伯爵様の恋はウール100%

cyaru

文字の大きさ
上 下
14 / 34

第13話   つ・い・で

しおりを挟む
王都では色々な劇団が大なり小なりの劇場で公演を行っている。

あの茶会から3日目。
前々から予定されていた観劇にヘリンとスカッドはやってきた。

公演の時間は少し遅くて14時。劇場を出るのは17時近くになる事からレストランで夕食も一緒に取る。

劇場の前に到着した馬車から降りたヘリンとスカッドが入場口に向かって歩き出すと声を掛けてきた者がいた。さっと侍女が数歩後ろに引く。


「カディ。どうしたの?こんなところで」

声を掛けてきたのはスナーチェだった。スナーチェの後ろには幾つも荷物を抱えた従者と護衛がいる。護衛にまで荷物を持たせてしまったら、万が一の時対応に遅れてしまうのに。

何より侯爵令嬢であるスナーチェが街に出向いて買い物。
ヘリンはスナーチェの行動が理解出来なかった。


「お前こそどうしたんだ?忙しいんじゃなかったのか?」

忙しいから宝飾品の受け取りが出来ず、このあとレストランで代わりに受け取る事になっているスカッドも首を傾げた。

「予定が無くなったの。お茶会はまた今度になったのよ。で?この劇を観るの?」
「あぁ、そうだよ。前からリンが観たいと言ってたから」
「ふーん。こんな劇を?」

じろじろとヘリンを舐めるようにみたスナーチェは【パン!】一つ手を叩いた。

「この前観たのよ。見どころをレクチャーしてあげる」
「いいよ。ネタバレになったら面白くないだろう?」
「ネタバレなんかしないわよ。見どころを教えてあげるだけよ?違いが判らないかしら」


そして何が起きたかと言えば、スナーチェはチケットを従者に買わせに走らせて「一緒に観る」と言い出してしまった。

スカッドは公爵子息なので一般席ではなく特別席だと言えば、走らせた従者を呼び戻し、「さ、行きましょう!」とスカッドの腕に手を絡ませるとヘリンを置いて歩き出した。

特別席は劇の見える椅子は手摺に添って3脚。
堂々と真ん中に陣取ったスナーチェは両脇にスカッドとヘリンを呼ぶ。

そして劇が始まればスカッドにベッタリと寄り添い、見せ場になる少し前には「この後、裏切者と思っていたジョゼフが剣を突き上げて進軍を始めるの」と有難迷惑な説明を始める。

何一つ楽しめない観劇が終わると、スカッドとヘリンの向かうレストランに付いて行くと言い出した。


「ナチェの席は無いよ。予約は2人なんだ」
「判ってるって。そこまでお邪魔虫じゃないわ。届くの今日だったでしょう?」

――何が届くというのかしら――

何も聞かされていないヘリンは腕を組んで前を歩く2人の会話を聞きながら後ろをついていく。
誰と誰のデートなのか。

周囲には明らかに侍女には見えないヘリンがお邪魔虫に見えている事だろう。
レストランに入ると個室に通され、スナーチェは給仕に言った。

「直ぐに帰るけど立っているのは辛いの。椅子を持って来てくれない?」

そしてスカッドと予約席に向かい合わせに腰を下ろしたヘリンに椅子を待つスナーチェは肩を叩いた。

「この前の茶会。不満そ~な顔をしてたけど向かい合わせに座るのが当たり前。これで判ったでしょう?」

――この事を言うためにここまで付いてきたの?――

ヘリンはウンザリしてしまったが表情には出さなかった。
そこに宝石店からの使いが頼まれていた品を持ってきた。

ケースが開かれて、真っ赤なルビーの付いたネックレスがヘリンの前に提示される。

「ご依頼頂いておりましたネックレスです」
「ネックレス?」

部屋に入ると従者は壁に張り付き、椅子に座っている男女と立っている女性が1人。
宝飾品の店の使いがヘリンにネックレスを差し出すのは当然の事だ。

ヘリンはスカッドを顔を見たが、サッとケースごとスナーチェが奪い取った。

「これはわたくしのネックレスなの。ねっ!カディ」
「はいはい。もう帰れよ」
「やぁん。折角だからカディつけて。カディが買ってくれたんだし名誉ある権利を授けようぞぅ~」
「面倒だな。あぁ請求は頼んだ通りに。ほら、後ろ向けよ!」

ふざけ気味のスナーチェ。
ヘリンは冷めた目を向けてしまい、気付かれる前に逸らした。


スカッドは宝飾品店の使いに声を掛けるとケースからネックレスを取り出し、髪をあげて項単語うなじを見せたスナーチェにネックレスをつけた。

――私、何を見せられているのかしら――

それよりも気になる事がある。

――スカッドが買ったって…どういうことなの?――

ヘリンの表情にスナーチェは子供が困ったような顔を近づけて来た。
胸元でネックレスが揺れる。ヘリンは吐きそうになった。
スナーチェの指先が少し屈んだ胸元で揺れる石を抓む。

「可愛いでしょ。スカッドが買ってくれたの」
「そ、そうなんですね…」
「ナチェ。誤解を生むような事を言うな。だろうが!」
「ふふっ。そうなの。つ・い・で」


「つ・い・で」の言葉に合わせるようにスナーチェは空いた手の指でヘリンの鼻の頭をチョンチョンと3回押した。

何の「ついで」なんだろうかとヘリンは考える。
宝飾品店の男はもう部屋から出て行ったので自分には何もないのだと判る。
自分にもあるのだろうかと欲しかった訳では無いが胸がチクリと痛んだ。

ネックレスは購入する際に単品で買う事はほとんどない。
髪飾り、ネックレス、イヤリング(ピアス)、指輪と男性用のカフスでセットになっている事が多い。

愛し合うもの同士、または夫婦が揃いで身に着けるもの。

値の張るネックレスが「ついで」なのだからスナーチェは他に本命の品をスカッドに買ってもらったのだろう。ヘリンはそう考えると、さらに胸の痛みが強くなった。

ネックレスを手にすると、用はないとばかりに個室から出たスナーチェ。出た所で椅子を持って来てくれた給仕に会ったのか「椅子はもう要らないわ」と言葉を残した。

へリンにはその言葉がスカッドに「君はもう要らない」と代弁している様にも聞こえた。


「食べないのか?今日の子羊のソテーは柔らかいぞ?」

向かいで肉をフォークで切り、ソースをたっぷりつけて頬張るスカッド。
ヘリンは羊肉が嫌いなわけでは無い。羊も領では飼われているしこうやって肉になる事も知っている。だからこそ感謝をしながら残すことなく食べるのは当たり前。

しかし、完食をしてもへリンには何を食べたのか。
味も出された品も頭では判っているのに判らなくなった。

「スカッド・・・何を買ってあげたの?」
「何をってどういう事だ?」
「さっきのスナーチェさんに、何を買ってあげたの?」
「リン、妬きモチか?あはっ・・・嬉しいな」

スカッドは新しい婚約指輪など作らなくていいとヘリンが言うのは判っていたので、注文しようとしている事も言い出せなかった。ヘリンに贈りたいのはスカッドの本心。
ヘリンが高価なものを欲しがらない性格である事も判っているので、その日までは黙っていようと言葉を濁した。

そして少しだけ・・・スナーチェに対してヘリンが嫉妬している事に気がつき、胸が高鳴った。
2人で居る時は甘えて来る事もあるヘリンだが、スカッドが他の女性に傾倒する事がないので嫉妬をしていると思ったことがなかったからである。


言葉を濁された事でヘリンの心にさらにモヤモヤが増した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

【完結】愛に溺れたらバッドエンド!?巻き戻り身を引くと決めたのに、放っておいて貰えません!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ジスレーヌは、愛する婚約者リアムに尽くすも、 その全てが裏目に出ている事に気付いていなかった。 ある時、リアムに近付く男爵令嬢エリザを牽制した事で、いよいよ愛想を尽かされてしまう。 リアムの愛を失った絶望から、ジスレーヌは思い出の泉で入水自害をし、果てた。 魂となったジスレーヌは、自分の死により、リアムが責められ、爵位を継げなくなった事を知る。 こんなつもりではなかった!ああ、どうか、リアムを助けて___! 強く願うジスレーヌに、奇跡が起こる。 気付くとジスレーヌは、リアムに一目惚れした、《あの時》に戻っていた___ リアムが侯爵を継げる様、身を引くと決めたジスレーヌだが、今度はリアムの方が近付いてきて…?   異世界:恋愛 《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された―― 私を殺したのは婚約者の王子。 死んだと思っていたけれど。 『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』 誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。 時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。 今度は死んでたまるものですか! 絶対に生き延びようと誓う私たち。 双子の兄妹。 兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。 運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。 お兄様が選んだ方法は女装!? それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか? 完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの? それに成長したら、バレてしまう。 どんなに美人でも、中身は男なんだから!! でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい! ※1日2回更新 ※他サイトでも連載しています。

私の婚約者と駆け落ちした妹の代わりに死神卿へ嫁ぎます

あねもね
恋愛
本日、パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して私の婚約者と駆け落ちした。だから私が代わりに冷酷無慈悲な死神卿と噂されるアレクシス・パストゥール様に嫁ぎましょう。――妹が連れ戻されるその時まで! ※一日複数話、投稿することがあります。 ※2022年2月13日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...