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第21話 そして誰もいなくなった
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ミレリーに手を焼く国王は実家であるキュレック公爵家に「数か月で良いので里帰り」をするように伝えたのだが、キュレック公爵家からは何の返答も無かった。
仕方なく直接出向いてみれば、「午後から旅行に行く」と言う公爵夫人は数人の若い従者と出掛ける直前だった。
「公爵は何処だ?」
「さぁ。この頃は執務が忙しいらしく数日帰宅しておりませんの」
「行き先くらいは知っているだろう!」
「申し訳ございません。夫は秘密主義ですの。ミレリーですら17歳になるまでわたくし、存在も知りませんでしたのよ?もしかするとミレリー以外にも何処かに子がいるかも知れませんが敢えて聞いて波風を立てるより、今の方が気持ちも穏かですのよ?」
事実公爵は数人の愛人を抱えていて、気分次第で愛人の家を点々としていたため夫人も「愛人の家にいるだろう」とは解っても「どの女か」までは解らなかった。
事もあろうに公爵が現在入り浸っているのはルドヴィカよりもミレリーよりも年下の16歳の子爵令嬢に与えた家。
ミレリーが懐妊した事を自慢するための茶会で手を付けた令嬢で、逢瀬をする為に令嬢に家も買い与えていた。
公爵夫人もルドヴィカは失踪、ミレリーは王太子妃になった事だしと何処かに隠し子はいるかも知れないが、自身の年齢も40を超え「自由にさせて頂く」と若いツバメと共に旅行に出かける。
政略結婚で愛のない夫婦の成れの果てと言えるかも知れない。
「申し訳ございませんが、船の時間も御座いますので」
夫人は使用人にも当面の暇を出していたようで、夫人の馬車に次いで正門を出た国王の馬車。公爵家は交代の門番を残すのみとなり家屋には誰もいなくなった。
結局ミレリーを一時でも実家に戻そうとした国王の計画は頓挫したのだった。
★~★
「まだあるのか・・・」
「殿下、見えているだけではなくまだ運びきれていない書類も御座います」
従者が整理はしてくれているが、足の踏み場もないとはまさにこの事で、積み上がった書類と書類の間をバランスを取りながら自分の席に戻っていく従者。
「ちょっと来てくれ」と呼ぶのも躊躇う書類の多さにジェルマノは限界を迎えそうになっていた。
「量を減らせないか。せめてこちらで確認をしなくていいような書類にして提出するように通達をしてくれ」
ジェルマノの言葉に部屋にいた従者は全員の心の声が一致した。
【は?】
確認をしなくていいと誰が確認をするのか。自己申告でいいのなら全員が「これでいい」と言うに決まっている。不正をしようか認可しかしないのなら金額も水増しするだろうし、関係ない項目も作り上げるだろう。
「殿下。お言葉で御座いますが・・・」
「なんだ」
「過去、ルドヴィカ様はこの同量の執務をされておりましたし、その他に王家の習わし、仕来りなど各種の座学なども並行して行っておりました」
「何が言いたいんだ」
「ですからルドヴィカ様も他にする事があっての同じ量。殿下ももう少し許容量があるのではと」
「馬鹿か。何故私が量を増やさねばならない。ヴィーは好きでやっていただけだ」
「いえ、決してそのような事は御座いません。ルドヴィカ様は本来であれば執務はまだ任せることは出来なかったのですから。王妃殿下に命じられ執務をされておられただけです」
従者ももう自分の限界は超えた所にあり、ジェルマノに本音を吐き出すことで解雇を願っての言葉。従者も追い込まれていたのだ。
淡い期待もしていた。一旦このままにして1日、2日ゆっくりと休んでまた頑張ろう。それでも良かったのだ。
「母上がそんな事をするはずがないだろう。あれはヴィーが母上に自分がすると申し出たんだ。まるで母上がやらせていたような言い方は幾らなんでも人としてどうかと思うぞ」
「しかし、それ以前に婚約者でしかないルドヴィカ様が執務に携わる。その時点で問題だったのです」
「結果的にうまく回っていたんだから問題ないだろう。そもそもでこんなに人数がいるのにだ!ヴィー1人分も仕事が出来ませんと言ってるようなものだろう!」
「お言葉で御座いますが、私達はあくまでも補佐。最終的な可否決定は陛下や殿下が行うのです」
「ゴチャゴチャと五月蠅い!お前達もミレリーと同じだ。自分のことばかり!」
「自分のことばかりは殿下でしょう!誰のせいで・・・誰のせいでルドヴィカ様が去らねばならなくなったとお思いですかっ!」
「去ってなどいない。ヴィーは側妃だ。頭が冷えれば戻ってくる。大勢で騒ぎすぎだったんだよ。誰だって頭に血が上っている時は何を言われても火に油を注ぐようなものだ」
そこに、あの日、あの場に偶然いた従者が「いいですか?」と手をあげた。
ヒートアップしていくジェルマノと従者の言い争いの中にぽっかりと間抜けな声が挟まった事でジェルマノも聊か拍子抜けしたように「なんだ」と問う。
「側妃と仰ってますが・・・ルドヴィカ様は一言も側妃になるとは仰ってなかったと思います」
「何を言ってる。了解していただろう」
「いえ、私には ”あなた達の言い分は解った” としか・・・」
「そんな都合の良い解釈をするな!」
「ですが・・・だとしたら王太子の妃なら側妃でも王太子妃なんて言うのも都合の良い解釈では?」
そんなやり取りがあった事すら知らない従者はお互いの顔を見る。
王太子の妃なら側妃でも王太子妃。そんな屁理屈がまかり通れば混乱しか起こらない。否定をしないジェルマノに1人、2人と従者は席を立った。
「おい!何処に行く!」
「帰ります。頭がしゃっきりしたら戻ります」
「私も、ここ数日の仮眠も碌にない徹夜続きですので頭が冴えたら戻ります」
「私も」
「私も」
次々に従者は立ち上がり、私物をカバンに放り込むと部屋を出て行ってしまった。
最後に残ったのは言い争いになってしまった従者のみ。
「頭に血が上っておりました。確かに何を言われても火に油でした。消火出来たら出仕します」
「おい!お前までいなくなったら誰がこの執務をするんだ!」
「本来執務は陛下や殿下と言った王族の方が行うもの。我々は整理や資料集めと言った手伝いをするだけです。念のため就業規約も確認したいと考えています。では」
最後の従者も手早く私物を纏めると一礼をして部屋を出て行った。
部屋は大量の書類の山と茫然とするジェルマノを残し誰もいなくなった。
仕方なく直接出向いてみれば、「午後から旅行に行く」と言う公爵夫人は数人の若い従者と出掛ける直前だった。
「公爵は何処だ?」
「さぁ。この頃は執務が忙しいらしく数日帰宅しておりませんの」
「行き先くらいは知っているだろう!」
「申し訳ございません。夫は秘密主義ですの。ミレリーですら17歳になるまでわたくし、存在も知りませんでしたのよ?もしかするとミレリー以外にも何処かに子がいるかも知れませんが敢えて聞いて波風を立てるより、今の方が気持ちも穏かですのよ?」
事実公爵は数人の愛人を抱えていて、気分次第で愛人の家を点々としていたため夫人も「愛人の家にいるだろう」とは解っても「どの女か」までは解らなかった。
事もあろうに公爵が現在入り浸っているのはルドヴィカよりもミレリーよりも年下の16歳の子爵令嬢に与えた家。
ミレリーが懐妊した事を自慢するための茶会で手を付けた令嬢で、逢瀬をする為に令嬢に家も買い与えていた。
公爵夫人もルドヴィカは失踪、ミレリーは王太子妃になった事だしと何処かに隠し子はいるかも知れないが、自身の年齢も40を超え「自由にさせて頂く」と若いツバメと共に旅行に出かける。
政略結婚で愛のない夫婦の成れの果てと言えるかも知れない。
「申し訳ございませんが、船の時間も御座いますので」
夫人は使用人にも当面の暇を出していたようで、夫人の馬車に次いで正門を出た国王の馬車。公爵家は交代の門番を残すのみとなり家屋には誰もいなくなった。
結局ミレリーを一時でも実家に戻そうとした国王の計画は頓挫したのだった。
★~★
「まだあるのか・・・」
「殿下、見えているだけではなくまだ運びきれていない書類も御座います」
従者が整理はしてくれているが、足の踏み場もないとはまさにこの事で、積み上がった書類と書類の間をバランスを取りながら自分の席に戻っていく従者。
「ちょっと来てくれ」と呼ぶのも躊躇う書類の多さにジェルマノは限界を迎えそうになっていた。
「量を減らせないか。せめてこちらで確認をしなくていいような書類にして提出するように通達をしてくれ」
ジェルマノの言葉に部屋にいた従者は全員の心の声が一致した。
【は?】
確認をしなくていいと誰が確認をするのか。自己申告でいいのなら全員が「これでいい」と言うに決まっている。不正をしようか認可しかしないのなら金額も水増しするだろうし、関係ない項目も作り上げるだろう。
「殿下。お言葉で御座いますが・・・」
「なんだ」
「過去、ルドヴィカ様はこの同量の執務をされておりましたし、その他に王家の習わし、仕来りなど各種の座学なども並行して行っておりました」
「何が言いたいんだ」
「ですからルドヴィカ様も他にする事があっての同じ量。殿下ももう少し許容量があるのではと」
「馬鹿か。何故私が量を増やさねばならない。ヴィーは好きでやっていただけだ」
「いえ、決してそのような事は御座いません。ルドヴィカ様は本来であれば執務はまだ任せることは出来なかったのですから。王妃殿下に命じられ執務をされておられただけです」
従者ももう自分の限界は超えた所にあり、ジェルマノに本音を吐き出すことで解雇を願っての言葉。従者も追い込まれていたのだ。
淡い期待もしていた。一旦このままにして1日、2日ゆっくりと休んでまた頑張ろう。それでも良かったのだ。
「母上がそんな事をするはずがないだろう。あれはヴィーが母上に自分がすると申し出たんだ。まるで母上がやらせていたような言い方は幾らなんでも人としてどうかと思うぞ」
「しかし、それ以前に婚約者でしかないルドヴィカ様が執務に携わる。その時点で問題だったのです」
「結果的にうまく回っていたんだから問題ないだろう。そもそもでこんなに人数がいるのにだ!ヴィー1人分も仕事が出来ませんと言ってるようなものだろう!」
「お言葉で御座いますが、私達はあくまでも補佐。最終的な可否決定は陛下や殿下が行うのです」
「ゴチャゴチャと五月蠅い!お前達もミレリーと同じだ。自分のことばかり!」
「自分のことばかりは殿下でしょう!誰のせいで・・・誰のせいでルドヴィカ様が去らねばならなくなったとお思いですかっ!」
「去ってなどいない。ヴィーは側妃だ。頭が冷えれば戻ってくる。大勢で騒ぎすぎだったんだよ。誰だって頭に血が上っている時は何を言われても火に油を注ぐようなものだ」
そこに、あの日、あの場に偶然いた従者が「いいですか?」と手をあげた。
ヒートアップしていくジェルマノと従者の言い争いの中にぽっかりと間抜けな声が挟まった事でジェルマノも聊か拍子抜けしたように「なんだ」と問う。
「側妃と仰ってますが・・・ルドヴィカ様は一言も側妃になるとは仰ってなかったと思います」
「何を言ってる。了解していただろう」
「いえ、私には ”あなた達の言い分は解った” としか・・・」
「そんな都合の良い解釈をするな!」
「ですが・・・だとしたら王太子の妃なら側妃でも王太子妃なんて言うのも都合の良い解釈では?」
そんなやり取りがあった事すら知らない従者はお互いの顔を見る。
王太子の妃なら側妃でも王太子妃。そんな屁理屈がまかり通れば混乱しか起こらない。否定をしないジェルマノに1人、2人と従者は席を立った。
「おい!何処に行く!」
「帰ります。頭がしゃっきりしたら戻ります」
「私も、ここ数日の仮眠も碌にない徹夜続きですので頭が冴えたら戻ります」
「私も」
「私も」
次々に従者は立ち上がり、私物をカバンに放り込むと部屋を出て行ってしまった。
最後に残ったのは言い争いになってしまった従者のみ。
「頭に血が上っておりました。確かに何を言われても火に油でした。消火出来たら出仕します」
「おい!お前までいなくなったら誰がこの執務をするんだ!」
「本来執務は陛下や殿下と言った王族の方が行うもの。我々は整理や資料集めと言った手伝いをするだけです。念のため就業規約も確認したいと考えています。では」
最後の従者も手早く私物を纏めると一礼をして部屋を出て行った。
部屋は大量の書類の山と茫然とするジェルマノを残し誰もいなくなった。
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