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最終章☆それぞれの立ち位置(22話)

ヨハンの(仮)な立場

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架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。

この章は最終章となりますので第一章から第四章のインシュアの保険販売とは読んだ時の受け取り方(感じ方)が変わるかも知れません。

中間にあるライアル伯爵家日記に近いと思って頂いて構いません。

架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。




◇~◇~◇
※時間的にはベンジャーとライアル伯爵が連行されて判決までの期間です。

◇~◇~◇

「こんにちは」

インシュアが訪れた事が判ると奥の部屋からガタガタと音がする。
真っ直ぐな廊下の先にある扉の1つが勢いよく開くが、出てきた少年はまるで行進をするかのようにゆっくりと歩いてくる。その少年は勿論ヨハンである。
ここはリンデバーグが所有する小さな屋敷である。


「こんにちは。インシュアです。ヨハン。ご飯は食べましたか?」

「こんにちは。人参をちょっとだけ残したけど全部食べました」

「人参を残したのなら、全部ではありませんね?でもよく頑張りました」

「えへへ」


子供とは難しいものである。扱いやすそうに見えて繊細なガラス細工のような物だ。
目の前で最大の拒絶をされたヨハンは騎士団の騎士控室で暫く預かる事になった。
だがその預けられている数日、誰とも話をしなくなった。
そっと色々なおもちゃを与えたが、ヨハンがしたのは学院の夏季休暇の宿題である毎日絵日記の既に描いた絵日記を黒く塗りつぶす事だった。

何時までもヨハンを騎士団が預かる事は出来ない。騎士団はそういう場ではないからだ。

しかし、ライアル伯爵家はもう建物とは呼べる状態ではないし、ベンジャーも先代ライアル伯爵も遠くにいる先代ライアル伯爵夫人も逮捕をされて10歳の保護が必要なヨハンの引受先がない。

幼児児童保護院もヨハンの学院での行動を聞いて引き受けを拒否した。少し遠い場所にもなる孤児院を含め問い合わせたが定員がいっぱいで引き受けられないと断られるのだ。


インシュアがしばらく預かってあげればいいじゃないかと言う者もいた。
だが世の中には【決まり】というものがあるのだ。

ベンジャーたちの刑が確定しない限り、ランス男爵家が家名詐称だと告訴状を受理してもらっていてもヨハンは【先代ランス男爵のいとこの子供の子供】という(仮)の立場になるのだ。


つまりは【被害者】が【加害者】の養育を引き受けると言う関係になる。
そうなれば、事実でなくてもそういう関係だと認識し認めていたと受け取られる。

なのでインシュアやマルクスが保護下に置く、暫く面倒をみる事は出来ないのだ。
離れに来ていたヨハンだが、インシュアは自分の立場をヨハンに話をせず【おばさん】と近所のおばちゃんの立場を変えなかったのはそういう事である。


目の前で転んだ子供を助ける、泣いてる子供にどうしたの?と聞く。
他人でも出来る関係は必要だったのだ。
だから、遊びに来るかも?と菓子は用意しても食事は用意していない。
テイクアウトで牛丼は買えても与えていないのはそういう事情である。
冷たいようだが、線引きは必要なのだ。


だがインシュアはそれも想定の範囲内。備えは必要である。
その為の備えがリンデバーグだった。

リンデバーグはまだ未婚なのでスザコーザ公爵家の人間である。
ランス男爵家とは領地が隣だが、それだけのハッキリ言えば他人である。

リンデバーグがヨハンの【未成年後見人】となり監護養育を行うのだ。
年齢も31歳。公爵家の次男でまだ籍があり、仕事もしているリンデバーグは最適だった。
こうやってインシュアが訪れるのはヨハンの為であるが、対外的にはリンデバーグに用があってきたが、そこにヨハンが偶々預けられていたというスタンスを取っている。


リンデバーグが最適な最大の理由はインシュアの頼みなら大抵のことは拒否権を発動させることがないという事だ。俗にこれを惚れた弱みとも言う。


判決が出ればおそらく生涯刑務所から出て来られないだろうベンジャー、そして商人たちに自分は伯爵夫人だからと色々な物を買っていたメイサの負債は子供であるヨハンが被る事になる。負の相続だ。

その為の相続放棄も行わねばならないがヨハンはまだ未成年。
なので【未成年後見人】が必要なのである。

残念ながらヨハンは学院を退学処分になった。
王立学院ではなく私立の学院なので、学院の判断で学院生は停学、退学の処分が出来る。
リンデバーグの保護下に置かれたヨハンは2、3日我儘を言う事もあったがインシュアが毎日顔を出し、何も言わずに側で本を読むだけで落ち着いてきた。



そして今日は大事な用があるのだ。

「ヨハン。これから一緒に行くところがあります」

「うん‥‥お爺…いるところだよね」

「もし、会いたくないのならヨハンの意志が優先です。無理をしなくていいのよ」

「あのね…僕は…生まれて…」

ギュッとヨハンを抱きしめて背中を優しくポンポンと叩くとヨハンの頬を手で覆い、額をコツンと軽くあてたインシュアは優しく言った。

「ヨハン。貴方がこの世に生まれて来てくれた事、わたくしは神に感謝していますよ」

「ほんと?」

「えぇ。時々拗ねる事もあるけれどヨハンはヨハンです。生まれていなればこうやって話をする事は絶対にないでしょう?生まれて来てくれてとても嬉しいのです。これからも沢山話をしましょう」

「えへへ…良かった。あのね…僕行くよ。お爺様とお婆様に会う」

「無理はしなくていいのよ」

「あのね‥‥僕を…嫌わないで‥‥くれる?」

「大好きですよ。さっきも言ったでしょう?拗ねても好きですし、お菓子を食べるヨハンも絵を描くヨハンも廊下を走りそうになるヨハンも、寝相が悪くてベッドから落ちるヨハンも全部好きですよ」

「僕、お父様とお爺様‥‥嫌い…大嫌い。酷い事を言うかもしれないけどっ…嫌わないで」

「何を言っても良いのですよ。一番辛くて悲しいのはヨハン。貴方なのです。全部吐き出してしまっていいんですよ。それでヨハンの事を嫌いだと言う人がいたらその口にキャロライナ・リーパーを捩じ込んであげましょう」

「キャロライナ・リーパーって…死んじゃうよ」

「フフフ…物は試しと言いますでしょう?」






シャボーン国では、逮捕や勾留をされて裁判となるまで最短で1カ月ほどかかる。その後も裁判は1回で終わるわけではなく判決までに短い時で3カ月、長いと1年以上かかる。
判決に不服がある時は、控訴する事が出来る。1つ上となる上級裁判所でまた裁判だ。それでも不服がある時は上告が出来て、頂点裁判所でまた裁判になる。

忘れかけた頃にやっと結審する事も多いのだ。

先代ライアル伯爵夫妻についての結審は早いだろう。二人とも拘置所に勾留されている。
毎日のように弁護士や司法書士が訪れて引っ越した先の土地や家屋の売買手続きについての話し合いをする為の面会を行っている。
抵当権を打てた商人は12人。そして貴族が1人。

その貴族とはランス男爵家のマルクスである。あの日男爵家を出た2人とは反対方向に向かう2人の使用人の姿があった。2人は先ず騎士団に行き告訴状を出して受理してもらった。その後1人は民間裁判所に民事訴訟の訴えを起こしたのだ。そしてもう1人は抵当権を打ちに走った。
家名詐称による告訴状である。

よくストーカー被害などにお困りの令嬢たちに入れ知恵として被害届を出せばよいと言う者がいるが、間違いではない。そういう方法もある。
だが世の中は甘くない。被害届を出した所でしっかりきっちり調べてくれるかと言えば‥‥。
より効果があるのは告訴状である。受理をすると騎士団は必ず調査をしなければならないのだ。


何か事件が起こった時に「被害届を出していたのに」と批難する者もいる。
気持ちは判るのだ。だが犯罪を犯すものが人であるように調べるのも人なのだ。
膨大な量となる被害届は調べない訳ではないが、まぁ積み重なる書類のようなもの。
その点、告訴状は【何を置いても最優先事項】に位置するので直ぐに調べてもらえる。
そういう違いも知っておかないと世の中世知辛い。損をするだけだ。


腹黒い女インシュアは使えるものは親でも使う。当然この告訴状の受理にはスザコーザ公爵家の力を使った。通常、告訴状を持って行っても【被害届にしときしょうか】とやんわり誘導されるが、根回ししておけば良いだけだ。

シャボーン国では告訴状が受理されていれば(仮)ではあるが慰謝料分として土地に抵当を打つことが出来る。誰よりも早く抵当を打てたのは商人ではなくランス男爵家のマルクスである。
その額は2千万ベル。ちなみにその土地の国が定める価格は2千5百万ベルである。
インシュアは冷たい女だが鬼ではない。ちゃんと商人の分として5百万ベル残している。


「1192番、連れてきました」

扉の向こうから声がするとガチャっと扉が開き、先代ライアル伯爵が入ってきた。
白髪になった髭が生えているが剃る事は許可されないのだろう。
最後に会った日より老け込んではいるがそれも致し方ないだろう。

「ヨハンッ!」

中間にある仕切りの透明な板に手と顔を押し付けるようにして先代ライアル伯爵はヨハンの名を呼んだ。
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