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第18話 壊された団欒の時間
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冗談として笑って流してくれたから良かったものの、嘘で塗り固めて来たグレイクは「冗談でも嘘でもない」気持ちは確かにあった。
しかし、現実的に見れば問題もある。
グレイクは諜報員でその仕事を家族にすら明かす事は出来ないし、何より家族と言うのは唯一の弱みともなるので生涯を独身で貫く者も多いのだ。
帰宅してみれば家族が凄惨な状況で最期を迎えていたという諜報員は多い。
勿論、それでも家族を持つ者もいるが仕事内容次第でグレイクのように10年を超えて他国で生活をせねばならず、その期間は手紙を交わす事も会う事も出来ない。勿論、何処に行ったかも家族には言えず音信不通、生死不明状態になる。
グレイクが知っている「家庭持ち」は「配偶者」という存在がいればいいという書面上の関係であったり、会えない間もお互いの事を信用できる血縁以上の強い関係で結ばれている者だけだった。
諜報員の中にはどんなに辛く、屈辱的な拷問に耐える事は出来ても、家族に嘘を吐いて生きていくことに耐えかねて自死を選ぶ者だっているのだから簡単に家族を迎えようと決断も出来ない。
それでも思ってしまう。家族に、家庭に憧れがないといえばウソになる。と。
この2人が家族になってくれれば…そしてそこに「父さん」と呼んでくれる小さな存在がいたとしたら。その時は隣で屈託なく笑うファウスティーナが妻‥‥「妻?!」やはりそう考えると胸がドキドキする。
――中年にも手がかかった年齢なんだぞ。何を考えてるんだ!――
現実を見れば蓄えが底を突くまで余裕のある時間は残されていない。それでも和気藹々と温かい空気に溢れる部屋。グレイクは目の前の2人には「勝てないな」と感じた。
そんな部屋の薄い壁の向こう側。
今まさにドアをノックしようとしたオズヴァルドはノックしようとした手が宙に浮いたまま震える。
部屋の中とは違い、言葉が聞こえてくるたびに眉間の皺が深く谷間を作っていく。
そんなオズヴァルドを見ている目があった。
空き室の多くなった部屋に忍び込んだラーベ子爵の命を受けた者達は、それがオズヴァルドだと直ぐに解ったが、仕事はファウスティーナをさらう事。
主の子息とは言え、人1人を攫うのに邪魔になっては堪らない。
いい加減ファウスティーナが仕事に行く事もなくなり、斡旋所に行くのは父と一緒。単独で動く時間は極めて少なく機会に恵まれていないのに更なる邪魔は勘弁願いたいものなのだから。
★~★
前向きで明るいルフィード伯爵とファウスティーナ。
冷や汗を流すグレイクと共に「みんなで夕食を作ろう」と今夜の夕食はシュガバータ王国では「夕食のおかずになるかならないか論争」も引き起こしている「オコノミヤキ」という品である。
「お父様は粉をお願いね」
「よし、任せろ。卵を入れて…水と混ぜるんだろう?」
「そうよ。グレイクさん。私はキャベツで良いわよね?…あれ?あれ?」
困った事に食材箱の中にはキャベツがなかったのだ。
よくよく考えれば昨夜の夕食にキャベツの芯を削ぐようにしてサラダに混ぜ込んだのだった。
キャベツの芯は葉っぱよりも甘く栄養価も高いのだが青果店で働いている時もグイっと抉って捨てていく客が多かった。そのまま齧っても甘かったのでファウスティーナは葉っぱより芯の方が好きだったりもする。
「なら、ジャガイモを使いましょう。あとはニラも少しあるので入れましょう」
「ジャガイモ?ジャガイモでもいいの?」
「王道はキャベツでしょうけど、白菜でもシイタケとかキノコ類でも良いんですよ。チーズをのせたりする人もいますし…こういうのに ”こうじゃないとダメ” って決め事するのも面白くないですしね」
「シュガバータ王国って自由なのね。羨ましいわ」
「まぁ、どの国にも1つの考えに凝り固まって押し付けてくる人はいるものですよ。シュガバータ王国にもいますけど…俺はそういうのには従わないっていうか…それはその人のやり方だと考えてるんです」
食材箱からジャガイモを取り出したファウスティーナは水魔法でジャガイモを洗う。
ファウスティーナの水魔法は野菜や食器を洗ったり、植物への水やりなどには使えるのだが、量を多く使う洗濯や湯あみは量的な問題があり、そして残念なことに飲料には適していない。生涯腹を下したい者などいない。水魔法だから何でも出来るという訳でもない。
尤も飲料水になる水が魔法で出せるのなら存在が解った時点で王家に囲われただろう。安心して飲める水と言うのはそれだけ貴重でもあるのだから。
ジャガイモを洗った後は湯搔く。そして皮のままブロック状に切って粉に混ぜて焼く。
今日もまたバラエティに富んだ味を堪能したのだが、夕食も終わった団欒の時間に来客があった。
「こんな時間に誰かしら」
「夜なんだから、父さんが出るよ」
「いえ、俺が出ます」
「いいよ。いいよ。グレイク君は座ってて」
グレイクとファウスティーナを手で制したルフィード伯爵が立ち上がって食卓からも良く見える玄関の扉を開けた。
「っっっ!!」
声を出す間もない。扉を開けた瞬間にルフィード伯爵はその場に崩れ落ち、グレイクの鼻は香ってはならない鉄の香りを感じた。
「ファティ!奥へ行くんだ!」
グレイクは声をかけると崩れ落ちたルフィード伯爵を踏みつけて押し入ってくる男達に向かって先程まで使っていた「オタマ」と「ヘラ」を握ると突進していった。
★~★
公開時間のお知らせにあった通り、作者の気まぐれでこの後22時22分に第19話が追加になります(*^-^*)
しかし、現実的に見れば問題もある。
グレイクは諜報員でその仕事を家族にすら明かす事は出来ないし、何より家族と言うのは唯一の弱みともなるので生涯を独身で貫く者も多いのだ。
帰宅してみれば家族が凄惨な状況で最期を迎えていたという諜報員は多い。
勿論、それでも家族を持つ者もいるが仕事内容次第でグレイクのように10年を超えて他国で生活をせねばならず、その期間は手紙を交わす事も会う事も出来ない。勿論、何処に行ったかも家族には言えず音信不通、生死不明状態になる。
グレイクが知っている「家庭持ち」は「配偶者」という存在がいればいいという書面上の関係であったり、会えない間もお互いの事を信用できる血縁以上の強い関係で結ばれている者だけだった。
諜報員の中にはどんなに辛く、屈辱的な拷問に耐える事は出来ても、家族に嘘を吐いて生きていくことに耐えかねて自死を選ぶ者だっているのだから簡単に家族を迎えようと決断も出来ない。
それでも思ってしまう。家族に、家庭に憧れがないといえばウソになる。と。
この2人が家族になってくれれば…そしてそこに「父さん」と呼んでくれる小さな存在がいたとしたら。その時は隣で屈託なく笑うファウスティーナが妻‥‥「妻?!」やはりそう考えると胸がドキドキする。
――中年にも手がかかった年齢なんだぞ。何を考えてるんだ!――
現実を見れば蓄えが底を突くまで余裕のある時間は残されていない。それでも和気藹々と温かい空気に溢れる部屋。グレイクは目の前の2人には「勝てないな」と感じた。
そんな部屋の薄い壁の向こう側。
今まさにドアをノックしようとしたオズヴァルドはノックしようとした手が宙に浮いたまま震える。
部屋の中とは違い、言葉が聞こえてくるたびに眉間の皺が深く谷間を作っていく。
そんなオズヴァルドを見ている目があった。
空き室の多くなった部屋に忍び込んだラーベ子爵の命を受けた者達は、それがオズヴァルドだと直ぐに解ったが、仕事はファウスティーナをさらう事。
主の子息とは言え、人1人を攫うのに邪魔になっては堪らない。
いい加減ファウスティーナが仕事に行く事もなくなり、斡旋所に行くのは父と一緒。単独で動く時間は極めて少なく機会に恵まれていないのに更なる邪魔は勘弁願いたいものなのだから。
★~★
前向きで明るいルフィード伯爵とファウスティーナ。
冷や汗を流すグレイクと共に「みんなで夕食を作ろう」と今夜の夕食はシュガバータ王国では「夕食のおかずになるかならないか論争」も引き起こしている「オコノミヤキ」という品である。
「お父様は粉をお願いね」
「よし、任せろ。卵を入れて…水と混ぜるんだろう?」
「そうよ。グレイクさん。私はキャベツで良いわよね?…あれ?あれ?」
困った事に食材箱の中にはキャベツがなかったのだ。
よくよく考えれば昨夜の夕食にキャベツの芯を削ぐようにしてサラダに混ぜ込んだのだった。
キャベツの芯は葉っぱよりも甘く栄養価も高いのだが青果店で働いている時もグイっと抉って捨てていく客が多かった。そのまま齧っても甘かったのでファウスティーナは葉っぱより芯の方が好きだったりもする。
「なら、ジャガイモを使いましょう。あとはニラも少しあるので入れましょう」
「ジャガイモ?ジャガイモでもいいの?」
「王道はキャベツでしょうけど、白菜でもシイタケとかキノコ類でも良いんですよ。チーズをのせたりする人もいますし…こういうのに ”こうじゃないとダメ” って決め事するのも面白くないですしね」
「シュガバータ王国って自由なのね。羨ましいわ」
「まぁ、どの国にも1つの考えに凝り固まって押し付けてくる人はいるものですよ。シュガバータ王国にもいますけど…俺はそういうのには従わないっていうか…それはその人のやり方だと考えてるんです」
食材箱からジャガイモを取り出したファウスティーナは水魔法でジャガイモを洗う。
ファウスティーナの水魔法は野菜や食器を洗ったり、植物への水やりなどには使えるのだが、量を多く使う洗濯や湯あみは量的な問題があり、そして残念なことに飲料には適していない。生涯腹を下したい者などいない。水魔法だから何でも出来るという訳でもない。
尤も飲料水になる水が魔法で出せるのなら存在が解った時点で王家に囲われただろう。安心して飲める水と言うのはそれだけ貴重でもあるのだから。
ジャガイモを洗った後は湯搔く。そして皮のままブロック状に切って粉に混ぜて焼く。
今日もまたバラエティに富んだ味を堪能したのだが、夕食も終わった団欒の時間に来客があった。
「こんな時間に誰かしら」
「夜なんだから、父さんが出るよ」
「いえ、俺が出ます」
「いいよ。いいよ。グレイク君は座ってて」
グレイクとファウスティーナを手で制したルフィード伯爵が立ち上がって食卓からも良く見える玄関の扉を開けた。
「っっっ!!」
声を出す間もない。扉を開けた瞬間にルフィード伯爵はその場に崩れ落ち、グレイクの鼻は香ってはならない鉄の香りを感じた。
「ファティ!奥へ行くんだ!」
グレイクは声をかけると崩れ落ちたルフィード伯爵を踏みつけて押し入ってくる男達に向かって先程まで使っていた「オタマ」と「ヘラ」を握ると突進していった。
★~★
公開時間のお知らせにあった通り、作者の気まぐれでこの後22時22分に第19話が追加になります(*^-^*)
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