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第15話 悪意ある観察と新しい悩み
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年齢的に見ればグレイクはルフィード伯爵よりも1歳年上で、住んでいる部屋の近所の人間は最近住み始めたグレイクと親子の関係を首を傾げながらこっそりと観察する。
他人の家は秘密がありそうで「どんな関係?」と主婦同士で話をする時にはそれぞれの憶測で盛り上がる。人の噂も75日と言うが、噂の怖いところは再燃があるところだ。
ある主婦はグレイクの見た目の若さから「年の離れた兄じゃないか」と言えば「伯爵の男兄弟じゃないか」と言う。他人の家の事なので放っておけばいいのだが、思ったままを考え無しに口にする。そして責任を取らない。何とも身勝手な生き物もこの世には存在をする。
「この頃、いいもの食べてるみたいよ」
「えぇっ?図々しいわね新入りの癖に」
「伯爵様でしょう?ホントは私らの生活を笑うためにここに来たんじゃないの?」
「趣味悪いわよね。新しく男も一緒に住んでるでしょ?」
「夜とかどうしてるのかしら。父親の前で?父親も一緒に?」
「おぇぇぇ~気持ち悪っ」
根も葉もない噂をし始める主婦たち。悪口ほど花が咲くのは妬ましいという気持ちが強いからである。他人の家の芝は青いというが、ファウスティーナ達の生活を見て何処を羨ましがるのかと首を傾げたくもなるが、貴族、それだけでもう妬みの対象になり、その動向を観察してしまう。
そんな中にはルフィード家のニコライの事を知っている者もいた。
今になって「え?犯罪者の家族なの?怖くない?」っと今度は「裏で糸を引いていたのは伯爵じゃないか」と言い出す者が出れば、「そう言えば時々王宮に呼ばれてる」と誰かが肉付けする。
そうなると近所中に不穏な空気が流れだし、以前にも増して悪意のある対応をされるようになってしまった。
2人が仕事で留守の時に、グレイクが井戸で水を汲みあげていると声をかけられた。
「ここは共同の井戸なのよ」
「はい、存じております」
「水を汲むふりをして毒なんか入れないでよ?」
「そんな事しませんよ!」
「さぁどうだか。絞首刑になるような家族がいるんだもの。何するか解らないわ」
この手の難癖を付けてくる者への対処での正解は相手にしない事だ。
グレイクは「終わりましたので、どうぞ」と笑顔でその場を立ち去った。
グレイクは考えた。
この手の噂は無くなる事はない。実際ニコライが公開処刑をされているので犯罪者家族なのだと一生ルフィード伯爵とファウスティーナには声がつき纏う。
ルフィード家の親族たちは2人とはもう縁を切っていて連絡もしてこない。困窮を極めた時に2人に手を差し出したのはかつての使用人だけだった事もグレイクは聞いた。
最近少し薄まって来た罪の意識がグレイクの心の中に大きく渦巻く。
諜報員は国の為に働くのだが、機密など情報を得る事だけが仕事ではなくビルギッタのように実際に仕掛けていくこともある。時に国の転覆を狙って行動をする事もあるのだ。
今回の事はビルギッタがドジを踏んだとも言えるが、シュガバータ王国との繋がりは未だに暴かれてはいないので成功とも言える。
しかし、自分たちの働きの中でルフィード伯爵とファウスティーナのように何の咎もなくても大きな余波を受けてしまうものがいるのも事実。
何の疑いも持たずに倹しい生活をする2人は心も腐る事はなく、その日その日を懸命に生きている。目の前の主婦たちにも顔を見れば無視されても嘲笑されても「おはようございます」など挨拶は欠かさない。
もやもやした気持ちのまま水を汲んだ桶を抱えてグレイクは部屋に戻った。汲んできた水を水瓶に流し込みながら呟いた。
「国に帰ろうかな」
2人に受けた恩、そして今も受けている恩は計り知れない。
潜伏をする為に2人を利用しているグレイクは殺伐とした世間の中で自分を偽り生きてきたが、うっかり本名を名乗ってしまった事も相まって、この生活で自分が感情のある人間だったと感じる日々を過ごしていた。
身寄りもいないグレイクはルフィード伯爵の事を時に兄、時に弟のように感じる事も多かった。そしてファウスティーナには、ふとした時に「父親ってこんな気持ちなのかな」と思う事がある。
『失敗しちゃった!もぉぉぉ~やり直しだわ!』
ファウスティーナは実のところあまり編み物が得意ではない。縫製の仕事も請け負ってきてなんとか熟してはいるが針仕事そのものも得意ではないのだ。
それもそうだろう。貴族令嬢として求められるのはせいぜいが刺繍でレース編みなどは最近流行り出したもの。
中には刺繍などで才能を開花させる者もいるが、ファウスティーナは生きるために苦手と言ってられずに向き合っているだけ。
なのでよく失敗をして貴重な糸だからとプチプチ切る事も出来ずに時間をかけて解き、また縫う。指先は何度も刺した針の痕があるし、結構不器用なのだ。
料理に至ってはここに住み始めて「煮る・焼く」を徐々に覚えたというが、ルフィード伯爵曰く最初は買ってきたままのニンジンなどを鍋に放り込み、味付けもなくただ煮るだけ。
何時まで経っても出来上がらない、温かくならないと嘆くファウスティーナの元に行けば、竈への火の入れ方も知らないので火の入ってない竈で温まるはずもない。
その後も熱々の鍋をそのまま手で掴もうとしたりで「あわや!」は何度もあったという。
何事も無ければ使用人に囲まれて楽に暮らせたかも知れないと思うとグレイクは胸が痛んだ。
「一緒に国に連れていくかな…だが」
シュガバータ王国は他国の人間だからと冷たくされる事はない。むしろ温かく迎え入れて貰える。誰彼問わず受け入れている訳でなく、国籍を所有する場合は国王は広く民衆にも慕われている国王が認めた場合と限られているからなのだが問題があった。
国籍を取得するための理由で許可されているのは「婚姻により永住する」場合に限るとされている。よく旅行中などで出産に至ってしまうとその子供は生を受けた時の国の国籍も有するとする国があるがシュガバータ王国は認めていない。
片親や連れ子がいる場合は一緒に国籍を取る事も出来る。
しかし、両親が揃っている場合は
逆に他国の人間と結婚をし、他国に生活の拠点を置く場合は国籍を失うという事だ。
なのでシュガバータ王国の人間はあまり他国の者と結婚をしたがらない。離縁した時には本当に帰る場所がなくなるからである。
「年齢に制限はないとはいっても…16歳って‥俺、犯罪者レベルだよ」
グレイクは43歳。グレイクが16歳の時にファウスティーナは産まれてもいないのだ。
「いや、仮でいいんだ。仮で…ってダメか」
グレイクと婚姻とすればシュガバータ王国に2人を連れ出す事は出来る。マガリン王国が許可を出さずとも2人を連れ出すルートは幾らでもある。
グレイクは15歳まで諜報員になるものが門を叩く養成所で育ち、それからは諜報員として生きて来た。2人にそれなりの贅沢をさせてやれるだけの金は持っている。
問題は「嘘の結婚で良い」としても頃合いを見てファウスティーナと離縁をすれば2人は国籍を失ってしまう。再婚も出来るが国籍欲しさに結婚をした者と見られてそうなれば、今、ここで受けている以上の冷遇をされる。
しかし、ここでそれらに関係はするが困った問題が1つ起きた。
「妻」と意識をして考えてしまうとグレイクの胸がキュンキュンと高鳴りを始めてしまって動悸が治まらなくなってしまった。
生物学上「女性」である事は解っていて接してきたがそこに「妻」と言うワードが入っただけで意識の向け方が変わってしまう。
違うと否定しつつ本当にそうなのか?と自分の考えを否定してしまう。
「父親ってこんな気持ち」と感じていた気持ちを「愛しい人への思い」と置き換えてしまった。すると不思議だ。グレイク自身も「うっかり」と流してきた事がしっくりと当て嵌まる。
一目惚れと言う言葉があるが、一気に燃え上がる気持ちではなく色々と当て嵌まる自分の中のイレギュラーは本能的な行動からで、けっして「うっかり」ではないのだと。
「恩だと…都合よく気持ちを置き換えて来ただけなのか???俺、変態じゃないか!!」
グレイクは新しい悩みを抱えてしまったのだった。
他人の家は秘密がありそうで「どんな関係?」と主婦同士で話をする時にはそれぞれの憶測で盛り上がる。人の噂も75日と言うが、噂の怖いところは再燃があるところだ。
ある主婦はグレイクの見た目の若さから「年の離れた兄じゃないか」と言えば「伯爵の男兄弟じゃないか」と言う。他人の家の事なので放っておけばいいのだが、思ったままを考え無しに口にする。そして責任を取らない。何とも身勝手な生き物もこの世には存在をする。
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「夜とかどうしてるのかしら。父親の前で?父親も一緒に?」
「おぇぇぇ~気持ち悪っ」
根も葉もない噂をし始める主婦たち。悪口ほど花が咲くのは妬ましいという気持ちが強いからである。他人の家の芝は青いというが、ファウスティーナ達の生活を見て何処を羨ましがるのかと首を傾げたくもなるが、貴族、それだけでもう妬みの対象になり、その動向を観察してしまう。
そんな中にはルフィード家のニコライの事を知っている者もいた。
今になって「え?犯罪者の家族なの?怖くない?」っと今度は「裏で糸を引いていたのは伯爵じゃないか」と言い出す者が出れば、「そう言えば時々王宮に呼ばれてる」と誰かが肉付けする。
そうなると近所中に不穏な空気が流れだし、以前にも増して悪意のある対応をされるようになってしまった。
2人が仕事で留守の時に、グレイクが井戸で水を汲みあげていると声をかけられた。
「ここは共同の井戸なのよ」
「はい、存じております」
「水を汲むふりをして毒なんか入れないでよ?」
「そんな事しませんよ!」
「さぁどうだか。絞首刑になるような家族がいるんだもの。何するか解らないわ」
この手の難癖を付けてくる者への対処での正解は相手にしない事だ。
グレイクは「終わりましたので、どうぞ」と笑顔でその場を立ち去った。
グレイクは考えた。
この手の噂は無くなる事はない。実際ニコライが公開処刑をされているので犯罪者家族なのだと一生ルフィード伯爵とファウスティーナには声がつき纏う。
ルフィード家の親族たちは2人とはもう縁を切っていて連絡もしてこない。困窮を極めた時に2人に手を差し出したのはかつての使用人だけだった事もグレイクは聞いた。
最近少し薄まって来た罪の意識がグレイクの心の中に大きく渦巻く。
諜報員は国の為に働くのだが、機密など情報を得る事だけが仕事ではなくビルギッタのように実際に仕掛けていくこともある。時に国の転覆を狙って行動をする事もあるのだ。
今回の事はビルギッタがドジを踏んだとも言えるが、シュガバータ王国との繋がりは未だに暴かれてはいないので成功とも言える。
しかし、自分たちの働きの中でルフィード伯爵とファウスティーナのように何の咎もなくても大きな余波を受けてしまうものがいるのも事実。
何の疑いも持たずに倹しい生活をする2人は心も腐る事はなく、その日その日を懸命に生きている。目の前の主婦たちにも顔を見れば無視されても嘲笑されても「おはようございます」など挨拶は欠かさない。
もやもやした気持ちのまま水を汲んだ桶を抱えてグレイクは部屋に戻った。汲んできた水を水瓶に流し込みながら呟いた。
「国に帰ろうかな」
2人に受けた恩、そして今も受けている恩は計り知れない。
潜伏をする為に2人を利用しているグレイクは殺伐とした世間の中で自分を偽り生きてきたが、うっかり本名を名乗ってしまった事も相まって、この生活で自分が感情のある人間だったと感じる日々を過ごしていた。
身寄りもいないグレイクはルフィード伯爵の事を時に兄、時に弟のように感じる事も多かった。そしてファウスティーナには、ふとした時に「父親ってこんな気持ちなのかな」と思う事がある。
『失敗しちゃった!もぉぉぉ~やり直しだわ!』
ファウスティーナは実のところあまり編み物が得意ではない。縫製の仕事も請け負ってきてなんとか熟してはいるが針仕事そのものも得意ではないのだ。
それもそうだろう。貴族令嬢として求められるのはせいぜいが刺繍でレース編みなどは最近流行り出したもの。
中には刺繍などで才能を開花させる者もいるが、ファウスティーナは生きるために苦手と言ってられずに向き合っているだけ。
なのでよく失敗をして貴重な糸だからとプチプチ切る事も出来ずに時間をかけて解き、また縫う。指先は何度も刺した針の痕があるし、結構不器用なのだ。
料理に至ってはここに住み始めて「煮る・焼く」を徐々に覚えたというが、ルフィード伯爵曰く最初は買ってきたままのニンジンなどを鍋に放り込み、味付けもなくただ煮るだけ。
何時まで経っても出来上がらない、温かくならないと嘆くファウスティーナの元に行けば、竈への火の入れ方も知らないので火の入ってない竈で温まるはずもない。
その後も熱々の鍋をそのまま手で掴もうとしたりで「あわや!」は何度もあったという。
何事も無ければ使用人に囲まれて楽に暮らせたかも知れないと思うとグレイクは胸が痛んだ。
「一緒に国に連れていくかな…だが」
シュガバータ王国は他国の人間だからと冷たくされる事はない。むしろ温かく迎え入れて貰える。誰彼問わず受け入れている訳でなく、国籍を所有する場合は国王は広く民衆にも慕われている国王が認めた場合と限られているからなのだが問題があった。
国籍を取得するための理由で許可されているのは「婚姻により永住する」場合に限るとされている。よく旅行中などで出産に至ってしまうとその子供は生を受けた時の国の国籍も有するとする国があるがシュガバータ王国は認めていない。
片親や連れ子がいる場合は一緒に国籍を取る事も出来る。
しかし、両親が揃っている場合は
逆に他国の人間と結婚をし、他国に生活の拠点を置く場合は国籍を失うという事だ。
なのでシュガバータ王国の人間はあまり他国の者と結婚をしたがらない。離縁した時には本当に帰る場所がなくなるからである。
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グレイクは43歳。グレイクが16歳の時にファウスティーナは産まれてもいないのだ。
「いや、仮でいいんだ。仮で…ってダメか」
グレイクと婚姻とすればシュガバータ王国に2人を連れ出す事は出来る。マガリン王国が許可を出さずとも2人を連れ出すルートは幾らでもある。
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しかし、ここでそれらに関係はするが困った問題が1つ起きた。
「妻」と意識をして考えてしまうとグレイクの胸がキュンキュンと高鳴りを始めてしまって動悸が治まらなくなってしまった。
生物学上「女性」である事は解っていて接してきたがそこに「妻」と言うワードが入っただけで意識の向け方が変わってしまう。
違うと否定しつつ本当にそうなのか?と自分の考えを否定してしまう。
「父親ってこんな気持ち」と感じていた気持ちを「愛しい人への思い」と置き換えてしまった。すると不思議だ。グレイク自身も「うっかり」と流してきた事がしっくりと当て嵌まる。
一目惚れと言う言葉があるが、一気に燃え上がる気持ちではなく色々と当て嵌まる自分の中のイレギュラーは本能的な行動からで、けっして「うっかり」ではないのだと。
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