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閑話 ダニエレの忠誠
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★~★ダニエレの内緒話★~★
ダニエレとルドヴィカの出会いは偶然だった。
間者と言う仕事はそれなりに給料は貰えるのだが、本国に戻らねば自由には出来ない。
第4王子付となり、ダニエレは間者として送り込まれた。
元々の籍が子爵家にあった事も幸いし、何の疑いも持たれずに城に文官として雇われ、秘書官にまでなった。
そんなある日。
給料が然程良かった訳ではないが給料をもらって直ぐに全額を入れた財布をスリにすられたダニエレは本当に飢えていた。給料日まであと28日、ダニエレに残ったのは絶望感。
失意で部屋に戻れば空き巣というダブルパンチ。
噴水の水と河原の草で飢えを凌いで数日した時だった。
「何をしているの?」
「水を飲んでるのさ」
「でも、噴水の水は藻も生えているし、お腹を壊してしまうわ」
「腹の中は結構丈夫に出来てるんだ」
「でも・・・」
ぐぅぅ~
腹の中が丈夫に出来ている分、腹の虫のイビキも相当なものだった。
「お腹空いてるの?」
「まぁ…ちょっとね」
「待ってて。パンを持って来る」
「おい!いいよ!俺に構うな」
ダニエレが声を掛けたが少女は走って行ってしまった。
全く期待をしなかった訳ではないが、少女が戻って来るとは本気で思っていなかった。
「はぁはぁ・・・今、これだけ・・・はぁはぁ・・・しかないんだって」
小さな手から差し出されたパンは給料日でも我慢をした分厚いサラミが挟まっていた。
ダメだと思いながらもごくりと生唾を飲み込む。
「食べて。私はさっきまでお食事マナーの時間だったからもう食べたの」
お食事マナーと言われてダニエレはハッと気が付いた。
城で働いていれば何度も目にする機会がある。
ただ、それがこの少女だとは思っていなかった。
余りの罵詈雑言に扉は開いていても、使用人の誰もが速足になって扉の前を通り過ぎる。時に躾用の鞭で叩く音もして、明らかにテーブルなどではなく人を打っている音に無性に苛立った事もあった。
だが、声をあげて目立ってしまえば間者の仕事は出来なくなる。
他の使用人と同じくダニエレは見てみぬふりをしたのだ。
もう食べた・・・食べるどころかスプーンの持ち方で激しい叱責を受けていたはずだ。
ぐっとパンと飲料を差し出した腕は傷だらけで瘡蓋の上に瘡蓋があるような痛々しい手だった。
そこに赤い砂時計の形をした痣を見つけた。
ダニエレに見られたと思ったのか少女はパンを押し付けると伸ばした事で少し上がった袖を引いて痣を隠した。
「ごめんなさい。先生に不道徳の証だから見せちゃいけないって言われてるの。忘れて?」
ダニエレは恥ずかしかった。
自分は見てみぬふりをしてきたのに、少女は迷うことなく声を掛けて来た。
それはダニエレが困っているように見えたからだろう。
その後もわざわざ自分が食べると言えばそれなりに良いものを使ってくれるからと厨房に出向いてダニエレはせっせと餌付けされてしまった。
「今日も打たれたのか?」
「うん。ステップ間違っちゃった」
「間違ったって・・・習ったばかりだろう?」
「今日で2回目。でも1回で覚えるのが当たり前なんだって」
「そんなわけあるか!何度も何度も練習してそれでも失敗するのが人間だぞ?」
「そうなの?先生・・・そんな事言わないし・・・」
「親は?親は何も言わないのか?」
「お父様とお母様は・・・えぇっと・・・4カ月前に御挨拶をしたかな…その前はうーんと・・・」
「ちょっと待て。親とは一緒に暮らしてないのか?」
「だって・・・王妃になる人間には必要ないって・・・先生が‥」
「そんな先生、く〇くらえだ!いいか?1回で覚える必要なんてない。失敗したっていいんだよ。親も何してんだ。自分の娘なんだぞ。俺の方が腹立つわ!」
ダニエレがそう言うとルドヴィカは目にいっぱい涙をためて、ギュッと抱きしめてやると声をあげて泣いた。感情を出す事も禁止されて、迷うことも考えることも禁止。常に正解を用意しておかねばならない事に7歳の少女の心は追いつかなくなっていたのだ。
20歳も年齢が違う2人はこっそりと庭園で時間を過ごした。
過ごすと言っても、ルドヴィカが持ってきた軽食をダニエレが食べながらルドヴィカが誰にも聞かせられない愚痴をダニエレに聞いて貰うだけの時間。
その時間があったからこそ、ルドヴィカは「人」でいる事が出来、感情を持つことが出来た。
ダニエレは痣の迷信も知っていた。
ダニエレの家はすっかり没落してしまった子爵家。
そこに嫁入りをした祖母の生家のある地域の言い伝えだった。
砂時計の痣のある女は男を食い殺すと言われていたが、小さな手で懸命にパンと飲み物を運んでくるルドヴィカ。城に居ればルドヴィカの置かれている環境など教えてもらわずとも判る。自分以上に未来のない過酷な運命を背負った小さな少女にダニエレは食い殺されても良いと忠誠を誓った。
「お嬢、手を出して」
「手?」
パッと手のひらを広げてダニエレに差し出すルドヴィカだったが、ダニエレはルドヴィカの前に跪くと、左腕にある痣に口づけを落とし忠誠を誓った。
恋でもなく愛でもない。ただダニエレにとってルドヴィカは生きている以上守るべき存在。
そんな気がした。
――もしかすると、俺って父親になりたいのかな?――
父性愛でもいいか。
ダニエレはそう思っている。
ダニエレとルドヴィカの出会いは偶然だった。
間者と言う仕事はそれなりに給料は貰えるのだが、本国に戻らねば自由には出来ない。
第4王子付となり、ダニエレは間者として送り込まれた。
元々の籍が子爵家にあった事も幸いし、何の疑いも持たれずに城に文官として雇われ、秘書官にまでなった。
そんなある日。
給料が然程良かった訳ではないが給料をもらって直ぐに全額を入れた財布をスリにすられたダニエレは本当に飢えていた。給料日まであと28日、ダニエレに残ったのは絶望感。
失意で部屋に戻れば空き巣というダブルパンチ。
噴水の水と河原の草で飢えを凌いで数日した時だった。
「何をしているの?」
「水を飲んでるのさ」
「でも、噴水の水は藻も生えているし、お腹を壊してしまうわ」
「腹の中は結構丈夫に出来てるんだ」
「でも・・・」
ぐぅぅ~
腹の中が丈夫に出来ている分、腹の虫のイビキも相当なものだった。
「お腹空いてるの?」
「まぁ…ちょっとね」
「待ってて。パンを持って来る」
「おい!いいよ!俺に構うな」
ダニエレが声を掛けたが少女は走って行ってしまった。
全く期待をしなかった訳ではないが、少女が戻って来るとは本気で思っていなかった。
「はぁはぁ・・・今、これだけ・・・はぁはぁ・・・しかないんだって」
小さな手から差し出されたパンは給料日でも我慢をした分厚いサラミが挟まっていた。
ダメだと思いながらもごくりと生唾を飲み込む。
「食べて。私はさっきまでお食事マナーの時間だったからもう食べたの」
お食事マナーと言われてダニエレはハッと気が付いた。
城で働いていれば何度も目にする機会がある。
ただ、それがこの少女だとは思っていなかった。
余りの罵詈雑言に扉は開いていても、使用人の誰もが速足になって扉の前を通り過ぎる。時に躾用の鞭で叩く音もして、明らかにテーブルなどではなく人を打っている音に無性に苛立った事もあった。
だが、声をあげて目立ってしまえば間者の仕事は出来なくなる。
他の使用人と同じくダニエレは見てみぬふりをしたのだ。
もう食べた・・・食べるどころかスプーンの持ち方で激しい叱責を受けていたはずだ。
ぐっとパンと飲料を差し出した腕は傷だらけで瘡蓋の上に瘡蓋があるような痛々しい手だった。
そこに赤い砂時計の形をした痣を見つけた。
ダニエレに見られたと思ったのか少女はパンを押し付けると伸ばした事で少し上がった袖を引いて痣を隠した。
「ごめんなさい。先生に不道徳の証だから見せちゃいけないって言われてるの。忘れて?」
ダニエレは恥ずかしかった。
自分は見てみぬふりをしてきたのに、少女は迷うことなく声を掛けて来た。
それはダニエレが困っているように見えたからだろう。
その後もわざわざ自分が食べると言えばそれなりに良いものを使ってくれるからと厨房に出向いてダニエレはせっせと餌付けされてしまった。
「今日も打たれたのか?」
「うん。ステップ間違っちゃった」
「間違ったって・・・習ったばかりだろう?」
「今日で2回目。でも1回で覚えるのが当たり前なんだって」
「そんなわけあるか!何度も何度も練習してそれでも失敗するのが人間だぞ?」
「そうなの?先生・・・そんな事言わないし・・・」
「親は?親は何も言わないのか?」
「お父様とお母様は・・・えぇっと・・・4カ月前に御挨拶をしたかな…その前はうーんと・・・」
「ちょっと待て。親とは一緒に暮らしてないのか?」
「だって・・・王妃になる人間には必要ないって・・・先生が‥」
「そんな先生、く〇くらえだ!いいか?1回で覚える必要なんてない。失敗したっていいんだよ。親も何してんだ。自分の娘なんだぞ。俺の方が腹立つわ!」
ダニエレがそう言うとルドヴィカは目にいっぱい涙をためて、ギュッと抱きしめてやると声をあげて泣いた。感情を出す事も禁止されて、迷うことも考えることも禁止。常に正解を用意しておかねばならない事に7歳の少女の心は追いつかなくなっていたのだ。
20歳も年齢が違う2人はこっそりと庭園で時間を過ごした。
過ごすと言っても、ルドヴィカが持ってきた軽食をダニエレが食べながらルドヴィカが誰にも聞かせられない愚痴をダニエレに聞いて貰うだけの時間。
その時間があったからこそ、ルドヴィカは「人」でいる事が出来、感情を持つことが出来た。
ダニエレは痣の迷信も知っていた。
ダニエレの家はすっかり没落してしまった子爵家。
そこに嫁入りをした祖母の生家のある地域の言い伝えだった。
砂時計の痣のある女は男を食い殺すと言われていたが、小さな手で懸命にパンと飲み物を運んでくるルドヴィカ。城に居ればルドヴィカの置かれている環境など教えてもらわずとも判る。自分以上に未来のない過酷な運命を背負った小さな少女にダニエレは食い殺されても良いと忠誠を誓った。
「お嬢、手を出して」
「手?」
パッと手のひらを広げてダニエレに差し出すルドヴィカだったが、ダニエレはルドヴィカの前に跪くと、左腕にある痣に口づけを落とし忠誠を誓った。
恋でもなく愛でもない。ただダニエレにとってルドヴィカは生きている以上守るべき存在。
そんな気がした。
――もしかすると、俺って父親になりたいのかな?――
父性愛でもいいか。
ダニエレはそう思っている。
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