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第15話 元婚約者の危険度。結構高い
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婚約をしている時でも、抱きしめられた事は一度もなかったが服の汚れと汗臭さがチャールズの置かれている現状をシェイナに無言で訴えて来た。
だとしても、居心地の悪さしか感じない腕の中。シェイナは藻掻いた。
「チャ、チャールズ…痛い。離して」
「ごめん。痛かったか?何処が痛い?ここか?」
「いいから!離してっ」
「離したらシェイナは逃げてしまうだろう?」
「逃げるも何も!用事があるの!遅れちゃうわ。アナタと違って…私は…私は忙しいの!」
「違う?」口の中で呟いたチャールズ。腕の力が少しだけ弛んだ。
しかし、シェイナに自由になる範囲が大きく広がった訳ではなかったし、「不味い!」シェイナの本能が訴える。
「お願い。急いでるのよ」
「話をしたいんだ。用事なんか話の後でもいいだろう?」
「話?」
「あぁ…まずは謝りたいし…ちゃんと話がしたい」
――今更の話をされたって迷惑なだけなんだけど――
そう思ったシェイナだったが、チャールズとは2年間といえ婚約者だった間柄。我儘な部分があって自分の意見が通らない時は相手が降参するまで足止めする事だって何とも思わない性格をしている。
特に今のように切羽詰まった目を向けてくる時に、「無理!」と一蹴してしまうと手が付けられなくなる。
その反面、あっさりと引き下がる事もある。それは「先約があるから用事を済ませてくる」などチャールズの事を御座なりにしている訳ではないと納得させた時だ。
「判った。判ったわ。でも聞いて。チャールズ」
「なんだ?」
「どうしても教会に行かなきゃいけないの。神父様から頼まれた用事があるのよ」
「教会…あの男に会いに行くのか?」
「ヒュッ」とシェイナは小さく息を飲んだ。チャールズが同時に肩を大きく揺すったので気付かれたかどうか。「あの男」が誰のことを指しているのかは見当がつくが、どうしてチャールズが知っているのか。
かの日、自分の部屋が如何わしい事に使われていたと思った時のように全身に悪寒が走った。
「誰のことを言っているか判らないけど、バザーの件で神父様に呼ばれているの」
「バザー?‥‥あぁそう言えばあの教会は…そうだったな」
「年に2回行われるバザーの収益があるから平民の人たちから寄付が無くてもやっていけてるって…チャールズも知ってるでしょう?」
ライネルが部屋を間借りした理由は体にハンディのある人たちも他の教会よりも多く訪れるからなのだが、先天的、後天的を問わずハンディがあるとこの国で仕事にありつけることは先ずない。
バザーは教会運営や、教会に生活の一部を頼らざるを得ない者達の生命線でもある。
チャールズもシェイナと婚約をしている時に1度だけバザーの手伝いをした事がある。
他の教会よりもバザーの収益金の多さと、収益への依存は高かった事も思い出したのだろう。合わせてエスラト男爵家が教会に薬を寄付している事も当然知っているため、時期として合致するとチャールズも理解をし、やっとチャールズの手がシェイナから離れた。
「バザーで売る品の選定なの。終われば話を聞くわ。でも今は無理なの」
「判ったよ。終わる頃にまた来る。ここで待ってるよ」
「何時になるか…判らないわ」
「何時でもいい。待ってるから」
「うん。出来るだけ早く戻ってくるようにするわ。待っててくれる?」
「いいよ」満面の笑みをチャールズはシェイナに向けた。
薄気味悪さすら感じるチャールズの懇願と笑顔の承諾にシェイナは先ずはこの場を去る事が大事だと頷き返した。
納得をすれば無理強いはしない。それがチャールズ。
どう納得させるかが面倒なだけ。婚約者となりチャールズの他人には見せない部分も知っているシェイナだからこそ取り扱いを間違えてはいけない事も知っている。
――問題はこの後よね――
うっかりだったとしても約束を反故にするとチャールズは何時までも、何処までもしつこく追いかけてくる。シェイナとのデートで歌劇のチケットの席が劇場側の不手際で離れてしまった時や、予約したレストランでたった3分待たされた時などは騒ぎになって憲兵まで駆け付けて来た事もある。
その後もチャールズは劇場に難癖を付けてチケットを融通させたり、レストランで「慰謝料代わり」と飲み食いしていたと友人からも聞いた。
それを「かっこいい」と思っているチャールズの残念さ。
チンピラや破落戸以上の質の悪さである。
シェイナはカッコいいとは思わなかったが、言い含める事で何とか出来ると考えてしまっていた。
一旦妥協させて引かせた時は猶更扱いには注意をしないと下手すると暴力で屈服させる事すら厭わない。
シェイナは暴行を加えられた事はないし、直接暴行の場を見たことはないがガネル男爵家に出向いた際に、殴られたり介助なしでは歩けなくなった使用人を何度も見た。何があったのか問い質しても誰も教えてはくれないし、ガネル男爵夫人ものらりくらりと話題を変えてしまう。
チャールズと思ったままを語り合うと同時に断片的に聞こえてくる使用人の愚痴を繋ぎ合わせて扱い方を導き出したのだ。
――ホント…私ってばどうかしちゃってたんだわ――
友人の令嬢達から婚約者のドメスティックバイオレンスやモラルハラスメントについては聞く事はあったけれど、チャールズの事が好きで好きで堪らなかったシェイナは「チャールズには私が必要なんだわ」と思い込んでいた。
弱い部分も曝け出してくれるし、面倒な性格も隠さずに接してくれる。
暴力を振るわれていたら違っていたかも知れないが、チャールズは強引な面はあったけれどシェイナに手を挙げる事はなかった。
――本当は繊細で気弱な人。ちゃんと話せば解ってくれる…なんて!カァァー!あり得ないしッ!――
気持ちがすっかり冷めてしまえば客観的に物事を見る事が出来る。
それが今だ。
教会への残りの道を対策を練りつつ、シェイナは急いだのだった。
★~★
同時刻、公開時間のお知らせも公開になっておりまーす♡
だとしても、居心地の悪さしか感じない腕の中。シェイナは藻掻いた。
「チャ、チャールズ…痛い。離して」
「ごめん。痛かったか?何処が痛い?ここか?」
「いいから!離してっ」
「離したらシェイナは逃げてしまうだろう?」
「逃げるも何も!用事があるの!遅れちゃうわ。アナタと違って…私は…私は忙しいの!」
「違う?」口の中で呟いたチャールズ。腕の力が少しだけ弛んだ。
しかし、シェイナに自由になる範囲が大きく広がった訳ではなかったし、「不味い!」シェイナの本能が訴える。
「お願い。急いでるのよ」
「話をしたいんだ。用事なんか話の後でもいいだろう?」
「話?」
「あぁ…まずは謝りたいし…ちゃんと話がしたい」
――今更の話をされたって迷惑なだけなんだけど――
そう思ったシェイナだったが、チャールズとは2年間といえ婚約者だった間柄。我儘な部分があって自分の意見が通らない時は相手が降参するまで足止めする事だって何とも思わない性格をしている。
特に今のように切羽詰まった目を向けてくる時に、「無理!」と一蹴してしまうと手が付けられなくなる。
その反面、あっさりと引き下がる事もある。それは「先約があるから用事を済ませてくる」などチャールズの事を御座なりにしている訳ではないと納得させた時だ。
「判った。判ったわ。でも聞いて。チャールズ」
「なんだ?」
「どうしても教会に行かなきゃいけないの。神父様から頼まれた用事があるのよ」
「教会…あの男に会いに行くのか?」
「ヒュッ」とシェイナは小さく息を飲んだ。チャールズが同時に肩を大きく揺すったので気付かれたかどうか。「あの男」が誰のことを指しているのかは見当がつくが、どうしてチャールズが知っているのか。
かの日、自分の部屋が如何わしい事に使われていたと思った時のように全身に悪寒が走った。
「誰のことを言っているか判らないけど、バザーの件で神父様に呼ばれているの」
「バザー?‥‥あぁそう言えばあの教会は…そうだったな」
「年に2回行われるバザーの収益があるから平民の人たちから寄付が無くてもやっていけてるって…チャールズも知ってるでしょう?」
ライネルが部屋を間借りした理由は体にハンディのある人たちも他の教会よりも多く訪れるからなのだが、先天的、後天的を問わずハンディがあるとこの国で仕事にありつけることは先ずない。
バザーは教会運営や、教会に生活の一部を頼らざるを得ない者達の生命線でもある。
チャールズもシェイナと婚約をしている時に1度だけバザーの手伝いをした事がある。
他の教会よりもバザーの収益金の多さと、収益への依存は高かった事も思い出したのだろう。合わせてエスラト男爵家が教会に薬を寄付している事も当然知っているため、時期として合致するとチャールズも理解をし、やっとチャールズの手がシェイナから離れた。
「バザーで売る品の選定なの。終われば話を聞くわ。でも今は無理なの」
「判ったよ。終わる頃にまた来る。ここで待ってるよ」
「何時になるか…判らないわ」
「何時でもいい。待ってるから」
「うん。出来るだけ早く戻ってくるようにするわ。待っててくれる?」
「いいよ」満面の笑みをチャールズはシェイナに向けた。
薄気味悪さすら感じるチャールズの懇願と笑顔の承諾にシェイナは先ずはこの場を去る事が大事だと頷き返した。
納得をすれば無理強いはしない。それがチャールズ。
どう納得させるかが面倒なだけ。婚約者となりチャールズの他人には見せない部分も知っているシェイナだからこそ取り扱いを間違えてはいけない事も知っている。
――問題はこの後よね――
うっかりだったとしても約束を反故にするとチャールズは何時までも、何処までもしつこく追いかけてくる。シェイナとのデートで歌劇のチケットの席が劇場側の不手際で離れてしまった時や、予約したレストランでたった3分待たされた時などは騒ぎになって憲兵まで駆け付けて来た事もある。
その後もチャールズは劇場に難癖を付けてチケットを融通させたり、レストランで「慰謝料代わり」と飲み食いしていたと友人からも聞いた。
それを「かっこいい」と思っているチャールズの残念さ。
チンピラや破落戸以上の質の悪さである。
シェイナはカッコいいとは思わなかったが、言い含める事で何とか出来ると考えてしまっていた。
一旦妥協させて引かせた時は猶更扱いには注意をしないと下手すると暴力で屈服させる事すら厭わない。
シェイナは暴行を加えられた事はないし、直接暴行の場を見たことはないがガネル男爵家に出向いた際に、殴られたり介助なしでは歩けなくなった使用人を何度も見た。何があったのか問い質しても誰も教えてはくれないし、ガネル男爵夫人ものらりくらりと話題を変えてしまう。
チャールズと思ったままを語り合うと同時に断片的に聞こえてくる使用人の愚痴を繋ぎ合わせて扱い方を導き出したのだ。
――ホント…私ってばどうかしちゃってたんだわ――
友人の令嬢達から婚約者のドメスティックバイオレンスやモラルハラスメントについては聞く事はあったけれど、チャールズの事が好きで好きで堪らなかったシェイナは「チャールズには私が必要なんだわ」と思い込んでいた。
弱い部分も曝け出してくれるし、面倒な性格も隠さずに接してくれる。
暴力を振るわれていたら違っていたかも知れないが、チャールズは強引な面はあったけれどシェイナに手を挙げる事はなかった。
――本当は繊細で気弱な人。ちゃんと話せば解ってくれる…なんて!カァァー!あり得ないしッ!――
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それが今だ。
教会への残りの道を対策を練りつつ、シェイナは急いだのだった。
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