一なつの恋

環流 虹向

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朝が明ける前、夏の携帯に悠からメッセージが届いた。

『瑠愛くんの携帯探して、おうちで待ってて。』

というとてもさっぱりした文章で、昨日のことが全て悪夢なんじゃないかと思うほどだ。

俺は瑠愛くんが電話で言っていた姐さんの携帯に入っているGPSアプリを使って携帯を探し出し、瑠愛くんの家の玄関で夏と一緒に2人の帰りを待つ。

けれど、俺たちは何も話すことなく俺は昨日も嗅いだ靴箱から漏れる消臭剤の花の香りに鼻が慣れて、鼻の中がフローラルになっていると夏の携帯が鳴った。

夏は俺が聞こえるようにスピーカーにして悠から来た電話に出た。

夏「悠!」

『あ、夏くんおはよう。』

と、優しく笑顔が見える声で瑠愛くんは夏に挨拶をした。

すると夏は安堵したのか急に泣き始めて挨拶を返し忘れてしまう。

瑠愛『あのね、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな…?』

瑠愛くんは不安げな声で質問してきた。

一「なんでも言って。」

夏「俺たちのとこ帰ってくるならなんでもする。」

瑠愛『…2人ともありがとう。出来ればなんだけど迎えに来てくれるかな?半裸で靴がない男だとどうしてもタクシーが掴まらないんだ。』

そう言って笑いながら瑠愛くんは話すけれど、その申し訳なさそうな声が俺の涙も誘う。

瑠愛『あと、悠ちゃんに服持ってきてあげてほしいんだ。…ちょっと使うには難しくなっちゃったから。』

全ての言葉に俺たちまで思いやる瑠愛くんの優しさはどうしたら報われるんだろう。

一「分かった。今、瑠愛くんの家にいるけどそこから借りていい?」

瑠愛『うん!この間、一くんが寝た部屋に大きめのシャツがたくさん入ってるからそこから取って。』

一「分かった。」

俺はすぐに瑠愛くんと悠の元へ行けるよう、ゲストルームに向かいながら海斗に今日の昼に返却する予定のレンタカーを出すように電話で伝えて、夏と一緒に海斗が飛ばしてきてくれた車に乗る。

夏は電話を繋げたまま、海斗に瑠愛くんと悠がいる住所を教えて瑠愛くんと会話を続けるが向こうのバッテリーがだんだんと減ってきたので一旦切ることになった。

海斗「…なんで、悠さんは乗ったんだ?」

と、悠を尊敬する海斗は昨日あった出来事を聞いて困惑しながら車を走らせる。

一「瑠愛くんが好きだから。」

夏「…それもあるけど、元は自分の体をあまり大切に扱わない子だったから。」

そう夏は寂しそうに言った。

海斗「…そうなのか。だから何もしないって言ってたのか。」

海斗はこの間、相談した時に悠が話していたことを思い出し、その理由を理解する。

俺も夏の言葉を聞いて悠がどんな子か初めて知り、昨日ちゃんと手を掴んだままでいればまた体を傷つけさせることはなかったのにと、どうしようもない後悔をしていると海斗が道の端に車を一時停止した。

海斗「…夏に教えてもらった住所的にはここら辺だが、見つからないな。」

夏「俺、降りて探してみる。」

一「俺も。海斗は車停められそうな場所見つけて。」

海斗「分かった。」

俺は足が早すぎる夏を呼び止めてバッテリーが僅かと言っていた瑠愛くんにもう1度電話をしてもらい、何か目印になるものを聞くと赤い鉄塔が見えると瑠愛くんは言った。

俺と夏はフクロウのように首を回しながら赤い鉄塔付近に向かい、瑠愛くんと悠を探す。

夏「一くん!あそこ!」

と、夏が指した何もない畑の向こうにある寂しい自販機の隣に半裸の男の腕の中にシャツしか着ていない女らしき人が2人して顔を埋めているのを見つける。

一「…いた!」

俺たちはその2人めがけて走ると、その足音で気づいたのか、悠を抱きしめ続けていた瑠愛くんが俺たちを見て嬉しそうに手を振る。

けれど、嬉しそうに笑う瑠愛くんの顔はアザや腫れがあって、ほくろのようなバラのタトゥーが入った目元は何かで削られたような傷が出来ていた。

夏「瑠愛くん!その傷どうしたの…?」

と、夏が1番に駆けつけて瑠愛くん少し膿んでしまった傷を、持ってきた水とハンカチで優しくバイ菌を拭き取る。

瑠愛「清算にちょっと手こずっただけだよ。」

そう言って体も傷だらけな瑠愛くんは優しく夏に微笑んだけれど、夏はとても悔しそうな顔をして持ってきた水で瑠愛くんの顔全体に出来た傷も洗い流す。

俺はその隣で悠の様子を見ようと顔を覗き込もうとすると、髪の毛の合間から見えた腕には昨日はなかった色が塗られていた。

一「…悠の体、どうなってんだ。」

俺はそっと悠の腕を取り、見てみるとその腕にはたくさんの噛み跡とキスマーク、そして手や縄で縛られた跡が無数にあった。

きっと、このシャツの下はもっとひどいんだろう…。

瑠愛「…ごめんね。2人の友達、守りきれなかった。」

そう言って瑠愛くんは自分を責めて泣いてしまう。

一「瑠愛くんのせいじゃないって。」

夏「そうだよ。俺があの時、一くんの電話で逃げ…」

「もういいよ。」

と、ずっと顔を埋めていた悠がゆっくりと顔を上げて俺と夏をまぶしそうに見上げる。

悠「こんなのちょっとしたら治るよ。」

…また、自分を傷つけられても本心を隠してしまう子を見つけてしまった。

みんな優しくて人間としての魅力が備わってるすごい人なのに、なんで嫌なことを全て飲み込んでしまうんだろう。

俺はまだ助けられていない人を悠のわたがしみたいな優しい笑顔を見て思い出す。

夏「…ごめっ。…ごめんね。」

と、夏は瑠愛くんより涙を流して悠に謝る。

悠「夏くん、私との約束守ってよ。」

そう言って悠は赤紫に染まった毒々しい色の腕を夏の顔に持っていき、涙を拭き取り続ける。

1番泣きたいのは悠なんじゃないのかなと俺は思ったけど、きっと俺みたいに人前で涙を流すのが苦手なんだろう。

一「これ、2人の服持ってきたから。」

俺は2人に服を差し出し、俺たちの元に戻って来れたことを見せる。

夏「…そうだ。これ、お茶持ってきたよ。」

夏も瑠愛くんに頼まれた物を出し、傷だらけの2人に一安心してもらう。

そうしていると俺の携帯が鳴り、海斗が今俺たちがどこにいるか聞いてきた。

俺は海斗がいるという広場に1人で走っていき、3人がいる自販機の前まで案内していく。

海斗「2人が無事でよかった。」

一「…無事なのかな。」

海斗「元の場所に戻れたなら俺は無事だと思う。」

一「そっか…。」

俺は海斗の言葉で少し心の重りがとれ、前方に3人が見えたので車の天窓を開けて大きく手を振る。

一「おーい!」

俺は風で飛んでいく前髪を気にせず、抱き合う3人に気づいてもらうために声をかけると3人は優しい笑顔で手を振ってくれた。

昔の俺だったらこんなことしないだろう。

けど、自分がしたいことを素直にした結果が、みんなの温かい笑顔に繋がるのであればこのおでこの傷も忘れることが出来るかもしれない。

瑠愛「海斗くん、ありがとね。」

と、瑠愛くんは車に乗り込み、悠がいる1番後ろの後部座席に一緒に座る。

海斗「いえ。また会えてよかったです。」

瑠愛「…俺も会えてよかった!」

車に全員乗り込み、瑠愛くんの家に帰る道すがら悠は瑠愛くんの膝枕に心地好さそうに寝て、瑠愛くんはその悠の寝顔をそっと撫でて愛おしそうに笑い車内でかかっている音楽を鼻歌で歌い始める。

その鼻歌はやっとしがらみから解放されたような軽やかな歌声で、やっと瑠愛くんの人生が始められるんだなと俺は安心して少しの間眠りについた。





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