好きなのはあなただけじゃない

cyaru

文字の大きさ
上 下
29 / 34

第28話   退職?許しませんけど?

しおりを挟む
ガタガタと走る馬車。賊を乗せて走った時は音を感じなかったがグレイクに「車輪に細工をしている」と言われて「なるほどー」と親子で納得をした2人だったが、予定通りに森の中にある家に4日滞在し、シュガバータ王国に出立をした。

堂々としたもので、細い抜け道を使う事もなく大街道をひた走る。

「急ぐ時と逃げる時は変に小細工するからダメなんです。堂々としていれば案外抜けられます」

ルフィード伯爵にも覚えがあった。会合の時間に間に合いそうになくて御者の知る抜け道なら15分短縮出来ると抜け道に向かったのだが、運悪く荷馬車が荷を崩して立ち往生し、結果的に1時間も遅れてしまった。
混み合うからと避けた大通りはそれなりに混雑はしていたものの流れが速いのだ。少しの遅れで済んだのにと悔やんだ事があった。

ファウスティーナも昔友人の令嬢達と「かくれんぼ」をした時に、難しそうな場所に隠れてしまうと早くに見つかったりしたものだ。「ここにはいないだろう」と明らかに隠れてます!と言う場所ほど見つかり難かった。

馬車泊になる事もあったが、グレイクは数日おきに宿屋の宿泊もさせてくれた。

「お金がかかるでしょう?私も娘も馬車の中で寝るのは問題ないですよ?」
「まさか。どうしてもの時は馬車で寝て頂いてますが、宿が取れる時は宿屋で湯も浴びて、寝具で寝てください」
「だけど、タダじゃないでしょう?私は馬車で寝るから1人分でもいいのよ?」
「タダではないかな、でも考えている以上に安いと思うよ」


ジト目になって「嘘じゃないでしょうね?」とグレイクに目で訴えるファウスティーナ。グレイクは宿屋の受付に行き、1泊の料金を提示してもらった。

「本当だ…どうしてこんなに安いんですか?」
「お客様は当館の株主様ですので優待券をご利用頂いております」
「カブ主?優待券?え‥‥グレイクさんかぶでも育ててるの?」
「育ててると言えばそうかも知れないな。買ったきりで売ってないし」
「ほぇ??意味が解らないんだけど」

マガリン王国には株式会社や有限会社などはない。しかしこの先にあるチュブアン王国、マーマレド王国、シュガバータ王国には一般の平民でも金を出し合ったり、株式を買ってもらいその金で事業をするシステムがある。

国境までほど近い地域にはマガリン王国ではない国の建てた宿屋やレストランなどが立ち並ぶ。勿論他国に入ればマガリン王国の会社ではなく商会だが運営している宿屋もある。


「じゃぁ優待券と言うのは株式を買えばもらえるの?」
「儲けているかなどにもよるかな。赤字の時はないこともあるし、こうやって宿に安く泊まれるというのもあれば旅の幌馬車代が安くなる、特産品が送られてくる、現金で支払うなど色々あるからね」
「そうなのね。グレイクさんは宿屋の株券ばかり買ってるってこと?」
「それはちょっと危ないかな。橋とか造ったりする会社とかレストランとか馬車の部品とか色々だよ。他国で暮らしていると、生活費は支給されるから自分の金はあまり使う事が無くてね」


株式に馴染みがないどころか初耳のファウスティーナには券を買うだけで色々と貰えるお得なシステムに興味深々なのだが、100株とか1000株の単位であったり、1株幾らなので買う時にはその100倍、1000倍の金が必要であるのと、価格が毎日上下するので買う時は安く、売る時は高くと言われてもピンとこない。
解ったのは初期費用にはそれなりの額が必要なのだという事だけだった。

「奥さんなんだから面白そうと思えばやってみるといい。小額から出来るから溶けてしまっても怒ったりしないさ」
「溶ける?お金が溶けるの?」
「あ~…なんていうか…価値が無くなる?とか買った時の金額よりもかなり少なくなるとかそう言う事だ」
「え…そんなの怖すぎて出来ない…やだ…」
「大丈夫だよ。儲ける事だってあるんだ」
「無理だわ。頑張って働いたお金が1日で減ったりするなんて…その日は不浄から出て来られないわ」
「それは困るな。昼から夜まで我慢しなきゃいけなくなる」
「出先ですればいいでしょう?」
「あはは。仕事辞めるし家にずっといるよ」
「エェーッ?!」

――なぜ驚く?諜報は危険な仕事だから喜ぶところだろう?――

グレイクが仕事を辞めるというとファウスティーナは盛大に驚き、ススっとグレイクから距離を取る。なんなら「シッシッ」と追い払う手ぶりも加わっているではないか。

「仕事しないなんて社会のクズです。理由があってしないのはまだ理解をしますけど働けますよね?働けるのに敢えて働かないなんて…しかも定職についているのに辞めちゃう?どんだけ贅沢な俺様、ううん殿様なのよ」

ビシィ!と言い切るファウスティーナ。
仕事を選ぼうにも選択肢などなかったファウスティーナには何とも信じられない。毒舌になろうというものだ。


「で、でも危険な仕事なんだよ。生命保険にも加入出来ないんだ」
「だとしても!!クビって言われたわけじゃないんでしょう?今の仕事嫌いなの?」
「いや、嫌いかどうかとか‥そこは考えたことが無かったな」
「フェッ?じゃぁなんで10年も続けているの?」
「10年じゃないよ。養成所からなら28年だ」
「にじゅっ!?だったら猶更でしょ?何が嫌なの?お弁当がないから?作るわよ?夕食の残りだけど」
「その夕食作るのって…」
「グレイクさんでしょ?」

――って事は弁当って詰めるだけって事だよな。俺でも出来るぞ?――

それを愛妻弁当と呼ぶかどうかは別問題としても、グレイクは43歳。体力の衰えを技でカバーしている年齢層でもある。正直この年になってまた別の国に行けと言われるのも辛い。

何より3年間しかいられないにしてもファウスティーナと一緒に居たかった。ルフィード伯爵ともママゴトと言われても親子を感じたかったのだ。例えグレイクの方がルフィード伯爵より1歳年上だとしても。

「兎に角!仕事を辞めるのは許しません!ある日突然全てを失う事だってあるのよ?それが自分の責任じゃ無くても何もかも失っちゃうことがあるの」
「はいはい。判った。辞めないよ。でも弁と――」
「こういうことは決める前に相談っ!!相談ですよっ!」
「解りましたー。次から気を付けまーす」
「ふざけてるの?(ギロリ)」
「いえ(背筋ピン!)」


弁当は作ってくれるんだねと念押ししようとしたのだが、それよりも強力な物言いで寄り切られてしまったグレイクだった。

その様子を少し離れた場所から御者たちと「道中ダンゴ」を食べながら眺めていたルフィード伯爵は「うんうん」頷くだけで助け船にもならない事が判明した。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

愛は見えないものだから

豆狸
恋愛
愛は見えないものです。本当のことはだれにもわかりません。 わかりませんが……私が殿下に愛されていないのは確かだと思うのです。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

愛せないと言われたから、私も愛することをやめました

天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」  そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。  その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。  捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。

処理中です...