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第29話 嵌められた!②-②
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失踪宣告を届け出てかねてよりの恋人だったフローラがその前年、離縁が成立していた事からバークレイは再婚をした。
バークレイとフローラが再婚同士で結婚をした時、2人の関係は公然の秘密だったこともあり貴族の間では色々な憶測を交えて面白おかしく囃し立てられた。
以前の噂よりもセンセーショナル。
長い間の恋人で有名だった2人は「略奪婚ならぬ失踪婚」と社交界では噂が持ち切りだった。
社交界でそんな噂と並行してもう1つ噂が流れていた。
こちらは誰もが「良かった」と微笑ましく思う話。
長く独り者だったロッソ辺境伯が間もなく妻を迎えるというものだった。
「とても美しいご令嬢だそうですわよ」
「陛下もこれで一安心。胸をなでおろした事でしょう」
「聞けば金に糸目をつけず、あらゆる宝飾品を贈られたとか」
「あの獰猛果敢と言われた辺境伯が骨抜きなのだそうよ?」
勇猛果敢ではなく獰猛果敢。
国王の実弟でもあり早くから国防に身を捧げたと言われており、子宝に恵まれなかった辺境伯の元に自ら養子に出ると宣言し、以降は鉄壁の守りで東南の国境線を守るロッソ辺境伯が44歳という年齢で妻を迎える。
あとは子供が生まれればまた国の防壁は更に強固になる。国の守り神と言えるロッソ辺境伯。
そんな辺境伯夫妻が報告の為に王都にやって来る。
「あとは王太子殿下だけね」
「なんでもお心に決めた方がいらっしゃったそうよ」
「ならどうして?その方をお選びになれば良かったのに」
「あなたご存じないの?有名な話よ?」
王太子のアルマンドには意中の女性がいた。
知り合った時はもう他家の当主と婚約が結ばれた後だった。ただ年齢差のある婚約だったため「万が一」を願いアルマンドは持ち込まれる婚約を全て蹴って来た。
年齢差のある結婚や婚約は王族、貴族の間では当たり前の話。
ただ教会から倫理観の問題として婚約に年齢の制限はなかったが結婚は15歳になってからと制約があった。
神が願いを聞き届けたのか。
意中の女性が「結婚」出来る年齢まであと1カ月となった時、相手の婚約者は神に召された。
アルマンドが父親の国王や議会を説得している間に娘の父親は「面倒に巻き込まれるのはごめんだ」と別の子息との婚約を結んでしまい、元婚約者の喪が明けると直ぐに結婚をさせてしまったのだ。
そしてその女性とは結婚から1年も経たないあの花の宴の日。忽然と姿を消したレティツィアだった。
★~★
バンっ!!
激しくテーブルに拳を打ち付けたのはアルマンド。
叩きつけた振動で茶器はひっくり返り、テーブルに茶が零れた。
テーブルを挟んで向かいに腰を下ろす国王と王妃は微動だにしない。
「なんで‥‥叔父上の・・・なんでだよ!父上、騙したのか!僕を!」
「騙してはいない。伝えなかっただけだ」
国王を睨みつけるが、自分の愚かさにも腹が立って仕方がない。
手のひらで踊らされていた事に気が付かなかった。
「かねてより伝えていたはずだ。クラン侯の娘はダメだと。王家の仕来りは仕来り。身綺麗である事、そして初婚である事は譲れない絶対条件だ」
「だからと言って!叔父上の元で保護をされた。そう言ったじゃないか!」
「事実だからな」
国王は事実しかアルマンドに伝えていない。
ヴィルフレードがレティツィアを保護したのは事実で揺るぎない。ただ記憶が抜け落ちている事などは伝えていない。
我が子なので意中の令嬢と添い遂げるのも許してやりたいが、ハーベル公爵家と言う家がそれで消えようとしている。それもまた事実で目の前に見本があるのに王家が同じ轍を踏む事は許されなかった。
「じゃぁなんで!なんで叔父上は良いんだよ!」
「ヴィルフレードは10歳になる前に王籍は抜けている。王族ではない。ただ血の繋がりは書面で切れるものではない。だから私の弟であり、お前の叔父である事は変わらなかった。それだけだ」
「王籍を抜ければいいなら今からでも抜ける!それならいいだろう!」
「確かにな。だが、レティツィアがヴィルフレードの妻になる事は変わらない。お前が王籍を抜けようが抜けまいが別の問題だ」
アルマンドはまんまと国王に目の前に吊るされた人参欲しさに駒とされた。
資質を試されたと言ってもいいだろう。
ハーベル公爵がバークレイに負債を全て押し付けて逃げ切りを図ろうとしている事は察知していた。丁度良い機会だとアルマンドを利用したのだ。
貴族の間では歌劇の影響もあり「真実の愛」として家督を継ぐものが家同士の契約を蔑ろにする例がそれなりの頻度で報告される。これまでも伯爵家や子爵家と言った家がそれで廃家に追い込まれたが元々経営難だった事もあり、大きな問題にはならなかった。
しかし、王族貴族は民の為に時には「私」を押し殺さねばならない時がある。
どうせ公爵家なら許されるのだろう。そう考えている貴族達に公爵家であろうと潰れる時は潰れる。そんな見せしめも必要だった。何故かと言えば取り決め1つで多くの領民の命が憂き目にあうからである。
加虐趣味のある当主がフローラと結婚したのは王家として関与していない。ボッラク伯爵は本当に利権が欲しかっただけだ。しかしその利権は王家も欲しかった。
海の向こうの国との交易に絡む事が出来れば利益は多大で国力も上がる。
フローラが逃げ出したのも幸運だったとしか言いようがない。
その話を飲ませるためにアルマンドを使った。王太子が直接来るのだ。相手に信じ込ませるには十分すぎる。王家が絡むとなれば低位貴族でしかない当主は国のお墨付きももらえるとボッラク伯爵の言い分を飲んだ。
加虐趣味のある当主にボッラク伯爵の言い分を飲ませたのはボッラク伯爵が欲に塗れた男だったから。
フローラがバークレイに嫁げば当然公爵家というブランドをボッラク伯爵は保とうとする。
爵位とはそれだけ影響力があるからである。
公爵家、侯爵家と言う爵位は失う事はあっても金で買うことは出来ない。
負債しかない公爵家にテコ入れすればあっという間に金が尽きる。没落した伯爵家を国庫に納めれば海路の権利も王家が手にするのだから簡単な話だ。
国王がした事は失踪宣告の特例を認めさせること。
貴族の令嬢や夫人が3年も誰にも見つけられず、生活が出来るはずはずがない。その思い込みを使ったのと、早くから王籍を抜けたヴィルフレードには幸せになって欲しかった兄としての私情を挟んだ。
養子に出た頃は幼かったが、その後の功績は大きなもの。籍を抜けたのに再度王籍を復活させて次期国王にと最も望まれたのは若かりし日のヴィルフレード。
頑として復帰はしないとした事で国王は玉座を手に入れた。
その恩返しでもあった。
「お前には海路を手に入れた後、海の向こうの国の王女と婚姻を結ぶ。これは決まった事だ」
「認めない!そんなのは認めない!僕を嵌めただけじゃないか!」
「王族であるという事を胸に手を当ててよく考えろ。惚れた腫れたで国を統べる事は出来ない」
アルマンドは舌打ちをして部屋を出て行った。
国王は従者に「監視しろ」と目配せをした。
バークレイとフローラが再婚同士で結婚をした時、2人の関係は公然の秘密だったこともあり貴族の間では色々な憶測を交えて面白おかしく囃し立てられた。
以前の噂よりもセンセーショナル。
長い間の恋人で有名だった2人は「略奪婚ならぬ失踪婚」と社交界では噂が持ち切りだった。
社交界でそんな噂と並行してもう1つ噂が流れていた。
こちらは誰もが「良かった」と微笑ましく思う話。
長く独り者だったロッソ辺境伯が間もなく妻を迎えるというものだった。
「とても美しいご令嬢だそうですわよ」
「陛下もこれで一安心。胸をなでおろした事でしょう」
「聞けば金に糸目をつけず、あらゆる宝飾品を贈られたとか」
「あの獰猛果敢と言われた辺境伯が骨抜きなのだそうよ?」
勇猛果敢ではなく獰猛果敢。
国王の実弟でもあり早くから国防に身を捧げたと言われており、子宝に恵まれなかった辺境伯の元に自ら養子に出ると宣言し、以降は鉄壁の守りで東南の国境線を守るロッソ辺境伯が44歳という年齢で妻を迎える。
あとは子供が生まれればまた国の防壁は更に強固になる。国の守り神と言えるロッソ辺境伯。
そんな辺境伯夫妻が報告の為に王都にやって来る。
「あとは王太子殿下だけね」
「なんでもお心に決めた方がいらっしゃったそうよ」
「ならどうして?その方をお選びになれば良かったのに」
「あなたご存じないの?有名な話よ?」
王太子のアルマンドには意中の女性がいた。
知り合った時はもう他家の当主と婚約が結ばれた後だった。ただ年齢差のある婚約だったため「万が一」を願いアルマンドは持ち込まれる婚約を全て蹴って来た。
年齢差のある結婚や婚約は王族、貴族の間では当たり前の話。
ただ教会から倫理観の問題として婚約に年齢の制限はなかったが結婚は15歳になってからと制約があった。
神が願いを聞き届けたのか。
意中の女性が「結婚」出来る年齢まであと1カ月となった時、相手の婚約者は神に召された。
アルマンドが父親の国王や議会を説得している間に娘の父親は「面倒に巻き込まれるのはごめんだ」と別の子息との婚約を結んでしまい、元婚約者の喪が明けると直ぐに結婚をさせてしまったのだ。
そしてその女性とは結婚から1年も経たないあの花の宴の日。忽然と姿を消したレティツィアだった。
★~★
バンっ!!
激しくテーブルに拳を打ち付けたのはアルマンド。
叩きつけた振動で茶器はひっくり返り、テーブルに茶が零れた。
テーブルを挟んで向かいに腰を下ろす国王と王妃は微動だにしない。
「なんで‥‥叔父上の・・・なんでだよ!父上、騙したのか!僕を!」
「騙してはいない。伝えなかっただけだ」
国王を睨みつけるが、自分の愚かさにも腹が立って仕方がない。
手のひらで踊らされていた事に気が付かなかった。
「かねてより伝えていたはずだ。クラン侯の娘はダメだと。王家の仕来りは仕来り。身綺麗である事、そして初婚である事は譲れない絶対条件だ」
「だからと言って!叔父上の元で保護をされた。そう言ったじゃないか!」
「事実だからな」
国王は事実しかアルマンドに伝えていない。
ヴィルフレードがレティツィアを保護したのは事実で揺るぎない。ただ記憶が抜け落ちている事などは伝えていない。
我が子なので意中の令嬢と添い遂げるのも許してやりたいが、ハーベル公爵家と言う家がそれで消えようとしている。それもまた事実で目の前に見本があるのに王家が同じ轍を踏む事は許されなかった。
「じゃぁなんで!なんで叔父上は良いんだよ!」
「ヴィルフレードは10歳になる前に王籍は抜けている。王族ではない。ただ血の繋がりは書面で切れるものではない。だから私の弟であり、お前の叔父である事は変わらなかった。それだけだ」
「王籍を抜ければいいなら今からでも抜ける!それならいいだろう!」
「確かにな。だが、レティツィアがヴィルフレードの妻になる事は変わらない。お前が王籍を抜けようが抜けまいが別の問題だ」
アルマンドはまんまと国王に目の前に吊るされた人参欲しさに駒とされた。
資質を試されたと言ってもいいだろう。
ハーベル公爵がバークレイに負債を全て押し付けて逃げ切りを図ろうとしている事は察知していた。丁度良い機会だとアルマンドを利用したのだ。
貴族の間では歌劇の影響もあり「真実の愛」として家督を継ぐものが家同士の契約を蔑ろにする例がそれなりの頻度で報告される。これまでも伯爵家や子爵家と言った家がそれで廃家に追い込まれたが元々経営難だった事もあり、大きな問題にはならなかった。
しかし、王族貴族は民の為に時には「私」を押し殺さねばならない時がある。
どうせ公爵家なら許されるのだろう。そう考えている貴族達に公爵家であろうと潰れる時は潰れる。そんな見せしめも必要だった。何故かと言えば取り決め1つで多くの領民の命が憂き目にあうからである。
加虐趣味のある当主がフローラと結婚したのは王家として関与していない。ボッラク伯爵は本当に利権が欲しかっただけだ。しかしその利権は王家も欲しかった。
海の向こうの国との交易に絡む事が出来れば利益は多大で国力も上がる。
フローラが逃げ出したのも幸運だったとしか言いようがない。
その話を飲ませるためにアルマンドを使った。王太子が直接来るのだ。相手に信じ込ませるには十分すぎる。王家が絡むとなれば低位貴族でしかない当主は国のお墨付きももらえるとボッラク伯爵の言い分を飲んだ。
加虐趣味のある当主にボッラク伯爵の言い分を飲ませたのはボッラク伯爵が欲に塗れた男だったから。
フローラがバークレイに嫁げば当然公爵家というブランドをボッラク伯爵は保とうとする。
爵位とはそれだけ影響力があるからである。
公爵家、侯爵家と言う爵位は失う事はあっても金で買うことは出来ない。
負債しかない公爵家にテコ入れすればあっという間に金が尽きる。没落した伯爵家を国庫に納めれば海路の権利も王家が手にするのだから簡単な話だ。
国王がした事は失踪宣告の特例を認めさせること。
貴族の令嬢や夫人が3年も誰にも見つけられず、生活が出来るはずはずがない。その思い込みを使ったのと、早くから王籍を抜けたヴィルフレードには幸せになって欲しかった兄としての私情を挟んだ。
養子に出た頃は幼かったが、その後の功績は大きなもの。籍を抜けたのに再度王籍を復活させて次期国王にと最も望まれたのは若かりし日のヴィルフレード。
頑として復帰はしないとした事で国王は玉座を手に入れた。
その恩返しでもあった。
「お前には海路を手に入れた後、海の向こうの国の王女と婚姻を結ぶ。これは決まった事だ」
「認めない!そんなのは認めない!僕を嵌めただけじゃないか!」
「王族であるという事を胸に手を当ててよく考えろ。惚れた腫れたで国を統べる事は出来ない」
アルマンドは舌打ちをして部屋を出て行った。
国王は従者に「監視しろ」と目配せをした。
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