一なつの恋

環流 虹向

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「来週の個人面談までに決めて書いてこいよー。」

と、栄美先生は進路予定を書かないといけない紙を見せながら特別授業に出た生徒に口酸っぱく言う。

クラスの中には数人就職先が決まってる奴がいるけれど、俺みたいに決めきれない奴もいるらしい。

俺は速攻カバンに入れて栄美先生がダラダラと話す就職活動の話を耳から耳に通す。

すると机に置いていた携帯の画面が点灯してメッセージが来たことを教えてくれる。

俺は前の人の背中を借りながら携帯をいじると、明からメッセージが来ていた。

『これ終わったら体育館の作品見に行かない?』

今期の実技テストで描いた絵は週初めに奏たちと見たはずなんだけどな。

『いいよ。』

『ありがと!(๑˃̵ᴗ˂̵)♡』

俺は携帯をポケットにしまって栄美先生の話をBGMに目を瞑る。

栄美先生との個人面談は火曜日の朝からだから、ある程度は時間がある。
その間に人生の数年を決めないといけないってなんかだるいな。

そんなことをモヤモヤ考えていると椅子の引きずる音がして号令がかかったのに気づく。
俺はすぐに立ち上がり礼をして後ろにいる明に話しかける。

一「この間見たのにもう一度見るのか?」

明「今日で実物観れるのが最後だから見ときたいんだよね。」

一「分かった。行こう。」

俺と明でエレベーターに乗って最上階の体育館に行く。

体育館は作品の品質を保つために湿度と気温が一定に保つように作られていて、どこの教室よりも過ごしやすい場所。

明「一はもう1度見たい人いる?」

一「あー…、“Sun”かな。」

明「俺も見たいと思ってた!それから見に行こ。」

明はまずは目当ての“Sun”の作品に迷いなく進んでいく。

特別授業で週終わりだからか、見学する人は少なくスムーズに“Sun”の作品の前に着いた。

明「なんでこの人ってテーマの色を使わないんだろうね。」

一「俺たちとは違う色が見えてるんじゃん?」

明「そうなのかなー?」

明は首を傾げながら“Sun”の作品をじっと見る。

“Sun”はテーマに沿った色を必ずと言っていいほど使わない。

今回の実技テストのテーマは梅雨だって言うのに、水色どころか寒色自体使っていない。

俺の目に見えるのは金色に輝く稲穂が雨のように降り注いで、小指ほど小さい麦わら帽子をかぶった女の子がその様子を喜んでいるような絵。

この人は筆を使わないのか、細かい絵は色のカケラを敷き詰めてキャンバスにくっつけるのが決まりらしい。

小指くらいの女の子は案の定、たくさんの赤色のカケラでワンピースを描かれている。

そして右端にはいつもの赤い色で“Sun”と鋭く書かれている。
この名前の色合いだけは必ず同じものを使っている。

明「…いいなぁ。こういうの。」

明は羨ましそうに眺めて絵の奥を見る。

一「だな。…でも、なんか崩れてる感じしないか?」

明「多分、化粧品で描いてるから絵の具より崩れやすいんだよ。」

一「え?そうなの?」

明「この人、相当化粧品オタクだと思う。発色とかツヤの使い分け出来てるもん。」

一「…知らなかった。」

この絵が全て顔を飾ってくれる化粧品で出来てるとは思わなかった。

ってことは、学年の中でメイクに1番詳しそうな永海がこれを描いてるのか?
と、1人考えていると明は数個隣にある俺の絵を見始める。

仕方なく俺はついていき、自分の絵をぼーっと眺める。

“Sun”の絵は温かみを感じたが、俺が描いたはずの絵は描いてた頃の温かみは無くなって、ぱっと見ただ冷たい絵に見えてしまう。

…これがみんなの言う『孤独感』なのか。

それでも歪む雨粒の中の記憶は、現実にいる明や奏たちのことを思い出させてくれる。

…ただ思い出の湖に浸って一生を過ごしたいけど、そんなことも出来ないんだよな。

明「一はどうする?」

一「…ん?」

明「将来。」

一「今んとこ考えなし。」

明「フリー?」

一「んー…。」

明「…まあ、今みんなJ ORICONNで頭いっぱいだもんね。世界いけるように頑張ろう!」

一「そうだな。」

その後、明と見直したい作品を見て少し遅い昼飯に向かった。




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