32 / 34
第30話 空に響く鐘の音は★本編最終話
しおりを挟む
1年後。
ギギギィと大きな門が開くと日焼けをした元羊飼いで現役門番がヘリンに笑いかける。
「こんにちは。メルさんは御在宅かしら?」
「勿論。羊の癖に首を長くして待ってますよ。おっと!今日は湿度が高いので巻いてます」
門番はクルクルと指先を回して、フェルメルの髪の毛がグリングリンである事を示す。
つむじが両方の側頭部にあるのも影響をしているのか、以前より伸びた髪が巻いてしまうと羊の角のようにも見える。
スナーチェと婚約をする前は「羊の気持ちを感じるから」と髭も伸ばして羊の毛刈りに合わせて剃っていたというフェルメル。最近は身嗜みと毎日剃っているようだが、日を追うごとに見えてる部分の手足にもモフモフと体毛が伺える。
こちらはあまり剃ってしまうと剃刀負けをするそうで剃らないようになった。延々と伸びるわけでは無いし、髪の毛よりも伸びるペースは遅い。ただ湿度が高い日は手足の体毛もウェーブ状になる。
「はい、門番さんに」
「いつもすまないね。ロールキャベツ大好物だよ」
「あら・・・ごめんなさい。今回はロール白菜なの」
「白菜も好きだよ。いつもありがとよ!」
ムウトン伯爵家の当主となったフェルメルは本当に店には顔を出せても月に1度あるかないか。多忙な日々を送る事になったので、ヘリンは差し入れをもって訪れる。
「りっちゃん。フェルメルは執務室で暴れてるよ。宥めてやってくれ」
「あら、おじさま。その子は?」
引退したムウトン先代伯爵は生まれて1カ月の子羊の世話をしていた。
母羊が狼に襲われてしまい、療養中なのだ。
各地にいる羊の数はもう100万を超えるが、たった一人の孫はまだ抱けていない。
だが、それももうすぐ。
ヘリンは19歳で結婚出来るまであと1年。息子フェルメルと穏かに思いを通わせている。
「おじさまなんて他人行儀だな。パパでいいよぅ」
「でもメルさんは何も…」
「え?あいつ、まだ?何やってんだよ・・・全く。よし私がちゃぁーんと言い聞かせておくよ」
両家の両親も公認の仲ではあるけれど具体的な話はまだ進んでいない。
へリンには知らされていないがフェルメルは9カ月前に再興したオダーメ伯爵家からの執拗な取引の申し込みに法的措置を取って対抗していた。
オダーメ伯爵の名前はスカッド。オダーメ伯爵夫人はスナーチェ。
過去にスナーチェの婚約者だったというだけで執拗に取引をしてくれないかと持ちかけて来る。しかし何が出来るかと言えば何もない。
「私が婚約者だったよしみでアドバイスしてるのよ?」
と、子羊を食肉用とする為だけに繁殖させればいいと計画書を持ってきた。
身動きの出来ない広さしかないケージに母羊を入れてただ子羊を産ませるだけの計画書。当然フェルメルは一蹴した。羊組合でもオダーメ伯爵家には警戒をしていて、誰も取り合わない。
半年ほど前は頻繁に夜会にも出席していたようだが、垢が浮いたようなドレスで同年代の夫人や当主に話しかけて「コンサルティングしてやる」と経営に携わらせろと言い寄っていた。
その上提供されている食事を食い漁り、パンも服の中に詰め込んで帰って行く。
貴族なら目の前のパンが欲しくても心で食べて耐えるものだ。
スカッドを知る者はそう言ったが、空腹には勝てなかった。
ほとんどの家からは出入り禁止となり、今では「フリー」で来るもの拒まずの茶会や夜会に乱入しては追い出されているという。
今回法的措置に出るのはスナーチェが「過去の婚約者」というだけで遅れて開く結婚披露宴に呼んでやるからご祝儀を出せというもの。
神出鬼没で突然現れるためゼスト公爵家でも手を焼いているというが、焼いているのは彼らの生活の面倒をみる為ではなく、「顔も見たくない」と言ったヘリンの要望を叶えるべく、ヘリンと接触をさせないための警備であったりする。
「メルさん。昼食を作って来たの。今、いい?」
「いいよ。リーはもう食べたのか?」
「まだよ。一緒に食べようかなと思って。今回はね、キャベツじゃなくて白菜を使ってみたのよ」
バスケットから陶器の器に盛られたロール白菜を取り出すヘリン。
フェルメルはヘリンの食事でちょっとだけ太ってしまった。あればあるだけ食べるし、ニードル用と言われても「お前にはやらない!」と横取りをしってしまうのが原因。毛深いだけでなく嫉妬も深い。
「持って来るんじゃなくて、一緒に住んでみないか?そしたら俺も作れるしさ」
「メルさん、それって‥」
「うん、まぁその・・・夜は一緒に羊を数えて眠りにつきたいんだ」
「先に寝ないでね?私は奇数を数えるから。だけど結婚は来年よ?」
「いいよ。ちょうど偶数を数える番だからね」
求婚に成功したフェルメル。窓の外からは教会の鐘の音が聞こえた。
ガンゴーン♪ガンゴーン♪
教会の鐘の音が大空に響き渡る。
「なによ!誰も参列者がいないってどういうこと?」
「仕方ないだろう?ナチェが余計な事を言うから誰も来なかったんだよ」
「余計なことですって?!」
「もういい加減に他人に悪態吐くのやめろって」
「悪態じゃないわ。私は良かれと思って言っ――ちょっと!どこ行くの!」
「帰るんだよ」
「帰るって!今日は結婚式でしょう?」
「神父さんが言ってただろ?祭壇手前までなら無料って。金がないからここで帰るんだよ」
スカッドとスナーチェの結婚は政略でも恋愛でもない。「必然結婚」だとゼスト公爵は言った。
ヘリンに気持ちをまだ持ちながらも、スカッドは「仕方ない」と受け入れた。全く見知らぬ女性を押し付けられるよりは気心の知れたスナーチェのほうがまだいい。それだけの理由。
当主になるのだからと気にもしてなかったが、弟のスペリアーズが継ぐはずだったのも伯爵家。
再興する家だったので家名など気にもしていなかった。
スペリアーズは「兄上は理解を超えるから、手を貸すなんてとんでもない」と言った言葉にスカッドは違和感を感じたがスナーチェがすぐに「そうよ。だって私がいるんだもの」と微笑んだ。
2人ともヤケにもなっていたが、まだ楽観していた。
気が付いた時には遅かった。
なんとか私物は持って出る許可が出たものの、伯爵家とは文字通り名前しかなくスペリアーズが興すはずだった家は親類の子息に権利を譲渡されたと知り愕然とした。
「屋敷は?使用人は何処なの?!」
「そう言うのはナチェが何人か連れて来るも――」
「違うわよ。あ~ぁカディとお茶したおかげで大損よ。今頃大富豪の夫人だったのに…責任取ってよね。それが世間一般では当たり前なのよ?」
スナーチェはスカッドに責任転嫁をすると話を打ち切った。
ムウトン伯爵子息との婚約が解消になっただけでなく、多くの家から慰謝料を請求されたビルボ侯爵家は商会からも手を引かれて今では青色吐息。
慰謝料の原因はスナーチェである事はスカッドも聞かされたが、スナーチェは認めない。
スカッドはスナーチェに聞いた事がある。
「コンサルなんて無理じゃないか?」
「何言ってるのよ。ちゃんとした客をカディが連れて来ないからでしょ?ドタキャンしない客を見つけてから文句を言ってくれない?」
「せめてさ、報酬額は最初に提示しないと――」
「予想外!想定外が起きた時にも対処する額よ?保険よ保険。その度に追加でまた見積なんて馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だわ」
「だったら考えられる想定外を先に提示すれ――」
「そんなの私が考えることじゃないわ。自分の仕事を押し付けないで!」
細かい部分になると逃げるスナーチェは机上の空論ばかり。
スナーチェ自身が都合が悪くなると話を変えたり、責任転嫁をするのにコンサルなんか出来るはずもない、
それまでヘリンの言葉を打ち消すように言葉を被せていたが、それがスカッドになっただけ。
食べる事に困窮してやっとスペリアーズの言葉が理解が出来た。
【何を知ってる?何にも知らないし、知ろうともしてない】その通りだった。
僅かな稼ぎはスカッドが私物を売った金。収入などある筈もない。
半年目でやっとスナーチェも着なくなったドレスを売ったが何年も前の流行の型で無駄に宝飾品を散りばめているドレスから剥がさねばならず買い取り価格が下がって行った。
それも尽きようかというのに、どの貴族もスカッドの言葉には耳を貸してくれない。
折角纏まりそうになった話もスナーチェが破格の代金を提示するのでぶち壊し。
スナーチェの言葉は善意ではなく悪意だったとスカッドは全てを失ってやっと気が付いた。
教会を出たスカッドは「やり直そう」そう考えた。
へリンにはもう会えないかも知れない。いや、会わない方が良い。
悪意を善意と押し付けてしまった過去は変えられないから今がある。
――でも、出来る事があるはずだ――
「ねぇ待ってよ」
スナーチェは先に歩くスカッドの手を握った。
「触るな」
スカッドはスナーチェの手を振りはらった。
その手はヘリンの頬を張った手。スカッドにはもう感じる事のない感触だが皮肉にもその手があるから「明日は会えるかもしれない」と生きる原動力でありスカッドの聖域だった。
「ねぇ、どこ行くのよ」
「仕事!探してくる。荷運びくらいならあるかも知れない」
「はぁ?あのね。貴族がそんなこと――」
後ろで喚くスナーチェを置いてスカッドは歩き出した。
背後で空に響く鐘の音。
不意にスカッドはポケットの中に手を入れた。
指先に触れたのは何日か前、フリーの茶会で持ち帰ったパンだった。
足を止めてスカッドは空を見た。
「どうしたのよ。急に立ち止まって。あのね、貴族だから荷運びとか――」
スカッドはまた歩き始めた。
大通りまで来ると、貴族の馬車が通る度に駆け寄って停車させ、物乞いをする子供たちがいた。
「固いし、何日か前のパンだけど食うか?」
「いいの?!おじさんありがとう!」
その後ろでまたスナーチェが文句を言い出す。
「私達が食べる分を恵んでどうするのよ!」
スカッドはスナーチェに言った。
「貴族だからな。ノブレスオブリージュ。荷運びする貴族がいても良いんじゃないか?」
ガンゴーン♪ガ~ンゴーン♪空にまた鐘の音が響いた。
Fin
★~★
長い話にお付き合い頂きありがとうございました。
月曜の朝は‥‥ショウワァぁ…を垂れ流して完結にします<(_ _)>
ギギギィと大きな門が開くと日焼けをした元羊飼いで現役門番がヘリンに笑いかける。
「こんにちは。メルさんは御在宅かしら?」
「勿論。羊の癖に首を長くして待ってますよ。おっと!今日は湿度が高いので巻いてます」
門番はクルクルと指先を回して、フェルメルの髪の毛がグリングリンである事を示す。
つむじが両方の側頭部にあるのも影響をしているのか、以前より伸びた髪が巻いてしまうと羊の角のようにも見える。
スナーチェと婚約をする前は「羊の気持ちを感じるから」と髭も伸ばして羊の毛刈りに合わせて剃っていたというフェルメル。最近は身嗜みと毎日剃っているようだが、日を追うごとに見えてる部分の手足にもモフモフと体毛が伺える。
こちらはあまり剃ってしまうと剃刀負けをするそうで剃らないようになった。延々と伸びるわけでは無いし、髪の毛よりも伸びるペースは遅い。ただ湿度が高い日は手足の体毛もウェーブ状になる。
「はい、門番さんに」
「いつもすまないね。ロールキャベツ大好物だよ」
「あら・・・ごめんなさい。今回はロール白菜なの」
「白菜も好きだよ。いつもありがとよ!」
ムウトン伯爵家の当主となったフェルメルは本当に店には顔を出せても月に1度あるかないか。多忙な日々を送る事になったので、ヘリンは差し入れをもって訪れる。
「りっちゃん。フェルメルは執務室で暴れてるよ。宥めてやってくれ」
「あら、おじさま。その子は?」
引退したムウトン先代伯爵は生まれて1カ月の子羊の世話をしていた。
母羊が狼に襲われてしまい、療養中なのだ。
各地にいる羊の数はもう100万を超えるが、たった一人の孫はまだ抱けていない。
だが、それももうすぐ。
ヘリンは19歳で結婚出来るまであと1年。息子フェルメルと穏かに思いを通わせている。
「おじさまなんて他人行儀だな。パパでいいよぅ」
「でもメルさんは何も…」
「え?あいつ、まだ?何やってんだよ・・・全く。よし私がちゃぁーんと言い聞かせておくよ」
両家の両親も公認の仲ではあるけれど具体的な話はまだ進んでいない。
へリンには知らされていないがフェルメルは9カ月前に再興したオダーメ伯爵家からの執拗な取引の申し込みに法的措置を取って対抗していた。
オダーメ伯爵の名前はスカッド。オダーメ伯爵夫人はスナーチェ。
過去にスナーチェの婚約者だったというだけで執拗に取引をしてくれないかと持ちかけて来る。しかし何が出来るかと言えば何もない。
「私が婚約者だったよしみでアドバイスしてるのよ?」
と、子羊を食肉用とする為だけに繁殖させればいいと計画書を持ってきた。
身動きの出来ない広さしかないケージに母羊を入れてただ子羊を産ませるだけの計画書。当然フェルメルは一蹴した。羊組合でもオダーメ伯爵家には警戒をしていて、誰も取り合わない。
半年ほど前は頻繁に夜会にも出席していたようだが、垢が浮いたようなドレスで同年代の夫人や当主に話しかけて「コンサルティングしてやる」と経営に携わらせろと言い寄っていた。
その上提供されている食事を食い漁り、パンも服の中に詰め込んで帰って行く。
貴族なら目の前のパンが欲しくても心で食べて耐えるものだ。
スカッドを知る者はそう言ったが、空腹には勝てなかった。
ほとんどの家からは出入り禁止となり、今では「フリー」で来るもの拒まずの茶会や夜会に乱入しては追い出されているという。
今回法的措置に出るのはスナーチェが「過去の婚約者」というだけで遅れて開く結婚披露宴に呼んでやるからご祝儀を出せというもの。
神出鬼没で突然現れるためゼスト公爵家でも手を焼いているというが、焼いているのは彼らの生活の面倒をみる為ではなく、「顔も見たくない」と言ったヘリンの要望を叶えるべく、ヘリンと接触をさせないための警備であったりする。
「メルさん。昼食を作って来たの。今、いい?」
「いいよ。リーはもう食べたのか?」
「まだよ。一緒に食べようかなと思って。今回はね、キャベツじゃなくて白菜を使ってみたのよ」
バスケットから陶器の器に盛られたロール白菜を取り出すヘリン。
フェルメルはヘリンの食事でちょっとだけ太ってしまった。あればあるだけ食べるし、ニードル用と言われても「お前にはやらない!」と横取りをしってしまうのが原因。毛深いだけでなく嫉妬も深い。
「持って来るんじゃなくて、一緒に住んでみないか?そしたら俺も作れるしさ」
「メルさん、それって‥」
「うん、まぁその・・・夜は一緒に羊を数えて眠りにつきたいんだ」
「先に寝ないでね?私は奇数を数えるから。だけど結婚は来年よ?」
「いいよ。ちょうど偶数を数える番だからね」
求婚に成功したフェルメル。窓の外からは教会の鐘の音が聞こえた。
ガンゴーン♪ガンゴーン♪
教会の鐘の音が大空に響き渡る。
「なによ!誰も参列者がいないってどういうこと?」
「仕方ないだろう?ナチェが余計な事を言うから誰も来なかったんだよ」
「余計なことですって?!」
「もういい加減に他人に悪態吐くのやめろって」
「悪態じゃないわ。私は良かれと思って言っ――ちょっと!どこ行くの!」
「帰るんだよ」
「帰るって!今日は結婚式でしょう?」
「神父さんが言ってただろ?祭壇手前までなら無料って。金がないからここで帰るんだよ」
スカッドとスナーチェの結婚は政略でも恋愛でもない。「必然結婚」だとゼスト公爵は言った。
ヘリンに気持ちをまだ持ちながらも、スカッドは「仕方ない」と受け入れた。全く見知らぬ女性を押し付けられるよりは気心の知れたスナーチェのほうがまだいい。それだけの理由。
当主になるのだからと気にもしてなかったが、弟のスペリアーズが継ぐはずだったのも伯爵家。
再興する家だったので家名など気にもしていなかった。
スペリアーズは「兄上は理解を超えるから、手を貸すなんてとんでもない」と言った言葉にスカッドは違和感を感じたがスナーチェがすぐに「そうよ。だって私がいるんだもの」と微笑んだ。
2人ともヤケにもなっていたが、まだ楽観していた。
気が付いた時には遅かった。
なんとか私物は持って出る許可が出たものの、伯爵家とは文字通り名前しかなくスペリアーズが興すはずだった家は親類の子息に権利を譲渡されたと知り愕然とした。
「屋敷は?使用人は何処なの?!」
「そう言うのはナチェが何人か連れて来るも――」
「違うわよ。あ~ぁカディとお茶したおかげで大損よ。今頃大富豪の夫人だったのに…責任取ってよね。それが世間一般では当たり前なのよ?」
スナーチェはスカッドに責任転嫁をすると話を打ち切った。
ムウトン伯爵子息との婚約が解消になっただけでなく、多くの家から慰謝料を請求されたビルボ侯爵家は商会からも手を引かれて今では青色吐息。
慰謝料の原因はスナーチェである事はスカッドも聞かされたが、スナーチェは認めない。
スカッドはスナーチェに聞いた事がある。
「コンサルなんて無理じゃないか?」
「何言ってるのよ。ちゃんとした客をカディが連れて来ないからでしょ?ドタキャンしない客を見つけてから文句を言ってくれない?」
「せめてさ、報酬額は最初に提示しないと――」
「予想外!想定外が起きた時にも対処する額よ?保険よ保険。その度に追加でまた見積なんて馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だわ」
「だったら考えられる想定外を先に提示すれ――」
「そんなの私が考えることじゃないわ。自分の仕事を押し付けないで!」
細かい部分になると逃げるスナーチェは机上の空論ばかり。
スナーチェ自身が都合が悪くなると話を変えたり、責任転嫁をするのにコンサルなんか出来るはずもない、
それまでヘリンの言葉を打ち消すように言葉を被せていたが、それがスカッドになっただけ。
食べる事に困窮してやっとスペリアーズの言葉が理解が出来た。
【何を知ってる?何にも知らないし、知ろうともしてない】その通りだった。
僅かな稼ぎはスカッドが私物を売った金。収入などある筈もない。
半年目でやっとスナーチェも着なくなったドレスを売ったが何年も前の流行の型で無駄に宝飾品を散りばめているドレスから剥がさねばならず買い取り価格が下がって行った。
それも尽きようかというのに、どの貴族もスカッドの言葉には耳を貸してくれない。
折角纏まりそうになった話もスナーチェが破格の代金を提示するのでぶち壊し。
スナーチェの言葉は善意ではなく悪意だったとスカッドは全てを失ってやっと気が付いた。
教会を出たスカッドは「やり直そう」そう考えた。
へリンにはもう会えないかも知れない。いや、会わない方が良い。
悪意を善意と押し付けてしまった過去は変えられないから今がある。
――でも、出来る事があるはずだ――
「ねぇ待ってよ」
スナーチェは先に歩くスカッドの手を握った。
「触るな」
スカッドはスナーチェの手を振りはらった。
その手はヘリンの頬を張った手。スカッドにはもう感じる事のない感触だが皮肉にもその手があるから「明日は会えるかもしれない」と生きる原動力でありスカッドの聖域だった。
「ねぇ、どこ行くのよ」
「仕事!探してくる。荷運びくらいならあるかも知れない」
「はぁ?あのね。貴族がそんなこと――」
後ろで喚くスナーチェを置いてスカッドは歩き出した。
背後で空に響く鐘の音。
不意にスカッドはポケットの中に手を入れた。
指先に触れたのは何日か前、フリーの茶会で持ち帰ったパンだった。
足を止めてスカッドは空を見た。
「どうしたのよ。急に立ち止まって。あのね、貴族だから荷運びとか――」
スカッドはまた歩き始めた。
大通りまで来ると、貴族の馬車が通る度に駆け寄って停車させ、物乞いをする子供たちがいた。
「固いし、何日か前のパンだけど食うか?」
「いいの?!おじさんありがとう!」
その後ろでまたスナーチェが文句を言い出す。
「私達が食べる分を恵んでどうするのよ!」
スカッドはスナーチェに言った。
「貴族だからな。ノブレスオブリージュ。荷運びする貴族がいても良いんじゃないか?」
ガンゴーン♪ガ~ンゴーン♪空にまた鐘の音が響いた。
Fin
★~★
長い話にお付き合い頂きありがとうございました。
月曜の朝は‥‥ショウワァぁ…を垂れ流して完結にします<(_ _)>
51
お気に入りに追加
1,361
あなたにおすすめの小説
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛
らがまふぃん
恋愛
美しく人の心を持ち合わせていなかった筆頭公爵家嫡男エリアスト。そんなエリアストが待ち望んで妻に迎えたアリスとの新婚生活は。 ※この作品は、拙作、美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前々作) と 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れる程の愛(前作) の間のお話しになります。こちらの作品のみでもお楽しみいただけるとは思いますが、前々作をお読みいただいてからの方が、より楽しめるかと思います。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。こちらの作品後、前作が続きます。前作を先にお読みいただいてももちろん差し支えございません。よろしかったらお付き合いください。 ☆R6.3/15、手違いにより、夢幻の住人編の最終話後の番外編を削除してしまったので、再度公開いたします。しおりを挟んで下さっていた方々には、ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/1に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】愛に溺れたらバッドエンド!?巻き戻り身を引くと決めたのに、放っておいて貰えません!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ジスレーヌは、愛する婚約者リアムに尽くすも、
その全てが裏目に出ている事に気付いていなかった。
ある時、リアムに近付く男爵令嬢エリザを牽制した事で、いよいよ愛想を尽かされてしまう。
リアムの愛を失った絶望から、ジスレーヌは思い出の泉で入水自害をし、果てた。
魂となったジスレーヌは、自分の死により、リアムが責められ、爵位を継げなくなった事を知る。
こんなつもりではなかった!ああ、どうか、リアムを助けて___!
強く願うジスレーヌに、奇跡が起こる。
気付くとジスレーヌは、リアムに一目惚れした、《あの時》に戻っていた___
リアムが侯爵を継げる様、身を引くと決めたジスレーヌだが、今度はリアムの方が近付いてきて…?
異世界:恋愛 《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~
椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された――
私を殺したのは婚約者の王子。
死んだと思っていたけれど。
『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』
誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。
時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。
今度は死んでたまるものですか!
絶対に生き延びようと誓う私たち。
双子の兄妹。
兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。
運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。
お兄様が選んだ方法は女装!?
それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか?
完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの?
それに成長したら、バレてしまう。
どんなに美人でも、中身は男なんだから!!
でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい!
※1日2回更新
※他サイトでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる