一なつの恋

環流 虹向

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本当に良かったんだろうか。

俺はナミエさんを駅に送った後、ツツミさんたちと待ち合わせ場所のカフェに向かうために近場のコンビニで傘を買って雨をしのぐ。

ナミエさんは『いいの』と言って、俺をホテルに連れ込んで自分がレオさんとしたいことを俺にして気分は晴れたんだろうか。

俺は片想い仲間のナミエさんのことを考えていると、待ち合わせしているカフェの隣に黒塗りの車が止まっていることに気づくと同時に扉が開いた。

ツツミ「いっくん、お疲れ。」

ツツミさんはいつものように張り付いた笑顔で傘を差して車から降り、後部座席の扉を開けると社長の枉駕さんが出てきた。

枉駕「降られて遅かったの?」

一「コンビニで傘買ってました。すみません。」

俺は車に駆け寄り枉駕さんに謝る。

枉駕「じめついてるから早く入って。」

と、枉駕さんは自分が乗っていた座席を指すので俺はそのまま車に乗ると、中にはツツミさんの彼女のユミさんがいた。

ユミ「いっくん遅い。」

ユミさんは俺を軽く睨みつけ、自分の隣の席を軽く叩き早く座れと無言で言ってくる。

一「俺、用事が…」

と、俺は外に戻ろうと後ずさりすると後ろから尻を撫でられて俺は驚き、席に座って後ろを見ると枉駕さんが笑顔で俺のことを見ていた。

枉駕「美味しいの食べましょうね。」

枉駕さんはそう言って俺の隣に座り、少し狭い空間で俺は両脇をこの世で1番挟まれたくない2人に挟まれてしまい身動きが取れなくなる。

ツツミ「じゃあ9番街のコンビニまで行ってください。」

と、ツツミさんは運転手に伝えて車を出させる。

9番街に肉屋なんかあったか?と思いながら俺は少しの間、静かに寒気を耐えているとあっという間に車は着き、ツツミさんは運転手から傘を貰い枉駕さんと腕を組み俺たちが出てくるのを待つ。

ユミ「早くー。いっくんなんで出ないの?」

ユミさんは遊園地前ではしゃぐ子どものように目を光らせて俺の背中を小突く。

俺はしょうがなく運転手から備え付けの傘を貰い、ユミさんが濡れないように差しているとユミさんは俺の腕を力強く組み俺が離れないようにする。

「では、また後ほど。」

と、言って運転手は車に乗って颯爽去っていってしまった。

すると、向こうにある遊歩道のコンビニ前にいた俺が知ってる人と目が合う。

俺はこの状況で声はかけられないなと思い、コンビニの屋根下にある傘立ての隣で雨宿りしている夏に軽く手を振ってから、ツツミさんが行く飲食店がないはずの路地を進む。

ツツミ「いっくん、どこの部位好き?」

一「イチボとかですかね…。」

ユミ「私、しんたま。」

ツツミ「俺はホルモン。」

と、ツツミさんは広角を上げたまま俺を横目で捉える。

その目はいつも俺を見る目よりもさらに冷たいものを感じて脚が上手く前に進まなくなるが、ユミさんが強引に俺を連れて歩みを進める。

ツツミ「類は友を呼ぶし、友は類になるんだよ。」

ツツミさんが急に謎の言葉を発した。

枉駕「元々ホルモンと呼ばれる部位は捨てられる場所だったの。それをもったいないだけで“ほ(お)るもん捨てるもの”になったの。先人は欲求に素直な考えを持ってるわよね。」

ツツミ「捨てられた者同士、これからもよろしくな。」

そう言ったツツミさんの顔はもう人間の装いではなく、この街に捨てられたただの操り人形だった。

ユミ「楽しみだね。ママ♡」

枉駕「そうね。」

3人が声もなく口元だけで笑い、俺を今からどう調理しようかという目で俺メインの献立の話をし始める。

…逃げないと。
逃げないと、帰れなくなる。

俺はポケットに入っていた携帯で栄美先生に電話を急いでかけると、それを見たユミさんが俺から携帯を奪って後ろに投げた。

ユミ「もういらないよ。」

そう言って俺に笑いかけて腕をきつく抱きしめる。

一「俺、帰らないと…」

ツツミ「帰れないよ。」

枉駕「今から行くの。」

俺の顔も見ずに答える2人の背中が怖い。
絶対、逃げられないのを感じる。

俺はユミさんの腕から必死に離れようとするがユミさんは意地でも離さない。

なんで女なのにこんなに力強いんだよ…。

だれか、たすけて。

俺は誰にも届かない助けを心の中で叫ぶと同時に、驚く強さで俺の体がユミさんから離れて後ろに引き戻される。

ユミ「何!?」

ツツミ「どうした?」

鬱血しそうなほど強く握られた俺の腕を持つ人を見て、7秒時間が止まったのを確信する。

「…いっくん。帰ろう。」

一「ね、姐さん…?」

この土砂降りの中、傘を差さずに現れた姐さんは3人の狂気の圧に屈さないよう目で睨み圧をかける。

ユミ「…マサキじゃん。おひさ。」

ツツミ「見覚えあると思ったらマサキか。昔より女っぽくなったな。」

枉駕「優治もいるじゃない。お楽しみセット?」

と、枉駕さんの言葉で姐さんの少し後ろを見ると膝を崩し息が荒い夏がいた。

一体、何が起きてる…?

ツツミ「昔は俺みたいに短髪でバカみたいにブランド物買って、金で自分を着飾ってた奴が次は女装をするとはな。」

枉駕「男のマサキは好きだけど、女は興味ないのよね。」

ユミ「おとこの娘ってやっぱり男が好きなのー?」

3人が姐さんを蔑むように言葉を並べ、楽しんでいるように見える。

すると俺の腕を掴んでいた姐さんの手が震えだし、3人を睨んでいたはずの目が雨で潤み始める。

ユミ「あー…、もしかしていっくん好きなんだ?」

と、ユミさんは俺のことを引き戻してくれた腕を指して新作のおもちゃを見つけた子どものような顔をした。

ツツミ「いっくんが女を作らないのはそういうこと?」

枉駕「こんなに可愛い顔なのに男が好きだなんて…。もったいない。」

俺はその言葉で寒気を感じていた体に怒りの熱が押し寄せ、口が勝手に動く。

一「お前らにもったいないと言われるほど、俺の人生腐ってない。」

ツツミ「親に捨てられたんだろ?」

一「俺が親を捨てたんだ。勝手に話でっち上げるな。」

ユミ「いっくんがやってた仕事は人生終わった人がやるんだよ?」

一「違う。終わってないから働いてるんだ。」

枉駕「でもあなたは辞めたじゃない。」

一「俺は偽愛を与えることでさえ、金儲けとして扱うのが嫌なだけ。」

そう言うと3人が大笑いして腹を抱える。

ツツミ「女に愛がさえ貰えないから男に行ったのか。納得だ。」

ユミ「私は好きだったよー?でも他人のうんカスついてるの無理。」

枉駕「そうねぇ。私、男の体内に入ったのはなんだか嫌だわ。」

3人の言葉が俺に向けられてるものではなく、姐さんに向けられてるのが分かる。

その姐さんは俺の腕を掴んでいた手を俺の手に持っていき、雨が当たり目が赤くなっても気にせず、俺に全く目線を合わさずに3人をまっすぐと捉えている。

さき「…そうなの。男の来未 雅紀くるみ まさきと触れたいっくんと優治はもう興味ないでしょ?だから今日も私が持ち帰るね。」

そう言って姐さんは路地の入り口で過呼吸になってしゃがみこんでいる夏を拾い上げて走り出す。

一「姐さん。」

 なんで泣いてるの?
あいつらが嘘ばっかり言って姐さんを傷つけたから?

一「姐さん…。」

なんでずっと前しか見てないの?
俺と目を合わすのがそんなに嫌なの?

一「ねえ…さ、ん。」

何度呼んでも姐さんは脚を止めることもなく、俺を見てくれることもなく、あの路地から俺と夏を遠ざけようと必死に走り続ける。

姐さんはこんな土砂降りの中、9㎝もあるパンプスで石畳の上を俺が息切れする速度で走っていく。

そのスリッドが入ってるスカートから見えるその脚は真っ白でムダ毛も一切生えてなくて、俺のように筋肉が筋張る様子もない。

姐さんが男なわけない…。

俺がただ手を引かれて着いた公園にある屋根付きベンチに姐さんは夏を座らせ、呼吸を安定させる。

夏「ごめんね。さきさん。」

ほら、夏だっていつも姐さんの周りにいる人たちと同じ呼び名を呼んでる。

きっとあの3人の勘違いだ。

さき「優くんは悪くない。…嫌なことされたんだね。」

夏「…うん。」

姐さんは夏の前にしゃがみ、見上げるようにして夏の容態を心配する。
その様子に俺は俺の知らない2人の関係性があるんだと思い知らされた。

さき「大丈夫…。私もるあくんもいるから。怖くないよ。」

そう言って姐さんは自分の涙より先に夏の涙を拭っていく。

…姐さん、俺も泣いてるよ。
なんで夏みたいに拭いてくれないの?

一「…姐さん。」

俺はもう1度姐さんを呼ぶ。
また会えたからちゃんと話がしたい。

さき「優くん。一のことよろしくね。」

と言って、姐さんは自分のハンカチを夏に渡してまた雨の中走っていてしまった。

俺は今すぐにでも追いかけたかった。

けど、目の前にまだ息の整わない夏が心配で脚が動かない。

せっかく会えたのに1度も姐さんは俺のことを見てくれなかった。

俺はその寂しさで涙が溢れてしまい、両手で目を押さえて雨で崩れた前髪と一緒に拭って傷が見えるようおでこにかかった髪の毛を上げる。

これで夏が俺の傷を見て嫌な反応をしたら姐さんを追いかけよう。

一「…大丈夫、か?」

俺は自分から初めて傷を見せにいく。
俺が何も思ってなくても相手は何かを思うからずっと隠してきた。

その憐れむ目も表情も言葉も大嫌い。

夏もどうせそういう仕草を見せるんだ。
でも、それでいい。
姐さんを追いかけるいい言い訳ができる。

俺が声をかけると夏は顔を上げて一瞬俺のおでこに目がいった。

こいつはなんて言うんだろう。
きっと優しさの押し付けで俺の質問なんか答えず、『大丈夫?』と聞き返してくるんだろうな。

夏「…大丈夫。一くんが無事で良かった。」

そう言って整え始めた呼吸で深呼吸をし始める夏。

俺の傷を見たのに何も触れてこないのか…?
えぐれた顔を見ても気色悪いとか思わないのか?

夏は深呼吸で息を整え終えると五月雨のような優しい笑顔で俺が昔から感じていた劣等感の怒りを冷ます。

俺はそんな夏に自分の決めつけで逃げようとしていたことを心の中で謝りながら隣に座る。

一「なんで…、姐さんと一緒にいたんだ?」

俺は素直に聞きたいことを聞くことにした。

夏「俺は仕事でさきさんと一緒にいたよ。」

一「瑠愛くんとこの仕事…?」

夏「そう。俺が始めてからずっと指名してくれる大事なお客さん。」

ずっと…。
そのずっとはいつからなんだろう。

一「…クラス会の時は?」

夏「知り合いだったよ。…言い合いになったときにしっかり言えなくてごめん。この仕事に偏見がある人がいるってるあくんに教えてもらったから言えなかった。」

と、申し訳なさそうに夏は話す。

俺はその事実に頭の処理が追いつけなくて前かがみになって頭を抱える。

夏「さきさんはあの人たちから一くんを守ろうとして、手を引いてここまで逃げてくれたんだ。」

一「…やっぱり、俺の人生終わりかけてたよな。」

夏「俺も騙された。一生ものの傷もつけられたと思う。でも、一くんが無事で良かったよ。」

夏、なんでお前は自分の無事よりも他人の無事を素直に喜べるんだよ。
俺よりも怖い思いしたんじゃないのかよ。

俺は夏の優しさで目が潤む。

一「なんで…、姐さんは俺のこと助けてくれたの?」

どうしても知りたい。
夏の心配をしなきゃいけないのに、俺は自分のことを優先してしまう。

俺は、自分勝手過ぎる…。

夏「一くんだから助けた。」

そう言った夏の言葉は雲の切れ間から太陽光が射すように温かい日差しで温められた言葉に感じた。

夏「さきさんは一くんが今も好きだから助けたんだよ。自分のことよりも好きな一くんのために動いたんだ。」

姐さんの俺に対しての“好き”はちゃんとした愛のある好きだと、夏の言葉を聞いて確信した。

俺も姐さんが好きだよ。

こんなに想いで涙が溢れる人なんて姐さんしか出会ったことないんだ。

…だけど。

一「…俺のことを好きって言ってくれる姐さんは、男なの?」

俺は夏にあの3人が言った嘘も、姐さんが最後に言った冗談を否定してほしかった。
そうすればまだこの気持ちのざわめきは落ち着くから、俺の知ってる姐さんをまだ好きでいたいから。

夏「…俺は、言えない。」

夏は声を絞り出してそう言った。

否定も肯定もしないその夏の優しさはずっと俺の知らない姐さんを支え続けてきたんだろう。

一「…そっか。ありがとう。」

俺は自分の感情に追いつくことも追い越すことも、綺麗に整えることも出来なくて想いを溢れさせていると夏が姐さんから貰ったハンカチを俺にくれた。

その少し湿ったハンカチからは姐さんの香りがして、俺はそのハンカチに顔を埋めて姐さんの想いを集めていった。




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