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第08話 月に一度だけ
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監禁状態のレティツィアだったが、月に一度だけ侍女に従者、そして護衛騎士を連れて出掛けることは公爵夫妻も許してくれた。
ただ、それも1年間という期限付き。
何処に行くのかと言えばゲルハ伯爵の墓標。月命日の墓参である。
1年と言う期限が付いたのは、本来であればまだ喪中。結婚はしていなくても10年に及ぶ婚約だったのだから喪に服している期間の慶事はご法度に近かった。
ハーベル公爵家にはもうその1年を待てるほど猶予はなかったのでごり押しした形。
対外的に見ても「墓参もさせない」のは聞こえが悪いので1周忌にあたるその時までと許可を出した。
レティツィアは花嫁道具として侯爵家から持ち込んだドレスを1着持って馬車に乗り込む。途中で古着屋に買い取ってもらい、古着屋の向かいにある花屋で真っ白いダリヤを購入する。
「いらっしゃいませー。あ、いつものですね?」
「はい。今月もお願いします」
「いいんですよ~。早速おつくりしますね。今月で5回目ですよね」
「えぇ…もうそんなになるのね」
「お嬢様みたいな方に毎月来てもらえて・・・幸せですね」
「そうかしら。そう思ってくれているといいんだけど」
古着屋に買い取ってもらった金は毎月花の購入代金の数倍になる。レティツィアは全てをプールしてもらい1年経って来られなくなった時、その金で白いダリヤを墓標に供えて欲しいと頼んでいた。
小高い丘の少し開けた場所にゲルハ伯爵は眠っている。何故こんな場所に?と言えばかつては騎士だったゲルハ伯爵の若い頃にはまだ王都の治安は良くなかった。
徐々に安定する国。木の葉が風に揺れる音と小鳥の囀りが今も安定は変わらないと思わせる場所だったから。
部屋で朝食を取ると直ぐに出掛ける。夕日が空を赤く染めるまでレティツィアはゲルハ伯爵の名が刻まれた墓標の隣に腰を下ろし、黙って風景を見る。雨が降っていれば傘をさし立ったままで風景を見る。
この時だけは時計を見て「まだ〇時」と1日の長さを感じる事もない。
気が付けば侍女が来て「もう戻りましょう」と声を掛けてくれるまでレティツィアは穏やかな時間を過ごした。
★~★
「やはり・・・今月も」
2カ月前に教会への早朝定期礼拝を終えたアルマンドは花屋の前で偶然レティツィアを見かけた。早朝定期礼拝の日は少しなら時間の融通が利く。
そっと後をつけるとレティツィアはゲルハ伯爵の墓標で立ち止まった。
「あぁ、墓参りなのか…そういえば月命日だったな」
木の陰に隠れてアルマンドがレティツィアを見ていたのは30分ほど。
もしやと思い、翌月も隠れて待っているとレティツィアがやって来た。
ゲルハ伯爵が亡くなり、アルマンドは国王と王妃、そして議会にレティツィアを妃にと申し入れた。喪中の1年と言う期間があればなんとかなる。
レティツィアは怒るかも知れないが、幸いにも誕生日の前にゲルハ伯爵が亡くなった事によりレティツィアには婚姻歴がない。身綺麗である事も確かだった。
すんなりと事が運ぶかと思えば思わぬ逆風が吹いた。
クラン侯爵が受け入れなかったのだ。
理由は持参金だ。侯爵家とはいえ相手が王族となれば相当の持参金を持たさねばならない。その上レティツィアは庶子の為、クラン侯爵は認知をしていても夫人は子供と認めていない。
揉め事を嫌ったクラン侯爵はハーベル公爵家のバークレイとレティツィアの婚約を結んでしまったのだ。しかもゲルハ伯爵が亡くなって1週間も経たないうちに婚約を結んでしまった。
既に婚約者のいる相手を望んでも王族だからと認められる訳が無い。
千載一遇の好機をアルマンドは逃してしまった。
そして「ウサギのぬいぐるみ」だ。レティツィアが去った後、ゲルハ伯爵家に勤めていた使用人に問い、あのぬいぐるみがレティツィアにとってどんな意味があるのかを知った。
「代わりのぬいぐるみなんて存在しないんだ」
安易に買ってやる、なんならウサギが好きなら生きたウサギがいいのかと言ってしまった。金で買えるような品ではなかった。燃え尽きた灰からは欠片も出なかった。
更にアルマンドの心を苦しめるのはハーベル公爵家でのレティツィアの様子だった。
籠の鳥以下の自由が無い生活。この事を理由にして離縁させようとしたが無理だった。
脱税や贈収賄、違法賭博、違法薬物と言った類でもなく不貞行為を裁く法は無かったし、監禁と言っても食事を与えていない訳ではなく、地下牢などに押し込んでいる訳でもない。あくまでも部屋の形態については他家の内情であり、外鍵をつけることは徘徊する高齢者を抱える家なら平民にも同様の措置をする家は存在する。月に1度とは言えレティツィアはこうやって墓参も出来ている。
何か方法はないのか。思案するアルマンドは3度目になるレティツィアの姿を目で追う。
★~★
偶然とは恐ろしいものである。
フローラと朝までダーツバーで遊び、その日は「パパが用事があるって言うの」と名残惜しそうにするフローラをボッラク伯爵家に送り届置けたバークレイは屋敷に戻る途中だった。
「おい!止めてくれ」
御者に声を掛けたのは見知った馬車が停車していたからだった。
「何をしてるんだ?」
小窓から様子を伺ったのは花屋の店先だった。真っ白い花束を満面の笑みを浮かべる店員から受け取っているのは屋敷にいるはずのレティツィアだった。
レティツィアが馬車に乗り込み、その馬車が動き出すと少し先で停車していた馬車も後をつけるように動き出した。
「あの馬車をつけろ。ゆっくりだ。見失わない程度に距離を取れ」
「つけるんですか?屋敷には戻らず?」
「ごたごた言うな!言う通りにしればいいんだよッ」
レティツィアの後をつける馬車。曲がり角で見えた紋にバークレイは「見間違いか?」と目を擦った。その紋は第1王子アルマンドの紋、双頭の鷲だったからだ。
レティツィアの向かった先は墓地だった。主に騎士が埋葬されている地。
直ぐに「あぁ、そういえば」とレティツィアが婚約を結ぶ前に亡くなったという相手が騎士だったと聞かされた事を思いだした。
バークレイが婚約を結んだ時、両親の公爵夫妻は「貴方の事が以前から好きだったんですって」と言った。
だからバークレイはレティツィアの事を毛嫌いしていたのだ。
フローラと言う将来を誓い合った恋人のいる男を、婚約者が死んだからと喪に服す事もせずになんと節操のない女だと吐き気すらした。
離縁が出来ないのなら自死するまで追い込んでやれとも考えていたくらいにレティツィアの事を嫌っていた。
アルマンドの馬車から離れた位置に馬車を停めると、侯爵家の馬車が見えた、その周囲には使用人達がタバコをふかしたり、中にはシートを持って来て広げて寝転がっている者までいる事に気が付いた。
馬車を降り、使用人達の元に駆け寄って信じられない言葉を聞いた。
「月に一度?!」
「そうなんです。夕方までずっと座ってるだけで・・・2回までは付き合いましたが付き合いきれませんので我々はここで待つことにしたんです」
聞けば今回で5回目。月に一度レティツィアは無くなった婚約者の墓参に訪れているという。
しかも何をするでもなくただ墓標の隣にすわり景色を見ているのだとか。
「信じられない・・・」
「年もかなり離れてたそうなので、爺ちゃんと孫って感覚なんでしょうかね」
「爺ちゃん・・・そこまで年が違っていたのか?」
「若旦那様、ご存じなかったんですか?」
バークレイは知らなかった。いや、知ろうとも思わなかったのでレティツィアの事は極力目にも耳にも入らないようにしていた。
「僕は何か間違っていたんだろうか」
バークレイの心に小さな疑問が浮かんだ。
ただ、それも1年間という期限付き。
何処に行くのかと言えばゲルハ伯爵の墓標。月命日の墓参である。
1年と言う期限が付いたのは、本来であればまだ喪中。結婚はしていなくても10年に及ぶ婚約だったのだから喪に服している期間の慶事はご法度に近かった。
ハーベル公爵家にはもうその1年を待てるほど猶予はなかったのでごり押しした形。
対外的に見ても「墓参もさせない」のは聞こえが悪いので1周忌にあたるその時までと許可を出した。
レティツィアは花嫁道具として侯爵家から持ち込んだドレスを1着持って馬車に乗り込む。途中で古着屋に買い取ってもらい、古着屋の向かいにある花屋で真っ白いダリヤを購入する。
「いらっしゃいませー。あ、いつものですね?」
「はい。今月もお願いします」
「いいんですよ~。早速おつくりしますね。今月で5回目ですよね」
「えぇ…もうそんなになるのね」
「お嬢様みたいな方に毎月来てもらえて・・・幸せですね」
「そうかしら。そう思ってくれているといいんだけど」
古着屋に買い取ってもらった金は毎月花の購入代金の数倍になる。レティツィアは全てをプールしてもらい1年経って来られなくなった時、その金で白いダリヤを墓標に供えて欲しいと頼んでいた。
小高い丘の少し開けた場所にゲルハ伯爵は眠っている。何故こんな場所に?と言えばかつては騎士だったゲルハ伯爵の若い頃にはまだ王都の治安は良くなかった。
徐々に安定する国。木の葉が風に揺れる音と小鳥の囀りが今も安定は変わらないと思わせる場所だったから。
部屋で朝食を取ると直ぐに出掛ける。夕日が空を赤く染めるまでレティツィアはゲルハ伯爵の名が刻まれた墓標の隣に腰を下ろし、黙って風景を見る。雨が降っていれば傘をさし立ったままで風景を見る。
この時だけは時計を見て「まだ〇時」と1日の長さを感じる事もない。
気が付けば侍女が来て「もう戻りましょう」と声を掛けてくれるまでレティツィアは穏やかな時間を過ごした。
★~★
「やはり・・・今月も」
2カ月前に教会への早朝定期礼拝を終えたアルマンドは花屋の前で偶然レティツィアを見かけた。早朝定期礼拝の日は少しなら時間の融通が利く。
そっと後をつけるとレティツィアはゲルハ伯爵の墓標で立ち止まった。
「あぁ、墓参りなのか…そういえば月命日だったな」
木の陰に隠れてアルマンドがレティツィアを見ていたのは30分ほど。
もしやと思い、翌月も隠れて待っているとレティツィアがやって来た。
ゲルハ伯爵が亡くなり、アルマンドは国王と王妃、そして議会にレティツィアを妃にと申し入れた。喪中の1年と言う期間があればなんとかなる。
レティツィアは怒るかも知れないが、幸いにも誕生日の前にゲルハ伯爵が亡くなった事によりレティツィアには婚姻歴がない。身綺麗である事も確かだった。
すんなりと事が運ぶかと思えば思わぬ逆風が吹いた。
クラン侯爵が受け入れなかったのだ。
理由は持参金だ。侯爵家とはいえ相手が王族となれば相当の持参金を持たさねばならない。その上レティツィアは庶子の為、クラン侯爵は認知をしていても夫人は子供と認めていない。
揉め事を嫌ったクラン侯爵はハーベル公爵家のバークレイとレティツィアの婚約を結んでしまったのだ。しかもゲルハ伯爵が亡くなって1週間も経たないうちに婚約を結んでしまった。
既に婚約者のいる相手を望んでも王族だからと認められる訳が無い。
千載一遇の好機をアルマンドは逃してしまった。
そして「ウサギのぬいぐるみ」だ。レティツィアが去った後、ゲルハ伯爵家に勤めていた使用人に問い、あのぬいぐるみがレティツィアにとってどんな意味があるのかを知った。
「代わりのぬいぐるみなんて存在しないんだ」
安易に買ってやる、なんならウサギが好きなら生きたウサギがいいのかと言ってしまった。金で買えるような品ではなかった。燃え尽きた灰からは欠片も出なかった。
更にアルマンドの心を苦しめるのはハーベル公爵家でのレティツィアの様子だった。
籠の鳥以下の自由が無い生活。この事を理由にして離縁させようとしたが無理だった。
脱税や贈収賄、違法賭博、違法薬物と言った類でもなく不貞行為を裁く法は無かったし、監禁と言っても食事を与えていない訳ではなく、地下牢などに押し込んでいる訳でもない。あくまでも部屋の形態については他家の内情であり、外鍵をつけることは徘徊する高齢者を抱える家なら平民にも同様の措置をする家は存在する。月に1度とは言えレティツィアはこうやって墓参も出来ている。
何か方法はないのか。思案するアルマンドは3度目になるレティツィアの姿を目で追う。
★~★
偶然とは恐ろしいものである。
フローラと朝までダーツバーで遊び、その日は「パパが用事があるって言うの」と名残惜しそうにするフローラをボッラク伯爵家に送り届置けたバークレイは屋敷に戻る途中だった。
「おい!止めてくれ」
御者に声を掛けたのは見知った馬車が停車していたからだった。
「何をしてるんだ?」
小窓から様子を伺ったのは花屋の店先だった。真っ白い花束を満面の笑みを浮かべる店員から受け取っているのは屋敷にいるはずのレティツィアだった。
レティツィアが馬車に乗り込み、その馬車が動き出すと少し先で停車していた馬車も後をつけるように動き出した。
「あの馬車をつけろ。ゆっくりだ。見失わない程度に距離を取れ」
「つけるんですか?屋敷には戻らず?」
「ごたごた言うな!言う通りにしればいいんだよッ」
レティツィアの後をつける馬車。曲がり角で見えた紋にバークレイは「見間違いか?」と目を擦った。その紋は第1王子アルマンドの紋、双頭の鷲だったからだ。
レティツィアの向かった先は墓地だった。主に騎士が埋葬されている地。
直ぐに「あぁ、そういえば」とレティツィアが婚約を結ぶ前に亡くなったという相手が騎士だったと聞かされた事を思いだした。
バークレイが婚約を結んだ時、両親の公爵夫妻は「貴方の事が以前から好きだったんですって」と言った。
だからバークレイはレティツィアの事を毛嫌いしていたのだ。
フローラと言う将来を誓い合った恋人のいる男を、婚約者が死んだからと喪に服す事もせずになんと節操のない女だと吐き気すらした。
離縁が出来ないのなら自死するまで追い込んでやれとも考えていたくらいにレティツィアの事を嫌っていた。
アルマンドの馬車から離れた位置に馬車を停めると、侯爵家の馬車が見えた、その周囲には使用人達がタバコをふかしたり、中にはシートを持って来て広げて寝転がっている者までいる事に気が付いた。
馬車を降り、使用人達の元に駆け寄って信じられない言葉を聞いた。
「月に一度?!」
「そうなんです。夕方までずっと座ってるだけで・・・2回までは付き合いましたが付き合いきれませんので我々はここで待つことにしたんです」
聞けば今回で5回目。月に一度レティツィアは無くなった婚約者の墓参に訪れているという。
しかも何をするでもなくただ墓標の隣にすわり景色を見ているのだとか。
「信じられない・・・」
「年もかなり離れてたそうなので、爺ちゃんと孫って感覚なんでしょうかね」
「爺ちゃん・・・そこまで年が違っていたのか?」
「若旦那様、ご存じなかったんですか?」
バークレイは知らなかった。いや、知ろうとも思わなかったのでレティツィアの事は極力目にも耳にも入らないようにしていた。
「僕は何か間違っていたんだろうか」
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