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本編
第11話 母親を取り込め!
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先触れなしでの来訪を咎められたのかその後、エドゥアールからは何度か父宛に先触れが届いた。
父に呼ばれた私は手製の書類を手渡しただけだが、目を丸くして驚いていた。
「これは、なんだ?」
「日程表です」
「それは見れば解る」
日程表である事を判って欲しいのではない。
その中身を判って欲しいのだ。
見なければ判らなかった癖にと思いつつも23人の講師を兄と私につけている両親は私達兄妹に自由な時間が無い事をようやく理解出来たようだ。
その都度「どうだ」と予定を聞かれるのも面倒なので講師が来る日程表を月単位で作ってみた甲斐があった。
「立派な当主に」「未来の王妃となるために」掛け声だけは素晴らしいが、その中身はと言えば兎に角講師を付けて勉強させればいいという結局のところ「他力本願」な考えだったので、この講師が良いと聞けば金にものを言わせて引っ張ってくる。
その数も23人となれば先触れがあろうと来客の相手をしている時間など取れないのだ。
他家に訪れる時間も食後直ぐだったり、日没後となれば失礼に当たる。
だが、私も兄も朝食が終わればそこからは夕食まで1日に3、4人の講師の講義を受ける。時に昼食も講義となって夕方まで時間も体も空かない日が連日なのだ。
「殿下から先触れが届いているんだが」
「休憩時間で良ければお会いします」
「休憩時間?!たった10分ほどしか会わないと言うのか」
「次の講義が終わればもう10分お会いできるかと」
そうせねばならないくらいに講師を雇い入れているのはお父様ですよね?と詰め寄ってみれば父も何も言えなくなる。
週に何時間という契約を講師と交わしている父。
慶弔事などがあれば講師も突然の休みに納得はしてくれるが「教え方が悪い」など難癖を付けて契約を切ってしまうと人の口ほど恐ろしいものはこの世にない。
人伝に評判を聞いて雇い入れているので他家では評判も良い講師。瑕疵を見つける方が難しい。うっかり契約を満了前に切ってしまえば他家でこちらの事を推測を交えて話をされてしまう。
講師を切るのは「財政難」が真っ先に疑われる。その次が「横暴な振る舞い」だ。
台所事情が怪しいとなれば商会は手を引き始めるし、満了前に余程の事情も無く契約を切っていれば「約束が守れない」と事業の契約や参入も難しくなる。
結局父はあれもこれもと欲張り過ぎなのだ。
前回講師と契約が切れたのは「王子妃教育」という強力な免罪符があったからに他ならない。流石に講師も「王宮の教育よりも素晴らしいのか?」と問われれば引くしかない。
第1王子と婚約が結べそうだからと事前に契約を切ってしまえば第2王子、第3王子を推す貴族もいるのだから派閥が余程にしっかりして右向け右で無ければ噂すら流れては困る。
そう、人の口ほど面倒なものはないのだ。
前回の人生では父の思うように物事が進んだかも知れないが今度は違う。
「兎に角、殿下の予定に合わせて会えと仰るのなら殿下に合わせ臨機応変な対応を求められますから少なくとも半数以上の講師は契約を切って頂く事となります。私も体は1つしか御座いませんので。合わせますのでお父様の好きになさってください。わたくしも見本として参考にさせて頂きますし」
最後の一言は余計かと思ったが釘を刺すには十分な言葉。
貴族は契約に基づいて行動をする。後から割り込んできた方を優先するとなれば日和見とも言える言動となり今後はそんな父を参考に私や兄が動いてしまえば公爵家は信用を失う。
幾らベルセル家から王家に人間を入れたいと思っても婚約が調わない事には話が進まない。そう思えばエドゥアールに転ばされたのも怪我の功名と言えるだろう。
父はこれで当面大人しくエドゥアールとの防波堤になってくれるだろうが出来ればもっと強固な防波堤の役割を果たして欲しいところだ。
その為にはベルセル家にもう1人いる面倒な人間、母親を取り込まねばならない。
自身が王妃に成れずあと少しで野望を逃してしまった母の「王妃」という座への執着はもう病気だ。自分ではなく娘の私が王妃となる事に執念を燃やしている。
だからこそ廊下で私と父の会話を立ち聞きし、終わるや否や話を蒸し返すが如く横やりを入れてくる。
「殿下との時間を作れるよう、貴方が配慮なさいませ。講師の1人や2人黙らせずに何が公爵ですの」
「何をっ!女の癖に判った風な口をきくな!」
「そんな事をわたくしに向かって。いいんですのよ?わたくしは」
「うぐっ・・・」
父が母に強く出られないのは結婚の際、持参金でこのベルセル家が持ち直したと言う過去と、母の私財を使って父の個人的な借金を親にも秘密裏に片付けた事にある。
先代の公爵であるお爺様はもう儚くなったが、母親には頭が上がらないのか。ご存命の御婆様に暴露されては困るのだ。御婆様は若い頃の父が複数人の女性と付き合いがあった事を今でも嫌悪していて、お爺様が「次の当主は」と指名したから仕方なく父を認めただけ。
お母様はそんな御婆様に取り入り王妃への道が絶たれた後、公爵夫人となる事を選んだ。
今も社交界で力を持つ御婆様を怒らせたくはないのだ。
なんせお爺様の遺産でお父様が引き継いだのは公爵家と公爵領のみ。それだけでも十分と言えるがそれ以上にあった私財は半分を御婆様が。残りを他の弟妹と私達孫が相続した。
相続は遺言が全てで遺言が無い場合は国に納められる。
金のかかるものだけを相続し、自由になる金がなかったお父様。だから私の私財を勝手に流用したのだ。
御婆様を怒らせて御婆様が遺言でお父様には何も残さないとなれば立ち直れないだろう。
――ならお母様をこちらに取り込めば――
私の心にはどうやら悪戯好きな悪魔が住み着いたらしい。
私は母親に向かってにこりと微笑んだ。
父に呼ばれた私は手製の書類を手渡しただけだが、目を丸くして驚いていた。
「これは、なんだ?」
「日程表です」
「それは見れば解る」
日程表である事を判って欲しいのではない。
その中身を判って欲しいのだ。
見なければ判らなかった癖にと思いつつも23人の講師を兄と私につけている両親は私達兄妹に自由な時間が無い事をようやく理解出来たようだ。
その都度「どうだ」と予定を聞かれるのも面倒なので講師が来る日程表を月単位で作ってみた甲斐があった。
「立派な当主に」「未来の王妃となるために」掛け声だけは素晴らしいが、その中身はと言えば兎に角講師を付けて勉強させればいいという結局のところ「他力本願」な考えだったので、この講師が良いと聞けば金にものを言わせて引っ張ってくる。
その数も23人となれば先触れがあろうと来客の相手をしている時間など取れないのだ。
他家に訪れる時間も食後直ぐだったり、日没後となれば失礼に当たる。
だが、私も兄も朝食が終わればそこからは夕食まで1日に3、4人の講師の講義を受ける。時に昼食も講義となって夕方まで時間も体も空かない日が連日なのだ。
「殿下から先触れが届いているんだが」
「休憩時間で良ければお会いします」
「休憩時間?!たった10分ほどしか会わないと言うのか」
「次の講義が終わればもう10分お会いできるかと」
そうせねばならないくらいに講師を雇い入れているのはお父様ですよね?と詰め寄ってみれば父も何も言えなくなる。
週に何時間という契約を講師と交わしている父。
慶弔事などがあれば講師も突然の休みに納得はしてくれるが「教え方が悪い」など難癖を付けて契約を切ってしまうと人の口ほど恐ろしいものはこの世にない。
人伝に評判を聞いて雇い入れているので他家では評判も良い講師。瑕疵を見つける方が難しい。うっかり契約を満了前に切ってしまえば他家でこちらの事を推測を交えて話をされてしまう。
講師を切るのは「財政難」が真っ先に疑われる。その次が「横暴な振る舞い」だ。
台所事情が怪しいとなれば商会は手を引き始めるし、満了前に余程の事情も無く契約を切っていれば「約束が守れない」と事業の契約や参入も難しくなる。
結局父はあれもこれもと欲張り過ぎなのだ。
前回講師と契約が切れたのは「王子妃教育」という強力な免罪符があったからに他ならない。流石に講師も「王宮の教育よりも素晴らしいのか?」と問われれば引くしかない。
第1王子と婚約が結べそうだからと事前に契約を切ってしまえば第2王子、第3王子を推す貴族もいるのだから派閥が余程にしっかりして右向け右で無ければ噂すら流れては困る。
そう、人の口ほど面倒なものはないのだ。
前回の人生では父の思うように物事が進んだかも知れないが今度は違う。
「兎に角、殿下の予定に合わせて会えと仰るのなら殿下に合わせ臨機応変な対応を求められますから少なくとも半数以上の講師は契約を切って頂く事となります。私も体は1つしか御座いませんので。合わせますのでお父様の好きになさってください。わたくしも見本として参考にさせて頂きますし」
最後の一言は余計かと思ったが釘を刺すには十分な言葉。
貴族は契約に基づいて行動をする。後から割り込んできた方を優先するとなれば日和見とも言える言動となり今後はそんな父を参考に私や兄が動いてしまえば公爵家は信用を失う。
幾らベルセル家から王家に人間を入れたいと思っても婚約が調わない事には話が進まない。そう思えばエドゥアールに転ばされたのも怪我の功名と言えるだろう。
父はこれで当面大人しくエドゥアールとの防波堤になってくれるだろうが出来ればもっと強固な防波堤の役割を果たして欲しいところだ。
その為にはベルセル家にもう1人いる面倒な人間、母親を取り込まねばならない。
自身が王妃に成れずあと少しで野望を逃してしまった母の「王妃」という座への執着はもう病気だ。自分ではなく娘の私が王妃となる事に執念を燃やしている。
だからこそ廊下で私と父の会話を立ち聞きし、終わるや否や話を蒸し返すが如く横やりを入れてくる。
「殿下との時間を作れるよう、貴方が配慮なさいませ。講師の1人や2人黙らせずに何が公爵ですの」
「何をっ!女の癖に判った風な口をきくな!」
「そんな事をわたくしに向かって。いいんですのよ?わたくしは」
「うぐっ・・・」
父が母に強く出られないのは結婚の際、持参金でこのベルセル家が持ち直したと言う過去と、母の私財を使って父の個人的な借金を親にも秘密裏に片付けた事にある。
先代の公爵であるお爺様はもう儚くなったが、母親には頭が上がらないのか。ご存命の御婆様に暴露されては困るのだ。御婆様は若い頃の父が複数人の女性と付き合いがあった事を今でも嫌悪していて、お爺様が「次の当主は」と指名したから仕方なく父を認めただけ。
お母様はそんな御婆様に取り入り王妃への道が絶たれた後、公爵夫人となる事を選んだ。
今も社交界で力を持つ御婆様を怒らせたくはないのだ。
なんせお爺様の遺産でお父様が引き継いだのは公爵家と公爵領のみ。それだけでも十分と言えるがそれ以上にあった私財は半分を御婆様が。残りを他の弟妹と私達孫が相続した。
相続は遺言が全てで遺言が無い場合は国に納められる。
金のかかるものだけを相続し、自由になる金がなかったお父様。だから私の私財を勝手に流用したのだ。
御婆様を怒らせて御婆様が遺言でお父様には何も残さないとなれば立ち直れないだろう。
――ならお母様をこちらに取り込めば――
私の心にはどうやら悪戯好きな悪魔が住み着いたらしい。
私は母親に向かってにこりと微笑んだ。
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