好きなのはあなただけじゃない

cyaru

文字の大きさ
上 下
7 / 34

第07話   家長としての命令

しおりを挟む
「くっ、可愛すぎる……!」

 エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。

 万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
 オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
 昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
 特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………

「アレクシス、何かあったのか?」

 オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。

「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」

 頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。

Pajrteペルティ、rütàsルタス。.」

 その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
 もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
 これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。

「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」

 この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。

「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」

 クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
 こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
 問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。

「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」

 ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。

 それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
 この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
 そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。

「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」

 故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
 オレは顔を顰めて答えた。

「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」

 ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
 彼の考えていることは手に取るように理解できた。

「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」

 先回りして口を開いた。

「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」

 曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
 父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。

「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」

 一つだけはっきりとしていることがあった。
 ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。

「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」

 きっと、それが何者であったのだとしても。



 * * *



「ルノ」
「あ、アレクシス」

 今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
 わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
 エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。

「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」

 彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
 彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。

「あ、ルノくんの……!」

 オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。

「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」

 アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。

「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」

 ケントが慌てたように礼をした。
 ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
 オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。

 あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。

 それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
 心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
 でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。

「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」

 アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
 三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。

「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」

 先に答えた。
 昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。

「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」

 アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
 彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。

「じゃあな」

 踵を返し、ケントに手を振る。

「ああ、また明日」

 ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
 気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
 やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
 もしかして嫉妬してるとか……?

 自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
 彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。

 それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。

「カリポリポリ……」

 何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

処理中です...