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第25話   これがほんとの贅沢三昧

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辺境にやって来て1か月。相変わらず朝の寒さは別格だがウォレスは体温が高いらしく一緒に寝ていると一度目が覚めてももう一度温もりを感じてウトウト。二度寝をしてしまう。

しかし、この日の朝は違った。

「夜明け前だ。行けそうか?」
「うぅぅ・・・もうちょっと」
「可愛いなぁ。そんなに俺が好きか?」

寝台の上で覆うようにして横から抱きしめられると温かいのだが苦しさも感じる。
唇にはまだだが、ウォレスはジャクリーンの髪や頬、耳にはよくキスをする。

「ほら。寒いけど頑張ろう。起きるんだ」
「はぁい・・・」

眠い目を擦りながら起きて上半身をウォレスに起こして貰うと、掛布の中に冷たい風が入ってくる。ウォレスが先に寝台を降りて一晩中火を入れている暖炉に引っかけた蓋つきの奇妙な形をした「ヤカン」から桶に湯を注ぎ、別の桶に溜めている水で温度を丁度にするため、半分にして自分の顔を洗い温度を確かめるとジャクリーンの元に運んでくる。

これも毎朝の日課。

――帝国の皇子様ってなんでもしちゃうのね――

ジャクリーンはそう思っているが実は違う。
寝惚け眼なジャクリーンを使用人にも見せたくないウォレスの我儘なのだ。

「はい。顔洗うぞ~。熱いかぁ?」
「熱くない」
「そっか。じゃぁこっちの可愛いほっぺも洗うぞ?」
「ぁい・・・」
「次は目な~。今日の睫毛も眉毛もキュートだなぁ。俺好み♡」

――どういう好みなの――

至れり尽くせりで部屋履きも揃えてくれて、ジャクリーンがうがいを済ませて覚醒すると着替えは侍女と交代する。今日の服装は騎乗用の服。

王都では騎乗する時も女性は動きやすいパニエなしのドレスだったが辺境では男性と同じようにボトムス。最初は足を見せているようで気恥ずかしかったが、慣れればどうってことはない。

直接肌を見せている訳ではなくちゃんとボトムスという衣類を着ている。

着替えが終わるとウォレスは愛馬に、ジャクリーンもポニーに跨って仲良く並んでお出掛け。
時刻は朝の4時。夜明けが7時前なのでうっすらと山の稜線が月明りで照らされているが周囲はまだ暗い。

辺境に来た時に超えた峠とはまた違う峠に向かい、少し開けた場所に到着をしたのは6時半過ぎだった。

「寒いだろ。温めてやるよ」
「でもウォリィが寒いでしょう?」
「俺は慣れてる。気にするな」

胡坐をかいたウォレスの足に腰を下ろして後ろからウォレスが抱きしめる格好。
そこで何を見るのかといえば日の出である。

「お、太陽がちょっと顔を出したな」
「本当。わぁ!!綺麗」

向かいの山から顔を出した太陽は少しづつ姿を見せ始めて光に当たって朝の冷気がキラキラと輝いていた。

「ウォリィ!見て!虹があるわ!しかも二重・・・三重だわ!」
「な?早起きしたら贅沢なものが見られただろう?」
「本当ね!素敵!凄いわ!」
「この時期しか見られないんだ。太陽が顔を出すのは少しづつズレているからな。少しずれるとキラキラしたのは見られないままで太陽が昇りきってしまうからな」

早起きは辛かったけれど、この時期しか見られない自然の美を見てジャクリーンは「本物の贅沢」だと感じた。

「帰り道にトロケそうを摘んでやるよ」
「トロケそう?聞いた事ないわ」
「甘さのある野草の実だ。口の中でトロンととろけるんだよ」
「まぁ、そんな実があるのね」
「朝だけだ。気温が上がると実を包んでいる皮が弾けてしまうんだ。それに衝撃を与えても弾ける」

どんな野草だろうと思っていたら帰り道ウォレスは茂みの中に分け入って根から引き抜いて持ってきた。雫のような形をしたトロケそうの実は千切ろうと指で触れると弾けて中身が飛び出してしまった。

「わっ・・・本当だわ。凄く繊細な皮なのね」
「夜露が垂れただけで弾けるからな。食べる時はこうやって食べるんだ」

茎を横にして実の真ん中あたりを唇で挟むと「プチッ」小さな音がしてシワシワになった皮だけが茎に残る。ジャクリーンもウォレスを真似して実を唇で挟んでみた。

「っっっ!!!」

甘いのだがくどく無くて口の中もさっぱりした味。
何より唇が触れた瞬間の感触が癖になりそう。

「な?美味いだろう?」
「美味しい。こんな味、食べた事が無いわ」
「売り物にしようと考えたんだが、ほら見てみ?」

まだ食べておらずウォレスが手にしていた茎についている実は「プチッ」「プチッ」小さな音をさせて弾け、大地に果汁を落としてしまった。

「本当に一瞬なんだ。時間にして根っこから引き抜いて食べるまでに30秒かな。多分根からの栄養が止まるから何だと思うんだ。あと、揺れにも弱い。この時期にここでしか食べられないんだ」

「最高の贅沢ね。今日は朝から3つも贅沢しちゃった。贅沢三昧だわ」
「3つ?日の出とトロケそうだろ?2つじゃないか?」
「ううん。ウォリィが連れて来てくれて早起きって贅沢もあったわ」
「早起きが贅沢か。じゃぁ明日も早起きすっか?」
「ふふっ。毎日になっちゃうと慣れちゃうでしょう?それに‥二度寝も贅沢なの」
「あはは。そうかぁ。俺に抱かれて寝るのも贅沢か」

――それは別。でも温かいから癖にはなってるけど――


トロケそうを堪能した後、ウォレスとジャクリーンはまた仲良く屋敷までの道のりを並んで戻ったのだった。
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