一なつの恋

環流 虹向

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…描けない。

俺は日焼け止めを忘れた姐さんにずっと日向に座ってもらって悪いと思いながらも、あと目を入れるだけで完成出来る姐さんをどうしても描けないんだ。

昨日たくさん触れ合った体の輪郭や秋の訪れが見える網目が広いカーディガンとチェックのノースリーブワンピースは描けたのに、今日帰ったらずっと背けられてしまう目がどうしても描けないんだ。

今は東京よりも寒いこの北海道の海で姐さんは冬が来ていないのに少し鼻を赤くさせてしまっていて、去年の忘年会後、一緒に朝まで飲み歩いたときの姐さんを思い出して俺は空描きしていた手を止めてしまった。

さき「もう北海道は冬みたいだね。ニット持ってきて正解だったよ。」

一「…俺も、ジャケット持ってきといてよかった。」

俺はずっと文句も言わずにそのままの体制で話しかけてくれる姐さんがやっぱり好きで、諦めるなんて出来ない。

俺は俺自身の諦めの悪さが自分の好きな人たちを苦しめてるのをちゃんと理解してるのに、それでもやめることが出来なくて今も好きな姐さんの前で涙を落としてしまった。

さき「…どうしたの?砂、入っちゃった?」

と、俺の涙を見て姐さんは今まで少しも動かずにいた体を動かし、俺の隣にやってきてくれた。

一「もう…、描けない…。」

さき「なんで?あと、目描くだけでしょ?えんぴつの芯折れちゃった?」

俺の絵の進行具合を見た姐さんは、俺の手にあるえんぴつの折れてない芯を確認しようと手を伸ばしてきた。

俺はもう自分の気持ちを抑えることにも嫌気がさして、手に持っていたえんぴつとスケッチブックを砂浜に落とし、何もなくなった手で姐さんの手と体を引き寄せてはちみつ飴の味がする姐さんとキスをする。

一「…諦めるの、無理。姐さんと会えなくなるの嫌だし、絵を完成出来ないまま帰りたくない。」

さき「でも…、明日から学校でしょ?」

一「それでも姐さんとずっと会えなくなるならこの浜辺にずっといたい。俺、海も好きだし空も好き。こうやって人が作れない自然の景色が視界いっぱいに広がるところ好きだから、こういうとこで姐さんと一緒にいたい。」

さき「…私も好きだけど、帰らないと。私たちは学校も仕事もあるんだよ。生きてるからお金を稼がないといけないし、ご飯も食べないといけない。だから一緒にいるだけなんて無理だよ。」

そんな現実のことは分かってるよ。

そういうことじゃなくて、姐さんとこれからも会える関係でいたいんだよ。

もう姐さんが俺と付き合いたいって思ってないのはたくさん分かったから、友達でもセフレでもなんでもいいから俺を姐さんの側に置いてほしいんだ。

なんで分かってくれないんだよ。

さき「ねえ…、一。」

俺が自分の気持ちが姐さんに全く届かないことに1人嘆いていると、姐さんは俺を呼んだ。

一「…なに?」

俺はいつのまにか離れていた姐さんの顔を見ると、姐さんはあの日のように想いを流す寸前で涙を止めていた。

さき「私は一と出会った時、流れ星の王子様がやってきたんだって思ったよ。」

一「…流れ星?」

さき「うん。この間、流星群のときにお願い事の叶え方教えたでしょ?」

一「うん。」

俺は姐さんが自分から俺の知らないことを話してくれてそれだけで嬉しくなり、涙が止まる。

さき「4年前に昨日、一に教えたことが起きて全部嫌になって、瑠愛くんがいたけどもう死んじゃおうかなって思ってたんだ。」

一「…なんで?」

さき「瑠愛くんのお兄さんのことがあったから、すぐに瑠愛くんを信用出来なかったのが原因。瑠愛くんにはたくさん悪いことしちゃった。」

と、姐さんは今この場にいない瑠愛くんに謝り話を続ける。

さき「なにも信じられなくなった私がまだ信じられたのは、ばばに教えてもらった願い事の叶え方と今まで買ってきたブランド物と貯金だけ。だからあの店が開けたの。」

一「TIMULooop?」

俺は姐さんが初めて出した店の名前を言うと、姐さんは頷いてくれた。

さき「お金だけは20歳にしては持ってたし、ブランドにときめきを感じなくなったから全部売ってTIMULooopの開業資金にしたの。」

一「…なんでBARにしたの?酒が好きだから?」

さき「それもあるけど、カウンターがあればみんな1歩向こう側にいてくれるから話してても気持ちが楽だったの。」

だから女嫌いでも、永海に優しい言葉を掛けられたし、いつも明るく振舞ってたんだ…。

さき「あとは流れ星にお願いした王子様が私の前に現れてもらうために、毎日外に出るように始めたよ。」

一「王子に会うために店始めたの?」

さき「うん。私、極端なインドアだからそうしないと出会えないなって思って。」

と、俺に笑顔を向けてくれる姐さんから一粒の涙
溢れた。

一「…なんで、俺だと思ったの?」

さき「流れ星みたいに私の元に来てくれたから。そうお願いしたけど、本当に落ちてくるとは思わなかったよ。」

姐さんは俺が階段から転げ落ちた出会った日を思い出して笑ってくれる。

さき「その時からずっと一が1番大好きだよ。何も知らないけど瑠愛くんが連れてきた人はいい人なの知ってるし、知ってからもずっと好き。だから私は一のこと1回も嫌ったことないよ。」

一「だって…」

俺は姐さんとの思い出を思い返し、姐さんが1度も俺の事を嫌いなんて言ってなくてただ俺と関わるのを避けていただけに気づく。

俺はずっと自分の嘘で嫌われて避けられることばっかりだから、避けるが嫌いってイコールになっていたけどそんな事はなかったと姐さんが今教えてくれた。

さき「私は一に女の子って思われたまま、いなくなりたかった。他の人は私のこと知ったらいなくなったから、一にだけは嘘を突き通して“さきちゃん”でいたかったの。」

一「…俺、知ってもいなくならなかったじゃん。」

さき「…瑠愛くんとちゅーしたでしょ。」

一「え?いつもしてるじゃん。」

俺は姐さんが見ている席で瑠愛くんに求められてキスをしたことを思い出し、首を傾げる。

さき「瑠愛くんのちゅーでパンツ汚したでしょ。私が男か質問したでしょ?」

俺は瑠愛くんとしたことが姐さんにバレてて焦る。

さき「全部、瑠愛くんが私と一がくっつけばいいなって思ったからそうしたんだって。私は何もしないでほしかったよ…。」

と、姐さんは悲しそうな顔をして小さくなってしまう。

一「…なんで?」

さき「そうしたら一が今みたいに泣くことなかったもん。男だから無理ってなってくれたはずなのに、瑠愛くんが男も女も教えちゃったから一のこといっぱい傷つけちゃった。」

そう教えてくれた姐さんは泣き出してしまった。

…たしかに、瑠愛くんとのキスがなかったら俺は姐さんが男と知って逃げていたかもしれない。

けど、瑠愛くんがいなくても俺の周りには男女関係なく好き合ってる人たちがいるから、姐さんのことを諦めなかったかもしれない。

全部、かもしれないの話にはなってしまうけれど、姐さんを好きになったことは偽りなんかなくて、今も俺のことで泣いてしまう姐さんを温めたいから抱きしめるんだ。

一「いっぱい傷つけていいよ。俺、親にいっぱい殴られてきてるから痛いの少し平気。」

さき「やだよ。好きな人が傷つく事なんてしたくない。」

一「傷はちょっとしたら治るって瑠愛くんの彼女が言ってたんだ。時間は掛かるけど傷は治るし、こんないっぱいのガラクタの寄せ集めで生きてる俺たちの世界で怪我しないなんて無理だよ。」

さき「…悠ちゃん?」

一「そう。俺と同じ学校通ってる。海斗の神さま。」

俺がそう言うと姐さんがため息をつき、俺が姐さんを抱きかかえている腕に顔を埋めた。

一「どうしたの?」

さき「悠ちゃんが瑠愛くんの彼女って知らないでしちゃったの。」

一「…え?」

さき「音己よりも濃いセラピーお互いでしちゃったの。」

…どうなったらそうなるんだよ。

俺は姐さんの性遍歴の内容の濃さに出るものも出なくなる。

一「てか、お互いって?」

さき「悠ちゃんは男の子苦手だから2人してトラウマ克服してみようってなったの。男の子苦手でも瑠愛くんと付き合うんだからきっとすごい好きなんだろうね。」

と、姐さんは2人のことを想ったのか、目を少し腫らしたまま微笑んだ。

けど、悠がどうしても男が苦手とは思えなくて、悠は姐さんに嘘をついて心の幅を広げようとしたんだなと感じた。

一「…姐さんは克服したの?」

俺は姐さんに首を横に振ってほしくて質問する。

さき「…最後の秘密になっちゃうけど、いいの?」

…あれ、まだ残ってたんだ。

けど、これに最後の秘密を使っていいのか悩んでしまう。

俺がその1つを使うか悩んでいると姉さんは俺にキスしてきた。

さき「私は一が好き。一は私のこと好き…かな?秘密2個目教えて。」

そんなの分かりきってんのに使っちゃっていいのかよ。

そんなのずっと前から姐さん知ってるじゃん。

一「俺も出会ってから姐さんのことずっと好きだよ。始めは大人っぽいお姉さんだから好きになって、あの日の夜、俺の寂しさを姐さんが受け止めてくれたから姐さんを好きになったんだ。」

俺はずっと言えなかった姐さんへの好きをちゃんと伝えて、諦めがつくのか試してみることにした。

一「ホテルに行くとみんなヤるしか脳がないのに、姐さんは俺のことを抱きしめて俺が寝るまで涙を拭き取ってくれたから好きなんだ。
自分の気持ちを隠して他の人の気持ちを尊重する姐さんも好きだけど、俺は今みたいに好きなものに対して好きって言う姐さんが好きだよ。」

諦めって…、ついてんのかな。

こんなに好きって言って姐さんへの想いがたくさん目から溢れてくるのに、諦めなんかつくのかな。

一「秘密が多い姐さんだけど、それでもまだ好きが溢れるんだ。だから姐さんにたくさん会いに行ったし、こうやって出かけたりする。姐さんが泣きそうな時、夕空を見上げるんじゃなくて俺を呼んでよ。俺はキスして照れないけど、姐さんが赤くなるのをみたい。」

静かに俺の言葉を受け取ってくれる姐さんに俺はキスをして強く抱きしめる。

一「姐さんは俺より足が速いから追いかけるの大変なんだよ。だからもう逃げようとしないで。何も感じられないほど寂しい時は俺の体温をあげるからゆっくり体があったまるのを感じてほしい。」

俺は姐さんと手を絡めて、俺より冷たい姐さんの手を温める。

一「…俺はずっと立ち止まったままで姐さんが来てくれるのを待ってたけど、やめるよ。」

俺は姐さんが言っていた全ての言葉を思い出し、姐さんの目を見て言う。

今ここで今までの日向 一をやめる気持ちは固まった。

あとは、この気持ちをどう片付けるか。

一「俺が立ち止まっても俺を抱えて同じ場所に連れて行ってくれた奏たちのためにも絵を描くのはやめないし、姐さんにこれからもいっぱい側で見てほしいから、この気持ち終わらせるために思い切り振ってくれないかな。」

俺は姐さんに最後のお願いをする。

俺のこの気持ちがなくなれば姐さんは俺の側にいてくれるはずだから。

姐さんが思う幸せが俺には叶えられないから、その幸せに1歩だけでも近づくために俺の願いを叶えてほしい。

さき「私のこと、たくさん追いかけて抱きしめて温めてくれてありがとう。」

一「うん。」

俺は涙で俺のことが見えなくなりそうな姐さんの目元を拭いながら、笑顔で姐さんの言葉を受け取る。

さき「こんな私の秘密をいっぱい知っても、たくさん好きって言ってくれてありがとう。」

一「うん。」

さき「一が望んでいた存在にはなれないけど、私はずっと一が大切な人で1番大好きなのは変わらない。だから一の幸せをこれからたくさん私にもお祝いさせてね。」

一「うん。ありがとう。姐さん、大好きだよ。」

さき「私も大好きだよ。」

俺たちは最後に愛をいっぱい届けた唇を合わせて、お互いの気持ちを渡し合いこの恋愛を忘れないように砂浜に落としたスケッチブックとえんぴつで描き綴り、過去の思い出として残し合った。




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