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閑話③★ライアル伯爵家日記(2話)

爵位の継承

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「なんだ!こんなものっ!」

ガシャーン!!

放り投げた剣が窓ガラスを割って外に飛び出していく。
来週はデヴュタントだというのに全く落ち着く素振りのないヨハンが癇癪を起していた。

シャボーン国では男児は10歳、女児は12歳でデヴュタントを迎える。
男児の方が2年早いのは爵位を継ぐのは基本として男性だとされているからである。
女性でも継げない事はないが、男性社会でもある貴族の中では浮いた存在となりおおよその話がシガールームで行なわれるのが常とあっては女性が簡単には入っていけない。
そうなると経営が苦しくなり家が傾くのだ。

ヨハンの教育は一向に進まない。3年生には上がれたが、初等科の2年生を2回となってしまったヨハンは更に問題児となったのだ。年下である同級生を最初は物を買い与える事で従わせたまでは良かった。

しかし、親たちから大量の品物と共に苦情が学院に寄せられたのだ。
金細工が施された笛やカスタネットのような楽器、ビスクドールから始まって着せ替え人形をする布の人形、そしてそれらの服も人形用なのに全てテーラーメイド。
ほとんどの男子には流行の乗馬用の靴や女子にはネックレスや指輪、ブレスレットなど。
とても子供の小遣いで買えるようなものではなく、まさか盗んできたのではと店に行ってみればちゃんと買われていると言われ、厳しく問うと本人たちはヨハンに貰ったのだと言う。

子供たちもそれが「あまりよくない事」だとは判っていたので親には隠していたのだが、強請っても買ってもらえない品物は喉から手が出るほど欲しいものだった。

ヨハンはそれらを買い与える事で同級生の頂点に立っていたのだ。

「困るんですよ。こういう事は!」

学院から呼び出されたライアル伯爵はテーブルの上に並べられているだけでなく、いくつか箱にも入って積まれている品を前に唖然としてしまった。

ライアル伯爵、そして夫人が買い与えたものではないのは判っている。
だが、2年生を2回しなければならないヨハンが不憫で金が欲しいと言われれば毎日のようにヨハンに現金を与えていた。10万で足らなければ20万、それでも足らなければ50万、100万となった。
子供が持つような金額ではなくなった事から「支払いはライアル伯爵家にと言えばいい」というと毎月数百万の請求書が届くようになったがそれでヨハンの機嫌がいいのだ。

いつぞや、何を買ったんだ?と決して咎めた訳ではない。優しく聞いたのだがヨハンが癇癪を起こし、口汚い言葉で罵り部屋に閉じこもってしまった。
なんとか機嫌を取ろうと2回目の2年生時、そして3年生となった今まで何も聞かずに支払いを続けてきた。


大量の品物を持って屋敷に戻ればヨハンが暴れている。
どうしたんだと執事に聞けば、デヴュタントは学年ではなく年齢で行なわれる。
そのため上の学年になった元同級生と参加をせねばならないので暴れているのだ。

「メイサは?」力なく問うライアル伯爵に執事は最近流行っている大道芸の一座を屋敷に招いているという。ベンジャーはまだ仕事から帰っていない。
ライアル伯爵夫人はこのところ体調が思わしくなく床に伏せったり、たまに起きて庭を歩く事もあるが医者にも原因が判らないと言われている。

「はぁ…可愛いんだが…どうにもなぁ…」

ヨハンの事は可愛いのだ。それは判っている。
しかし、デヴュタントを目前にしてのヨハンを見ていると考えてはいけないと思いつつ考えてしまうのだ。

【所詮、平民の血が混じった子】

いやいやと首を振る。ヨハンは贔屓目に見ても可愛くて賢く、祖父母思いの優しい子なのだ。そう思いながらこの頃階段の上り下りが辛くなった膝をトントンと叩いてヨハンの声がする2階の部屋に向かった。





◇~◇~◇

2年ほど前、スザコーザ公爵は滅多に顔を出さない弟のリンデバーグの突然の訪問に驚いた。

「どうした?珍しいな。やっと結婚する気になったか?」

女の影が全くない弟に少々やきもきもしていた。公爵家の次男とは言え公爵家を自分が継いだ以上弟のリンデバーグは武功を挙げて騎士爵を賜るか、母が相続をして今は従弟が代理で当主をしている子爵家を譲渡してもらう以外に貴族として生き残る道がないのだ。
気持ちの優しい弟は子爵家を望めば従弟が平民となってしまうため未だに武功を挙げる事が一番難しい近衛兵でいるのだ。未婚である限り生活の面倒は見なくてもいいが、書類上は公爵家に籍があるから近衛兵でいられる。
そんな弟は滅多に実家であり生家であるのに公爵家にやってこない。

気を使っているんだろうとは思っていたが、ふいにやってきたリンデバーグに驚いたのだ。
そしてさらに驚くような事を言い出した。

「兄貴、ライアル伯爵家を調べてくれないか」

「ライアル伯爵家?あぁ、インシュアが嫁いだ家か?まだ諦められないのか。やめておけ。確かにあの次期伯爵は美丈夫で言い寄る令嬢から何故かインシュアを選んだが大事にしていると聞くぞ。一向に屋敷から出さないともっぱらの噂で一時、儚くなってるんじゃないかと言われたがちゃんと王家主催の夜会には来ているし、元気そうだったぞ。執着の酷い夫だ。離縁などあり得ないだろう。出戻る事もないんだ。いい加減諦めろ」

「そうじゃない。変なんだ。確かに無茶苦茶元気そうで男爵家にいた時より顔色も良かった」

「なら、何が変なんだ」

「インシュアが言ったんだ」

「何を?旦那の束縛が酷いってか?」

「違う。親父さんとマルクスを守ってくれと」

「どういう意味だ」

「判らない。だがそう言って、今は何も聞くな、動くなと言うんだ。動くなという事は俺が公爵家の者だからだ。力を使って動かれては困るって事だと思う‥‥それを今は動くなという事は何かある筈だ」


ふむと考えるスザコーザ公爵だったが、リンデバーグの方を優しく叩いた。

「わかった。ライアル伯爵家の事は少々探っている事があるから判り次第伝える。だが‥‥ランス男爵とマルクスが気になるな‥‥。そうやって聞いてみると――」

「そうだ、そうそう、忘れてた」

「何を忘れてた?」

「インシュアが働いてると言うんだ」

「働いてる?伯爵夫人としての仕事か?まぁちらほら伯爵家の為に色んな家に声はかけているようだが…そうだな変だな。頼み込んでも次期伯爵が直ぐに横やりを入れて立ち消えになるという事だ。目の付け所が面白いとインシュアの案を他の者にやらせてみた者もいるが成果は上々。だがどうして次期伯爵は横やりを入れるのか…」

「そうじゃない。伯爵夫人の仕事が保険の販売員なんてあり得ないだろう」

「はっ?なんて言った?」

「だから、保険の販売員だ。おかしくないか?次期伯爵は屋敷から出さないと噂で実際ライアル伯爵家では茶会すら開かれない。街でみたと言う者も観劇に来ていたという者もいない。という事は屋敷から出ていない筈なのに本人は保険の販売員をしてると言うんだ」

「販売員をしていると言うのが事実なら、インシュアも意図的に貴族を避けて動いているという事だな。ならばライアル伯爵家を今以上に突き回して探るのは時期じゃないという事だな。あの子は昔から外堀をガチガチに埋める子だったからな」


スザコーザ公爵は足回りを1年弱固めて、調査をいう名目でランス男爵に話を持ち掛けた。何も気が付かないランス男爵は昔馴染みである先代スザコーザ公爵の話に花を咲かせたあと調査に協力する書面にサインをした。

インシュアが何も聞かずと言ったことにスザコーザ公爵も律儀にその言葉を守ったのだ。
そんな兄弟のやりとりの2年後、ランス男爵は息子のマルクスに爵位を譲渡をした。





◇~◇~◇

ランス男爵は息子のマルクスに爵位を譲り引退をした。引退をしたと言ってもまだ当主になり立ての息子に全てを丸投げは出来ない。それまで以上に大量になった書類に忙殺される毎日を送る。

それは・・・。



ランス男爵家には小さくても領地があって細々と農作物を栽培していたが、1年ほど前にスザコーザ公爵(リンデバーグの兄)から声がかかり共同で山を採掘すると結晶質炭素、つまり天然黒鉛が発掘された。


「おい、これは…埋蔵量にもよるが凄い事だぞ?」

「そうですね…まさかここから出るなんて」


天然黒鉛は安定している炭素であるので、電極というものが発見された今は近年各国で取引をされ始めた。それまで鉄や石灰が融解するまでに長い時間をかけてきたが、電極が発見されて容易に鋼材などが作れるようになったのだ。その電極を生み出すために使われる天然黒鉛が出てきたのだ。

シャボーン国のワースト常連だった貧乏男爵家は埋蔵量次第で国一番、いやシャボーン国が幾つか買えるほどの大金持ちになるという事である。

その事を聞いたインシュアは先代スザコーザ公爵夫人の元に行き、7年間保険販売員で稼いで貯めた金と、何割かを原資として運用し増やした金、総額1億で付近の山を買い取って欲しいと頼んだ。
名義は勿論弟のマルクスである。
天然黒鉛が出たと知られる前なら手入れに手間のかかる山は基本がお荷物だと言われていて二束三文で買えるのだ。押さえておけば逆側から採掘されて天然黒鉛をかすめ取られる事もない。

スザコーザ公爵領と隣り合っている側に出れば問題はなかったが逆側なのだ。
スザコーザ公爵の手回しもあってインシュアから託された金でお釣りがくる金額で山が買えた。余った金で用具を揃え抗夫を募集したのだった。


「姉さんによろしく伝えてくれますか?」

「あぁ、夜会でしか会えないからな。結婚して7年になるが未だに次期伯爵は姉上の事を他の男に見せたくないと言ってね。あそこまで嫉妬深いと同じ男でも少々気持ちが悪いな」


インシュアが保険の販売員をしている事を父の元ランス男爵と弟のマルクスは知らない。
低位貴族であるためライアル伯爵が出向くような夜会に呼ばれることはないし、会う事もない。

人伝手に「インシュアは非常に次期伯爵に愛されている妻」だと聞くだけである。
大事にされているならそれでいいと思う反面、こんな大金を出してくれた姉に直接の礼も言えないのはやはり爵位の差である事を悔むマルクスだった。
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