好きなのはあなただけじゃない

cyaru

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第14話   新しい婚約者の陰謀

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心地よい風が吹き抜けるラーベ子爵家の庭園では茶会が開かれていた。
茶会と言っても参加者は2人。

オズヴァルドとベアトリスのみの茶会だった。

終始表情を崩さず、話しかけない限り言葉を発する事のないオズヴァルドにベアトリスは段々といら立ちもするが、それも仕方のない事だと受け流した。

オズヴァルドとベアトリスは知らない中ではない。
片方は美丈夫、片方は美人。この2人が婚約をしたという噂は直ぐに広まり「美男美女カップル」だと羨ましがる子女たちと、ニヤニヤと2人を生温かく見守る子女に分かれていた。

前者は2人の光の部分しか知らない者達で、後者は影の部分も知っている者達。

オズヴァルドもベアトリスも自分たちがどのように噂をされているかは知っていた。


「ねぇ。式を急げとお父様が言うのよ。早められない?」
「何故前倒しする必要があるんだ?これからの時期は領地の作付けも始まる時期だ。結婚式などは半年後の収穫祭が終わったあたりにと聞いたが?」
「だから相談をしているの。こっちにも都合があるのよ」
「どんな都合かは知らないが、変更したいのなら俺に言うよりも当主同士で話をした方が早いと伝えてくれ」


オズヴァルドが冷たく突き放すように言い放つとベアトリスは侍女を呼び、1枚の紙を受け取るとオズヴァルドに差し出した。

「なんだこれは」
「確約書。もう聞いていると思うけれど私って傷物って扱いなのよ」
「あぁ、その事か。父上から聞いている」
「なら話が早いわ。私はもう後がないの。結婚をすれば実家にはもう戻れないのよ。子供は望めないかも知れないと言われているけど、試したわけじゃないわ。だから貴方には私とちゃんと夫婦になって欲しいの」
「どう言う意味だ?」
「子供が出来るかどうかは数年試して欲しいといってるの。遊びはもう卒業したわ。結婚を機に子爵夫人としてちゃんとやっていくつもり。約束するわ。貴方以外の男性に傾倒する事もないし、散財もしない。だからちゃんと私を妻として扱って欲しいの。それは私にできる誠意よ」


書面にはベアトリスの個人的な財産、そして持参金の額が記入されていて結婚と同時にそれらすべてはオズヴァルドとの共有名義にするとあり、ベアトリスはサインを済ませていた。

実家のレンダール家はダイヤモンド鉱山を所有するとあって、嫁がせるベアトリスに持たせる持参金の額も破格だったがオズヴァルドは何の魅力も感じなかった。

「今更ながらに妻として振舞いたいと?寝言は寝て言え」
「冷たいわね。でも言ったでしょう?私にはもう後がないの。ここを追い出されたら帰る所もないのよ」
「だったら猶更この資産は自分の為に使うべきじゃないか?」
「それも考えたわ。でも世の中は女一人、しかも子爵令嬢が生きていくのには優しく出来ていないのよ。今だから言うけど私は彼の愛人でも良かったのよ。公爵家は羽振りも良かったし。人生楽勝と思ってたけどやっぱり甘くなかったわ」


美人でもあるベアトリスだったが、恋人だった子息はもう処刑をされてこの世にいない。ベアトリスもかなりショックを受けたと聞く。

愛人で良いというのは身分の差から例え公爵家を継がない次男だとしても高位貴族の令嬢を正妻として迎えるのだろうと割り切っていた。

正妻を迎えたとしても愛は自分に向けられていて、立場上仕方なく妻を娶らねばならないだけだと考えていたのだが、蓋を開ければ違った。

子息は結婚を誰とも望んでおらず、その生涯を第1王子たちと共にビルギッタに捧げようとしていた。ベアトリスは単に複数の男性で所有するビルギッタに相手をしてもらえない時の処理係だった。

「浮気相手だと言われた方がずっとマシでしょ。もう笑っちゃうわ」
「だとしてもだ。切り替えが随分と早い事で」
「当たり前じゃない。処刑されるなんて。関わり合いになりたくもないわ。事実を知ってただのセフレだった事を神に感謝したわよ。向こうが情なんか持ってたら私も吊るされたかも知れないもの」


女性は見切りを付けたら切り替えが早いと聞くが目の前のベアトリスはまさにそうだった。
そして、オズヴァルドに迫って来た。

「だから貴方も浮気はしないで。愛人を抱えるような事をしたら私、その愛人をどうにかしちゃうかも」
「自分は散々遊んでおいて、俺に貞操観念を強制するのか?理不尽だな」
「あら?結婚するまでは病気さえもらわないのならいいのよ?私だって馬鹿じゃないわ。何の譲歩もなく自分の過去を棚に上げようとも思わないもの。婚約中なら幾ら女を抱いたって構わないわ。婚約中ならね」
「なのにその期間を短くしようと?どこまで自分に都合よく考えてるんだ。バカも休み休み言え」
「酷い言いようね。そんなに冷たいと婚約してるんだし、ヤキモチ…妬いちゃうかも」
「馬鹿馬鹿しい」


話にならないと予定時間より少し早めに席を立とうとしたオズヴァルドにベアトリスは切り札と言うべき奥の手を出した。

「ファウスティーナ・ルフィード。可愛いわよね」
「・・・・」

オズヴァルドは無言でベアトリスを睨みつけたが、表情も険しく、明らかに感情を表に出したオズヴァルドに向かってにやりとほくそ笑んだ。


「知ってるのよ?貴方が今でも彼女の勤めている姿を舐め回すように遠くから伺ってることくらい」
「何が言いたいんだ?」
「なぁんにも?言ったでしょう?婚約中なら許してあげるって♡キャハ」
「手出しをしたら許さないからな」
「しないわよ?わ・た・し・はね?でもぉ~‥‥」


指先でテーブルの上を捏ね回しながらベアトリスも立ち上がるとその指もテーブルの上を這ってくる。ゆっくりとオズヴァルドに寄ってくるとその指はオズヴァルドの胸、そして喉仏、最後は頬を撫でた。


「貴方を救えるのは私しかいないわ」
「どう言う意味だ」
「教えてあげる。早く結婚をしないと貴方は路頭に迷うわ。だって…2か月後の決算前に騒ぎが大きくなるもの」
「騒ぎ?何の事だ」
「そこまで私が教えてあげないといけないかしら?頭の中身もそれなりに良いとは聞いたけど、もしかして元婚約者とも名乗れない女に溺れちゃってる?恋は脳を溶かして人を馬鹿にしちゃうから。うふふ」


オズヴァルドはベアトリスの手を払い除けると、何も言わずに茶会を中座し屋敷の中に戻って行ったが、残ったベアトリスは席に戻るとすっかりぬるくなった茶を一口、一口、口の中で弄ぶように飲み、先程書面を手渡してきた侍女をもう一度呼ぶと耳元で二言三言囁いた。

「畏まりました。手配いたします」

侍女が下がっていくと、こみあげてくる笑いを堪えきれないのか肩を揺らし高笑い。

「もっと貧乏人になってもらわなくちゃ」独り言ちるとまた笑う。
ベアトリスの不気味な笑い声だけがラーベ子爵家の庭園に響いた。
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