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二.魔法使いと共同生活

12.ごはんが爆発

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 愛久の恋愛対象は同性である。病気がちな弟のこともあり、いらぬ心配を掛けたくないと友人にも、まして家族にも告げていない。
 好みとしては、可愛い系のアイドルよりもワイルド系のダンスグループ。中性的な顔のモデルもテレビや動画で視るし、女性が特別苦手というのでもない。カッコいい、綺麗、可愛いとは思えど、それは猫が可愛いだとかカッコいい建築だとか景色が綺麗だとか、恋愛感情等、下心が少しも湧かない純粋な感想だ。

 恋愛はそこまで興味なかったが、愛久だって健全な男子。オカズにするのは大体ワイルド系男優が出ているもので、綺麗系に興味は無かった。なんというか、違う世界の、自分とは違う生物で、そういう想像ができなかった。絶対に接点のない、無性の創作生物。綺麗なものは不可侵。宝石や美術品に近い感覚だったのかもしれない。高価過ぎて触れるのも畏れ多い、愛久の人生において無縁。躊躇うどころか絶対に触れることのないもの。それで性的に想像しようとするのは到底無理だった。

 無理だった。そう、今や過去形。

――違う世界の、ちょっと理解し難い距離感の、自分とは違う魔法使いという生物なのだけれど。
 画面の向こうに居るのと、今現在隣に居るのとは訳が違う。
 触れて、体温を感じて、より傍にある、人間離れした綺麗な人。

「愛久の手は温かいな。それに、大きくてたくましい」
 横を向けば、無邪気に褒めてくる。

 愛久は元の世界に居た頃の自分を殴ってやりたい。実在する、春の日差しが似合う童話の王子様じみた優しげな笑顔。光の妖精風情の青年の破壊力は、好みや理想がどうだとか全てを粉砕して新たに構築してくれる。

 何故、手を繋いで歩いているかというと。
 薬屋の稽古を切り上げて帰る途中、町の人に声を掛けられ、ニコニコと皆に答えるカデルにつられて、あちこち手伝いをしていたら夕食までごちそうになり、すっかり遅くなってしまった。

 昼まで晴れていたのだが、夕方から曇ってきて星影も月明かりも見えない空。外灯の無い暗い夜道、街はずれにある小屋へは民家から漏れる生活の明かりも無い。カデルが魔法で光る球を作って辺りに浮かべ、足元を照らしてくれているのだけれど、手を伸ばした先は真っ暗で何も見えない。土地勘の無い愛久には不安になる帰り道だ。
 そんなおり、カデルが危ないから手を繋いで行こうと言い出して。子供扱いされたのでも、下心でもない、人を気遣う純粋な好意を、素直に受け取り応じた。

 ほっそりした長い指に、成人男性の大きな手、スベスベの肌。
 緊張で愛久の手がほんのり手が汗ばみ、気持ち悪いと思われていないかだとか余計な考えが、頭の中で回し車を回すハムスターの如く走り回り、心臓が落ち着かない。右手と右足が同時に出ていないかだとか杞憂して、歩き方が錆びたロボットみたいにギクシャクする。

 そもそも、ずっとバイトざんまいで遊びもせず働いてきたので、生まれて一度も恋人が居た例がなく、誰かとこうして手を繋げるのはまだ小学生だった頃に繋いだ義母以来だ。
 現在、繋いでいるのは自ら発光してそうなキラキラ系美男子。自ら発光というか、発光体をふわふわと周りに幾つか浮かべているのだけれど。

 町から離れ、虫の声すらない生き物の気配がない夜道、発光体を周囲に浮かせた白装束の人の姿が闇夜に浮かび上がっていたら、人魂を従えた幽霊に遭遇したかと飛び上がるほど怖いのだが。カデルが産み出した光は本人の性質に似て温かみがある。どっちに行けば辿り着けるのか不安で、迷いそうな真っ暗な夜に、行く先を示す導きの光。安心して歩いて行ける。

「カデルは聖人か何か?」
「魔法使いの研究者だよ。この世界でいう聖人というと、歴史書の中でしか見たことがない。アイクの世界にはそういった人が居るのか?」
「そう聞かれると……居るような、居ないような」
 そもそも、聖人の定義をよく知らない。
 しかし、よく考えてみれば賢くてみんなに優しい、慕われている人を聖人ということもある。ここの世界の定義とは違うのだろうけれど、やっぱりカデルは聖人なのでは。

 玄関先に唯一の外灯があって、闇の中にぼんやり浮かび上がっている小屋は怪しくもあり、まさしく魔法使いの家という雰囲気だった。

「小屋が近づいてくると、ホッとする。明かりのせいかな」
「あの明かりは、ここから奥へは行ってはいけないよ、という警告の意味でつけているんだ。人間は暗い場所に不安をいだき、明るい場所を好むから。生き物を食べる森に迷い込んでしまわないように」

――誘蛾灯かな。

 真っ暗な中自分が迷わず小屋へ辿り着く為のものでもあるだろうが、何処までも人を思う言葉は優しいカデルらしい。

 玄関先に籠が置かれている。掛けてあるスカーフを捲って中を見る。グラタンのような料理だった。
 食べてきたし、それに加えて、人よりも頭一つ身体が大きい愛久を見て沢山食べるだろうと町の人に色々食べ物を貰ってしまったけれど。料理をそのまま置きっぱなしにしておくのも悪い、愛久が籠を抱えて中へ入ろうとしたとき。

 パァァァン!!

「わっぷ?!」
 突然、料理が弾け飛び、犬のクシャミみたいな驚きの声が出た。一瞬にして、全身ドロドロだ。弾けた料理は赤いトマトのようなソースで、愛久の顔面も服も肉片やら赤い何やらで、体格が良いせいもあり、今誰か殺してきたばかりです、といった凄惨な風貌。焼き立て熱々でなかったのは、唯一の救いだ。

――これは、料理に爆弾を仕掛けられたテロでは……!?

「アイク、大丈夫か? 早く、家の中に」
 ドロドロなのに躊躇なく手首を掴まれて、カデルに引っ張られて中へ入る。
「あれ、なんなんですか……?」
「これは……呪い、か」
「呪いって爆発するもの!?」

 愛久の服に飛び散った料理をまじまじと観察するカデル。いつになく真剣な顔つきは、それはそれで魅力的だ。
「呪いが爆発したのではなく、この小屋に張られている結界が悪意を弾いたのだ」
「弾いたというか、弾け飛んだんですけど。つまり?」
「料理に悪意……呪いが掛けられていた」

 料理に呪いだなんて、恐ろしくてブルリと身震いした。
 誰にでも真心を分け与える聖人君子みたいなカデルがどうして呪われるだけの恨みをかうのだろう。

「そんなことって……」
「叶わない好意も行き過ぎれば悪意に変わるけれど。これは……魔法の気配がする。魔法使いの仕業だ。ごめんアイク、どうやら僕が巻き込んでしまったみたいだ」
 この美人に呪いになるほどの想いを寄せている魔法使いが居るのか。天才と言われているし妬みや懸想も多そうだ、大変だな。

「カデルは大丈夫か? 触って、呪われたりしない?」
「小屋に入れたのなら大丈夫だ。だけど、アイクは早めにシャワーを浴びた方がいい」
 小屋に入れなかったら大丈夫ではなかったのだろうか。もしや、料理みたいに四肢爆散していたのでは……。最悪を想定して愛久は考えるのを止めた。無事でよかったと、心底思う。
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