一なつの恋

環流 虹向

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俺は瑠愛くんの家で家主をずっと待っているけれど、まだ帰ってこない。

レオさんの家にいても良かったけれど、夢衣が恥ずかしいから外に行っててほしいと言ってたので俺が今いられる場所はここにしかない。

ひとりを感じ始めた俺は夕方頃、1通だけ来た瑠愛くんのメッセージをもう1度見返す。

『ゆうぢ』

という、謎の3文字を送っただけの瑠愛くんは桃汰さんといて無事なのかとずっと玄関に1人座って考えるけれど全く分からない。

俺はただ瑠愛くんが無事に帰ってくる事しか願えない事に無力さを感じていると、手にずっと持っていた携帯が鳴り画面を見ると姐さんから電話が来ていた。

俺はなんで今、姐さんから電話が来るんだろうと不思議でしょうがなかったけれど声を聞くために出てみる。

『あ!一くん!』

と、少し息が上がった瑠愛くんの声が聞こえた。

一「え!?瑠愛くん?」

瑠愛『うん!瑠愛だよ!一くん、今どこにいる?』

一「今、瑠愛くんの家でずっと瑠愛くんのこと待ってたよ。」

瑠愛『ごめんね。あの後いろいろあって携帯取られちゃって、さきちゃんに借りてるんだ。』

そうだったのか。
だからメッセージを送っても無視されていたのか。

瑠愛『一くん、今から外出れる?ちょっと脚借りたい。』

一「いいけど、何があったの?」

俺はすぐに靴を履き直し、エレベーターに乗り込む。

瑠愛『今、俺の友達が桃汰に狙われてるんだ。見つけ出したらどこでもいいから連れてってほしい。』

一「え!?今、瑠愛くんの友達どこにいるの?」

瑠愛『さっき、俺の携帯のGPS見たらハイカラ町の駅の方に向かってたからきっとそこら辺に桃汰も友達もいる。』

一「分かった。」

俺はエレベーターで1階に降り、すぐにタクシーに飛び乗り5分で着くハイカラ町に向かう。

瑠愛『俺、さきちゃんの携帯で桃汰の事追うから一くんは夏くんに電話かけてほしい。』

あれ?
夏の名前知ってるのか…。

少しもやっとしたけれど、今は関係ない。

そういえば、夏が嫌なことされたって前に言ってたし、もしかしたらその時に桃汰さんたちと関わりを持ってしまったのかもしれない。

一「分かった。俺、とりあえず1番近くにあるハイカラ町駅前の南口の方で降りる。」

俺は自分を助けてくれた夏を助けに行くためにタクシーの中でしっかりと靴紐を結び直す。

瑠愛『OK!俺、西口付近向かってるから!』

俺と瑠愛くんはとりあえず駅前で落ち合うことを決めて、電話を一旦切る。

俺はその電話してから数分後、タクシーを降りてすぐさま夏に電話するとしっかり出てくれた。

一「夏!瑠愛くんと一緒にいるか!?」

夏『いないよ?会いたいけどメッセージ見てくれない。』

まだ会えてないのか。
瑠愛くんは西口付近にいるって言ったけど夏はどこにいるんだろう。

一「夏って今どこ…!?」

夏『ん?えー…と、ハイカラ町の駅前を東口から西口に向かって歩いてるとこ。』

そんなに呑気に答えてる場合じゃないのに、ゆったりと話す夏に俺は少し焦る。

一「とりあえずどこでもいいから電車乗れ!」

夏『え?なんで?』

一「なんでもいいか…」

『みーっけた♡』

俺はとりあえず電車に乗ってもらって時間を稼ごうとしたけれど、電話の向こうから桃汰さんの声が聞こえた。

桃汰『旅行楽しかったぁ?』

と、夏の様子をずっと監視していたのか、そう話しかける桃汰さん。

俺は夏が教えてくれた東口から西口に向かう駅沿いの道に近道するため駅の改札を通り抜け、夏がいるはずの道を駆け抜けるけれど見当たらない。

人が行き交う中に夏がいないか探しながら俺はいつのまにか切れてしまった通話を繋げようとするけれど、何かあったのか出てくれない。

こんなに急いで夏がいるはずの道に出てきたけど、いないってことは別の道にいるのか?

俺は頭の中にあるハイカラ町付近のマップで駅の東口から西口へ行く時、専門1年の頃よく奏が間違えていた道へ走ってみると瑠愛くんがトートバッグを大切そうに抱える夏とクラスメイトの悠を背中に抱えているのが見えた。

一「瑠愛くんっ!」

俺は3人に気づいてもらうために大きい声で呼び、急いで駆け寄る。

瑠愛「いっくん、この2人連れてってくれる?」

と、俺のことを“いっくん”と呼ぶ瑠愛くんが見ている方向に目を移すと、黒塗りの車に寄りかかる桃汰さんとその車の窓から顔を出すツツミさんがいた。

桃汰「だーめ。一緒に遊ぶの。」

そう言って桃汰さんが悠の腕を掴もうと手を伸ばしてきたのを俺たち3人で叩いて止める。

…とういうより、なんでここに悠がいるんだ?

俺がこのメンバーに困惑してると桃汰さんは手を叩かれた事も構わず、楽しそうに笑顔を作った。

桃汰「王子様3人もいて幸せ者だねぇ。悠ちゃん♡」

悠「…だから?」

悠は桃汰さんのことを何も知らないのか、学校では見たことない怒った様子で言葉を返した。

桃汰「女の子って守ってもらうと好きになっちゃうもんでしょ?白馬の王子様的なぁ…?」

と、悠の様子を見てもその話を続ける桃汰さん。
その笑顔が昼のことを思い出して少し怖い。

悠「白馬も王子もいらない。厩番うまやばんがいてくれればいいの。」

桃汰「…やっぱり面白い子だなぁ!彼女になってよ♡」

…こいつにとっての“彼女”は自分の欲求を満たすおもちゃを統一した名前らしい。

俺は夢衣のことをおかしくした桃汰さんにイラついていると、瑠愛くんが悠の腕をそっと優しく掴むのが見えた。

瑠愛「だめだよ。悠ちゃんはまともな人と付き合うんだから。」

桃汰「シンジはまともじゃないのに付き合えたじゃん。」

一「え?そうなの?」

俺は悠と瑠愛くんが付き合っていたことに驚き、思わず聞いてしまうと悠は静かに頷いた。

…だからこの場に夏と悠が一緒にいて、瑠愛くんが必死に探していたのか。

桃汰「桃汰も付き合いたいぃ。面白い子とデートしたいよー。」

そう駄々をこね始めた桃汰さんにツツミさんは呆れ顔をしてため息をついた。

ツツミ「とりあえず乗せろって。時間取るな。」

桃汰「ごめんなさーい。」

と、桃汰さんは悠にまた1歩近づいてきたので俺と夏は悠を抱き寄せ、瑠愛くんは悠を守る壁になる。

瑠愛「だから触んなって。俺をいじめたいなら俺だけ連れていけよ。」

ツツミ「それじゃあつまらないんだよな。」

そう言って、あの張り付いた笑顔を崩した顔で瑠愛くんの様子を眺めるツツミさんを見ると俺はあの日の夜のことを思い出し恐怖で心臓が痛くなる。

桃汰「そうだよー。シンジってある程度の事耐えちゃうじゃん。」

瑠愛「だからって俺の友達傷つけるなよ…!お前たちのせいで雅紀が…」

と、瑠愛くんは姐さんのことを何か言いかけて口を噤む。

ツツミ「雅紀は化けたよなぁ。シンジも化けたけどな。」

桃汰「ですよねー。一緒に働いてた時が懐かしい♡」

瑠愛「…その話、もういいから。俺だけ連れてけよ。」

瑠愛くんがとても嫌そうな声で話すと2人の張り付いた笑顔が元に戻ってしまった。

ツツミ「お前、こいつらに言ってないのか?」

桃汰「だから新しいお友達出来るのかぁ。」

2人は念願のおもちゃを買ってもらった子どものように喜んだ顔をする。

ツツミ「シンジ、お前ちゃんと自己紹介しろよ。」

瑠愛「…俺、最上 瑠愛もがみ るあだけど。」

桃汰「違うじゃん。津々美 信二つつみ しんじじゃん。」

そう言って桃汰さんはその名前が書かれた古い名刺を取り出し、瑠愛くんの顔写真がついているのを俺たちに見せびらかす。

瑠愛「…もう、違う。」

瑠愛くんの声はだんだんと威勢がなくなり、震え声になってしまう。

桃汰「お前は津々美 信二で目の前の車に乗ってる津々美 信一つつみ しんいちさんがお兄さんでしょ?」

桃汰さんはまた似たような名刺を取り出し、2人が同じ苗字、似通った名前ということを俺たちに伝えてくる。

瑠愛「俺…、こんな奴と家族じゃない。」

津々美「ひどいな。俺の事が心配でこの街に来たんだろ?だったら最後まで守ってくれよ。」

瑠愛「…お前が俺の手も恵美さんの手も振り払ったんだろ!」

…この人が栄美先生の友達だった人なのか?

俺を使い倒した雑巾にしてそれでも汚物まみれにしようとしたこの人が、瑠愛くんのお兄さんで栄美先生が言ってた戻れなくなった人…?

俺は驚きが隠せないでいると、瑠愛くんがこちらを向き俺たち3人に申し訳なさそうな顔を見せた。

瑠愛「ごめんねぇ…。ずっと内緒にしてたけど、このゴミクズが俺の腹違いの兄なんだー…。」

と、瑠愛くんは今にも泣き出しそうな顔をして津々美さんを指した。

津々美「兄の紹介でゴミクズって言葉使うなんて兄不幸にもほどがあるぞ。」

瑠愛「…黙れよ。俺の人生も俺の友達の人生もめちゃくちゃにしたくせに。」

津々美「弟だけが幸せなんて腹が立つからな。」

桃汰「同期の奴が抜け駆けするなんてありえない。」

2人はもう元に戻れなくなった腹いせに瑠愛くんをいじめているのか…?

瑠愛「もう…、俺の人生から消えろよ。」

津々美「無理だ。竿で繋がった血が流れてるんだ。お前も少なからず俺と父親と同じ“ゴミクズ”の血が流れてる。」

桃汰「早く遅く生まれても、生まれた時点で信二は信二だよ。」

…2人の言う通りだ。

どんなに抗っても俺はあの父親と母親から生まれたから日向 一であって今ここにいる。

どんな環境下で育てられたとしても、血筋は受け継がれてしまう。

けど、人1人として生まれたなら道は自分自身で選ばせてくれよ。

瑠愛「もういいって。俺の友達今0人になったから。」

そう言って瑠愛くんは夏に姐さんの携帯を渡した。

瑠愛「これ、さきちゃんに返しといて。俺から返せなくてごめんねって伝えておいて。」

夏「…瑠愛くん。」

瑠愛「俺、嘘ついちゃってごめんね。もっと一緒にいたかったから誤魔化しちゃった。」

…俺と瑠愛くんは同じだったんだ。

瑠愛「俺からお願いしてたくさん走らせたのに嫌な気持ちにさせてごめんね。」

と、瑠愛くんは俺と目を合わせずに謝る。

俺はそれが嫌で自分がこういう時に1番欲しい言葉を瑠愛くんにあげる。

一「瑠愛くんは悪くないよ。」

そう言うと瑠愛くんは俺と目を合わせて涙が溢れてしまう。

瑠愛「ううん。俺のせいでみんなを怖い目に合わせたんだ。本当にごめんね…。」

瑠愛くんがずっと謝ってたのはこの事をずっと黙っていたかったからなんだ。

けど、瑠愛くんは何も悪くない。
こんなに優しくて大切なものを守ろうとする瑠愛くんが泣く必要がないんだ。

俺は瑠愛くんの涙を拭こうとして手を伸ばそうとすると、俺より小さい手が瑠愛くんの顔に伸びたけれどそれを瑠愛くんは止めてしまった。

悠「瑠愛くん、お土産買ったの。一緒に呑もうよ。」

瑠愛くんに涙を拭く事を拒否された悠はこんな状況でも瑠愛くんをあの2人から引き戻そうとそう言った。

瑠愛「俺、信二なんだ。…汚い体でいっぱい触ってごめんね。」

悠「…信二は汚くないよ。汚いのは後ろの2人だよ。」

俺もそのあとに続いて言葉を出そうとしたけれど、桃汰さんが先に言葉を放った。

桃汰「言うねー!やっぱり…」

悠「黙ってくれない?私のこと女扱いする人嫌いなんだけど。」

そう言って悠は桃汰さんを睨みつけた。

それを聞いて頭に?が浮かぶ桃汰さんは津々美さんに悠の言葉の意味を聞きに行く。

悠「信二、一緒に帰ろうよ。」

瑠愛「帰りたいけど、無理っぽい。」

津々美「そうだぞー。これから俺たちと東京観光だ。」

桃汰「いえーい♡レインボーブリッジ行きましょー!」

瑠愛「…そう言うことだから、ここでみんなとバイバイだよ。」

と、瑠愛くんはとても寂しそうに呟いた。

悠「いつ帰ってくるの?」

津々美「帰る予定はないぞ。」

桃汰「東京観光して新居に行くんだよ?今使ってる家は後で解約するよ。」

悠「…やだ。」

悠はその一言で初めて2人の笑顔を引き攣らせる。

津々美「やだって言われ…」

悠「嫌だ!…初めて、みんなが認めてくれるまともな人を好きになれたのに。」

そう言うと悠は泣き出してしまった。

瑠愛「悠ちゃ…」

桃汰「信二がまともなわけないじゃん。もしかして悠ちゃんもまともじゃない?」

津々美「まともな奴が俺の弟で体売る仕事を続けてるわけないだろ。」

一「お…」

悠「うるさいっ!弟だからってお前が信二の人生決めるなよ!体でお金稼ぐなんてみんなやってるよ!」

悠は俺が言おうとしていたことをこの場に響き渡る怒号で2人にぶつける。

瑠愛「…悠ちゃん。もういいよ。」

そう言って瑠愛くんは怒る悠を抱きしめた。

悠「信二も信二だよ。こんなのに人生言われた通り生きなくていいよ。」

瑠愛「…悠ちゃん。ごめんね。俺、色々ツケあって清算しないといけないんだよ。」

その清算は瑠愛くんのやりたいことを全て奪ってしまうほど、価値があるのかな。

悠「借金してでも経験を買いなさいって誰か言ってたよ。」

瑠愛「けど、返さないと。」

悠「踏み倒そうよ。」

瑠愛「そうしようとしたけど逃げきれなかったなぁ。」

瑠愛くんは優しく笑いながら悠の頭を愛おしそうに撫でてゆっくりと離れた。

瑠愛「元気でね。バイバイ。」

「「「待って!」」」

俺たちは瑠愛くんの手を引き戻そうとしたけど、瑠愛くんは自分の意思でするりと腕を逃し車に乗ってしまった。

桃汰「んじゃ、これでみんなとお別れだねー。ばいばーい。」

と言って、桃汰さんは夢衣のことなんか気にせずに車に乗り込み発車準備を始める。

悠「ずっと一緒って言ったもん。」

そう呟いた悠が持っていたリュックからビール瓶3本取り出し、車の進行方向に向かって同時に全て投げつけた。

桃汰「…おい!イカれてんのかよ!」

イかれてる桃汰さんが驚いたのか、車の扉を開けて悠に怒鳴る。

悠「私の1晩はいくら?」

悠はそう桃汰さんに聞いた。

夏「…悠、やめて。」

悠「女、今年で20、ピル服用、上から95・56・88の女の価値は?」

一「そんなこと言うな。」

俺は急いで悠の口元を塞ぐが、悠は俺の手を振り払ってしまう。

桃汰「んー?どうだろ?信一さん聞いてた?」

と、桃汰さんが質問すると後部座席の窓が開き、津々美さんが真顔で悠をじっと値踏みするように見つめる。

津々美「まあ、これと遊べるなら俺が払ってもいいかもな。」

瑠愛「…ダメ。」

津々美さんの後ろで驚いた顔のまま涙が溢れる瑠愛くんが瞬きもせずに拒否する。

悠「私も乗るからお兄さんは前乗って。」

瑠愛「悠ちゃん、来ないで。」

と、津々美さんが開け放ったドアの向こうで瑠愛くんは俺たちの知らない間に拘束された体で全力で拒否する。

悠「お兄さん。私の1晩を信二が作った全部のツケに回してよ。」

津々美「それはお前次第だろ。」

悠「絶対じゃないとダメ。何するの?」

津々美「…まあいいか。とりあえず4P?」

桃汰「やったぁ♡」

そう言いながら津々美さんは助手席に乗り込み、桃汰さんは自分が開けた扉を閉めて車を出す準備万端にする。

一「ダメだって!」
夏「ダメだよ!」

俺は車に足を進めようとした悠の腕を夏と一緒に引き止める。

悠「…なんで?私が女だから?」

一「女男関係なくコイツらやばいんだって。」

夏「俺が汚れた原因はこの人たちなんだよ。」

そう言うと悠はため息をつき、体の力を抜いてくれた。

俺と夏は一安心してそっと悠から腕を離すと、悠は夏にリュックを投げつけて津々美さんが開けっ放しにした車の後部座席に飛び乗った。

夏「悠!」

一「行くな!」

悠「明日、みんなで呑み会しようね。」

そう言って悠が扉を閉めて笑顔で俺たちに手を振ると桃汰さんが早々車を出し、どこかへ行ってしまった。

俺はすぐさまタクシーを拾おうとしたが、この時間はタクシーのピーク時間だからか全く摑まえることが出来なくて俺たちは自分自身の脚で探し回ったけれど2人が見つかることはなかった。




→ 神様
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