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招かれざる客
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招かれざる客への対応ほど面倒な事はない。
ゼルガー公爵家の令嬢コンスタンツェは両親不在のこの時間帯を狙ったのだろうと溜息を吐いた。
来訪者は婚約者でもある王太子ディートリヒ。
決してお互いが思い合って結ばれた婚約ではない。
そんな相手が来訪とあり、コンスタンツェはディートリヒを応接室に通すよう執事に告げて支度を始めた。
「面倒な事だ」
護衛のジギスヴァルトの溜息交じりの言葉を背中に聞きながら、侍女に髪だけを梳いてもらう。
向かった応接室で、コンスタンツェは眉を顰めた。
「突然すまない。雨が降って来たから雨宿りをさせてもらおうと思ってね」
ディートリヒの言葉に目線を外に向ければ確かにポツポツと雨は降っている。
しかし、向かい合ってソファに座る婚約者同士の片方に連れがいるのは不思議な事もあるものだとコンスタンツェは2人分と頼んだ茶を1人分追加するよう侍女に声をかけた。
その声にさも、言い忘れていたと言わんばかりにディートリヒが付け加えた。
「彼女はアンネマリー。モントケ伯爵家の令嬢だ」
「アンネマリーと申します。妃殿下となられた暁にも可愛がって頂きたくこの場をディーにわたくしがお願いしたのです」
頬を染めてディートリヒと目で会話をするかのように見つめ合うアンネマリーの首筋に残る赤い華が何を意味するのか。コンスタンツェが気が付かぬはずはない。
ディートリヒが今も数人の令嬢と関係を持っている事はコンスタンツェも把握していたし、黙認をしていた。アンネマリーがディートリヒをうっかり愛称で呼んでしまった事にも気が付かないほど2人は呼び合っているのだろう。
一つ異なるのは、面と向かって紹介をした事は今までなかったと言う事だ。
「回りくどい事を申し上げても仕方御座いません。殿下、その者を妃として迎えたい。そう言う事で御座いますか?」
「アハハ。ツェは先走り過ぎだ。アンネマリーは僕の友人だよ」
「左様で御座いますか。殿下の事を深く支えてくださる忠臣が増えました事は大変喜ばしゅうございますわね。ご用件はこれだけですの?」
「いや、来月の夜会だが僕は不参加で頼むよ。国内を視察するのも次期国王としての務めだ。ずっとツィが代行してきてくれたが僕もそろそろ腰を上げる必要があるかと思ってね」
何度も叱られれば駄犬でも推測できる範囲の意味は理解する。
ディートリヒが【友人】と公言するのはその為だろうとコンスタンツェは小さく笑った。
――それでも【友人】を紹介頂くのは初めてだけれど――
来月の夜会は、結婚式には既に参列できない予定が組まれている帝国の皇太子夫妻を歓迎するものである。目の前のディートリヒはそれを欠席する意味を理解していない。
「来月の夜会は欠席し視察をされる…と言う事でよろしいですのね」
「夜会など月に数回してるんだ。1、2回出席が無かったからと言って問題は無い」
「承知致しました。では視察の護衛団も早速選任――」
「あ~それは要らない。仰々しいだろう?ツィはそうやって視察をして来たようだが僕は言ってみればお忍びでやろうと思っているんだ。民の本当の姿が見えるのはそう言う時だからね」
リリエンタル侯爵家のアリーエから【懸命に考えた言い訳】は笑いを堪えるのに難しいとは聞き及んでいたが、目の前の二人はもう気分が【視察】という名の【旅行】に飛んでいるのだろう。
婚約者の目の前で手を繋いでいる事にも気が付いてない呆け者か、それとも心臓に毛が生えているのか。
言いたい事を言った後、【雨宿り】の意味も解っているのだろうか。
さらに激しく土砂降りとなった雨の中、ディートリヒとアンネマリーは帰っていった。
ゼルガー公爵家の令嬢コンスタンツェは両親不在のこの時間帯を狙ったのだろうと溜息を吐いた。
来訪者は婚約者でもある王太子ディートリヒ。
決してお互いが思い合って結ばれた婚約ではない。
そんな相手が来訪とあり、コンスタンツェはディートリヒを応接室に通すよう執事に告げて支度を始めた。
「面倒な事だ」
護衛のジギスヴァルトの溜息交じりの言葉を背中に聞きながら、侍女に髪だけを梳いてもらう。
向かった応接室で、コンスタンツェは眉を顰めた。
「突然すまない。雨が降って来たから雨宿りをさせてもらおうと思ってね」
ディートリヒの言葉に目線を外に向ければ確かにポツポツと雨は降っている。
しかし、向かい合ってソファに座る婚約者同士の片方に連れがいるのは不思議な事もあるものだとコンスタンツェは2人分と頼んだ茶を1人分追加するよう侍女に声をかけた。
その声にさも、言い忘れていたと言わんばかりにディートリヒが付け加えた。
「彼女はアンネマリー。モントケ伯爵家の令嬢だ」
「アンネマリーと申します。妃殿下となられた暁にも可愛がって頂きたくこの場をディーにわたくしがお願いしたのです」
頬を染めてディートリヒと目で会話をするかのように見つめ合うアンネマリーの首筋に残る赤い華が何を意味するのか。コンスタンツェが気が付かぬはずはない。
ディートリヒが今も数人の令嬢と関係を持っている事はコンスタンツェも把握していたし、黙認をしていた。アンネマリーがディートリヒをうっかり愛称で呼んでしまった事にも気が付かないほど2人は呼び合っているのだろう。
一つ異なるのは、面と向かって紹介をした事は今までなかったと言う事だ。
「回りくどい事を申し上げても仕方御座いません。殿下、その者を妃として迎えたい。そう言う事で御座いますか?」
「アハハ。ツェは先走り過ぎだ。アンネマリーは僕の友人だよ」
「左様で御座いますか。殿下の事を深く支えてくださる忠臣が増えました事は大変喜ばしゅうございますわね。ご用件はこれだけですの?」
「いや、来月の夜会だが僕は不参加で頼むよ。国内を視察するのも次期国王としての務めだ。ずっとツィが代行してきてくれたが僕もそろそろ腰を上げる必要があるかと思ってね」
何度も叱られれば駄犬でも推測できる範囲の意味は理解する。
ディートリヒが【友人】と公言するのはその為だろうとコンスタンツェは小さく笑った。
――それでも【友人】を紹介頂くのは初めてだけれど――
来月の夜会は、結婚式には既に参列できない予定が組まれている帝国の皇太子夫妻を歓迎するものである。目の前のディートリヒはそれを欠席する意味を理解していない。
「来月の夜会は欠席し視察をされる…と言う事でよろしいですのね」
「夜会など月に数回してるんだ。1、2回出席が無かったからと言って問題は無い」
「承知致しました。では視察の護衛団も早速選任――」
「あ~それは要らない。仰々しいだろう?ツィはそうやって視察をして来たようだが僕は言ってみればお忍びでやろうと思っているんだ。民の本当の姿が見えるのはそう言う時だからね」
リリエンタル侯爵家のアリーエから【懸命に考えた言い訳】は笑いを堪えるのに難しいとは聞き及んでいたが、目の前の二人はもう気分が【視察】という名の【旅行】に飛んでいるのだろう。
婚約者の目の前で手を繋いでいる事にも気が付いてない呆け者か、それとも心臓に毛が生えているのか。
言いたい事を言った後、【雨宿り】の意味も解っているのだろうか。
さらに激しく土砂降りとなった雨の中、ディートリヒとアンネマリーは帰っていった。
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