もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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暗殺命令

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ルセリックが牢から連れ去られた知らせはルクセル公爵家にも伝えられた。
驚くのは王宮の隣に位置する騎士団の第三騎士団の懲罰房であるのに国王も王妃も連れ去られたという事実を知ったのはもう日付が変わる頃だった事である。

第二王子スティングも錯綜する情報を整理するのに徹夜となり、翌日ルクセル公爵家を訪れたのはもう正午を過ぎていた。学園で卒業式が行われていたのは講堂であるが、警備兵は間違いなく第三騎士団に身柄を引き渡したと譲らず、第三騎士団はそもそもとして当日は王都から離れた地方都市で野盗の塒を取り締まりに出ていたとしてこちらも譲らない。

第三騎士団の懲罰房は現在誰も収監されておらず当然牢番も誰も来なかったと証言をする。国王は第四騎士団だったかも知れない、いや第二騎士団だったかと記憶が曖昧にもなっているのか埒が明かない。


ルクセル公爵家とウィルソン公爵家では神殿に間者を紛れ込ませている事からルセリックもソフィーナも身柄が神殿にある事は把握できていた。
だが、判らないのが2人を連行した意味だった。

多くの貴族の前で大失態を犯し、国王に廃嫡を言い渡されたルセリックはもう第一王子という身分ではなくなっている。彼を持ち上げてもその神輿を一緒になって担ぐ貴族はいない。
遅れてやって来たベルン公爵も首を傾げた。


「お父様、急ぎマフーミド侯爵に面会の先ぶれを」
「マ、マフーミド侯爵だと?気でも触れたか」

「指を咥えて見ているだけのお父様のほうが余程に気狂いかと。昨日の騒ぎはご出席されていないとはいえ、マフーミド侯爵の耳には入っているでしょう。腐っても武官。散り際は弁えておられると思いますわ」

「いやしかし…」

「ルクセル公爵。絶対の忠誠を誓うと言ったあの言葉は詭弁ですの?元殿下の失態は想定外でしたがこれしき対応できずに女王としては立てません。事なきを得るようおさめて見せましょう」

「承知‥‥致しました」

「それからベルン公爵、まだ王都には滞在されていると思いますからレッドソン辺境伯も。状況次第ではレッドソン辺境伯には早馬で駆けてもらわねばなりません。その支度もお願いしますわ」

「辺境の兵を挙げるというのか?それは危険すぎるっ」

「挙げる【かも】というだけです。その姿勢が見せられるかどうか。それもカギになって参りますから抜かりなく。もしかすると神殿の選定前に事を決める場合もありと…力でねじ伏せる事はしたくはないのです」

ルクセル公爵は使者をマフーミド侯爵家に向かわせた。
手が届かない所に今にも飛び立ちそうな娘はもう雛ではなく親鳥同様なのだとその背を見つめた。






国王は予想していた通り、第二王子以下の王子や王女に継承権放棄についての撤回を求めた。
だが、ジョゼリン王女は隣国に嫁ぐ事が決まっておりそれは今更撤回する事も出来ない。
他の王子や、王女についても首を盾に振ることはなく側妃も強要するのであれば離縁をしてくれと廃妃になる事もいとわずと国王を離宮に立ち入らせる事も拒否を始めた。

3人の側妃共にヴィアトリーチェに付く事を決めており、明言をする時期は神殿の選定時と貝のように口を噤んだままで国王はいよいよ切羽詰まった事態となった。

ルクセル公爵は王弟であり国王が即位する際は身を引いた人間である。
その娘であるヴィアトリーチェが女王となる事は国王としてはなんとしても避けたかった。
幼い頃から折り合いの悪い王弟達は早々に臣籍降下をし当たり障りなく国王を支えてきた。

即位した際は国王派が多かったが年数が経つうちに段々と求心力は衰え、今では2割の貴族しか国王派を名乗るものはいない。神殿派も3割まで落ち込み残りはルクセル公爵家に付いた。
ルセリックが禁書を読み解いていれば神殿派を取り込み五分五分として勝負は出来たかも知れないが、今となってはそれも叶わない。

「陛下、何を悩んでおられるのです?ヴィアトリーチェが女王となってもジョゼリンの婚儀は問題ありませんし、よろしいでは御座いませんか。わたくしは陛下とこのまま領地で静かに過ごすのも良いと思っております」

元伯爵家の令嬢だった王妃は何も知らず、今日もまた仕立て屋を呼び次の夜会のドレスのデザイン画にペンを入れ乍らの問いかけである。
子供が好きではなかった王妃は生まれたルセリック、ジョゼリン共にさほど抱き上げた事もない。母ではなく常に王妃だった妻は国王には愛を向けるが子供に愛を向けたことはなかった。

卒業式でのルセリックの失態にも眉を顰め、「どこの子息かしら」と言わんばかりの態度だった王妃はルセリックが次の国王になろうと平民に落ちようと己の生活に影響がなければ言うことはなかった。

――覆ることはないとは言ったものの…あやつしかおらんとなれば――

国王はまだ言葉にはしていないが、昨日の発言をなかった事にすべきかと悩んだ。



権力に殊更執着を見せる国王は在位期間が25年という短い期間を引き延ばせないかと模索をしていた。国王と言う座を退いても己の発言力がまたモノを言う者を玉座に据える必要がある。
王子や王女ならそれも容易いと思ったが有力株は次々に継承権を放棄し残ったのはルセリック。

ヴィアトリーチェが女王となれば発言どころか隠居と言う名の蟄居になる可能性もあり、何としてでもヴィアトリーチェが女王となる事は阻止したかった。

「陛下、ルセリック殿下…いえ、元第一王子が神殿でされたと知らせがございます」

「保護?保護だと?」

深夜に届いた知らせに首を傾げ、日が昇り継承権について他の王子や王女に問うも八方塞がり。
舌の根も乾かぬうちにと言われるかも知れないが背に腹はかえられない。

ふと国王の頭に危険な考えが過った。

「保護の経緯は?」
「いえ、保護をしたとしか報告が御座いませんが」
「公爵家がルセリックを拉致しようと神殿が保護をした…違うか?」
「いえ、そのような報告は――」
「公爵家が!違うか?!」

従者は答えを一つ間違えば大変な事になる上に、事実ではない憶測を交える事は出来なかった。

「えぇい!神殿に使者を出せ」
「ですが元第一王子は――」 バシッ!!

従者の言葉は国王がその頬を打ち据える音で途切れる。

「儂は、神殿に使者を出せと言ったのだ。聞こえなかったのか」
「い、いえ…承知いたしました。では…内容はいかように致しましょうか」
「明日、午前に神殿に向かう。教皇に話があると伝えろ」
「承知致しました」

打たれた頬を庇う事無く従者は足早に部屋を退室していく。
扉が閉じる音に国王は長くその影を務めている男に向かって声を掛けた。

「フレイド。そこに控えておるのだろう」

4階のバルコニー。そこにどうやってたどり着いたかはその男のみが知る。
風と共に部屋に入ると、カーテンが揺れ男がそこに跪いていた。

「お呼びでしょうか」
「ルクセル公爵家のヴィアトリーチェを消せ」
「攫うのではなく?」
「方法は任せる。いいか辱める程度ではなくここにその心臓を持ってこい」
「御意」

カーテンの揺らぎが消えた時、フレイドの姿はもうバルコニーにもなかった。
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