好きなのはあなただけじゃない

cyaru

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第08話   物陰からの熱視線

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「いらっしゃいませー」

ファウスティーナは雨の中やって来てくれた客に声をかける。
全員が品物を買ってくれるわけではなく、5人来れば1人が購入。あとはどんな品が入ったのか品定めに来る客である。

いつもなら店舗の軒先に手動式の庇を広げて、そこにも木箱を置いて品物を並べるのだが雨の日は店の中のみの商売となる。

16歳のファウスティーナもハンドメイド製品の多い店の商品で、幾つか欲しいな、可愛いなと思う品はある。店主は「従業員割引するわよ?」と言ってくれるが、7カ月経っても1日に1食。パンは父が帰宅する際に木材加工場の食堂で余ったパンを貰ってくるし、スープはファウスティーナが青果店で売り物にならない外側の剥がしてしまう葉っぱや、落として潰れたりしたものを貰ってくる。

時にパンを父と2人で半分こしたり、ほぼ湯に近いスープの時もあったりだがかつての使用人に金を借りての生活、そして敷金などを出して貰っての住まいだったので、得た給金は必要最低限だけを残し返済してきた。

それもやっと終わったのだが、先日大家から「ここは建て直すから半年後に退去してくれ」と言われて新しい住まいを探してはいるのだが、どこも家賃は今の倍以上。
それでも屋根のある場所でないと「住所不定」となって父親が解雇されてしまうため、お金を貯めている。

――たった150ニャウのハンカチも買えないなんて――

裕福ではなかったが、何の不自由もなく過ごしていた日々なら考えもしなかった事だ。


「これ可愛い!このハンカチください」
「はい。150ニャウになります。贈り物ですか?」
「ううん。自分で使うから包装はしなくていいわ」
「承知致しました」

可愛いなと思ったハンカチが売れてしまった。それはそれで嬉しい事なのだが寂しくもある。

「手空きで作った小物とかあれば売っていいわよ?マージンも要らないし」
「ありがとうございます。でも…結構手一杯なんです」
「無理し過ぎじゃない?どうしても住む家がないなら店の2階に住んでもいいのよ?荷物を片付ければ親御さんと住めると思うし」
「ありがとうございます。どうしてもの時はお願いします」


内職が手一杯なのは本当だ。縫物は父のルフィード伯爵も手伝えない事もないが刺繡、特にレース編みは根気も必要だし、ある程度の所まで済ませないと時間を置くとその部分が歪になる事もある。
毎晩、19時頃に帰宅してからは急いで体を清拭して、食事を済ませて内職に取り掛かり、眠るのは深夜も過ぎた3時、4時。その後は7時には家を出る。

一変してしまった生活だが、ファウスティーナには泣き言を言っている時間もなかった。

「今日は雨だし、早めに店を閉めましょう。16時を過ぎてくる客なんかいないわ」

クスリと笑って店主が言えば、ファウスティーナも窓の外を見て降り止むどころか益々強くなってくる雨に「そうですね」と返した。


店の向かいには小さなカフェがあり、窓際の席から雑貨店の様子を伺っている男性が1人。
それはオズヴァルドだった。

練習生として騎士団に行かなくていい日はこの数か月、こうやってファウスティーナの働く姿をじっと見ていた。晴れている日はカフェも窓を開けている事からファウスティーナの声を聞く事が出来るが、雨の日は聞こえない。

それでもせわしく動き回り、時に客を見送るのに出入り口まで来て笑顔で客を送り出すファウスティーナを見てオズヴァルドも微笑んでしまう。

今日のオズヴァルドは少し違った。
昨日、婚約の白紙という出来事があったというのに、いつもと同じく客に笑みを返すファウスティーナをどこか憎々し気に見てしまっていた。

――俺との婚約が無くなったのにどうして笑っていられるんだ――

頭の中にはそれまで払拭してきた考えが何度も過り、オズヴァルドは「まさか」と思い何度も打ち消した。

婚約の白紙を文句も言わずに受け入れたのは、広い屋敷から粗末な部屋に住まいを移した後、平民の男に言い寄られたからではないか。そして、慣れない生活で絆されてしまったからではないか。
そう考えてしまうのだ。


何度かファウスティーナとルフィード伯爵が住まう部屋の近くまでは言ったのだが、訪問する事は出来なかった。大っぴらに動いてしまうと、どうしても美丈夫なオズヴァルドは人の目を引いてしまいあっという間に噂になる。

その時はまだ婚約者だから噂になっても構わないと思ったのだが、オズヴァルドが良くてもファウスティーナは違う。平民の中には貴族をよく思っていない者もいて、没落したと言えど貴族と言う事が広まってしまうと空き巣などの被害にあってしまう事も少なくない。

オズヴァルドが恐れているのは、そんな輩の中には貴族に対し暴力的な行動に出てしまうものもいるので、部屋に石礫などが投げ込まれるのも知っていたしそれ以上に直接的な危害を加えられたりするのは避けたかった。


いつもより早く閉店を知らせる札がかかるとオズヴァルドは冷え切った珈琲を飲み干した。

昨日は言えなかったけれど、ファウスティーナにはどうあっても「愛している」と思いを伝えたかった。婚約が白紙になっただけで、恋人ではいられる。

ベアトリスを娶らねばならなくなった今だが、それでも自分の愛はファウスティーナだけに捧げると判って欲しかったし、愛人となるかも知れないが「必ず幸せにする」とファウスティーナに安心して欲しかった。


「お客さん、追加・・どうします?」
「いや、今日はもう帰るよ。代金は幾らだ」
「7杯ですので…3500ニャウで御座います」
「これで頼む。釣りは要らないからまたこの席を頼むよ」
「ありがとうございます」

オズヴァルドがやって来る曜日と時間は大抵同じ。カフェの店主はトレーに置かれた1万ニャウ札に席のキープを約束して、茶器を引いた。

オズヴァルドが窓の外に目をやるとファウスティーナが空を見上げて傘をさそうとしている時。

「また来るよ」と言い残し、オズヴァルドは立ち上がってカフェを出た。


「結構降るわね…今日は…ミルクを買って帰らなきゃ」

父親と2人だけならまず買う事もないミルクだが、熱が下がればパン粥などを食べさせないといけないと雨の中歩きながらファウスティーナが考えていると後ろから声をかけられた。

「ファティ!!」

誰だろうと傘を持ち直して振り返り、ファウスティーナは息を飲んだ。
そこには微笑を浮かべるオズヴァルドが傘をさして立っていた。

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