好きなのはあなただけじゃない

cyaru

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第24話   扉を挟んで作麼生切羽

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グレイクはファウスティーナの後を追いかけてきたが、扉を挟んだ向こう側でドンッドンッと拳を打ち付けるような音にノックしようとした手が扉を叩けず止まってしまう。

床を叩く音がしなくなっても暫く扉の前から動けなかった。
意を決して、ノックをすると扉の直ぐ向こう側から「開けないで!」声がする。
グレイクはその場に座り込んだ。

「入らないから話を聞いてくれないだろうか」
「何の話ですかっ!」
「その…まぁ…いろいろと」
「嘘吐きだから嫌です」
「嘘は吐かない。本当の事を話すよ」
「じゃ、聞く事にだけ答えてください」
「いいよ。何でも聞いてくれ」

心配をしたルフィード伯爵も追いかけてきたが、扉に向かって話しかけるグレイクを見て「ま、いいか」と気軽に考える性質なのか、それとも我関せずのほうが良いと判断したのか。
「お茶でも淹れて待ってるとするか」と引き返して行った。


「グレイクさん、本当の名前を教えて。嘘の名前は呼びたくないの」
「グレイクだ。平民だから姓はない」
「本当の年齢は?」
「43歳だ。あと4カ月すれば誕生日とした日が来るから44歳。ただこの年齢は‥」
「サバ読んでるとか?」
「そうじゃない。物心ついた時には親がいなかったから6歳くらいとされた。だから1、2歳は誤差があるかも知れない」
「じゃ、43歳で良いです。お仕事は何ですか」
「諜報員だ。自国、他国問わず命じられたら任務を行っている」
「あの日、座り込んでいたのも演技だったの?」
「演技じゃない。熱を出していたのは自白剤を飲まされたからだ。あの日は護送される途中で逃げ出した。目の前が揺れてもう歩けなくなってあの場所にいた」
「じゃぁ、私とは偶然?」
「偶然だ。君が通りかかる事も、話しかけてくれたのも知っていたならもっと上手くやる」
「上手くやるって何よっ」
「初見を良くしたい…かな。いい加減オジサンなんだから若く見られたかったというか‥」
「なにそれ…思考がもうオジサンじゃない」
「オジサンだからね」

グレイクが答えた時、ガチャリと扉が開いた。
グレイクが名前を呼ぼうとしたが、言い切る前にファウスティーナの手が伸びて来てグレイクの頬を抓った。

「ファウス――うわっ」
「嘘を吐いた口は抓ります!」
「ふぁ…ふぁぃ」
「許したわけじゃないですからね?お父様の事もあるしシュガバータ王国には行きます。でも本当~に許した訳じゃないですからね?これから先に嘘だって判ったらもっと強く抓ります!」
「ふぁぃ…ふぁふぁりふぁひふわかりましたぁ」


嘘は大嫌いだが、グレイクが悪い人ではないとは何となく解る。父のルフィード伯爵が言ったように全部が嘘じゃないのも判るし、諜報員の仕事はよく判らないけれど仕方がないことも判る。

――胃袋を掴まれちゃってるからかしら――

そんな気もするが、ファウスティーナは嘘を吐かれていた事に不信感は全てが拭えなくても、グレイクの事を記憶からすっぱり消してしまいたいとも思えない。

――オズならもう忘れたいと思うんだけど、何だろう。この気持ち――

オズヴァルドに対しては婚約を白紙にする時の態度が全てで気持ちはすっかりと冷え切ったし、その後に待ち伏せのような事をされて気持ち悪いとも思ってしまった。

一緒に過ごした時間はオズヴァルドの方が遥かに長い。オズヴァルドも領地で魔力を限界まで使って寝込んだファウスティーナには回復するまで休ませてくれたし、自分本位な所はあるけれどそれがオズヴァルドだからと納得もしていた。

「うーん…なんでだろう」
「なんでだろう?まだ聞きたい事があれば答えるよ?」
「そうじゃないの。何か違うの」
「相違点があるなら納得できるまで聞いてくれていいんだよ」

ファウスティーナはハッとグレイクの顔を見た。

「もう一度言って」
「え?あぁ…納得できるまで聞いてくれていいよ?何度でも同じ事でもちゃんと答える」
「違うってば!何かわかった気がしたのに!!付け足しちゃダメ!」
「ご、ごめん。納得でき――」
「黙って!」
「はぃ…」

胸のあたりまで答えが出てきている気がするのに、詰まって出て来ない。
床を見て、ギュッと目を閉じて、また目を開けて床を見てグレイクを見る。
「ん?」とただファウスティーナの方を見てグレイクは気長に待つ体制だった。

「あっ…そう・・・そうなんだわ」
「何か判ったとか?」
「う、うん…」
「何でも言ってくれ。全部聞くし、茶化したりもしない」
「いいの。いいのっ。うん…えぇっと…ちょっと1人になるね」
「判った。ここに居たら不味いかな?父上と一緒にいた方がいい?」
「お父様といて!」
「御心のままに」

グレイクがにっこりとファウスティーナに向かって微笑む。

――くっ!私ってなんて単純なちょろいの?!――

「閉じるよ」声をかけたグレイクがそっと扉を閉じるとファウスティーナは両手で頬を覆った。


気が付いてしまったのだ。
オズヴァルドに対しては、ファウスティーナが合わせねばならなかった。勿論せねばならない事に付き合ってくれた事も多いが、ファウスティーナはどんなに疲れていてもオズヴァルドが次にどうしたいかに合わせねばならなかった。

対してグレイクは真逆で合わせてくれる。さっきもファウスティーナが納得するまでもし、戻らねばならなくても時間ギリギリまで付き合ってくれただろう。

買い物に行った時もそうだ。ファウスティーナが露店で花を見た時、全てを告げなくても萎れた花をどうにかしたいと思った気持ちを汲み取ってくれて店主に「萎れている」と告げた。
先回りして相手のを事を考えてくれる。

かの日夕食のメニューの時にグレイクが「この人はそう言う考え方なのだ」そう割り切って考えるとは言っていたがそれでも相手を否定せずに受け入れる事は無くても認める事はする。

それが年齢差、経験の差から来ているとしても、ファウスティーナは自分の考えをきちんと聞いてくれることが嬉しかったのだと気が付いた。

それをグレイクに気付かれてしまうのが恥ずかしくて「一人になるね」と言ってしまった。

――私、かなりチョロいし、我儘じゃないの。なんて事なの!――

自分で自分の事を知ってしまうと恥ずかしくて堪らない。

「あぁ~もう~!私のバカぁ!!」

経験値から来るのか。年上の包容力とはこんなに居心地がよいものなのだと思うと、それまでグレイクに対して甘えっ放し。胃袋を掴まれてしまうほどに食事にも依存をしてしまっていた事も恥ずかしくてファウスティーナは部屋から暫く出る事が出来なかった。
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