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本編

第21話   茶会の視点

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アーグセット公爵家との茶会に招かれたティナベルは目の前に挨拶に現れたカサエルとぶら下がるように笑みを向けるエリカを見て立ち止まった。

――前回はエドゥアール、今回はカサエルが狙いということ?――

しかし、表情に出ないのは訓練の賜物とも言えよう。
爵位は同じ公爵家だが、カサエルは当主、ティナベルは10歳で親の保護下にある令嬢に過ぎない。カサエルの挨拶を待っていますと一歩引いた仕草を見せた。

「これは失敬。アーグセット公爵家当主のカサエルと申します。本日はお越しいただき大変に光栄ですよ。小さなレディ」
「御挨拶が遅れました。ベルセル家公爵家が娘、ティナベルと申します」

カサエルは表情には出さなかったが心の中は大きく落胆した。
強気な女性を屈服させるのは好きだが、あくまでも女性であって子供は論外。幼女趣味は持ち合わせていない。

あの当時のティナベルであれば暇つぶしに遊んでやってもいいかと思ったが、時が戻り2度目の人生を歩み始めてからはティナベルの実物を見るのは初めてだった。

――噂話に過去を載せるのは無意味だな――

カサエルは笑みをティナベルに向けつつエリカを紹介した。

「こちらはエリカ嬢と申しまして、遠縁の娘です。年齢も近しい事ですしこれを機に仲良くして頂ければと。さぁ、エリカ、ご挨拶を」

カサエルに促されてエリカは1歩前に出るがその位置はカサエルに並んだかどうかの位置。1度目とは出会いの場が違ってもこちらの世界の常識は覚える気が無いのだと察しが付く。

「エリカですぅ。仲良くしてくれるんでしょ?特別にエリたん様って呼ばせてあげてもいいけど?どうする?」
「これ、エリカ!申し訳ございません。田舎育ちでまだ礼儀などを教えているところでして」
「いいえ。お気になさらず」

フっとカサエルは視線をティナベルに向けつつも短く逸らし右上を見た。
勿論ティナベルが瞳の動きを逃すはずがない。

前の人生で知るカサエルは口数が少なかった。必要最低限のやり取りに留めていた可能性は否めない。どうしても執務室は閉鎖的な空間で他に文官などがいたとしても距離感を1つ間違えば不貞を疑われる。

だが、次期宰相とも言われた男の違和感がどうしても拭えない。饒舌過ぎるのだ。
語るに落ちるとでも言うのだろうか。言葉の数が挨拶にしては多すぎる。
そして、右上を一瞬見た視線。

――カサエルは嘘を吐いているのね――

このまま「誰が友達なんかになるか」と遠回しに返すのに合わせてカサエルの意図ももう少し感じ取りたいと思った私は留学の件を切り出した。

「予定では間もなく帝国に向かう事になっております」

張り付いた笑顔でカサエルは「留学の件ですよね」と切り返してきた。

「父から伺いました。費用を立て替えてくださるのだと」
「立て替え?」

あくまでも留学費用はアーグセット公爵家負担でティナベルを担保に取り込もうと考えていたのだが、どこで立て替えと変わってしまったのか。カサエルは目元がピクリと動いた。

ここでも小さく表情が変わったのをティナベルは見逃さなかった。

「立て替えで御座います。しかしながら何年になるかも判らない期間ですので有難いお話では御座いましたが、今後は成り行きを見守って頂こうと思いまして。本日はその件もあり参加させて頂きました」

「そうでしたか。いやはや。我が国きっての才女と言われるだけあってしっかりされておられる」

「お褒めの言葉、光栄に御座います。まだまだ未熟者ゆえご指導頂くことばかりですの」

カサエルはティナベルの表情から真意を読む事は出来なかったが、ティナベルの母親が呼ぶ声にティナベルが眉をピクリと動かす仕草に大きな収穫を得たとほくそ笑む。

会釈をしてその場を離れたティナベルに付き添いのタチアナが鼻息を荒くする。

「お嬢様、見ました?あの隣のご令嬢。ずっと睨んでおりましたよ。なんて失礼な」
「気にしてはダメよ。好きにさせておけばいいわ。こちらはこちらで収穫はあったし」
「収穫?何か御座いましたか?」
「えぇ。飼料にならなんとかできそうなトウモロコシかしらね」
「トウモロコシ‥‥ツブツブの?」
「ふふっ。タチアナは食いしん坊ね。なんとか出来そうって言ったでしょ?スカスカよ」


過去は共に執務を行った中でもあるティナベルとカサエル。
ティナベルにとってカサエルは同僚的な立場ではあったが、同志ではない。
カエサルの視線は観察は観察でも少し違っていた事は気が付いていて、今回、短い表情も無いような会話だったがあの時の目の力を感じることはなかった。

カエサルの僅かな表情と饒舌、そしてエリカからは値踏みするような視線と下卑た笑いを浮かべる口元からこの婚約の申し入れが単に融資と担保の関係でないことは読み取れた。

――いずれにしてもこの場にエリカ様・・・お似合いかも――

しかし、そのエリカについても記憶にあるよりかなり若い。

――20代前半かと思っていたけれど16,17歳というところね。何故かしら――

年齢は至る所に出てくる。ある一定の年齢を超えれば顕著に現れるが10歳弱違うとなれば化粧では誤魔化し切れない。異世界人という事を差し引いても調べる必要があるとティナベルはそう考えながら王弟の関係者を捜し歩いた。

アーグセット家は王弟派とされており、カサエルは王弟子息の側近。
カサエルでなくてもカサエルの情報を持っている者は他にいる。時に本人が語るより詳細な情報が得られる。

しかし会場内には招いているはずなのにそれらしい人物が見当たらない。

――やはり・・・私を知る事が目的だったのかも――

そう考えて会場内をもう一度見渡すと、当たり障りない家の者ばかりが集められている事に気が付く。爵位はバラバラ。当主夫妻もいれば後継でない弟妹の夫妻もいるわね。人数集めかしら。
私は基本的にびっちりと講師の講義が組まれていて外には出ない。

――私に記憶があるかを知るために呼び出したのかしら――

そう考えると合点がいく。
一度習った講義をもう一度習う2度目の人生。別の視点から講師の言葉を聞く事がここで役に立つとは思わなかったティナベルはもう一度カサエルに挨拶を済ませると足早に会場を出た。

「旦那様達と馬車を分けて正解で御座いましたね」
「そうね…ごめんなさい。ちょっと寄り道いいかしら」
「構いませんが、どちらに?」
「ラザール侯爵家よ。前を通るだけでいいわ」
「お嬢様、それは寄り道にもなりません。帰り道では御座いませんか」
「‥‥それもそうね」


「ラザール侯爵家へ」と御者にも聞こえていたようで、外郭を囲う壁が見えれば敢えてゆっくりと馬車を走らせてくれる。何の変哲もないかも知れないと思いつつのティナベルはラザール侯爵家の正門まであと少しのところで御者に向かって声をあげた。

「停めて!」

少し行き過ぎてしまったが泊った馬車に騎乗した男がゆっくりと馬を歩かせ近寄って来た。
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