好きなのはあなただけじゃない

cyaru

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第12話   主夫業完璧な諜報員

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「では後は好きなように過ごしてくれていいからね」
「ありがとうございます」

ルフィード伯爵家に朝食はない。せいぜいうがいのついでに水を飲むくらいだが昨夜の残りが朝食となり、3人で食卓を囲う事になった。

「へぇ…こんな朝食初めて」
「だが、美味い。ドーナツは冷えても美味い」
「そう言って頂けると。料理はあまり自信がないので」

ファウスティーナとルフィード伯爵は1年ぶりに朝食のいい香りに目を覚まし、ここに住むようになって初めての朝食を食べた後、グレイクを残し仕事に出て行った。

「さて、どこから手を付けるかな」

腕まくりをしたグレイクは先ず桶を手に取って井戸に水を汲みに行った。
物が少なく、片付けられてはいるものの毎日掃除をする時間もない2人。こまめにその都度拭き掃除はしているようだったが、時間だけはたっぷりあるグレイクは今後の事を掃除をしながら考える事にした。

小さなチェストを開けると上の段は伯爵、中の段はファウスティーナ、下段にタオルなどが綺麗に纏められて入っていた。

「ここはしなくてもよさそうだ」

そう言いながらチェストを動かすと綿埃が舞う。寝台の下や、窓の桟を掃除していく。そこが終わると簡易な竈の通風孔も煤が溜まっていてグレイクは一旦灰を全て出して通風孔の詰まりを解消すると外に出て灰を濾し、灰だけ、燃え殻などに分けると灰を桶に入れて洗剤代わりにして洗濯も済ませた。

パタパタと窓から入ってくる風に靡く洗濯物。
一息つくと、掃除をしていた時に見つけた寝台のマットの下敷きになって潰れていた帽子を被り、街に出た。

勝手知ったる街の中。グレイクは金融商会の裏口から入店し金を引き出すと日用品を買い、ついでに食材も買うと、通りかかった衣料店で適当な衣類と端切れを購入し、また家に戻る。

何をするかと言えば買ってきたカミソリで髪の毛を掴み、削ぎ始めた。

うなじの少し上で一纏めにしていたグレイクの紺色の髪はザックザックと削がれてかなりサッパリとした。その後は桶に水を汲み、竈で湯を沸かすと髪を染めていた染料を落とす。

女性もだが、男性も髪型も髪色も変われば別人に見えてくる。特にグレイクは前髪も目元を隠すほどに伸びていたのでかなり短くする事で目元が現れ、濡れた手で髪を後ろにかき上げて額を出すようにすれば別人だ。

今朝はルフィード伯爵のナイフ形をしたカミソリを借りて髭も剃ったのだが、買い物ついでに砥石を買いルフィード伯爵の髭剃り用カミソリの刃も研いでいく。
切れ味が悪いと肌を傷つける事にもなるし、剃り残しも多くなる。なにより刃物は切れ味が悪ければ悪いほど危険度が高い。

スゥーっと当てただけでスッパリと布も切れるようになったルフィード伯爵の髭剃り用カミソリ。グレイクは買ってきた端切れを裁断もとい、試し切りをし縁取りを縫うと立派なプレイスマットランチョンマットと布巾が完成。

その後は食材を手に、芋の皮をむき、人参の皮をむき、シュガバータ王国では旬になると我先に皆が買い求めるタケノコ。屋台で売られていたので、思わず買ってしまった。

マガリン王国ではあまり食べないのか、店主は米糠も付けてくれたが購入しているグレイクは通りかかった人たちから怪訝な目で見られてしまった。

――目立つのはよくないんだけどな――

外側の皮を数枚向いて、先端とお尻を削ぐように取って、切れ目を入れると鍋の中に放り込み、続いて米糠と唐辛子を投入して兎に角煮る。時折タケノコが鍋から顔を出さないように落とし蓋の代わりに皿を置いた。

その隣で剥いた人参の皮とタマネギのスライスでマリネを作り、本体はジャガイモなどとスープの具にするため1口サイズより小さく切ってコトコトとタケノコの隣で煮る。

煮ている間に手持無沙汰になったグレイクはファウスティーナが内職で行なっているレース編みをする。途中まで出来ているので残りの部分を仕上げるのである。

「着てはぁぁもらえぬぅセーターをぉぉ~♪」

シュガバータ王国で流行っていたのか、それともマガリン王国で働いているうちに覚えたのか、どこか哀し気なメロディーで歌を口ずさみレースを編んでいくグレイク。もはやその腕前は職人である。

「よし出来た。どれどれ…」

レース編みの材料籠に入っていた注文書を見ればその1つだけだったので、グレイクは余っている糸でコースターを編み始めた。星形、ハート型、丸型とこちらも女子力が高めなようで、中央に動物の顔も可愛く編み込んでいく。

1つ出来上がると形を整えるためにキュっと引っ張って伸ばし、時々鍋を気にかけながら糸の残り具合を調整し5つもコースターを作ってしまった。

編み物を終える頃にはすっかり灰汁抜きで茹で上がったタケノコ。グレイクは竈から外すと常温で冷まし始める。


仕事を終えて伯爵より先に帰宅したファウスティーナは扉を開けた瞬間、銅像になった。
美味しそうな香りが充満する部屋。テーブルの上にはプレイスマットの上にいつもの食器が置かれているだけなのに豪華に見える。

そして部屋の中にクスミを感じない。空気すらどことなく透明感を感じる。

――ここ、私の住んでる部屋かしら?――

そんなファウスティーナにグレイクは腰エプロン姿で「お帰り」と声をかけた。

「た‥‥ただいま??」
「どうして疑問なんだい?」
「なんだか…部屋を間違ったかなと思って。あと髪が…」
「間違ってないよ。髪は面倒だから切って、色を戻したんだ。似合ってるかな??夕食を温めるから手を洗って着替えておいでよ」
「は、はい…」

これでいいのか?!ファウスティーナは狐に抓まれた気がしたが、遅れて帰って来たルフィード伯爵も反応は同じだった。

テーブルに並べられる品数の多さに、ルフィード伯爵とファウスティーナは冷や汗が流れる。

「あ、あの‥‥食費っていくらかかりました?」
「そんなに…ほとんど捨てられてしまう部分ですよ。これはブロッコリーの芯。茹でて少しのベーコンとバターで炒めてビネガーで味付けしたんです。タケノコを買った時に欲しいならもってけと言われたのでタダですし、これは人参の皮とスライスしたタマネギのマリネで…」
「タ、タケノコ?!」
「美味しいですよ。シュガバータ王国ではよく食べるんです。今夜は大豆を水に浸けて置くので明日は豆腐を使ってステーキを作る予定ですよ」
「ス、ステーキ?!っていうか…豆腐ってなんです?」
「アハハ…そっか‥(知らないか)…うーん…食べてみてのお楽しみで。でもステーキと言っても肉ではないので高級品じゃないですよ」


いやいや、目の前の品だけでどこの晩餐会状態な2人。
翌日の豆腐ステーキも人生初だが、それが大豆から作られている事にも、搾りかすのオカラにもまだそれで作れる1品があると聞いてグレイクがどうしてこれで独身なのだろう??不思議でならなかった。

勿論、美味しく頂いたのだった。
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