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本編
第08話 5歳児らしく
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王宮に到着をすれば明らかに父の様子がおかしい。
それもそうだろう。書士に書類を作って貰えば当事者である私と後見人である父がそこに揃っているのだ。後日で直す必要もなくその場で正式な書類として王宮にも1部が保管をされる。
王宮の保管庫には父が後見人となった時に相続した動産、不動産が記載された書面がある。「どうして今なのだろう」と5歳に戻った理由を考えたが、こういう事もあったからだろうか。
5歳と言えば当然親に保護監督義務が生じる。
私が相続した財産に手を付ける前に親が生活費全般を出さねばならない時期だ。
後見人である父はその財産の残高を明らかにせねばならなくなる。
使い込みが発覚すれば親子だからという言い訳は通用しない。何のための後見人なのかの定義が崩れてしまうからである。
まして、今日、ともすれば国王と正式に婚約の書面も交わすのだから私ではなく父の瑕疵があってはならない。
「ティナ。言い難いんだが・・・書士は後日にしないか」
「あら?二度手間になるような事をするなといつも仰っているではありませんか。ただ待ち時間を潰すよりも有効に時間を使うのが公爵家たるもの・・・では御座いませんでしたか?」
「その為に今日は登城したのではないし、予定外の事だ。時間がかかってしまうと‥」
「そうでしょうか?当事者が揃っておりますし家印も当事者であれば必要ありません」
「ど、どうしてそんな事まで」
本日2度目だ。
「日頃から勉強しろと仰っているではありませんか」
だが、父がのらりくらりと時間を稼いだせいで書士の元に行く時間は無くなってしまった。しかし、これで父が婚約をゴリ押し出来ない理由も出来た。
隣でどこかホっとしている父だが、この婚約は結ばない。
私はそう決めている。
途中で他の女に傾倒する男などお断りの一択だ。
王族、貴族の結婚に愛だのが必要ないと言っても、馬車馬のように働かされてイイトコだけを詐取される人生なんて真っ平だ。
リボンの色が変えられた事は本当に些細なことだが、変えようと思えば変える事が出来る。
父に対しての私の言動もリボンの色を変える事が出来なければ変わらなかったはずだ。
そして、小さな変化は直ぐに現れた。
場所は王宮の庭園での顔合わせ。それは変わらなかったがエドゥアールがそこに居なかったのだ。正確には遅れてやって来たと言えばいいだろうか。
「遅れて申し訳ございません」
丁寧に礼をする事に微笑ましく見守るのは大人たち。
だが、私は違う。
前の人生では徹底して時間前の行動を余儀なくされていた。
会議が押してしまっても次の約束があれば切り上げなけばならない。時間内で会議が終わるように綿密に書類の作成もしなければならなかった。どんな理由があれ遅れてくるのは言語道断だった。
「ごめんなさいね。この子ったら貴女に会うのが楽しみで夜更かししてしまったらしいの」
理由は寝坊。益々あり得ない事だ。
同時に初めての顔合わせで自宅とも言える王宮なのに遅刻してきて誰もエドゥアールを叱責しない。むしろ微笑ましいとでもするような空気にはウンザリしてしまう。
そして遅れて来たと言うのにエドゥアールは私を見て驚いてフリーズし名乗る事もしない。王妃に急かされて自己紹介をようやくできたエドゥアール。
前回はハッキリ名乗っていた気もするが5歳だからそう見えただけで、今は中身が18歳だから「7歳児はこんなもの」と見え方、感じ方が違うのかも知れない。
しかし、5歳と言えど取り敢えずは公爵令嬢でもあり挨拶はせねばならない。
「ベルセル公爵家が娘、ティナベルで御座います」
「僕はエドゥアール。えぇっと・・・5歳だよね?」
――中身は18歳ですけどね?――
「はい。4カ月前に5歳になりました。殿下は7歳と伺っております」
「う、うん。でも・・・僕よりちゃんとしていると言うか・・・」
「母がマナーや所作については年齢問わずと申しておりますので」
「ヒュッ」と息を飲む声は母だろうか。
遠回しにエドゥアールの遅刻について私は許していないとも取れる発言に場が凍り付く。
「ふ、2人で庭でも回ってくればどうかしら?」
引き攣った笑いを浮かべて王妃が私とエドゥアールを追い立てる。
――ここは5歳という年齢を発揮しないといけないわね――
私はエドゥアールが手を差し出す前にテラスから庭に降りるステップに足をかけ1段、1段ゆっくり・・・ではなく駆けおりた。
背中に目が付いていれば王妃がさぞかし驚いてエドゥアールにエスコートしろと身振りで伝えている事だろう。都合よく5歳児らしく見えるよう後ろも振り返らずにスタスタと歩けばエドゥアールが小走りになって追いかけてくるのが判る。
「先に行くなよ。ほらっ!」
隣を歩き、手を差し出してきたが私はその手を取らなかった。
「待てってば!」
これが年齢もそこそこの令嬢なら出来ないが、5歳児なら走ったところで誰も咎めない。
私は更に都合よく5歳である事を利用し、植え込みの間を走り回り一足先に親たちが茶会をする場に戻るつもりだった。
「すばしっこいな!待てと言ってるだろう!」
「きゃぁっ!!」
追いかけて来たエドゥアールが掴んだのは私の髪の毛で思い切り引っ張られた私は勢いよく背中から地面に倒れてしまった。
「だっ大丈夫かっ?!走るなんて思っても無かったから」
「・・・・・」
泣きたいほどに痛いけれど、背中をそれなりに打ってしまうと声が出ない。
それに転んだ場所は石を小道に敷き詰めていて、ただの平たい床に転んだのとは違った痛みも加わって本当に声が出なかったのだ。
「痛いか?ごめん。僕が髪を引っ張ったりしたから」
「いい・・・です・・・痛たた・・・戻ります」
「待って。靴を拾ってくる」
転んだ拍子に脱げて飛んでしまった靴を植え込みの中に潜るようにしてエドゥアールが取って来てくれる。
「履かせてあげるよ」
「いいですっ」
「いいから。ごめんな・・・折角の服も汚れてしまった。寝坊はするし転ばせてしまうし・・・失敗ばかりだ」
「お気になさらず」
「気にするよ!今度は上手くやろ‥‥あ、歩けるか?」
言いかけた言葉に私は心臓が跳ねあがった。
痛がる振りをして膝を立てて座り込んだその膝に向かって俯いたが頭の中にまで心臓の音が聞こえてくる。
――今度は上手くやろうって・・・どういう意味?――
それもそうだろう。書士に書類を作って貰えば当事者である私と後見人である父がそこに揃っているのだ。後日で直す必要もなくその場で正式な書類として王宮にも1部が保管をされる。
王宮の保管庫には父が後見人となった時に相続した動産、不動産が記載された書面がある。「どうして今なのだろう」と5歳に戻った理由を考えたが、こういう事もあったからだろうか。
5歳と言えば当然親に保護監督義務が生じる。
私が相続した財産に手を付ける前に親が生活費全般を出さねばならない時期だ。
後見人である父はその財産の残高を明らかにせねばならなくなる。
使い込みが発覚すれば親子だからという言い訳は通用しない。何のための後見人なのかの定義が崩れてしまうからである。
まして、今日、ともすれば国王と正式に婚約の書面も交わすのだから私ではなく父の瑕疵があってはならない。
「ティナ。言い難いんだが・・・書士は後日にしないか」
「あら?二度手間になるような事をするなといつも仰っているではありませんか。ただ待ち時間を潰すよりも有効に時間を使うのが公爵家たるもの・・・では御座いませんでしたか?」
「その為に今日は登城したのではないし、予定外の事だ。時間がかかってしまうと‥」
「そうでしょうか?当事者が揃っておりますし家印も当事者であれば必要ありません」
「ど、どうしてそんな事まで」
本日2度目だ。
「日頃から勉強しろと仰っているではありませんか」
だが、父がのらりくらりと時間を稼いだせいで書士の元に行く時間は無くなってしまった。しかし、これで父が婚約をゴリ押し出来ない理由も出来た。
隣でどこかホっとしている父だが、この婚約は結ばない。
私はそう決めている。
途中で他の女に傾倒する男などお断りの一択だ。
王族、貴族の結婚に愛だのが必要ないと言っても、馬車馬のように働かされてイイトコだけを詐取される人生なんて真っ平だ。
リボンの色が変えられた事は本当に些細なことだが、変えようと思えば変える事が出来る。
父に対しての私の言動もリボンの色を変える事が出来なければ変わらなかったはずだ。
そして、小さな変化は直ぐに現れた。
場所は王宮の庭園での顔合わせ。それは変わらなかったがエドゥアールがそこに居なかったのだ。正確には遅れてやって来たと言えばいいだろうか。
「遅れて申し訳ございません」
丁寧に礼をする事に微笑ましく見守るのは大人たち。
だが、私は違う。
前の人生では徹底して時間前の行動を余儀なくされていた。
会議が押してしまっても次の約束があれば切り上げなけばならない。時間内で会議が終わるように綿密に書類の作成もしなければならなかった。どんな理由があれ遅れてくるのは言語道断だった。
「ごめんなさいね。この子ったら貴女に会うのが楽しみで夜更かししてしまったらしいの」
理由は寝坊。益々あり得ない事だ。
同時に初めての顔合わせで自宅とも言える王宮なのに遅刻してきて誰もエドゥアールを叱責しない。むしろ微笑ましいとでもするような空気にはウンザリしてしまう。
そして遅れて来たと言うのにエドゥアールは私を見て驚いてフリーズし名乗る事もしない。王妃に急かされて自己紹介をようやくできたエドゥアール。
前回はハッキリ名乗っていた気もするが5歳だからそう見えただけで、今は中身が18歳だから「7歳児はこんなもの」と見え方、感じ方が違うのかも知れない。
しかし、5歳と言えど取り敢えずは公爵令嬢でもあり挨拶はせねばならない。
「ベルセル公爵家が娘、ティナベルで御座います」
「僕はエドゥアール。えぇっと・・・5歳だよね?」
――中身は18歳ですけどね?――
「はい。4カ月前に5歳になりました。殿下は7歳と伺っております」
「う、うん。でも・・・僕よりちゃんとしていると言うか・・・」
「母がマナーや所作については年齢問わずと申しておりますので」
「ヒュッ」と息を飲む声は母だろうか。
遠回しにエドゥアールの遅刻について私は許していないとも取れる発言に場が凍り付く。
「ふ、2人で庭でも回ってくればどうかしら?」
引き攣った笑いを浮かべて王妃が私とエドゥアールを追い立てる。
――ここは5歳という年齢を発揮しないといけないわね――
私はエドゥアールが手を差し出す前にテラスから庭に降りるステップに足をかけ1段、1段ゆっくり・・・ではなく駆けおりた。
背中に目が付いていれば王妃がさぞかし驚いてエドゥアールにエスコートしろと身振りで伝えている事だろう。都合よく5歳児らしく見えるよう後ろも振り返らずにスタスタと歩けばエドゥアールが小走りになって追いかけてくるのが判る。
「先に行くなよ。ほらっ!」
隣を歩き、手を差し出してきたが私はその手を取らなかった。
「待てってば!」
これが年齢もそこそこの令嬢なら出来ないが、5歳児なら走ったところで誰も咎めない。
私は更に都合よく5歳である事を利用し、植え込みの間を走り回り一足先に親たちが茶会をする場に戻るつもりだった。
「すばしっこいな!待てと言ってるだろう!」
「きゃぁっ!!」
追いかけて来たエドゥアールが掴んだのは私の髪の毛で思い切り引っ張られた私は勢いよく背中から地面に倒れてしまった。
「だっ大丈夫かっ?!走るなんて思っても無かったから」
「・・・・・」
泣きたいほどに痛いけれど、背中をそれなりに打ってしまうと声が出ない。
それに転んだ場所は石を小道に敷き詰めていて、ただの平たい床に転んだのとは違った痛みも加わって本当に声が出なかったのだ。
「痛いか?ごめん。僕が髪を引っ張ったりしたから」
「いい・・・です・・・痛たた・・・戻ります」
「待って。靴を拾ってくる」
転んだ拍子に脱げて飛んでしまった靴を植え込みの中に潜るようにしてエドゥアールが取って来てくれる。
「履かせてあげるよ」
「いいですっ」
「いいから。ごめんな・・・折角の服も汚れてしまった。寝坊はするし転ばせてしまうし・・・失敗ばかりだ」
「お気になさらず」
「気にするよ!今度は上手くやろ‥‥あ、歩けるか?」
言いかけた言葉に私は心臓が跳ねあがった。
痛がる振りをして膝を立てて座り込んだその膝に向かって俯いたが頭の中にまで心臓の音が聞こえてくる。
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