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序 章☆騙された令嬢(3話)

言い寄る美丈夫

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シャボーン国。良くも悪くも平和な国。

大きな大戦があり国土のほとんどが焼け野原になったのも祖父母の親の時代。
急激な成長を遂げたシャボーン国は世界でも有数のお金持ち国家となった。

しかし、そんな国でも当然あるのが貧富の差である。

ある年、大規模な災いがシャボーン国にも襲い掛かった。初めての症状に右往左往する医者。
あれが利く、これが利くと罹患した人たちは借金をしてでも怪しげな、なんの効能もない薬を我先にと奪い合った。シャボーン国だけではなく世界的に流行した病のため、比較的安価な解熱剤ですら手に入らなくなった。人から人に感染するかと思いきや、家族全員が罹患した世帯もあれば間近で看病をしたにも関わらず他の家族には感染しなかったという世帯もあり、感染経路も不明だった。

数年経ち、患者が激減をしたが今もはっきりとは原因が解明されていない。
人々は落着きは取り戻したものの、貧富の差はより一層大きくなって今度は治安という問題があちらこちらで吹き出すようになってしまった。




ランス男爵家はなんとか爵位を保っているだけのギリギリ貴族。
爵位を返上し平民となって生活をしたほうがまだ楽かも知れないと思いつつも、猫の額ほどの小さい領地がある限り領民を飢えさせることは出来ないと今日も男爵令嬢のインシュアは年老いた馬に跨って領地を回っていた。


インシュア・ランス、24歳。まだ独身で男性と付き合った経験はない。
過去には見合い話もちらほらと来てはいたものの、14歳で母を流行病で無くした時に年の離れた弟マルクスはまだ8歳だった。数も多くなかった親戚も多くが儚くなった。残った親戚は片手で足りる上に余力もなくその日暮らしと聞く。頼る事など到底出来なかった。


ランス男爵は嫁がずに右腕となり働く娘に、幾度となく見合いを探してはみたものの女性側が持参金を用意せねばならずその金が工面できなかった。
この国の女性の結婚適齢期は16歳から20歳くらいまで。一番話が出来そうな時期にはマルクスの入学金も貯めねばならず、その日のパンも1つを3人が分けなければならないほどにランス男爵家は困窮していたのだ。


この国で爵位を継げるのは23歳以上と決まっており、インシュアは弟がその年齢になるまではと結婚を諦めたのだった。その弟も今は18歳。
なんとか切り盛りをして、領地の収支は若干のプラスにまで回復しマルクスも学院を卒業した。
あと5年。なんとか踏ん張ってマルクスに爵位を継がせよう。それだけを目標に馬車馬のように働いてきたのだ。


「インシュア。すまない」
「口を動かす前にシシトウをネットに入れてくださいまし」
「あ、あぁそうだな。手が止まっていた」
「お父様、ダメですわ。1ネットにシシトウは6本です!」
「おっとすまない。5本で閉じるところだった」
「気を付けてくださいね。ネット1枚でも無駄に出来ません」


内職で市場から野菜などの袋やネットに詰める仕事を請け負っているのだ。
市場から支給されるのは野菜だけ。それをネットや袋を買ってきて詰めて市場に渡す。
梱包の材工共で僅かながらの差益が稼ぎである。そのため夜遅くまで働くのだ。

「マルクスが爵位を継いで、貴族のお嫁さんが来るまでになんとかプラス収支にして、持参金でステップアップですわ!お父様、あとミカン箱4つ!頑張りましょう」


◇~◇~◇

浮いた話がなかったわけではない。浮く前に消えただけだ。
領地が隣であるスザコーザ公爵家の子息であるリンデバーグは何かにつけインシュアにちょっかいを出す。
インシュアは貧乏で学院に通う事が出来なかったが、リンデバーグは幼少期から初等科生だったため放課後になるとランス男爵家に来て授業の内容を教えてくれたのだ。

おかげかどうかは判らないが、インシュアは読み書きも算術も出来るようになり、年齢的に高等科ともなれば難しい専門書も理解しながら読む事が出来るようになった。
ただ、法律家になるには学院の法学科卒業が必須。
弁護士になるのに必要な法律書を理解出来てもその門が開かれることはなかった。

リンデバーグは公爵家子息とはいえ次男だったため家督は継がず第二王子の覚えも目出度かった事から第二王子の護衛を担当する近衛騎士となった。

少なからずリンデバーグはインシュアに恋心を持っていたのではと父のランス男爵は思っていたが、当のインシュアが恋愛事は二の次、三の次であり、何より次男とは言え公爵家。とても男爵家の娘が嫁げる相手ではなかった。
学院を卒業したリンデバーグも騎士団の独身寮に入り、ランス男爵家を訪れなくなりもう5年。

時折、領地に行った際に長期休暇で避暑にきたリンデバーグと二言三言かわす程度。
仲が良いので噂になったことはあるにはあった。

「格差婚は不幸の始まりですわ」

インシュアはそう言って内職に精を出した。




◇~◇~◇

そんなランス男爵家に転機とも言える話が突然舞い込んだ。

「何かの間違いではありませんか?ちゃんと聞いたのですか?」
「聞いたよ。間違いないと言うんだ」

それは格上のライアル伯爵家からの縁談だった。あの流行病の時に【高効能水】を売り出し莫大な財産を築いた伯爵家である。2つ下の爵位となるランス男爵家から断る事は出来ない。
相手はまさかと釣り書きを見てみればひとり息子のベンジャーだと書かれていた。

学院に通っていない貧乏貴族のインシュアでも流石にベンジャーの事は知っている。
もう夫もいると言うご夫人方までその姿を見ればうっとりと見惚れて、姿が見えなくなるまで目で追い、その後は「ご覧になりまして?」「眼福ですわ」と話に花が咲く。

王女殿下も容姿端麗と言われているけれど、その王女殿下でさえ目があえば頬を染め恥じらいを見せる。カフェの窓際でお茶をする姿を二度見、三度見したあとは用もないのに何度も前を通り過ぎるご令嬢が溢れかえる。
整ったかんばせは太陽よりも眩しく、月灯りよりも幻想的と言われた美丈夫である。
品行方正で女の影がなく、休みの日は屋敷で父を補佐する孝行者。誰も彼もが狙っているNO1だ。


「どうしてそんなお方が」

インシュアでなくても首を傾げる。
年も24歳でとりわけ美人でもなく可愛いかと聞かれれば、まぁ可愛くない事もないと言われる容姿に学歴もないし金もない。あるのはがむしゃらに働く労働意欲と体力くらいである。


騙されたと思って、ダメで元々。どうせ男爵家からは断る事は出来ない。あまりの貧相さに伯爵家から断ってくれるだろう。美丈夫でも見て目を癒せればいいかと見合いをしたのだ。




「ランス嬢、いや名を呼ぶ権利を僕にくれないか?」

イケメンに真正面から見つめられ、手を握られてそう言われれば頷くしかない。
何よりここは市井の繁華街ではなく見合いの席なのだ。

「街で君を見て‥‥この年になって恥ずかしいんだが一目惚れなんだ」


インシュアは【蓼食う虫も好き好き】なのだなと思いつつも疑いの気持ちを持たなかったわけではない。街で見初めたと言っても他に幾らでも美しい令嬢は歩いているのだ。
その中で自分を?ないない…首を横に振った。

しかし、見合いをした次の日、ライアル伯爵家の当主夫妻とベンジャーがランス男爵家にやってきた。
持参金は要らない。とにかく早く嫁いできてほしいの一点張り。
【他の男に取られる前に】嫁いでほしいと言うのだ。
そんな事は焼くよりもあり得ないのに。

断られるかと思ったのに、グイグイと押してくる。

【君の名を呼べた1週間という記念日】
【君と初めて話をして10日目の記念日】
【君の手に触れる事を許されて2週間目の記念日】

兎に角、【インシュアの姿を探してしまう】【目を閉じれば君の微笑が瞼に焼き付いて離れない】【君の温もりのない部屋は凍えそうだ】【蘭の花を見て君を思い浮かべた】読んでいる方が恥ずかしくなるような言葉を添えたカードと共に花束が届くのだ。

「待たせることはできないだろうね」
「そうですわね」

インシュアとて花を贈られて嫌な気にはならない。見合いから1か月目に婚約了承の返事をすれば【お披露目などは後でもいいからとにかく結婚してくれ】親子そろってまたまた押して来た。


籍だけは先に入れて結婚式やお披露目はその後に日程を整えてすればいい。
金もなかったランス男爵家は至れり尽くせりな条件を疑いもせずに飲んだ。

そして見合いの日から3か月目。
インシュアは父が精一杯用意をしてくれた花嫁道具を荷馬車に載せてライアル伯爵家に嫁いだ。

「荷物は後で使用人達に運びこませよう」

サロンに通されたランス男爵とインシュアは歓談の時間を過ごし抱き合って別れた。
嫁いでしまった娘の家に父親だからと行けるわけではない。
爵位が同じならまだ良かったかも知れないが、格上の伯爵家にそうそう行けるはずもない。

「幸せになるんだよ」
「お父様。マルクスを頼みます」
「何も心配は要らない。安心しなさい」

インシュアの幸せな時間はここまでだった。
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