あなたの愛はいつだって真実

cyaru

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第22話  GOGOロッソ領

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何とも無粋な話だが廊下を伝って聞こえてくる鼾の合唱にレティツィアは目を覚ました。

寝台に移動させようとしたが、リビングからは距離がありマルムズ夫妻では体力に問題がある。ヴィルフレードが運ぼうかと言ったが、テオドロとチッチョに運び込まれたような緊急事態でもなく未婚の女性にむやみやたらに触れるのも良くない。

幸いに寝かせたソファは背凭れを倒せばソファベッドにもなるので掛布を掛けてそのまま寝かせていた。

すっかり家人は寝入ってしまい、レティツィアが夜中に目を覚ました時に驚くといけないとマルムズ軍医がついていたが、30分ほど前にヴィルフレードと交代した。

元気そうに見えて80歳。徹夜は体に堪えてしまう。

テーブルを挟んだ向かいで長い足を組んでひじ掛けに頬杖をつき、ランプの灯りで本を読んでいたヴィルフレードは視線に気が付き、本からレティツィアに視線を移した。

目が覚めたレティツィアが何度か瞬きをしながらヴィルフレードを見ていた。

「気が付いたか?驚かせてすまなかった」
「あ、あぁ…そうですね…みっともない姿を。こちらこそ申し訳ございません」

起き上ろうとするレティツィアを「そのままでいい」とヴィルフレードは制した。

「あの…兵士さんにお礼を言いたいのです」
「テオドロとチッチョか。ここには来てないんだ」
「そうですか…」
「つけ入る訳ではないが、辺境に来ないか?君のことはアマニー達から聞いた。ずっとここにいることは出来ないし、王都に戻るのは今は危険。私の勝手な判断だが、そうなると君は行く場所が無い。そこでだ。テオドロとチッチョに礼を言うためという名目で暫く辺境で療養するのはどうだろう」

レティツィアはヴィルフレードから視線を天井に移し、少し考えた。

色々と思い出せない事もある。何故だがヴィルフレードが言うように今、王都に戻るのは危険な気がするのだ。かと言って老夫婦にずっと厄介になっている事も出来ない。

小娘一人が生きて行けるほど世の中は甘くない。
心の何処かで「死にたくない」と自分が叫んでいる気もする。

ヴィルフレードはレティツィアが辺境に行っても住む場所などが無い事に迷っているかと考えた。

「住む場所なら私の屋敷には部屋が余っているから使うといい。この家よりも少々・・・広くてね。アマニーに寄れば掃除も出来るようだし、屋敷内の清掃をしてくれるのなら部屋付き、食事付きで雇う形態にしてもいい。どうだろう」

――部屋も食事もついてるなら・・・お金を貯めてどうにかなるかな――

だが、心配事もある。
見た目で判断してはいけないが、ヴィルフレードにはもう妻子がいてもおかしくない年齢にしか見えない。そこに自分が招かれてしまえば不要な誤解を生むのではないかと。

「妻子?!まぁ…いれば良いんだろうが未婚の寡男だ」

なら大丈夫かな??レティツィアは男女の諍いというのは本能で遠慮したい!と強く思ったのでその心配がないことには安心できた。

「では・・・お言葉に甘えて。暫く御厄介になります」
「そうしてくれると有難い」
「あの…今更なのですが貴方様は?」
「私か?ロッソ領で当主の仕事をしているヴィルフレードだ」

思いだせることがかなり限定されているレティツィアは「ロッソ領」は遠いところだなとの思いはあったが、名前には聞き覚えがあるような、ないような。

目の前で「もう少し眠りなさい。眠れないなら手でも握って子守歌を歌おうか?」と絶対的な安心を感じる言葉を掛けてくれるヴィルフレードに記憶の中の誰かを重なった、そんな気がした。


★~★

早速に翌日は出立。

昨日あんなに大量に作った料理はマルムズ夫妻の予想は大きく外れていなかったが44人の兵士を連れてやって来たヴィルフレードを含む45人にものの30分でぺろりと平らげられてしまった。

「足らないよー」と言う声に、ジャガイモを蒸して塩を振るだけの品も大皿で4つ追加したのは秘密だ。

ちなみに、チッチョが走り込んできた日、大量に作ってしまった料理はご近所さんに分けて美味しく食べてもらったので食品ロスはない。


目が覚めたレティツィアはアマニーの「手伝って」の声に数人の兵士と朝から大量のパンを焼く。

出立は昼過ぎ。なので夕食になる分のパンにはミルクを使うが、明日の朝以降、辺境に到着するまでのパンにミルクは使わない。傷んでしまうからである。

「はい。この薬をちゃんと毎日塗るんだよ?」
「ありがとうございます」
「疲れたら疲れたとヴィルに言えば休んでくれる。無理だけはいけないよ。このくらいと思ってはいけない。傷口が開いたらさらに足止めをされたり、全員の身動きが取れなくなるからね。大勢で動く時に一番してはいけないのは我慢だよ」

抜糸をしたばかりのレティツィアは塗り薬をマルムズ軍医から手渡された。
受け取った時は良かったのだ。必要だと思うのでそれ以上は考えなかった。

「では、お世話になりました」
「ヴィルのお世話も頼みましたよ?そこそこは教えているけれど‥大きな赤ちゃんだから」
「まぁ、そのような事を。ふふっ。でもお掃除係で雇って貰うだけですよ?」

ちょっとアマニーが勘違いをしてるなぁと思ったが、それも仕方がない。
全員が騎乗してきているので、誰かの馬に相乗りさせてもらわねばならない。

その誰かはこの場合、必然的にヴィルフレードになってしまった。

「おじさんですまないな。今日と明日は多分!多分だが臭わないと思う」
「臭う?何がです?」
「40を過ぎると、そこにいるだけでスメルハラスメントと言われてしまうんだ。先に断っとこうと思ってさ」

そんなものかな?と思いつつ、相乗りをさせてもらうと安定感抜群!
移動距離が長いので横乗りではなくレティツィアも馬の背を跨ぐ姿勢で座ったのだが、視界がパーッと開けて日常では見る事の出来ない高さから全てが見える。

「うわぁ…凄い」
「怖くないか?」
「全然!楽しいです!」

狙ったつもりは全くないが、空を飛ぶ鳥すら距離が近い気がして、空を仰ぎ見る格好で「楽しいです」とヴィルフレードに微笑んだレティツィア。

更に高い位置に顔のあるヴィルフレードにはレティツィアの顎の向こう、俗にいう胸の谷間の上部がちょっとだけ見えてしまった。その上、若い女の子の免疫などゼロ。

色んな意味でヴィルフレードがドキドキとする中、馬が動き出せばキョロキョロして「わっ!」「ハゥッ?!」見るもの全てに反応して「見てください!」と嬉しそうに話しかけてくる。

――後ろで良かった――

相乗りなので体が密着してしまう。胸に抱くようにレティツィアの背がヴィルフレードの胸にあたる。逆だったら理性が耐えられたか…いや、強固な理性の防壁は、瞬時に極上に柔い双璧に破壊されただろう。

トドメは野営で夕食が終わった後だった。

「背中に薬が塗れないんです」

ヴィルフレードは作戦成功率1%以下の奇襲を仕掛ける直前よりも緊張したのだった。
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