が使える。素材なしで魔法を使うには、補助道具――杖等を携帯しているとより安定する。僕も一応、杖を持っている。まだ成長途中なのだけれど」
 ポケットから取り出したのは、三枚の葉っぱが付いたボールペンくらいの木の枝だった。――なんか、揺れている。
「実家を出るとき、お祖母様がくださったのだ。妖精界にあるエルフ王が住んでいる大樹の枝だ。消滅した神界の木に魔力が似ているらしい」
 よくわからないけど、凄そう。風もないのに勝手に揺れる葉っぱがついた灰色の枝なのだけれど、カデルが杖というなら杖なのだろう。
「魔法を使っているとき、取り出していなかったような」
「身につけているだけで効果を発揮するんだ」
 某大ヒット映画の、魔法学校を舞台にして悪と戦う魔法使いが使う杖とは違い、振り回したりしないらしい。

「魔力って、個人の身体の中にあるものじゃないんだ。でも、カデルは町で、魔法の使いすぎで疲れていたよな?」
「体力と同じだ。例えば、脚を鍛えた人が強い蹴り技も出来るし、長い距離を歩くだけの耐性もできる。だが、長く歩けば疲れるし、無理をすれば怪我をする。
 生まれ持った上限はあるけれど、鍛えれば多くの魔力を取り込む耐性が上がって強い魔法が使える。魔法も己の身体を通して使うから、沢山使うと疲れるんだ」
 意外と脳筋系能力だった。

「シャワー出しっぱなしにしてたら、カデルが疲れる……」
「滝のように一年中出しっぱなしにすれば、疲れるだろう」
 カデルが疲れる前に、洪水が起きそう。
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