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環流 虹向

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リミットシュガー

273:06:58

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『待ってる。』

飛び込みで李代さんとショッピングデートをした私は自分の肩に落ちた松ぼっくりを手に持った写真とメッセージを時音に送り、あと1時間で始まる2人のデートを阻止しようとするけれど時音は全くメッセージを返してくれない。

しかも、クリスマスに女1人で松ぼっくりの木の下で佇んでいるからか、酒臭い人に何度も絡まれる始末。

前だったら絡まれてすぐに時音がやってきて手を引いてくれたのに。

私は3時間近く待っても来てくれない時音を諦めかけていると、ワイヤレスイヤフォンをしてても聞こえる路上ライブが始まった。

私はちょっとうるさいながらもこの凍えるような冬に合うとっても透き通った声を聞くためにかじかんだ手でワイヤレスイヤフォンをケースに戻していると、その手をとっても温かい手で包まれた。

幸来未「遅いよ。」

私はやっと来てくれた時音に顔を向けると、そこには時音ではなくあもんさんがいた。

あもん「お待たせ。寒いからどっか暖かいとこ入ろっか。」

幸来未「…で、でも、待ち合わせしてる人がいるので。」

あもん「んー、じゃああそこのカフェは?ガラス張りだから待ち人来たら見えるよ。」

私は凍える石畳の縁に座って冷えたお腹でずっと我慢していたトイレをするという言い訳を自分につけて、あもんさんと一緒にカフェに入った。

あもん「いいね。みんな見える。」

と、あもんさんは私がトイレから戻ると先客がいながらもどうしてもと店員さんに頼みこんでいた窓際の席を獲得していた。

幸来未「なんで…、ここにいたんですか?」

あもん「んー?くるみがここにいる気がして。」

幸来未「それも夢で見たんですか?」

あもん「ううん。これは俺の直感。」

あもんさんがそう言うと店員さんが少し震える手でアイスコーヒーとミルクティーをテーブルに置き、少し膨れている伝票ホルダーをあもんさんのそばに置いた。

幸来未「なにか挟まってます?」

私は初めて膨らんだ伝票を見て首を傾げていると、あもんさんは優しく笑った。

あもん「ここの席代とドリンク代だよ。意外と安上がり。」

と、あもんさんは伝票を私に見せないように開けるとクレジットカードを素早く挟み、店員さんに渡した。

幸来未「…もしかしてここの席にいた人にご馳走したんですか?」

あもん「うん。あと今いる人たちにも。」

幸来未「え…?」

私は思わず満席近い店内を見渡すとあもんさんは吹き出し笑いをした。

あもん「くるみの時間は誰にも邪魔させないよ。だからゆっくりしようね。」

幸来未「は、はい…。」

私はお金持ちの本気を見せられて心臓の脈がおかしくなりながらも、あもんさんが振ってくれる話をなるべく返しているとあもんさんはあの小説の話題を出した。

あもん「くるみは信頼がない人には名前を呼ばせたくないっぽいけど、そろそろどう?」

幸来未「どう、とは?」

あもん「ナッツ呼びじゃなくて本名で呼んでもいいかなってこと。」

幸来未「…じゃあゲームして決めます?」

あもん「お!いいね。なにがいい?」

幸来未「じゃあ私がこのクルミを右左どっちかに隠すのであもんさんが当ててください。」

私は店員さんのご厚意でもらったミックスナッツで見つけた1番小さいクルミを手に取り、あもんさんに見せる。

あもん「OK。じゃあ目閉じとくね。」

と、あもんさんは目をしっかり閉じ、手で覆った。

それを見た私はわざと手の擦れる音を出してクルミを右頬の袋に入れ込む。

幸来未「はいっ。どっちですか?」

私はグーにした両手をあもんさんに差し出すと、あもんさんはぶりっ子のように唇を尖らせほっぺを突きながら思考を巡らし、ぱちっと私と目を合わせると決めたと言って私の横髪で隠された右頬にあるクルミをピンポイントで指した。

あもん「当たり?」

幸来未「…当たりです。」

私は口から物を出すわけには行かず、コリコリと咀嚼音を出して正解を伝える。

あもん「幸来未。」

と、あもんさんは満足気な顔で私を見つめてきた。

その顔に私はなぜか少し胸がきゅっとなる。

あもん「ところで幸来未ってどんな意味でつけられたの?」

幸来未「え?なんでですか?」

あもん「人の名前の由来聞くの好きなんだよね。その数文字にその人の物語が見えてくる感じが好きなんだ。」

幸来未「そ、そうなんですか…。」

あもん「うん。で、どういう意味?」

幸来未「いずれは幸せがやってくるって意味があるそうです…。」

あもん「へー…?幸来未ここみってどんな字だっけ?」

私はあもんさんが差し出してきた紙ナフキンとボールペンで名前を書く。

幸来未「未来は幸せを逆にして幸来未です。過去は辛くても未来は幸せってことらしいです。」

あもん「なるほど。じゃあいつも幸来未は幸せってことだ。」

幸来未「…そうでもないですけど。」

私はちょっと嫌な過去を思い出し、少し顔を俯かせているとあもんさんは均等に層が並んでいる高級菓子店のパイ生地みたいな笑顔を見せた。

あもん「過去は今が何度も過ぎ去ったもの。未来は今を何度も迎えるものだよ。」

と、あもんさんは私の知らない短い物語を教えてくれた。

あもん「俺は平行で交わることのない関係を繋ぎ合わせられる人になるようにって意味合いでつけられた。」

幸来未「なんて名前ですか?」

あもん「幸来未は俺に1度も勝ててないから教えてあげないっ。」

と、いたずらっ子みたいな笑顔であもんさんは自分の名前を明かすのを拒否した。

まあ、別に名前を知らないところで不便はないし私が気にしなければいい話だ。

幸来未「命名してくれた人も社長さんか何かなんですか?」

あもん「ううん。通りすがりのお坊さん。」

その発言に私は少しあもんさんの名前を知りたくなってしまった。

あもん「優柔不断の親だったから変な名前つけられなくて良かったと思ってるし、通りすがりでもいい名前つけてくれたお坊さんには感謝してる。」

見ず知らずの人にもらった名前でもそんな嬉しそうな顔をしちゃうあもんさんに私は驚いていると、あもんさんは窓ガラスを指した。

あもん「俺ばっかり見てたら待ち人来てるか分からないよ?」

幸来未「そ、そうでした…。」

私はあもんさんの話に思わず夢中になってしまって松ぼっくりの木の下にいる人混みをすっかり忘れていた。

あもんさんといるといい意味でこの世界が見えなくなるなと感じていると、人混みの中に昨日見た髪色より若干色褪せているカラメル多めのプリンが目についた。

幸来未「きた。」

私が慌てるプリンに目がクギ付けになっているとあもんさんは私のコートを手に取り、私の前で広げた。

あもん「今度、幸来未の時間を俺に預けてもいいって思った時に連絡してね。」

幸来未「分かりました。ご馳走様です。」

私はあもんさんにコートに袖を通させてもらい、そのまま1番会いたかったプリンくんに向かって急いで駆けていった。


環流 虹向/23:48
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