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第07話  ヒーローは羊に乗って来る

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「馬鹿に権力を持たせると碌なことがないわね」

そうは思うものの、生まれて来る子供は親を選べない。
カーティスでない別の誰かが生まれたとしても、あの先代国王の育て方をすれば誰だって我儘王になっただろうと思うと気が重い。

気が重いのはいいのだが、自身の自重も実は重量計の数字以上にあるんじゃないだろうか。

王都を出た頃から揺れが激しくなって馬車の中で食事なんてとんでもない。
落とすまいと強く握りしめてハムを挟んだパンがパンになる前の生地状態になるくらいに握りつぶしてしまうし、人数は最小限の移動にせねばプリンガ―伯爵家の関与を疑われてしまう。

あくまでもウェルシェスが王都追放の刑を受け、実家からも放逐されたとみられねばならないので馬車も家紋の入っていない簡素な馬車。

これで隣国ハネース王国に無事に到着出来るのだろうかと思ってしまうが、これがなかなか頑丈に出来ていた。

馬車が作られたのはもう70年以上前だそうで、兎に角古く、揺れを軽減させるサスペンションというスプリングもないためダイレクトに地面の凹凸を体が跳ねる事で感じてしまうが、戦時中も使用したとあって本当に頑丈さだけが際立っている。

窓の外を見れば畑。手を入れている部分もあれば荒れ放題な畑もある。
これがカーティスの治世を示しているようにも見えた。

力のある国王ならかつては穀倉地帯と呼ばれたこの地をこんな状態で放っておくことはない。
どんなに尽力しても側妃に過ぎなかったウェルシェス達3人の側妃の力ではどうにもできなかった。女性だと言うことで最初から上からの物言いをする貴族当主だっていたのだ。

何日も馬車泊をしながら、そして馬を休ませながら35日かけてやってきた地は国境沿いにあるタビュレン領。地図や申請書類でしか見た事の無かった地。

何度現状視察には行きたかったが側妃の立場になれば長い行列で、今の倍以上の時間をかけて行かねばならないので片道2か月。視察をして王都に戻れば半年執務が滞る事になるので行けなかったのだ。

何代か前の国王は国土の隅々に王子や王女を向かわせたというが、それが出来るほど人数もいない。

今、王家の血を直系で継いでいるのはカーティス、そしてライラとの間に生まれた子。
他には過去に臣籍降嫁や臣籍降下をした家だが、そちらは血が薄くなっているとカーティスの母を迎える時ですらひと悶着あったくらいだ。

ライラとの間に生まれた子はいぶかしむ声があるのは仕方ないとしても、何とも頼りない王家だ。

「ま、どうでもいいけ…うわっ!!」

ポツリと独り言をつぶやいた時、馬車がガタンと今までで一番大きく揺れたと思ったら大きく傾いてウェルシェスの体は傾いて下方になった壁にバランスを崩したまま転がって、当たってしまっていた。

「大丈夫ですか!?」

「だ、ダイジョブ…痛たたた…」


35日に及ぶ揺れに耐えて全身が筋肉痛であるのもあったが、何より尻が痛い。尻の皮が全部剥けたんじゃないかと座るのもやっとだったのに、今度は物理的に転がってしまいどこが痛いのか具体的に言えないくらい全身が痛いが、御者に心配をかけまいとウェルシェスはようよう声を出した。

――いったい、何があったの?――

窓の外はまだ明るい。時刻としては昼の13時を過ぎた頃。

野盗の襲撃にしては周囲が静か過ぎるし、何より御者は傾いた馬車の扉を開けようと奮闘している音がする。

「今、扉を開けます。お嬢様、立てますか」

「立てますかと言われても…」

馬車の中の勾配、角度は45度に近い。普通では立つことも難しい角度だが座席や、揺れを軽減させるために引っ張っていた天井からぶら下がる紐を掴んでウェルシェスは傾いた馬車から引っ張り上げられた。


「この先はもう進めませんね…車輪の軸が折れてます。アレが原因ですかね」

御者が指さす先には大きな穴と並んで大きな石が飛び出していた。
どちらかを避ければどちらかの上を進むことになる。

結果的に石を乗り越える事を選んだ御者だったが、考えていた以上に穴は深く片方は乗り上げて、片方は沈み、石を乗り越え着地する衝撃で車軸が折れてしまっていた。

周囲を見渡しても荒れ放題の農地があるだけで農夫もいない。収穫時期でもなく手を入れている畑でもないので来る必要もないのだろう。


「歩いてこの先に行っても民家があるかどうか…」

泣きそうな声で御者が言う。それもそのはず。ここで立ち往生する以前にも周囲に見えていたのは畑ばかりで民家はなかったのだ。来た道を歩いて引き返しても人が住んでいる気配すらなかった。

「馬は無事ですので、先に歩くしかないですね」

「そうね…。荷物は持って行けそうにないわね」

「荷物までは無理ですね。行った先に農夫などがいれば道に馬車をこのままでも邪魔ですから修理の出来る技師のいる場所まで運んでもらうしかないですね」


どちらにしても、ここで対策を考えたところで何も始まらない。
人のいる所に行かねばどうしようもなかった。


御者が馬から馬車と繋ぐハーネスを外しているとどこから現れたのか。声が聞こえた。

「どうしたんです?」

「え‥‥」

そこには馬ではなく、ロバでもなく、牛でもなく。
羊に跨った男性がいたのだった。
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