王妃?そんなものは微塵も望んでおりません。

cyaru

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番外編

贈り物☆その後の2人とアンネマリー

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このところコンスタンツェは怪しんでいた。

第一子を妊娠し、もうすぐ産み月だと言うのにジギスヴァルトの帰りが遅くなったのだ。それだけではない。休日の筈なのに朝から「ちょっと野暮用」と出かけていくし、帰宅した後は必ず一人で念入りに湯あみをするのだ。

「ヴァル。わたくしに何か言う事はなくて?」
「へ?あぁ…愛してるよ」
「そうではなく!」
「えぇっと‥‥なんだろう?あ!茶会を開きたいとか?そのためのドレス?」
「不要です」

ピシリと言い返すが、困った顔はどうやら本当に心当たりがないようである。

――出仕の折には首に縄でもつけておこうかしら――

冗談ではなく本当にそんな事を考えてしまうほどにジギスヴァルトの行動にコンスタンツェは疑問を持っていた。



そんなある日。

早朝に鍛錬をしていたジギスヴァルトを見かけたコンスタンツェ。
何かがおかしいと考えてみれば、重量のある剣で素振りをしていたのに軽めの木刀になっていた。その上握り方にも不自然さを感じる。

護身術として一通り剣術も指南されていたコンスタンツェは壁にあった剣を手に取った。

ブンっ!!

「おわっ!危なっ!」
「ヴァル、勝負なさいませ」
「おいおい。冗談だろう。腹の子に何かあったらどうするんだ」
「今がその時やも知れません」
「ちょーっと待て。その言い方はなんだ?俺が何か良からぬ事をしているとでも?」
「違うのですか?」

カチャリとジギスヴァルトに向けて真剣を上段に構えたコンスタンツェ。
ジギスヴァルトは握っていた木刀をちらりと見た。
相手は真剣。力量からして木刀で受けても木刀が真っ二つになるだろう。
避ければコンスタンツェが転んでしまう可能性がある。
木刀で受けるにはコンスタンツェの手首を打つしかないがそんな事は出来ない。

簡単なのは木刀を投げ捨て、受ける気はないと示す事だが問題はそれでも剣を振って来る可能性は捨てきれない事である。

「待て。先ず話し合おう」
「ヴァルは誤魔化すので嫌です」
「誤魔っ!いやいや、ちゃんと全部曝け出してるだろう?」
「いいえ。この頃寝台でも寝間着は着用されておられますわよね?」
「大事な体をどうにかしようなど、俺はそこまで鬼畜ではないぞ!」
「問答無用ですわ。ヴァル――っうっ!!」
「どうしたっ!」


一瞬苦痛に表情を歪めたコンスタンツェにジギスヴァルトは木刀を放り投げた。
素早く体を抱きとめて、腹を撫でるコンスタンツェの手に手を重ねた。

「大丈夫か?」
「え、えぇ…ちょっとお腹が張ってしまって…」

産み月が近くなると時折、大きくなった腹がパンパンに硬く張ってしまうのだ。
よちよちと歩くコンスタンツェを支えて椅子に座らせてジギスヴァルトは腹の子に話し掛けながら大きな手を当てる。

椅子に座ったコンスタンツェの前に跪いて顔を見上げると痛みは引いたようで、同時に腹も少し柔らかさが出てくる。

「無理をするな。剣など重いものを持つからいけないんだぞ」
「だってヴァルがわたくしに隠し事をしておりますもの」
「隠し事?俺が?どうやって?」
「休日もどこかに出掛けますでしょう?お帰りも遅いですし、まずそれはもう丁寧に丁寧に肌が擦り切れるほど湯あみをしてふやけ切ってから来られますもの。が出来たのなら出来たと…うわぁぁん」

ハッと何の事で泣き出したのか見当がついたジギスヴァルト。
しかし、ここで明かす事は出来なかった。

なんかいないから。心配するな」
「ホントに?本当の本当?」
「俺が嘘を吐いた事があるか?一度だってないはずだぞ」

「そうなんだけど…だから初めての嘘かなって‥。もうすぐ生まれるし、赤ちゃん出来る前はあんなに毎晩毎晩うっとうしいほど回数もこなして面倒だったのに今じゃ全然…もう魅力がないの?娼館とか?やだぁ‥そんなのゲス過ぎるじゃない!酷い~!」


なかなかに酷い言われようではあるが、夫婦しか知り得ない突然の暴露にジギスヴァルトがふと後ろに控えている使用人に視線を向ければ全て明後日の方向を見ていた。




そして運命の出産の日を迎えた。

完全に締め出されたジギスヴァルトと両家の父親。3人はうろうろと廊下を歩き回る。
両家の母親は経験者であるからか、落ち着き払って茶を飲み菓子を食う。
対照的な両親にジギスヴァルトは扉を蹴破ってしまいたい衝動に駆られた。

夜が明け、太陽が高く上り、また沈んでも扉は開かない。

大きな満月が窓の外に見えた頃、小さな声が聞こえた。



「ありがとう。コニーによく似た女の子だ。俺は決めた。婿養子を取る」
「は?何を言ってますの。どうするかは子が決める事です」
「いや、これだけは譲れない。婿養子決定だ。それから‥‥」

ごそごそとポケットから出してきたのは小さな箱だった。
指輪にしては箱の形が少し違う。リボンも歪である。

中身は何かといえば‥‥。

「苦労したぞ。初めて作ったんだ」

ジギスヴァルトは工房に行き、子供用の銀のスプーンを作っていたのだった。
小さなスプーンだが、ピカピカに磨かれていた。

「何本作りましたの?」
「えぇっと‥‥確か形になったやつで100は超えてたな」
「だからですのね…」

ジギスヴァルトの指は火傷の水ぶくれが潰れた痕が幾つもあった。

「言ってくだされば良いのに。わたくしはてっきり…」
「俺が浮気なんかするはずないだろう?」
「で?失敗作はどうしましたの?」
「あぁ、最近実家が支援を始めた教会に寄付する事にしたよ。失敗作と言ってもちゃんとした銀製のスプーンだし、形も師匠が太鼓判を押したやつだけだけどな」



ジギスヴァルトがスプーンを寄付した教会は何の因果かアンネマリーが頼った教会だった。

コンスタンツェは起き上がれるようになり馬車での移動も出来るようになった頃、敢えて教会の前を通るように御者に告げた。そこは雨が降れば雨宿りを何処かでせねばならぬほどに老朽化した教会だったが、偶然か。課外授業のような子供たちの列と一人の女性が目にはいった。

憑き物が落ちたように、いきいきと子供たちに囲まれるアンネマリーがそこにいた。

アンネマリーが教会で保護した孤児や、訪れる子供たちに文字の読み書きを教えていると知ったコンスタンツェは教会の修繕費用と修繕する人の手配をジギスヴァルトの母に頼んだ。

コンスタンツェは最後まで自身の名は明かさなかったが、教会に本や食料、衣料品や医療品の支援を続ける傍ら生涯をかけて国の諸機関に女性文官、女性次官の起用には学園を卒業していなくても一定の学力があれば採用する道を切り開いた。

女性第一号の文官はアンネマリーの教え子だった事に一番喜んだのはコンスタンツェだったかも知れない。
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