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第08話 指先にウサギとキリン
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ケインは隣にいた男性を神父に紹介した。
「王太子殿下、王女殿下の推薦を受けたライネル・アガトン氏です」
一歩前に出たライネル・アガトンと紹介された男は神父に手を差し出し握手を求めた。
「ライネル・アガトンです。暫くお世話になります」
「お話は伺っておりますが、本当にこの教会の1室でよろしいのですか?」
ライネルの手を取った神父は申し訳なさそうに声をかける。
王族の推薦ともなればそれなりの待遇で迎えられている。衣食住には要望を伝える事も出来るし、ほとんどは叶えられただろう。
しかしライネルは調度品らしい調度品も揃っていないこの教会の1室を当面の住まいとして要望し、契約により与えられる契約金や、月々の報酬の8割に匹敵する額を教会に寄付するとしたのである。
残った報酬も教会に食費として受け取って欲しいと手元に残るのは僅かで、その金で自身の衣料品を揃えるという。
「服などは支給品もありますし、男一人。金を使う必要も特にないので。ところで…そちらの方はシスター?」
ケインの手前、会話に入る必要はないだろうと気配を殺していたシェイナ。
ライネルが声を掛けたことにビクリとしてしまった。
「あぁ、こちらはエスラト男爵家のお嬢さんでシェイナさんです。いつも薬を届けてくださるのですよ」
「シェ‥‥シェイナ・エスラトと申します」
「こんにちは。私はここから3つ離れた国、ポメルから来ました。まだ言葉も覚え切れていないので、失礼もあると思いますが仲良くして頂けると有難いです」
「いえ・・・は、はい…こちらこそ…」
ニコニコと屈託のないまるで仔犬のような笑顔をむけるライネルだが、年齢は31歳。なぜこの国に、しかも王太子殿下の強い要望でやって来る事になったのかは判らないが、シェイナも差し出された手に握手を交わした。
「彼はね、体にハンディがある者が一番多くやって来るからとこの教会を希望してくれたのですよ」
「そうなのですか?」
――変わった人。どうしてなのかしら――
疑問に思うのは当然。ライネルほどの処遇ならそこそこの宿を仮住まいとしたり、使用人付きで小さな家なら用意してくれたはずなのだ。
その疑問の解決に少しヒントをくれたのはケインだった。
「王太子殿下はポメル王国の国王陛下が王太子時代から懇意にしていてね。ここ数年で業績を伸ばしているプロステティック商会の会頭アキレス氏からの推薦…いやアキレス氏の細君からの推薦と言った方がいいかな?言語が異なる国でも共通語として使用できるサインランゲージを普及しつつ…治安改善のために来てくれたのですよ」
「来てくれたとか…そんなんじゃないです。それに王族の方々の目に留まったのも自分の力ではないので‥あまり持ち上げないでくださいよ」
説明をしてくれたのだが、シェイナには解らない言葉があった。
「あの…サインランゲージって…申し訳ありません。不勉強で御座いまして」
「気にする事はないよ。この国ではまだ普及していないし…一部では意思疎通のために使われてはいるけれど仲間内だけだし。サインランゲージというのは身振り手振りを使った手話という話し方だよ」
ライネルはシェイナに向かって本で読んだ東洋のニンジャのように人差し指と中指を額に当てると、今度は両手をすかさず胸の前に持って行く。両方の人差し指を向かい合わせにしてお辞儀をするように折った。
「これは昼の時間帯に会った人に対する ”こんにちは” という挨拶です。孤児院なんかで子供の前で行う時は指先にウサギとキリンの指人形を付けて行うとウケが良いんですよ」
「は、はぁ…」
そう言いながらポケットから出してきたウサギとキリンを指先につけるとシェイナに向かってお辞儀をさせるようにライネルは動かした。
――ウサギは茶色なのは解るけど…キリンって一色だったかしら?――
通常は解りやすく白いウサギにしたりするのに茶色…単に元の色が解らないほど汚れているのだと気が付くのに時間はかからなかった。
「王太子殿下、王女殿下の推薦を受けたライネル・アガトン氏です」
一歩前に出たライネル・アガトンと紹介された男は神父に手を差し出し握手を求めた。
「ライネル・アガトンです。暫くお世話になります」
「お話は伺っておりますが、本当にこの教会の1室でよろしいのですか?」
ライネルの手を取った神父は申し訳なさそうに声をかける。
王族の推薦ともなればそれなりの待遇で迎えられている。衣食住には要望を伝える事も出来るし、ほとんどは叶えられただろう。
しかしライネルは調度品らしい調度品も揃っていないこの教会の1室を当面の住まいとして要望し、契約により与えられる契約金や、月々の報酬の8割に匹敵する額を教会に寄付するとしたのである。
残った報酬も教会に食費として受け取って欲しいと手元に残るのは僅かで、その金で自身の衣料品を揃えるという。
「服などは支給品もありますし、男一人。金を使う必要も特にないので。ところで…そちらの方はシスター?」
ケインの手前、会話に入る必要はないだろうと気配を殺していたシェイナ。
ライネルが声を掛けたことにビクリとしてしまった。
「あぁ、こちらはエスラト男爵家のお嬢さんでシェイナさんです。いつも薬を届けてくださるのですよ」
「シェ‥‥シェイナ・エスラトと申します」
「こんにちは。私はここから3つ離れた国、ポメルから来ました。まだ言葉も覚え切れていないので、失礼もあると思いますが仲良くして頂けると有難いです」
「いえ・・・は、はい…こちらこそ…」
ニコニコと屈託のないまるで仔犬のような笑顔をむけるライネルだが、年齢は31歳。なぜこの国に、しかも王太子殿下の強い要望でやって来る事になったのかは判らないが、シェイナも差し出された手に握手を交わした。
「彼はね、体にハンディがある者が一番多くやって来るからとこの教会を希望してくれたのですよ」
「そうなのですか?」
――変わった人。どうしてなのかしら――
疑問に思うのは当然。ライネルほどの処遇ならそこそこの宿を仮住まいとしたり、使用人付きで小さな家なら用意してくれたはずなのだ。
その疑問の解決に少しヒントをくれたのはケインだった。
「王太子殿下はポメル王国の国王陛下が王太子時代から懇意にしていてね。ここ数年で業績を伸ばしているプロステティック商会の会頭アキレス氏からの推薦…いやアキレス氏の細君からの推薦と言った方がいいかな?言語が異なる国でも共通語として使用できるサインランゲージを普及しつつ…治安改善のために来てくれたのですよ」
「来てくれたとか…そんなんじゃないです。それに王族の方々の目に留まったのも自分の力ではないので‥あまり持ち上げないでくださいよ」
説明をしてくれたのだが、シェイナには解らない言葉があった。
「あの…サインランゲージって…申し訳ありません。不勉強で御座いまして」
「気にする事はないよ。この国ではまだ普及していないし…一部では意思疎通のために使われてはいるけれど仲間内だけだし。サインランゲージというのは身振り手振りを使った手話という話し方だよ」
ライネルはシェイナに向かって本で読んだ東洋のニンジャのように人差し指と中指を額に当てると、今度は両手をすかさず胸の前に持って行く。両方の人差し指を向かい合わせにしてお辞儀をするように折った。
「これは昼の時間帯に会った人に対する ”こんにちは” という挨拶です。孤児院なんかで子供の前で行う時は指先にウサギとキリンの指人形を付けて行うとウケが良いんですよ」
「は、はぁ…」
そう言いながらポケットから出してきたウサギとキリンを指先につけるとシェイナに向かってお辞儀をさせるようにライネルは動かした。
――ウサギは茶色なのは解るけど…キリンって一色だったかしら?――
通常は解りやすく白いウサギにしたりするのに茶色…単に元の色が解らないほど汚れているのだと気が付くのに時間はかからなかった。
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