紅い砂時計

cyaru

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第23話   王太子の恋人

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以前までついていた従者が総入れ替えとなったジェルマノの執務室は私室の壁を取り払い倍の広さになった。

入れ替えられた従者の他に新たに採用した従者も含め室内にいる人数は約5倍。
以前はジェルマノを含め6人で行なっていた執務はジェルマノを含めて20人となった。

その20人は各大臣が抱えていた従者を無理に寄越させた人員だが、個々の執務能力はそれなりにあったため積み上がっていた書類の山は、小高い山になり、丘になり、平地になった。

執務が片付くと事業も上手く回り出す。
日を追うにつれて民衆の「王太子」「王太子夫妻」を推す声が大きくなってきた。


ミレリーとはもう顔も見たくないと部屋を訪れる事も無い。
が、「やはりルドヴィカの異母妹」とジェルマノは思い始めてもいた。

女性としては最低ランクだが、人の手配や物事を強引に押し切るミレリーはジェルマノの従者をいとも簡単に増やした。

単に大臣の元から「強制召集」したに過ぎないが、それでも助かっていることは確かでジェルマノもその点においてはミレリーを評価していた。

物事が好転をし始めると張っていた気持ちも緩む。
1週間、1か月、3カ月と自分の執務が順調に片付いて余裕の出来たジェルマノには恋人が出来た。


正確には体の相性が良いだけの「夜だけの恋人」だが、国王も王妃も見てみぬふりをした。いや、見てはいけないとあえて目を逸らした。

侍女やメイドも人手不足で口入屋からある程度の身元を保証した平民も城で働くようになり、その中の1人ニコレッタはぱっと見だけならルドヴィカに似ていた。

髪の色は違うし、顔も「似ていると言われればそんな気もする」と言う程度だが持っている雰囲気がルドヴィカを思わせる。

執務室に茶の時間、ワゴンを引いて来たニコレッタをジェルマノが逃がすはずがなかった。


ミレリーに見つかればどうなるか解らないとジェルマノは貴族が住まう一画で売りに出された旧伯爵家を買い取り、そこに使用人と共にニコレッタを住まわせてほぼ毎夜ニコレッタの元に通った。


「殿下、今日もお渡りありがとうございます」
「あぁ…可愛い。ヴィー。今日も頼むよ」
「えぇ。先ずは湯殿で汗をお流し致しますわ」

ニコレッタはジェルマノに「ヴィー」と呼ばれ、屋敷の中にいる時は常にジェルマノと行動を共にする。食事も湯殿も寝台も同じ。

「ヴィー。愛している」と耳元で囁かれながらジェルマノに抱かれる事も毎夜のこと。

「ねぇ?今はどんなお仕事をしているの?」
「仕事?そんな事はヴィーが心配しなくていいんだよ」
「聞きたいわ。だって・・・貴方の体が心配なんだもの。少し前は寝る間もないほど多忙だったんでしょう?もうそんな働き方はして欲しくないの。何かお手伝いができればイイナと思ったの。ダメ?」
「ヴィーは優しいな。今は港湾の整備を始めようかと予算組をしてるんだ」
「港湾?港湾って海にある港?」
「あぁ、そうだよ。深さがあるから大型船も入港、停泊できるんだけど幅が無くてね。湾の入り口にあるせり出した岩場を削ってはどうかと話が合ってね」
「うーん…難しいっ!やっぱりこうやって・・・一緒に居られる事しか私には出来そうにないわ」


もぞもぞとジェルマノの腹に這っていた指先は体の中心部に向かって動き出す。
ニコレッタの技にジェルマノが堕ちるまでほんの数秒。

激しい激情に憑りつかれたジェルマノは身も心もスッキリと心地よく毎夜夢の世界に落ちていくとニコレッタは寝台を抜け出し、シーツだけを体に巻き付けると扉の向こうに控える兵士にジェルマノから聞き出した情報を伝える。

寝台に入る前に少し飲んだワイン。瓶の底には粒が沈んでいた。
月明かりにワインの瓶を照らし、ニコレッタは軽くワインの瓶を振って粒を溶かす。

粒が溶け切ったワインの残量を確認して、棚に戻すとニコレッタは寝返りをうったジェルマノの隣に体を滑りこませて夜が明けるまで仮眠をとった。


★~★

ルドヴィカが感じた通り、王城の中は8割が他国の間者で飽和状態。
国王も王妃も「どこかおかしい」とは気が付いているが多くの事業はジェルマノの担当になっていて門外漢が口を挟む事も出来ない。

仕事ができる従者はジェルマノに回さないと事業が滞る。
従者が減った分、国王や王妃の執務も減って楽が出来る状態で、国王も王妃も執務に忙殺される日々に戻りたいとは思わず口も出さなくなった。

出来る事と言えばジェルマノの癒しになっているニコレッタの存在をミレリーに隠す事。

私情に流された王家が間者の存在にまで気を回す事はなく、巧妙に操作をされた決済書類を片付けるようにもなっていた。

ミレリーも「仕事ができる」と評価の高い者をジェルマノに回す事はしたが、それだけ。
間者が紛れ込んでいるという前提が全くないので、全てが自分の評価に繋がっていくと上手く回り始めた状況には満足していた。


そんな中、ミレリーが珍しく国王の元を訪れた。

執務机に腰掛けたミレリーは国王の手にしていた書類を指で抓むとサッと抜き取り、文面を見ることも無く床に放り投げた。

「間もなく始まる議会。陛下もこんな簡単な執務しか出来ないんですもの。当然・・・身の振り方はお考えよね?」
「ま、待ってくれないか。生前譲位は手続きもややこしいんだ」
「あら?エルヴィノと過ごせる楽しい余生はもう無くても良いと仰るの?」
「そうじゃない。直ぐには無理だと言ってるんだ」
「ほぼ1年も時間をあげたのに?こんな無能が玉座って・・・あり得ないわ」


反論をしたくても次々に片付いていくジェルマノの執務。多くの事業がうまく回っていて王太子夫妻を褒めたたえる民の声も聞こえない訳ではない。同時に「老害となった国王がまだ必要か?」という声も聞こえてくる。

「それから、ベトンス王国の条約。更新しないと大変な事になるわよ?解ってるの?」
「だが、それはルドヴィカの功績で――」
「だから何?無能な王様って本当老害ね。期日を延期するだけでいいのに」
「その為には折衝が必要なんだ」
「はぁー。何処まで私の手を煩わせるの?仕方ないわ大使には私が話を付けるわ」

出来るはずがない。国王はそう思ったが言葉を飲み込んだ。

国王の元を立ち去ったミレリーは然程に考えてはいない。
だがベトンス王国がレディーファーストの国である事は聞き及んでいた。

――だったら妊婦になって優しくしてもらわないとね――

その判断がミレリーの首を絞める結果になる事など微塵も考えなかったのは言うまでもない。
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