一なつの恋

環流 虹向

文字の大きさ
上 下
30 / 188
7/10

12:00

しおりを挟む
「来週の個人面談までに決めて書いてこいよー。」

と、栄美先生は進路予定を書かないといけない紙を見せながら特別授業に出た生徒に口酸っぱく言う。

クラスの中には数人就職先が決まってる奴がいるけれど、俺みたいに決めきれない奴もいるらしい。

俺は速攻カバンに入れて栄美先生がダラダラと話す就職活動の話を耳から耳に通す。

すると机に置いていた携帯の画面が点灯してメッセージが来たことを教えてくれる。

俺は前の人の背中を借りながら携帯をいじると、明からメッセージが来ていた。

『これ終わったら体育館の作品見に行かない?』

今期の実技テストで描いた絵は週初めに奏たちと見たはずなんだけどな。

『いいよ。』

『ありがと!(๑˃̵ᴗ˂̵)♡』

俺は携帯をポケットにしまって栄美先生の話をBGMに目を瞑る。

栄美先生との個人面談は火曜日の朝からだから、ある程度は時間がある。
その間に人生の数年を決めないといけないってなんかだるいな。

そんなことをモヤモヤ考えていると椅子の引きずる音がして号令がかかったのに気づく。
俺はすぐに立ち上がり礼をして後ろにいる明に話しかける。

一「この間見たのにもう一度見るのか?」

明「今日で実物観れるのが最後だから見ときたいんだよね。」

一「分かった。行こう。」

俺と明でエレベーターに乗って最上階の体育館に行く。

体育館は作品の品質を保つために湿度と気温が一定に保つように作られていて、どこの教室よりも過ごしやすい場所。

明「一はもう1度見たい人いる?」

一「あー…、“Sun”かな。」

明「俺も見たいと思ってた!それから見に行こ。」

明はまずは目当ての“Sun”の作品に迷いなく進んでいく。

特別授業で週終わりだからか、見学する人は少なくスムーズに“Sun”の作品の前に着いた。

明「なんでこの人ってテーマの色を使わないんだろうね。」

一「俺たちとは違う色が見えてるんじゃん?」

明「そうなのかなー?」

明は首を傾げながら“Sun”の作品をじっと見る。

“Sun”はテーマに沿った色を必ずと言っていいほど使わない。

今回の実技テストのテーマは梅雨だって言うのに、水色どころか寒色自体使っていない。

俺の目に見えるのは金色に輝く稲穂が雨のように降り注いで、小指ほど小さい麦わら帽子をかぶった女の子がその様子を喜んでいるような絵。

この人は筆を使わないのか、細かい絵は色のカケラを敷き詰めてキャンバスにくっつけるのが決まりらしい。

小指くらいの女の子は案の定、たくさんの赤色のカケラでワンピースを描かれている。

そして右端にはいつもの赤い色で“Sun”と鋭く書かれている。
この名前の色合いだけは必ず同じものを使っている。

明「…いいなぁ。こういうの。」

明は羨ましそうに眺めて絵の奥を見る。

一「だな。…でも、なんか崩れてる感じしないか?」

明「多分、化粧品で描いてるから絵の具より崩れやすいんだよ。」

一「え?そうなの?」

明「この人、相当化粧品オタクだと思う。発色とかツヤの使い分け出来てるもん。」

一「…知らなかった。」

この絵が全て顔を飾ってくれる化粧品で出来てるとは思わなかった。

ってことは、学年の中でメイクに1番詳しそうな永海がこれを描いてるのか?
と、1人考えていると明は数個隣にある俺の絵を見始める。

仕方なく俺はついていき、自分の絵をぼーっと眺める。

“Sun”の絵は温かみを感じたが、俺が描いたはずの絵は描いてた頃の温かみは無くなって、ぱっと見ただ冷たい絵に見えてしまう。

…これがみんなの言う『孤独感』なのか。

それでも歪む雨粒の中の記憶は、現実にいる明や奏たちのことを思い出させてくれる。

…ただ思い出の湖に浸って一生を過ごしたいけど、そんなことも出来ないんだよな。

明「一はどうする?」

一「…ん?」

明「将来。」

一「今んとこ考えなし。」

明「フリー?」

一「んー…。」

明「…まあ、今みんなJ ORICONNで頭いっぱいだもんね。世界いけるように頑張ろう!」

一「そうだな。」

その後、明と見直したい作品を見て少し遅い昼飯に向かった。




→ ALL ALONE
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひと夏の恋

環流 虹向
恋愛
一夏の恋日記。 主人公の彼方 夏/かなた なつは、女性専門風俗店で働きお金を稼いでいく。 そのお金で美術専門学校に通い、新しい友達も出来たけれど、高校生の時に付き合っていた彼女の莉李が忘れられずにふとした思い出で寂しくなる。 けれどその寂しさを埋めるために誰かを代わりに置こうとは思わず1人で過ごしていると、ある子に手を引かれ自分の隠していた気持ちを見せるお手本を見せてもらい、自分の気持ちを伝えたい子に伝え始める。 ひとなつの恋にひかれるよ。 もう一度、この手で描くために。 将来のため、君のため、自分のために。 自らの身体だけでなんとかしてきた主人公。 けれど何も芽生えないあの身体に触れることで自分の本心は溶け出し、空気に触れ死んでいく。 批判されると分かっていても、自分がやりたい事のため、生きていくためにはそれをしないといけない。 そして、今日もまた 何でもない人たちと脆く儚い愛を語り、 大切な人たちには砕けても煌めき残り続ける愛を届けられずに日々を過ごしていく。 1話ずつ、オススメの曲を紹介しています。 Spotifyにプレイリスト作りました。 https://open.spotify.com/playlist/08yh0OwB5etrXXEC5LuMJY?si=N-f-0URyRPimdYKj-A2myw&dl_branch=1 サイドストーリーの«一なつの恋»もあります! ・カクヨム ・小説家になろう ・魔法のiらんど ・ノベルアップ+ にも掲載しています。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

処理中です...