もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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ベリーズの調べ

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♡2組目のご縁♡
クローバル侯爵家のベリーズ令嬢&ベルン公爵家のステファン
(旧婚約者 マフーミド侯爵家 子息カイネス)


ベリーズはカイネスにはほとほと手を焼き、呆れ果てていた。
確かに剣の腕は確かなカイネスだったが、全てが剣の為にあるのではないかと思うほどに他は壊滅的だった。父のマフーミド侯爵は今は引退をして顧問となっているが第二騎士団から第一騎士団の団長を渡り歩いた猛者。

脳筋なのは父譲りなのかも知れないが、父の侯爵は騎士団長として仕えていた事もあるだけに武も智も優れた男だった。カイネスが受け継いだのは武の部分だけ。

何処で覚えて来たのか、女性は男性の数歩後ろを歩き歩幅も夫に合わせる。常に男を癒すのが女の務めだと数人の王子殿下や王女殿下の前で豪語した事もある。
側妃の子とはいえ、怪訝そうな顔の王女にも失礼極まりない言動を取る事も日常茶飯事だった。

婚約者でも出来れば少しは女性を労わうかもしれないとクローバル侯爵家に頼み込んで令嬢のベリーズと婚約をしたものの一向に変わることはなかった。

ベリーズ侯爵令嬢は男女は対等だと幼い頃から教えられてきていた。
今回の王位継承順位は付いていないが、祖父が王弟だった事もあり、国王でも女王でも国を統べるのだと教え、男性は女性よりも背も高く力もある分、弱きものを守るのが当然。
だが女性も守られるだけではなく、腕の力は無くとも知力で向かい合えば良いという考えだったからだ。

そんなベリーズ侯爵令嬢とカイネスはまさに水と油。
何処で覚えて来たのか、自分とは相反する意見をするベリーズの尻を蹴り飛ばしたり、折れるのではないかと思うほどに指を捩じりあげたりと口で敵わないとなれば「妻への躾」だと体罰を加えてきた。
人の目がないところでしか行われない悪行をクローバル侯爵は何度も抗議した。
しかしカイネスはふてぶてしく

「ケガをしたというのなら、ケガを見せてみろ」

と、赤くなった指を見せてもそれが自分がやったという証拠は?とせせら笑った。
尻にも痣が幾つもあったが、父である侯爵も16、17歳の娘の尻を見る事も出来ないし、これが痣ですとカイネスやマフーミド侯爵夫妻に見せる事も出来ない。

人の目がない場所で行われるため証人を探そうにも見つかるものでもない。
婚約を解消しようにも被害者でありながらクローバル侯爵家の一方的な言い分となった上に、同じ侯爵家でも数段格下のクローバル侯爵家では婚約を解消に持ち込む事も出来なかった。
取れる策は抗議する事と距離を置く事だった。



ルクセル公爵にクローバル侯爵は何とかならないかと頼み込んだが、状況が悪すぎた。
ヴィアトリーチェが王位に付いた時に真っ先に押さえ込んでおきたい騎士団で顧問となったとは言え影響力、発言力の大きいマフーミド侯爵の子息との婚約破棄。
考えた末に、学園内ではヴィアトリーチェと行動を共にする事と、それ以外の動ける時間帯はベルン公爵家で夫人からヴァイオリンを習う事にしたのだった。

建前として習っている事にしようとしたのだが、「なんちゃって」が嫌いなベリーズは必死になってヴァイオリンを習得した。

だが長年カイネスにひっそりと捩じりあげられていた指は関節が少し変形をしてしまっていた。
左手の人差し指から小指までの4本の指で弦を押さえるのだが、わずかに変形してしまった指は触れてほしくない弦にも触れてしまう。

「もっと力を抜いてごらんよ」

ステファンは親身になってベリーズについてヴァイオリンの弦だけを押さえる特訓に付き合った。
何時間もやっていれば指がつるようになってしまう。
意地っ張りなベリーズの指を毎日クリームをつけてマッサージをする。

「音楽は引くんじゃないんだ。奏でるんだよ」
「引く事も出来ないのに奏でる事など出来ませんわ」
「大丈夫。リズなら誰もが涙する音色を奏でられる。弦ではなく心の音だからね。リズの声はとても心地よい調べを奏でる。きっとヴァイオリンも奏でられるよ」

ステファンに支えられ、励まされながらベリーズはベルン公爵家でヴァイオリンを奏でる間だけはカイネスの事を忘れて音楽の世界に逃げる事が出来た。


婚約解消の引き金となったのはソフィーナとの逢瀬だった。
ルセリックが公務でソフィーナと会えない時間にカイネスは逢瀬を繰り返していた。
安い金で時間貸しをしている「そういう宿」から出てきたご機嫌のカイネスはまだ物足りないのか王宮公園の少しばかり背の高い木々がある場所で屋外にも関わらず事に及ぼうとしていたのを警らの騎士に咎められた。

騎士たちも困ったのだろう。上官であるマフーミド侯爵に報告を上げねばならない。
公共の場で、女性であったソフィーナは下着を脱いでいても長めのスカートで下着をつけていない事は隠れて判らないが、カイネスは一目瞭然だった。

連行されていく途中でたまたまヴァイオリンの講習帰りだったベリーズと出くわし、カイネスもこのまま父の元に連れていかれればただでは済まない事は足りない頭でも判ったのだろう。
身元引受人をベリーズにするように騎士に言い放ったのだ。

ただの喧嘩などならまだ若気の至りや、血気盛んで済んだかもしれないが理由を聞いたベリーズは即答で断った。それに腹を立てたカイネスは後ろ手に縛られていた事もあってベリーズに体当たりをすると、馬乗りになりベリーズの顔に向かって頭突きをしたのだ。

騎士たちの目の前で起こった流血沙汰。一方的にカイネスに非のある状況に今まで何度も婚約の白紙撤回を求めて来ていたクローバル侯爵は有無を言わさずに婚約破棄を突きつけた。

カイネスの頭突きで額に傷が出来てしまったベリーズは、ケガの痛みよりももうこんな顔ではベルン公爵家に行くことはできないと泣いた。
額に大きな傷が出来た醜い自分をステファンに見られてしまい、嫌われるのが怖かった。

1人部屋に閉じこもり、泣くか、窓の外を見て過ごしていた時来客があった。
乳母も兼ねていた侍女はベリーズの返事を待たずにステファンを部屋に案内してしまった。
咄嗟にカーテンに身を隠し、背を向けて「帰ってください」と涙を堪えて懇願した。

「リズ。こっちを向いて?」

ステファンは背中を優しく抱きしめて、肩の上に顎を乗せるようにして耳元で囁く。

「私の愛しいリズ。リズの瞳に私を映して?」
「ダメです。こんな醜い傷をお見せするわけには…お許しください」

肩を掴まれ、くるりと反転をするとステファンの胸に抱きしめられてしまった。
背に回った手が、ベリーズの頭を撫でた。

「リズ、このままでいいから私の願いを叶えてくれないだろうか」
「お願いでございますか」
「朝、リズの声で目覚め、寝る前はリズの声で眠りたい。この願いを叶えてくれないか」
「それは‥‥もしや…」

ベリーズを抱いていた手の力が解かれ、ベリーズの目の前にステファンは跪いた。
片手を胸に当てて、もう片方の手を差し出し、ベリーズを見上げる。

Will you marry me?結婚しよう

ベリーズの流す涙がうれし涙に変わる。返事は勿論YESだった。




「マフーミド侯爵家からは婚約破棄に関しての慰謝料を貸しにしております」
「相手がベルン公爵家ならばマフーミド侯爵とて強くは出られんだろう」
「その上、ウィルソン公爵とベルン公爵家の分家も強固な姻籍関係になったとあれば神殿派も…王家派ももう太刀打ちは出来ないでしょう」

仲良く手をつなぐステファンとベリーズはお互いを見て微笑みあった。
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