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第28話 摩訶不思議な光景
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少し言葉を交わしても、直ぐに会話は終わってしまう。
エスラト男爵家に向かう帰り道、シェイナとライネルはゆっくりとその道のりを歩いた。
「早く帰らないと。ライさんが戻るの夜中になっちゃう」
「気にするな。案外楽しいんだ。この国は街中でも空に星が見える」
「そうなんですか?ポメル王国に星はないの?」
「あるんだけど、何処もかしこもガス灯やらついてて街全体が明るいから星が見え難いんだ」
「そうなんですね」
「ポメルに行くんだろう?もし、向こうで会う事があったら星が綺麗なスポットに案内するよ」
シェイナはポメルに行けばまた会える。それはそれで嬉しいのだが、待ち受ける生活が楽なものではない事くらいは判るため、忙しさからライネルにはもう会えない。そんな気がして「連れて行って」とは言えなかった。
エスラト男爵家が近くなると家の周囲の様子がおかしい。
人だかりが出来ていて、エスラト男爵家では所有していない自動車が3台も敷地への出入りを塞ぐように停車していた。
「どうしたのかしら。何か…まさかお父様達に何かあったの?!」
「行ってみよう!少し走るぞ」
駆け足になり辿り着くと、近所の夫人達が「シェイナ!大変よ!」と不安をあおる言葉を次々に掛けてくる。集まった野次馬も中で何があったのかを知らず、ただ騒いでいるだけなのでシェイナの不安はMAXまで高まった。
「どいて!どいてください!」
人を掻き分けてなんとか敷地の中に入ると、玄関までの道のりを全力疾走。
ライネルがノック無しにドアノブを捻ると扉は簡単に開いた。
「え?なにこれ…いったい」
目の前には摩訶不思議な光景が広がっていた。
両親も驚きと困惑の表情でソファに並んで腰かけているのだが、その向かいには憲兵の隊服を着た男性とハッセル伯爵家のケイン、そして誕生日席と呼ばれる1人掛けのソファには強面の男性が一番幅を利かせて座っていた。
「お邪魔してるよ」
ケインがにこやかにシェイナに語りかける。
ライネルはケインのことを知っているのだろう。駆け寄って事情を尋ねた。
「やっとエスラト殿が動いてくれたからね。あと2組。役者が揃わないと開演できないんだ。もう少し待ってくれるかな。エスラト男爵夫人の淹れてくれたカモミールティー。なかなかいけるよ?」
――えぇっと…ここ、私ん家なんだけど?――
家人よりも図々しいケイン。シェイナはこんなケインを見たことが無かった。
ビヴァリーといる時ですら笑顔をみたかな?と首を傾げたくなる。笑っているのは見たことはあるのだ。他家の貴族と歓談している時は貴族の笑みを浮かべていた。
でも、今のケインは「素の笑顔」をライネルに向けていた。
――それだけ気心が知れているって事なの?――
隣国ポメルの国王に命ぜられ、この国でも王太子殿下や王女殿下とも打ち合わせなどをして進めている事業の一端を担っているのだから顔見知りは判るのだが、打ち解けすぎ?そんな笑顔だった。
しばらく待っていると先に到着をしたのはスレム子爵夫妻だった。
スレム子爵夫妻は隣に住んでいるので直ぐに来られたはずだが、食事に出掛けていたよう。
遅れてやって来たのはガネル男爵夫妻。ガネル男爵夫人は「どこかと思えばあばら家?」悪態を吐く事も忘れない。
「さて、役者は揃ったようなので国王陛下からのお言葉を伝える事にするよ」
ケインが立ち上がり、何処にいたのか隊服を着た新兵かと思う兵士から書簡を受け取った。
「ま~ずぅ」
――え?ふざけてるの?ケイン様が?えっ?えっ?――
ケインは本気で嬉しそうだった。少なくともシェイナにはそう見えた。
「今回のエスラト男爵家、ガネル男爵家、そしてスレム子爵家の調停なんだが、取り下げは不可」
<< えぇっ?! >>
声を出したのはガネル男爵とスレム子爵だけでなくシェイナの父、エスラト男爵もだ。
「そもそもで、あり得ないでしょ。僕も無関係ではないから調査をさせて貰った。度々家人が留守の最中に忍び込んで快楽に耽っていたのはガネル男爵子息とスレム子爵令嬢。これは不法侵入にあたる。よって陛下は有責はガネル家とスレム家。慰謝料の支払いを命じるとの事だ。異論は?」
ケインはチラっとスレム子爵を見たが、それ以前にハッセル伯爵家にはかなりコテンパンにされたのだろう。調査をしていて国王も認めているとなれば証拠もあるし証人もいる。抗って得になる事はない。
「スレム家はエスラト男爵家に対し、謝罪し慰謝料を支払います」
うんうんと頷くケインだったが「忘れてるよね?」と付け加える事を要求した。
ぐっと息を飲んだスレム子爵だったが、諦めも早いのだろう。
「当家がエスラト男爵家に対し、ありもしない風評を流し、広めた事も認めます。その件についても謝罪、そして民衆に対し事実の周知、および事業における損益なども全て弁済させて頂きます」
「一応、聞いておくけど破産宣告などしても無駄だよ?資金の出所も明確にしてくれるかな?」
笑顔で逃げ道を完全に塞いでから獲物を追い詰めるケインはかなり性格が悪いんだろうとシェイナは思った。
「資金については、親族とも話し合い陛下より推薦の立会人の元…エスラト男爵家が納得できる結果とする事を約束します」
「満点回答とは言えないけど、もう帰っていいよ。レストラン…リザーブしている時間も急げば10分は残るから食事も楽しめると思うよ?ギャラリーを付けるのは諦めてくれ」
そう言ってケインが部下の兵士数人に目配せで指示をすると、スレム子爵夫妻は兵士に連れられてエスラト男爵家を出て行った。
「さて。ガネル殿。君はちょっとややこしいんだけど…慰謝料は判ったよね?」
ビクリと肩が跳ねたガネル男爵夫妻。
慰謝料について異議を唱えたところで王命に近い命令が読み上げられた今、反論など出来るはずがない。
その上、不味い事になったと冷や汗が流れるが、ガネル男爵は混乱していた。
ポーカーは違法賭博なので厳しく罰せられるのだが不思議なのはこの場にその胴元である反社の男がいる意味が全く分からなかったからだ。
エスラト男爵家に向かう帰り道、シェイナとライネルはゆっくりとその道のりを歩いた。
「早く帰らないと。ライさんが戻るの夜中になっちゃう」
「気にするな。案外楽しいんだ。この国は街中でも空に星が見える」
「そうなんですか?ポメル王国に星はないの?」
「あるんだけど、何処もかしこもガス灯やらついてて街全体が明るいから星が見え難いんだ」
「そうなんですね」
「ポメルに行くんだろう?もし、向こうで会う事があったら星が綺麗なスポットに案内するよ」
シェイナはポメルに行けばまた会える。それはそれで嬉しいのだが、待ち受ける生活が楽なものではない事くらいは判るため、忙しさからライネルにはもう会えない。そんな気がして「連れて行って」とは言えなかった。
エスラト男爵家が近くなると家の周囲の様子がおかしい。
人だかりが出来ていて、エスラト男爵家では所有していない自動車が3台も敷地への出入りを塞ぐように停車していた。
「どうしたのかしら。何か…まさかお父様達に何かあったの?!」
「行ってみよう!少し走るぞ」
駆け足になり辿り着くと、近所の夫人達が「シェイナ!大変よ!」と不安をあおる言葉を次々に掛けてくる。集まった野次馬も中で何があったのかを知らず、ただ騒いでいるだけなのでシェイナの不安はMAXまで高まった。
「どいて!どいてください!」
人を掻き分けてなんとか敷地の中に入ると、玄関までの道のりを全力疾走。
ライネルがノック無しにドアノブを捻ると扉は簡単に開いた。
「え?なにこれ…いったい」
目の前には摩訶不思議な光景が広がっていた。
両親も驚きと困惑の表情でソファに並んで腰かけているのだが、その向かいには憲兵の隊服を着た男性とハッセル伯爵家のケイン、そして誕生日席と呼ばれる1人掛けのソファには強面の男性が一番幅を利かせて座っていた。
「お邪魔してるよ」
ケインがにこやかにシェイナに語りかける。
ライネルはケインのことを知っているのだろう。駆け寄って事情を尋ねた。
「やっとエスラト殿が動いてくれたからね。あと2組。役者が揃わないと開演できないんだ。もう少し待ってくれるかな。エスラト男爵夫人の淹れてくれたカモミールティー。なかなかいけるよ?」
――えぇっと…ここ、私ん家なんだけど?――
家人よりも図々しいケイン。シェイナはこんなケインを見たことが無かった。
ビヴァリーといる時ですら笑顔をみたかな?と首を傾げたくなる。笑っているのは見たことはあるのだ。他家の貴族と歓談している時は貴族の笑みを浮かべていた。
でも、今のケインは「素の笑顔」をライネルに向けていた。
――それだけ気心が知れているって事なの?――
隣国ポメルの国王に命ぜられ、この国でも王太子殿下や王女殿下とも打ち合わせなどをして進めている事業の一端を担っているのだから顔見知りは判るのだが、打ち解けすぎ?そんな笑顔だった。
しばらく待っていると先に到着をしたのはスレム子爵夫妻だった。
スレム子爵夫妻は隣に住んでいるので直ぐに来られたはずだが、食事に出掛けていたよう。
遅れてやって来たのはガネル男爵夫妻。ガネル男爵夫人は「どこかと思えばあばら家?」悪態を吐く事も忘れない。
「さて、役者は揃ったようなので国王陛下からのお言葉を伝える事にするよ」
ケインが立ち上がり、何処にいたのか隊服を着た新兵かと思う兵士から書簡を受け取った。
「ま~ずぅ」
――え?ふざけてるの?ケイン様が?えっ?えっ?――
ケインは本気で嬉しそうだった。少なくともシェイナにはそう見えた。
「今回のエスラト男爵家、ガネル男爵家、そしてスレム子爵家の調停なんだが、取り下げは不可」
<< えぇっ?! >>
声を出したのはガネル男爵とスレム子爵だけでなくシェイナの父、エスラト男爵もだ。
「そもそもで、あり得ないでしょ。僕も無関係ではないから調査をさせて貰った。度々家人が留守の最中に忍び込んで快楽に耽っていたのはガネル男爵子息とスレム子爵令嬢。これは不法侵入にあたる。よって陛下は有責はガネル家とスレム家。慰謝料の支払いを命じるとの事だ。異論は?」
ケインはチラっとスレム子爵を見たが、それ以前にハッセル伯爵家にはかなりコテンパンにされたのだろう。調査をしていて国王も認めているとなれば証拠もあるし証人もいる。抗って得になる事はない。
「スレム家はエスラト男爵家に対し、謝罪し慰謝料を支払います」
うんうんと頷くケインだったが「忘れてるよね?」と付け加える事を要求した。
ぐっと息を飲んだスレム子爵だったが、諦めも早いのだろう。
「当家がエスラト男爵家に対し、ありもしない風評を流し、広めた事も認めます。その件についても謝罪、そして民衆に対し事実の周知、および事業における損益なども全て弁済させて頂きます」
「一応、聞いておくけど破産宣告などしても無駄だよ?資金の出所も明確にしてくれるかな?」
笑顔で逃げ道を完全に塞いでから獲物を追い詰めるケインはかなり性格が悪いんだろうとシェイナは思った。
「資金については、親族とも話し合い陛下より推薦の立会人の元…エスラト男爵家が納得できる結果とする事を約束します」
「満点回答とは言えないけど、もう帰っていいよ。レストラン…リザーブしている時間も急げば10分は残るから食事も楽しめると思うよ?ギャラリーを付けるのは諦めてくれ」
そう言ってケインが部下の兵士数人に目配せで指示をすると、スレム子爵夫妻は兵士に連れられてエスラト男爵家を出て行った。
「さて。ガネル殿。君はちょっとややこしいんだけど…慰謝料は判ったよね?」
ビクリと肩が跳ねたガネル男爵夫妻。
慰謝料について異議を唱えたところで王命に近い命令が読み上げられた今、反論など出来るはずがない。
その上、不味い事になったと冷や汗が流れるが、ガネル男爵は混乱していた。
ポーカーは違法賭博なので厳しく罰せられるのだが不思議なのはこの場にその胴元である反社の男がいる意味が全く分からなかったからだ。
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