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桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿
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「ヴァル。買い物に付き合ってくださるかしら」
「はいはい。何処へなりとも」
護衛対象と護衛という立場になっても気心の知れた2人。
騎乗したいと言うコンスタンツェの背を押して馬車に押し込むとジギスヴァルトは扉を閉めた。頬を膨らませたコンスタンツェの真似をして窓越しに頬を膨らませると中から笑い声がした。
馬車の中にはコンスタンツェと侍女が1人。馬車の周りを騎乗するのはジギスヴァルトだけだが、ひと際大きな黒毛の馬に大男は否が応でも目を引く。行き先はモントケ伯爵家御用達の仕立て屋だった。
落ち着いた雰囲気の店内はとてもアンネマリーが利用しているとは思えない。
それもそのはず、この仕立て屋は現役時代には【囀り姫のオオルリ嬢】とも呼ばれた先代伯爵夫人のお気に入りの店だった。
「いらっしゃいませ。ゼルガー公爵令嬢様」
「あら?初めてなのだけれど」
「それはもう。ゼルガー公爵令嬢様を知らぬとなれば何処の国の民かと思われます。本日は何かお探しで御座いましょうか」
コンスタンツェは対応した店員に微笑んだ。
「オオルリを探しているのよ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
少し離れた場所にいる若い店員は何の事だかわからないという怪訝な顔でコンスタンツェを見ていたが、目が合うとペコリと頭を下げて既製服の影に隠れた。
程なくして店の奥。おそらくは個室なのだろうが70代くらいの品の良い女性が現れ、コンスタンツェにカーテシーを取った。
「気軽にして頂戴」
「引退した老嫗に御用が御座いますの?」
「さぁ、ただオオルリの孫は何時から鴛鴦になるのかしらね」
「鴛鴦‥‥まさか…」
「諺の鴛鴦なら良いけれど野鳥の鴛鴦なら大変ね」
店内にある羽根のついた帽子のツバを指で撫でながら【囀り姫のオオルリ嬢】に向かってコンスタンツェは微笑んだ。
夫婦が仲が良い例えにされる鴛鴦は【鴛鴦夫婦】とも呼ばれるが、実際は交尾以外雄の鴛鴦は一切協力がないばかりか、翌年には違う雌と番になる。
遠回しに、王太子ディートリヒの【友人】だった令嬢が増えており、アンネマリーが【今の友人】だと伝えると先代モントケ伯爵夫人は顔色を変えた。
「あら?雄のオオルリのような顔色になられてますわよ?」
「い、いえ‥‥それは誠で御座いますか?」
「偽りを独り言ちて何がわたくしの利になると?」
少しよろめいた先代モントケ伯爵夫人に店員が手を貸すが、その手が空けた背中は水浴びをしたのだろうかと思うほど汗でぐっしょりと濡れていた。
「ゼルガー公爵令嬢様、まだ‥‥まだ間に合いましょうか?」
「さぁ。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。オオルリはどちらが映えるかしらね」
「‥‥っ!」
「さてと」とコンスタンツェは手にした羽根のついた帽子を店員に手渡した。
真っ青な羽根のついた帽子を見て先代モントケ伯爵夫人は小さく頷き、一歩下がる。箱に包装された帽子を侍女が受け取ると、先代モントケ伯爵夫人にコンスタンツェは言い聞かせるように呟いた。
「大事な物は持ち運びにも気を使いますわね。良い買い物が出来たかしら?」
店から出ていくコンスタンツェを先代モントケ伯爵夫人は深く頭を下げて見送った。
「また何を買ったんだ」
「ヴァルに似合いそうな帽子よ。被って踊ってくれたら嬉しいわ」
「俺に?婦人服の店で?」
疑問符が飛び交うジギスヴァルトにコンスタンツェと侍女はクスリと笑った。
☆●☆●☆
それから1刻ほど過ぎたころ、モントケ伯爵家に馬車が猛スピードで駆けこんだ。
何事かとアンネマリーの母である現モントケ伯爵夫人が玄関に飛び出してきた。
「アンは?!アンは何処なの!?」
「お義母様、どうされたのです。アンなら先日から友人と旅行だと…」
「なんですって?!あぁ…終わったわ…アルバンは?アルバンはいるの」
「出仕しておりますわよ。取り敢えず中へ入ってくださいまし」
先代モントケ伯爵夫人はその場に膝から崩れ落ちた。縋るように兎に角息子で、現当主のアルバンを呼び戻せと震える声で叫んだ。
アンネマリーが学園時代の同性の友人と旅行に行ったものだとばかり思っていた現モントケ伯爵夫人はその友人が王太子ディートリヒだと聞かされるとソファに座ったまま失神した。
年代問わずディートリヒの女癖の悪さは有名で、「友人」という令嬢達は食い散らかされてきたのを知っていたからだ。まさか我が娘がという思いと何を置いても相手が悪かった。
早馬で王宮に知らせが入った当主のアルバンは顔色をなくした実母の先代モントケ伯爵夫人の言葉からアンネマリーを切り捨てる事を決めた。
「あなたっ…娘なのよ?!そんな殺生なっ」
「お前はバカか。ゼルガー公爵家は試しているんだ。ここで選択を間違えばアンネマリーだけじゃない。一族郎党が処罰の対象になる。俺たちだけで済む話じゃなくなるんだ」
「そうよ‥‥ゼルガー公爵令嬢は鴛鴦だと言ったの。アンは…アンはもう身籠っている可能性があるような行為をしたと言う事なのよ。これまでの令嬢と違うのは時期が悪すぎると言う事よ」
直ぐにアンネマリーの部屋が片付けられ、モントケ伯爵はアンネマリーをその日のうちに勘当し貴族院に廃籍の届けを出した。事が公になってから廃籍をすれば連座は免れない。
軽めの処分で済んだとしてもモントケ伯爵家は国内外の貴族や商会と取引が絶たれてしまう。モントケ伯爵は王宮で務めているからこそゼルガー公爵を筆頭に3大公爵、5つの侯爵家が現在どのような動きをしているかを知っていた。
「吹けば飛ぶような王家に肩入れしている場合じゃないんだ」
その日の夜は遠く離れたゼルガー公爵家のコンスタンツェの部屋からもモントケ伯爵家がある方向に何かを燃しているのだろう白煙が上がるのが見えた。
「ちゃんと梅の枝を切れたようね。僥倖、僥倖」
箱から出した羽根のついた帽子を指でクルクル回したコンスタンツェ。
「あげるわ」
侍女に手渡したが、侍女にはそんなド派手な帽子は使い道がなかった。
「はいはい。何処へなりとも」
護衛対象と護衛という立場になっても気心の知れた2人。
騎乗したいと言うコンスタンツェの背を押して馬車に押し込むとジギスヴァルトは扉を閉めた。頬を膨らませたコンスタンツェの真似をして窓越しに頬を膨らませると中から笑い声がした。
馬車の中にはコンスタンツェと侍女が1人。馬車の周りを騎乗するのはジギスヴァルトだけだが、ひと際大きな黒毛の馬に大男は否が応でも目を引く。行き先はモントケ伯爵家御用達の仕立て屋だった。
落ち着いた雰囲気の店内はとてもアンネマリーが利用しているとは思えない。
それもそのはず、この仕立て屋は現役時代には【囀り姫のオオルリ嬢】とも呼ばれた先代伯爵夫人のお気に入りの店だった。
「いらっしゃいませ。ゼルガー公爵令嬢様」
「あら?初めてなのだけれど」
「それはもう。ゼルガー公爵令嬢様を知らぬとなれば何処の国の民かと思われます。本日は何かお探しで御座いましょうか」
コンスタンツェは対応した店員に微笑んだ。
「オオルリを探しているのよ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
少し離れた場所にいる若い店員は何の事だかわからないという怪訝な顔でコンスタンツェを見ていたが、目が合うとペコリと頭を下げて既製服の影に隠れた。
程なくして店の奥。おそらくは個室なのだろうが70代くらいの品の良い女性が現れ、コンスタンツェにカーテシーを取った。
「気軽にして頂戴」
「引退した老嫗に御用が御座いますの?」
「さぁ、ただオオルリの孫は何時から鴛鴦になるのかしらね」
「鴛鴦‥‥まさか…」
「諺の鴛鴦なら良いけれど野鳥の鴛鴦なら大変ね」
店内にある羽根のついた帽子のツバを指で撫でながら【囀り姫のオオルリ嬢】に向かってコンスタンツェは微笑んだ。
夫婦が仲が良い例えにされる鴛鴦は【鴛鴦夫婦】とも呼ばれるが、実際は交尾以外雄の鴛鴦は一切協力がないばかりか、翌年には違う雌と番になる。
遠回しに、王太子ディートリヒの【友人】だった令嬢が増えており、アンネマリーが【今の友人】だと伝えると先代モントケ伯爵夫人は顔色を変えた。
「あら?雄のオオルリのような顔色になられてますわよ?」
「い、いえ‥‥それは誠で御座いますか?」
「偽りを独り言ちて何がわたくしの利になると?」
少しよろめいた先代モントケ伯爵夫人に店員が手を貸すが、その手が空けた背中は水浴びをしたのだろうかと思うほど汗でぐっしょりと濡れていた。
「ゼルガー公爵令嬢様、まだ‥‥まだ間に合いましょうか?」
「さぁ。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。オオルリはどちらが映えるかしらね」
「‥‥っ!」
「さてと」とコンスタンツェは手にした羽根のついた帽子を店員に手渡した。
真っ青な羽根のついた帽子を見て先代モントケ伯爵夫人は小さく頷き、一歩下がる。箱に包装された帽子を侍女が受け取ると、先代モントケ伯爵夫人にコンスタンツェは言い聞かせるように呟いた。
「大事な物は持ち運びにも気を使いますわね。良い買い物が出来たかしら?」
店から出ていくコンスタンツェを先代モントケ伯爵夫人は深く頭を下げて見送った。
「また何を買ったんだ」
「ヴァルに似合いそうな帽子よ。被って踊ってくれたら嬉しいわ」
「俺に?婦人服の店で?」
疑問符が飛び交うジギスヴァルトにコンスタンツェと侍女はクスリと笑った。
☆●☆●☆
それから1刻ほど過ぎたころ、モントケ伯爵家に馬車が猛スピードで駆けこんだ。
何事かとアンネマリーの母である現モントケ伯爵夫人が玄関に飛び出してきた。
「アンは?!アンは何処なの!?」
「お義母様、どうされたのです。アンなら先日から友人と旅行だと…」
「なんですって?!あぁ…終わったわ…アルバンは?アルバンはいるの」
「出仕しておりますわよ。取り敢えず中へ入ってくださいまし」
先代モントケ伯爵夫人はその場に膝から崩れ落ちた。縋るように兎に角息子で、現当主のアルバンを呼び戻せと震える声で叫んだ。
アンネマリーが学園時代の同性の友人と旅行に行ったものだとばかり思っていた現モントケ伯爵夫人はその友人が王太子ディートリヒだと聞かされるとソファに座ったまま失神した。
年代問わずディートリヒの女癖の悪さは有名で、「友人」という令嬢達は食い散らかされてきたのを知っていたからだ。まさか我が娘がという思いと何を置いても相手が悪かった。
早馬で王宮に知らせが入った当主のアルバンは顔色をなくした実母の先代モントケ伯爵夫人の言葉からアンネマリーを切り捨てる事を決めた。
「あなたっ…娘なのよ?!そんな殺生なっ」
「お前はバカか。ゼルガー公爵家は試しているんだ。ここで選択を間違えばアンネマリーだけじゃない。一族郎党が処罰の対象になる。俺たちだけで済む話じゃなくなるんだ」
「そうよ‥‥ゼルガー公爵令嬢は鴛鴦だと言ったの。アンは…アンはもう身籠っている可能性があるような行為をしたと言う事なのよ。これまでの令嬢と違うのは時期が悪すぎると言う事よ」
直ぐにアンネマリーの部屋が片付けられ、モントケ伯爵はアンネマリーをその日のうちに勘当し貴族院に廃籍の届けを出した。事が公になってから廃籍をすれば連座は免れない。
軽めの処分で済んだとしてもモントケ伯爵家は国内外の貴族や商会と取引が絶たれてしまう。モントケ伯爵は王宮で務めているからこそゼルガー公爵を筆頭に3大公爵、5つの侯爵家が現在どのような動きをしているかを知っていた。
「吹けば飛ぶような王家に肩入れしている場合じゃないんだ」
その日の夜は遠く離れたゼルガー公爵家のコンスタンツェの部屋からもモントケ伯爵家がある方向に何かを燃しているのだろう白煙が上がるのが見えた。
「ちゃんと梅の枝を切れたようね。僥倖、僥倖」
箱から出した羽根のついた帽子を指でクルクル回したコンスタンツェ。
「あげるわ」
侍女に手渡したが、侍女にはそんなド派手な帽子は使い道がなかった。
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