4 / 30
一.異世界トリップ
4.金髪の魔法使い
しおりを挟む
目が合ったおかげで金縛りが解けた。彼を助けるべく急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか? 今、止血します」
医者でも看護師でもないが、一般人向けの救護訓練に参加した経験はあった。今がその経験を活かすとき。
声掛けには反応する、意識ははっきりしていて愛久の存在を認識している。
ナイフは抜いてはならない。動かないようにしっかり固定する……目の前で刺されて倒れている人間を見るのも初めてで、焦る自分を落ち着かせる為に、教わった知識を頭の中で反芻する。
緊張して強ばる手が震えるも、これで間に合わせようと着ているジップパーカーを脱ぐが、先に横に寝かせてからの方がしっかりと固定できるかもと考えた。どんなに落ち着くように自分に言い聞かせても、焦りからか無駄な動きしてしまう。
愛久を見る彼の目が、大きく見開かれた。
「ぁた……」
「あまり喋らない方がいいです。あと、歌もやめた方が」
「しゃが……」
メロディはよく聞こえたのに、言葉となると声が掠れてよくわからない。何か伝えたいのだろうか。
言葉を聞こうと、彼の唇に耳を近づける近づける。
血に濡れた手が伸びてきて、愛久の髪に触れた。
頭から離れると、彼の赤い指先に小さな花弁が摘まれている。薄紫と藍色のグラデーションになった、これまたメルヘンチックな夢色をイメージさせる幻想的な色合いだ。
頭についたゴミなんて、気にしている場合じゃないのに。
「ぐっ……」
端正な顔を歪め、苦しげに呻いた。
「何をしてるんですか!?」
彼が深々と刺さるナイフ腹のを片手で抜こうとする。
ここで押し止めれば余計に深く刺してしまうし、争ってぶれる刃で傷口を広げてしまうかもしれない。止めようと上げた愛久の両手が、行き場がなく宙に浮く。
「抜くと血が大量に溢れ出て死んでしまいますよ」
声で注意するのが精一杯。
それでも、彼はやめようとしなかった。見ている方にも痛みが伝わってくるほど、震えながら脂汗をかく。
血塗れの刃が顕になってくるにつれ、ドプリと血が溢れる。
「止めてください、本当に死んでしまう……!」
愛久の悲痛な叫びも虚しく、とうとう力を振り絞って抜いてしまった。
堰をきって迸る血液。白いローブが一気に染まる。散らばる長い金髪まで伝った。
急いでジップパーカーを傷口に強く押し当てた。血が止まらない。ドロリとした生温かい感触が指の間から溢れる。濃い血錆のにおいが鼻につき、不快なそれらで胃から嘔吐感が込み上げる。
今、ここには愛久しかいない。助けられるのは自分だけだ。
ここがどこなのか、どこに町があるのかもわからない。助けを呼ぶこともできない、こんなことをしても何にもならないかもしれない。彼が死んでしまったら、この森から出る手掛かりが無くなるかもしれない。そんな考えは頭から抜け落ちていた。
彼が誰でも、何を思って死にかけているのかもどうでもいい。死なせたくない、死んでほしくない。
目の前で人体から流れ出る生命の熱を押し留めるのに、ただただ必死だった。
目の前の彼は、さっき愛久の頭からとった夢色の花弁を形の良い唇に当てる。それから、短い歌のような、何を言っているのか意味が理解できない発音の言葉を口にする。
途端、ジップパーカーで押さえた下から青い光がぼんやり僅かに漏れた。
――呪文……?
唇に当てている花弁が見る見る色を失い、萎れ、枯れる。変わりに止めどなく流れていた血が止まった。
恐る恐るジップパーカーを退ける。血に染まったローブを貫通し、ナイフが刺さっていた箇所から除くのは傷一つない。
回復魔法。
あ然としつつも血が止まってホッとしたと同時、どっと疲れた。
それから、徐々に愛久の頭に混乱が広がる。
あれは魔法だ。魔法以外に急激に傷が癒える現象を説明できない。ファンタジーな現象が起こった。
現実なのか、『不思議の国のアリス』みたいに夢を見ているのか。
病院のベッドの上で暇をしている大生に、漫画やら小説やらをよく届けていたし、その流れで読む機会もあったから、こういったものを知っている。
ライトノベルでよくある、異世界トリップというやつだ。しかしあれは創作物で、非現実的だと否定し、魔法が起こした奇跡を思い起こしては、あり得ないと否定して、でも自分は知らない言葉を喋っているし、誰が言ったか人間が想像しうるものは実現可能みたいな名言もあったような……等と思考が忙しなくグルグル回る。
彼の手がパタリと地面に落ちて、はたと我に返った。
血の気のない青白い顔に、愛久は寒気を感じた。血が止まっただけで、助かったとは限らない。
死んでないよな、と彼の手に触れる。ひんやりと冷たくて、愛久の方が心臓が止まりそうだった。
手首から脈拍を確認できたし、彼の顔に再び顔を寄せると、薄く息をしている。念入りに生存確認してやっと胸を撫で下ろす。
それでも、目を覚ますまで不安感が拭えない。いつ呼吸が止まるともわからない。どこにも辿り着けない愛久は、歯痒い思いで待つしかなかった。
何があってもすぐに対処できるよう、じっと観察する。
やっぱり、綺麗な顔だ。男ではあるのは愛久でもわかるが、整った柳眉は細すぎず、鼻筋がスッと通り、中性的。血の気のない現状を覗いても、肌は白く滑らかで傷一つない。閉じた目元にある、小さな泣きぼくろさえ魅力的。
シルクに似て艶々で美しい金髪も肌も血塗れなのが残念だ。
勝手に寝顔を観察しておきながら、なんだかドキドキしてくるくらいに美人。よく考えれば、知らない他人が寝顔を見てるって、ちょっと気持ち悪いなと我ながら思ってしまった。
これは安全を見守っているだけ、なにもやましくない。顔を逸らすも、気になってチラチラと見てしまう。
「大丈夫ですか? 今、止血します」
医者でも看護師でもないが、一般人向けの救護訓練に参加した経験はあった。今がその経験を活かすとき。
声掛けには反応する、意識ははっきりしていて愛久の存在を認識している。
ナイフは抜いてはならない。動かないようにしっかり固定する……目の前で刺されて倒れている人間を見るのも初めてで、焦る自分を落ち着かせる為に、教わった知識を頭の中で反芻する。
緊張して強ばる手が震えるも、これで間に合わせようと着ているジップパーカーを脱ぐが、先に横に寝かせてからの方がしっかりと固定できるかもと考えた。どんなに落ち着くように自分に言い聞かせても、焦りからか無駄な動きしてしまう。
愛久を見る彼の目が、大きく見開かれた。
「ぁた……」
「あまり喋らない方がいいです。あと、歌もやめた方が」
「しゃが……」
メロディはよく聞こえたのに、言葉となると声が掠れてよくわからない。何か伝えたいのだろうか。
言葉を聞こうと、彼の唇に耳を近づける近づける。
血に濡れた手が伸びてきて、愛久の髪に触れた。
頭から離れると、彼の赤い指先に小さな花弁が摘まれている。薄紫と藍色のグラデーションになった、これまたメルヘンチックな夢色をイメージさせる幻想的な色合いだ。
頭についたゴミなんて、気にしている場合じゃないのに。
「ぐっ……」
端正な顔を歪め、苦しげに呻いた。
「何をしてるんですか!?」
彼が深々と刺さるナイフ腹のを片手で抜こうとする。
ここで押し止めれば余計に深く刺してしまうし、争ってぶれる刃で傷口を広げてしまうかもしれない。止めようと上げた愛久の両手が、行き場がなく宙に浮く。
「抜くと血が大量に溢れ出て死んでしまいますよ」
声で注意するのが精一杯。
それでも、彼はやめようとしなかった。見ている方にも痛みが伝わってくるほど、震えながら脂汗をかく。
血塗れの刃が顕になってくるにつれ、ドプリと血が溢れる。
「止めてください、本当に死んでしまう……!」
愛久の悲痛な叫びも虚しく、とうとう力を振り絞って抜いてしまった。
堰をきって迸る血液。白いローブが一気に染まる。散らばる長い金髪まで伝った。
急いでジップパーカーを傷口に強く押し当てた。血が止まらない。ドロリとした生温かい感触が指の間から溢れる。濃い血錆のにおいが鼻につき、不快なそれらで胃から嘔吐感が込み上げる。
今、ここには愛久しかいない。助けられるのは自分だけだ。
ここがどこなのか、どこに町があるのかもわからない。助けを呼ぶこともできない、こんなことをしても何にもならないかもしれない。彼が死んでしまったら、この森から出る手掛かりが無くなるかもしれない。そんな考えは頭から抜け落ちていた。
彼が誰でも、何を思って死にかけているのかもどうでもいい。死なせたくない、死んでほしくない。
目の前で人体から流れ出る生命の熱を押し留めるのに、ただただ必死だった。
目の前の彼は、さっき愛久の頭からとった夢色の花弁を形の良い唇に当てる。それから、短い歌のような、何を言っているのか意味が理解できない発音の言葉を口にする。
途端、ジップパーカーで押さえた下から青い光がぼんやり僅かに漏れた。
――呪文……?
唇に当てている花弁が見る見る色を失い、萎れ、枯れる。変わりに止めどなく流れていた血が止まった。
恐る恐るジップパーカーを退ける。血に染まったローブを貫通し、ナイフが刺さっていた箇所から除くのは傷一つない。
回復魔法。
あ然としつつも血が止まってホッとしたと同時、どっと疲れた。
それから、徐々に愛久の頭に混乱が広がる。
あれは魔法だ。魔法以外に急激に傷が癒える現象を説明できない。ファンタジーな現象が起こった。
現実なのか、『不思議の国のアリス』みたいに夢を見ているのか。
病院のベッドの上で暇をしている大生に、漫画やら小説やらをよく届けていたし、その流れで読む機会もあったから、こういったものを知っている。
ライトノベルでよくある、異世界トリップというやつだ。しかしあれは創作物で、非現実的だと否定し、魔法が起こした奇跡を思い起こしては、あり得ないと否定して、でも自分は知らない言葉を喋っているし、誰が言ったか人間が想像しうるものは実現可能みたいな名言もあったような……等と思考が忙しなくグルグル回る。
彼の手がパタリと地面に落ちて、はたと我に返った。
血の気のない青白い顔に、愛久は寒気を感じた。血が止まっただけで、助かったとは限らない。
死んでないよな、と彼の手に触れる。ひんやりと冷たくて、愛久の方が心臓が止まりそうだった。
手首から脈拍を確認できたし、彼の顔に再び顔を寄せると、薄く息をしている。念入りに生存確認してやっと胸を撫で下ろす。
それでも、目を覚ますまで不安感が拭えない。いつ呼吸が止まるともわからない。どこにも辿り着けない愛久は、歯痒い思いで待つしかなかった。
何があってもすぐに対処できるよう、じっと観察する。
やっぱり、綺麗な顔だ。男ではあるのは愛久でもわかるが、整った柳眉は細すぎず、鼻筋がスッと通り、中性的。血の気のない現状を覗いても、肌は白く滑らかで傷一つない。閉じた目元にある、小さな泣きぼくろさえ魅力的。
シルクに似て艶々で美しい金髪も肌も血塗れなのが残念だ。
勝手に寝顔を観察しておきながら、なんだかドキドキしてくるくらいに美人。よく考えれば、知らない他人が寝顔を見てるって、ちょっと気持ち悪いなと我ながら思ってしまった。
これは安全を見守っているだけ、なにもやましくない。顔を逸らすも、気になってチラチラと見てしまう。
20
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
悪役令息の異世界転移 〜ドラゴンに溺愛された僕のほのぼのスローライフ〜
匠野ワカ
BL
ある日、リューイは前世の記憶を思い出した。
そして気付いたのだ。
この世界、高校生だった前世でやり込んでいたゲームかも? 僕ってば、もしかして最終的に処刑されちゃう悪役令息……?
そこからなんとか死亡エンドを回避するため、良い子の努力を続けるリューイ。しかし、ゲームのストーリー強制力に連戦連敗。何をやっても悪役令息まっしぐら。
ーーこうなったらもう逃げ出すしかない!!
他国に逃げる計画は失敗。断罪イベント直前に聖女に助けられ、何故だか他国どころか異世界に飛ばされてしまって、さぁ大変。
ジャングルみたいな熱帯雨林に落っこちたリューイは、親切なドラゴンに助けられ、目指すはほのぼのスローライフ!
平和に長生きしたいんだ!
ドラゴン×悪役令息
言葉の通じない二人のほのぼの(当社比)BLです。
出会うまでにちょっと時間がかかりますが、安心安全のハピエンBL。
ゆっくり更新です。ゆるゆるお楽しみください。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる