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第31話 ライネルの元妻
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ビオレッタとアキレスは「国王陛下から頼まれた」とは言ったが、ライネルが絡んでいるのは間違いない。そう思いつつも、エスラト男爵家が背負ってきた薬草、そして薬品作りに関してはもしかするとライネルがいなくても歓迎を受けたであろうとも考える。
「よろしいのですか?こんな立派な家を」
「構いません。妻も是非にと言っておりますので」
エスラト男爵家が当面の住まいとするのはビオレッタが個人で所有する立派な屋敷だった。勿論使用人も各種役目を仰せつかって世話をしてくれる。
貴族とは言え、工房に職人はいたものの身の回りの世話をしてくれる使用人がいたことは爵位を賜った時から経験がないエスラト男爵家。
戸惑いながらも好意を有難く受け入れてポメル王国での新生活が始まった。
★~★
「こんにちは」
日傘をさしたビオレッタは時間があればエスラト男爵家を訪ねて来た。
ただし、声を出すのは日傘を差しかけている侍女で、ビオレッタは声を掛けられた側が振り向くと笑顔で手話の「こんにちは」を返す。
エスラト男爵は領地で「けし」というモルヒネの原料となる植物を育てていた事もあり、その技術をポメル王国の研究者たちとより高い純度で精製するため日夜研究と開発に明け暮れている。
シェイナは知ろうと思ったわけではないが、ビオレッタがライネルの元妻である事を人伝に知ってしまった。その事もあってか、その日やって来たビオレッタは筆談をする為のボードと一緒にシェイナの元にやって来た。
「こんにちは」
指を向かい合わせにしてお辞儀をさせたビオレッタがシェイナに話しかけた。
「???」
眉間を抓むようにしてスっと手刀を縦に切るようにビオレッタは手を動かした。
――あ、ごめんなさい。だったかな??――
シェイナが思うが早いか、ビオレッタはボードに「ごめんなさい」と書いて、シェイナに向けた。
「い、いえ、こちらこそ」
シェイナが直ぐに返事を返せなかったのは、爆破事件に巻き込まれたビオレッタは辛うじて聴覚は残ってはいるものの以前より音は聞こえ無くなり、同時に発音も舌がもつれるような発声になってしまったからだった。
シェイナは挨拶程度の手話はライネルに教えてもらったが、会話となるとサッパリ。
筆談となったが、ここでも問題があった。
シェイナはポメル語は話せるのだが、こちらも挨拶など簡単なものしか読み書き出来ないのだ。
恐縮をするシェイナにビオレッタはボードに文字を書いた。
【私は筆談、あなたは口述、彼女が通訳をします】
その文字を侍女ニーナが読み上げてくれる。
シェイナは思った。
――勉強しよう――
【あなたの国でライネルさんはどうでしたか?】
「ライネルさん…ライさんは子供たちに慕われていました。とても良い人です」
【向かわせる人に選んでよかったです】
くすっと微笑むビオレッタにシェイナは「勝てない」と直感で思った。
――こんな美人さん、奥さんだったなんて――
シェイナが思った事が、心も読めてしまうのかビオレッタはサラサラとボードに書き込む。
【もう離縁もしていますのでお気になさらず】
――ん?どういう意味?まさか!私がライさんの恋人だと思ってる?――
シェイナは慌ててブンブンと手を「違う違う」と振って「違いますよ?違いますからね」二度も言ってしまった。
知って良かったのか悪かったのか。
ビオレッタがやって来たのは、部下の報告もあるけれど事業をする上でライネルは国が招いている立場。私情に口を挟む事でもないが国家間の問題になりそうな場合は報告をされるので、その過程でエスラト男爵家のことも知った。
ビオレッタにはどう伝わったのか、シェイナがライネルの恋人だと報告をされていて、ライネルはその件には触れてはいなかったけれど、エスラト男爵家には世話になっている、困った事があれば助けてあげて欲しいとアキレスに頼んだので「てっきりそうかと思った」くすくすとビオレッタは笑った。
――どうして離縁したんですか――
シェイナは余計な事だと思いつつも聞いてみたくなった。
シェイナの知るライネルはとても良い人で離縁に至るような不義理をする人とも思えなかった。ならばビオレッタが今の夫、アキレスと不貞をしたのか?とも思ったがそうなると時系列が合わない。
筆談と通訳という手間のかかる会話でもビオレッタがアキレスと結婚をしたのは離縁後しばらくしてからの事で、確かにアキレスとの出会いは婚姻中でもそういう関係ではなかったと言った。
何よりその時、ビオレッタには大きなハンディが体に合ったのだという。
ビオレッタがハンディを負ったからライネルが離縁を突きつけた…とも思えなかった。
【結婚となった時は ”えぇーっ” と思ったけれど、離縁した事と、今、それなりに仲良くしている関係には悪くないと思っている。但し、ライネルさんの事は男性としては見ていないので安心して】
――やっぱり!!だから違うんだってばぁ――
「恋人じゃないですよ?相談に乗って貰ったりとかしてますが…そういう関係じゃないです」
【そうしておきましょう。でも困った事があれば何でも聞いて。ポメルでは楽しく過ごして欲しいから】
「は…はい。では・・・手話!手話を教えてもらってもいいですか?!」
前のめりになって聞いてしまったシェイナにビオレッタは今日一番の笑顔で答えてくれた。
【是非】
侍女ニーナが素早く筆談セットを片付けると、優雅なカーテシーを取ってビオレッタが帰っていく。
「なんでライさん‥‥離縁したんだろう。女でも惚れちゃう女性なのに」
そしてシェイナは自分の胸元を恨めしそうに見た。
「ぺたんこ‥‥ビオレッタさん…大きかったな」
そこに原因があるのならもしかすれば逆転もあるかも知れない。
世の男性に貧乳好きもいるはず!!と思ったが…。
「きっとそう言う事じゃないんだろうなぁ」
植え込みから日傘だけが見えているビオレッタの姿。
シェイナは「勝てる気がしない」と空を見上げた。
「よろしいのですか?こんな立派な家を」
「構いません。妻も是非にと言っておりますので」
エスラト男爵家が当面の住まいとするのはビオレッタが個人で所有する立派な屋敷だった。勿論使用人も各種役目を仰せつかって世話をしてくれる。
貴族とは言え、工房に職人はいたものの身の回りの世話をしてくれる使用人がいたことは爵位を賜った時から経験がないエスラト男爵家。
戸惑いながらも好意を有難く受け入れてポメル王国での新生活が始まった。
★~★
「こんにちは」
日傘をさしたビオレッタは時間があればエスラト男爵家を訪ねて来た。
ただし、声を出すのは日傘を差しかけている侍女で、ビオレッタは声を掛けられた側が振り向くと笑顔で手話の「こんにちは」を返す。
エスラト男爵は領地で「けし」というモルヒネの原料となる植物を育てていた事もあり、その技術をポメル王国の研究者たちとより高い純度で精製するため日夜研究と開発に明け暮れている。
シェイナは知ろうと思ったわけではないが、ビオレッタがライネルの元妻である事を人伝に知ってしまった。その事もあってか、その日やって来たビオレッタは筆談をする為のボードと一緒にシェイナの元にやって来た。
「こんにちは」
指を向かい合わせにしてお辞儀をさせたビオレッタがシェイナに話しかけた。
「???」
眉間を抓むようにしてスっと手刀を縦に切るようにビオレッタは手を動かした。
――あ、ごめんなさい。だったかな??――
シェイナが思うが早いか、ビオレッタはボードに「ごめんなさい」と書いて、シェイナに向けた。
「い、いえ、こちらこそ」
シェイナが直ぐに返事を返せなかったのは、爆破事件に巻き込まれたビオレッタは辛うじて聴覚は残ってはいるものの以前より音は聞こえ無くなり、同時に発音も舌がもつれるような発声になってしまったからだった。
シェイナは挨拶程度の手話はライネルに教えてもらったが、会話となるとサッパリ。
筆談となったが、ここでも問題があった。
シェイナはポメル語は話せるのだが、こちらも挨拶など簡単なものしか読み書き出来ないのだ。
恐縮をするシェイナにビオレッタはボードに文字を書いた。
【私は筆談、あなたは口述、彼女が通訳をします】
その文字を侍女ニーナが読み上げてくれる。
シェイナは思った。
――勉強しよう――
【あなたの国でライネルさんはどうでしたか?】
「ライネルさん…ライさんは子供たちに慕われていました。とても良い人です」
【向かわせる人に選んでよかったです】
くすっと微笑むビオレッタにシェイナは「勝てない」と直感で思った。
――こんな美人さん、奥さんだったなんて――
シェイナが思った事が、心も読めてしまうのかビオレッタはサラサラとボードに書き込む。
【もう離縁もしていますのでお気になさらず】
――ん?どういう意味?まさか!私がライさんの恋人だと思ってる?――
シェイナは慌ててブンブンと手を「違う違う」と振って「違いますよ?違いますからね」二度も言ってしまった。
知って良かったのか悪かったのか。
ビオレッタがやって来たのは、部下の報告もあるけれど事業をする上でライネルは国が招いている立場。私情に口を挟む事でもないが国家間の問題になりそうな場合は報告をされるので、その過程でエスラト男爵家のことも知った。
ビオレッタにはどう伝わったのか、シェイナがライネルの恋人だと報告をされていて、ライネルはその件には触れてはいなかったけれど、エスラト男爵家には世話になっている、困った事があれば助けてあげて欲しいとアキレスに頼んだので「てっきりそうかと思った」くすくすとビオレッタは笑った。
――どうして離縁したんですか――
シェイナは余計な事だと思いつつも聞いてみたくなった。
シェイナの知るライネルはとても良い人で離縁に至るような不義理をする人とも思えなかった。ならばビオレッタが今の夫、アキレスと不貞をしたのか?とも思ったがそうなると時系列が合わない。
筆談と通訳という手間のかかる会話でもビオレッタがアキレスと結婚をしたのは離縁後しばらくしてからの事で、確かにアキレスとの出会いは婚姻中でもそういう関係ではなかったと言った。
何よりその時、ビオレッタには大きなハンディが体に合ったのだという。
ビオレッタがハンディを負ったからライネルが離縁を突きつけた…とも思えなかった。
【結婚となった時は ”えぇーっ” と思ったけれど、離縁した事と、今、それなりに仲良くしている関係には悪くないと思っている。但し、ライネルさんの事は男性としては見ていないので安心して】
――やっぱり!!だから違うんだってばぁ――
「恋人じゃないですよ?相談に乗って貰ったりとかしてますが…そういう関係じゃないです」
【そうしておきましょう。でも困った事があれば何でも聞いて。ポメルでは楽しく過ごして欲しいから】
「は…はい。では・・・手話!手話を教えてもらってもいいですか?!」
前のめりになって聞いてしまったシェイナにビオレッタは今日一番の笑顔で答えてくれた。
【是非】
侍女ニーナが素早く筆談セットを片付けると、優雅なカーテシーを取ってビオレッタが帰っていく。
「なんでライさん‥‥離縁したんだろう。女でも惚れちゃう女性なのに」
そしてシェイナは自分の胸元を恨めしそうに見た。
「ぺたんこ‥‥ビオレッタさん…大きかったな」
そこに原因があるのならもしかすれば逆転もあるかも知れない。
世の男性に貧乳好きもいるはず!!と思ったが…。
「きっとそう言う事じゃないんだろうなぁ」
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