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本編
第07話 変化を試す
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案の定、馬車に乗り込み母の向かいに腰を下ろすと不服そうな母親の顔。
「ティナ。貴女に青いリボンを買ったのだけれど何故黄色にしたの」
「似合わないからです。自分に似合う色は色々あるけれど、青は似合わないのがハッキリしていますから」
「えっ・・・」
いつもなら「ごめんなさい」と謝っていた私。
ハッキリと言い返すと母はワナワナとしながらも言葉を続けることはなかったが、溜息を吐き父が面倒そうに「リボンを外せ」と言った。
そう言われるのも想定内。黄色という色は王弟殿下を連想させる色なのだ。だから敢えて選んだと言っていい。
事実を隠し、賢王と持て囃された国王。その陰で王弟殿下はこれが兄弟なのかと思うほど思想が違う人だった。決して好戦的なのではなく、機が熟すまで足場を固めるのが王弟殿下の手法。
何度事業が廃案に持ち込まれてその度にぐうの音も出なかった。
両親はつく人間を誤ったのだ。
断頭台で人生を終えた後の国がどうなったかは知らないが間違いなくエドゥアールとエリカ様では国を統べることは出来ない。仮定でしかないが王弟殿下の子息が即位したはずだ。
「リボンは外しません。何故今日に限ってリボンに拘るのです?」
「いいから外せ」
「納得できる理由があれば外します。但しその時はこのリボンで髪を留めていますから外した後の見た目までお父様が責任を持ってくださる・・・で、宜しいのですよね?」
「な!子供の癖に生意気な事を!」
「生意気なことではありません。リボンの色目にお父様には拘りがあるようなので、外した際のデメリットをお話したまでです」
この時の私は常に親の顔色を伺って何でも言われた事には従っていたのでまさか反論される、しかも父親にも反論するとは思わなかったのか両親は顔を見合わせて驚いていた。
もしかすれば、同じ轍を踏む事も無くなるかも知れないと私は父に向かってにこりと微笑んだ。
前の人生で知り得た中から自分にとって有利な情報を選ぶだけでいいのだ。
「お父様、西国のインフラ整備に投資されては如何でしょう」
「は?」
「ご存じありませんの?帝国から技術者を招いて運河を抜く工事です」
「ビートス運河を何故お前が知っているんだ?!まだ計画の筈だが‥」
「日頃から勉強しろと仰っているではありませんか。計画の段階は終わり今年着工です」
呆気にとられたような父の顔を見ると、過去の私はどうしてこんな父に怯えていたのかとも思える。5歳という年齢にしては行き過ぎたアドバイスにもなろうが、3歳も4歳も、そして4か月前の5歳の誕生日も両親からの贈り物は「講師に講義をしてもらえること」だった。
それだけ勉強させていたじゃないか!と怒りも込み上げてくる。
ただ、その情報はその勉強で知り得たものではないけれど。
誕生日の贈り物ですら・・・そう!思い出した。私はダンスの講師が羽織っているレースのショールが鈎針という先端が少し変わった形状の棒を使って編むレース編みだと知り、同じような物が欲しくて強請ったが「嗜みにもならん」と一蹴されたのだ。
刺繡は良くて鈎針編みは不可という理不尽。
貴族の令嬢と言えば刺繍という考えをする者が多く。ご多分に漏れず父もそうだった。
誕生日の贈り物くらいは好きなものにしてくれても良いじゃないか。何日も泣きながら眠りその度にタチアナに慰められたのだ。
思いだしてくることが多くなると目の前の両親にも腹が立って来る。
父に勧めた投資。これは16歳になった時に父が悔いていたのだ。
『お前が婚約をした年に募集していたのに!投資していれば!しくじった!』
10年計画で陸地に運河を作る大工事。誰もが無理だと笑い飛ばしていたが西国は帝国の力を借りて運河を抜き、初年度の運行で大陸内の貿易は活性化。それまで大きく迂回していた航路が直線で真っ直ぐになるのだから大量に荷が運べて時間も短縮となれば陸路より利用する商会が激増した。
西国は初年度の利益を投資してくれたものに平等に分配し、その上で船舶の航行権までつけてくれたのだ。その航行権があれば数代遊んで暮らせると言われたものだ。
「1口200万。確か私がお爺様から相続した財産があったはずです。お父様の管理下にありますがそれを使ってみて10口。仮に失敗に終わってもお父様の財に影響は御座いません」
「いや‥それは‥」
途端に父が口籠る。そう、私は知っているのだ。
既に父は私の相続分の財産を使い込んでいる。その事を知ったのもエドゥアールの執務を丸投げされてその事業の中に父の名前があったからだ。
その事業は結果的に頓挫するのだが、報告書の金額は明らかに父が自由に出来る金額を超えていた。
原資の出所も記載する必要があり調査されるため記録書を見れば私が許諾した事になっていた。
4歳、5歳の娘に許諾も何もあったものではないが、今ならまだその事業も始まったばかりで投資をする前時代的な考えの貴族は多く、違約金を1割ほど取られるだけで返して貰える。
「王宮に着いたら殿下と顔合わせをするまでの時間がありますので、書士に書類を作成して頂きましょう。私が言い出した事だと記録して頂ければお父様も安心ですわね」
やはり思いだしてくることが多くなると両親には本気で腹が立って来る。
口で偉そうな事を言いながら、子供の私財を勝手に使い込んでいるのだ。
その補填をしたのは母方の祖母だ。持参金とは別に私財がないと王家に嫁げないと母が泣きついたのだ。
「ティナ。その件なんだが・・・」
――え?――
思わず父の顔を見てしまった。聞き間違いかと思ったが父はもう一度私の名を呼んだ。
「ティナ。書士に書類を作ってもらうまでも無い」
これは、父が折れたのだろうか。
前回の人生では名を呼ばれたのは1度だけ。牢に来た時も名前など呼んではくれなかった。
しかし、リボンの色が変えられた事と、両親に言い返せたことは私に自信を与えた。この先何かが少しづつ変わるのであればもしかすれば・・・と考えてしまう。
もし違う生き方が出来るのなら私財があった方が良いことは間違いない。好き勝手されて「ありません」では話にならないのだ。
「お父様、ご冗談を。大事な事なので公的な書面は必要だと考えます」
何の話だとキョトンとしている母。
マナーだ所作だ、どこどこの令嬢はもうこれくらいはと五月蠅い母親だったが事業などになるとサッパリ理解出来ない。
この様子では母も使い込みはまだ知らないのだろう。
「ねぇ、何のこと?」
「お父様にお聞きになって下さい。生意気だと言われては敵いませんので」
馬車の中はその後、母の「なんなの?教えて」攻撃に会う父を見る場と化した。
「ティナ。貴女に青いリボンを買ったのだけれど何故黄色にしたの」
「似合わないからです。自分に似合う色は色々あるけれど、青は似合わないのがハッキリしていますから」
「えっ・・・」
いつもなら「ごめんなさい」と謝っていた私。
ハッキリと言い返すと母はワナワナとしながらも言葉を続けることはなかったが、溜息を吐き父が面倒そうに「リボンを外せ」と言った。
そう言われるのも想定内。黄色という色は王弟殿下を連想させる色なのだ。だから敢えて選んだと言っていい。
事実を隠し、賢王と持て囃された国王。その陰で王弟殿下はこれが兄弟なのかと思うほど思想が違う人だった。決して好戦的なのではなく、機が熟すまで足場を固めるのが王弟殿下の手法。
何度事業が廃案に持ち込まれてその度にぐうの音も出なかった。
両親はつく人間を誤ったのだ。
断頭台で人生を終えた後の国がどうなったかは知らないが間違いなくエドゥアールとエリカ様では国を統べることは出来ない。仮定でしかないが王弟殿下の子息が即位したはずだ。
「リボンは外しません。何故今日に限ってリボンに拘るのです?」
「いいから外せ」
「納得できる理由があれば外します。但しその時はこのリボンで髪を留めていますから外した後の見た目までお父様が責任を持ってくださる・・・で、宜しいのですよね?」
「な!子供の癖に生意気な事を!」
「生意気なことではありません。リボンの色目にお父様には拘りがあるようなので、外した際のデメリットをお話したまでです」
この時の私は常に親の顔色を伺って何でも言われた事には従っていたのでまさか反論される、しかも父親にも反論するとは思わなかったのか両親は顔を見合わせて驚いていた。
もしかすれば、同じ轍を踏む事も無くなるかも知れないと私は父に向かってにこりと微笑んだ。
前の人生で知り得た中から自分にとって有利な情報を選ぶだけでいいのだ。
「お父様、西国のインフラ整備に投資されては如何でしょう」
「は?」
「ご存じありませんの?帝国から技術者を招いて運河を抜く工事です」
「ビートス運河を何故お前が知っているんだ?!まだ計画の筈だが‥」
「日頃から勉強しろと仰っているではありませんか。計画の段階は終わり今年着工です」
呆気にとられたような父の顔を見ると、過去の私はどうしてこんな父に怯えていたのかとも思える。5歳という年齢にしては行き過ぎたアドバイスにもなろうが、3歳も4歳も、そして4か月前の5歳の誕生日も両親からの贈り物は「講師に講義をしてもらえること」だった。
それだけ勉強させていたじゃないか!と怒りも込み上げてくる。
ただ、その情報はその勉強で知り得たものではないけれど。
誕生日の贈り物ですら・・・そう!思い出した。私はダンスの講師が羽織っているレースのショールが鈎針という先端が少し変わった形状の棒を使って編むレース編みだと知り、同じような物が欲しくて強請ったが「嗜みにもならん」と一蹴されたのだ。
刺繡は良くて鈎針編みは不可という理不尽。
貴族の令嬢と言えば刺繍という考えをする者が多く。ご多分に漏れず父もそうだった。
誕生日の贈り物くらいは好きなものにしてくれても良いじゃないか。何日も泣きながら眠りその度にタチアナに慰められたのだ。
思いだしてくることが多くなると目の前の両親にも腹が立って来る。
父に勧めた投資。これは16歳になった時に父が悔いていたのだ。
『お前が婚約をした年に募集していたのに!投資していれば!しくじった!』
10年計画で陸地に運河を作る大工事。誰もが無理だと笑い飛ばしていたが西国は帝国の力を借りて運河を抜き、初年度の運行で大陸内の貿易は活性化。それまで大きく迂回していた航路が直線で真っ直ぐになるのだから大量に荷が運べて時間も短縮となれば陸路より利用する商会が激増した。
西国は初年度の利益を投資してくれたものに平等に分配し、その上で船舶の航行権までつけてくれたのだ。その航行権があれば数代遊んで暮らせると言われたものだ。
「1口200万。確か私がお爺様から相続した財産があったはずです。お父様の管理下にありますがそれを使ってみて10口。仮に失敗に終わってもお父様の財に影響は御座いません」
「いや‥それは‥」
途端に父が口籠る。そう、私は知っているのだ。
既に父は私の相続分の財産を使い込んでいる。その事を知ったのもエドゥアールの執務を丸投げされてその事業の中に父の名前があったからだ。
その事業は結果的に頓挫するのだが、報告書の金額は明らかに父が自由に出来る金額を超えていた。
原資の出所も記載する必要があり調査されるため記録書を見れば私が許諾した事になっていた。
4歳、5歳の娘に許諾も何もあったものではないが、今ならまだその事業も始まったばかりで投資をする前時代的な考えの貴族は多く、違約金を1割ほど取られるだけで返して貰える。
「王宮に着いたら殿下と顔合わせをするまでの時間がありますので、書士に書類を作成して頂きましょう。私が言い出した事だと記録して頂ければお父様も安心ですわね」
やはり思いだしてくることが多くなると両親には本気で腹が立って来る。
口で偉そうな事を言いながら、子供の私財を勝手に使い込んでいるのだ。
その補填をしたのは母方の祖母だ。持参金とは別に私財がないと王家に嫁げないと母が泣きついたのだ。
「ティナ。その件なんだが・・・」
――え?――
思わず父の顔を見てしまった。聞き間違いかと思ったが父はもう一度私の名を呼んだ。
「ティナ。書士に書類を作ってもらうまでも無い」
これは、父が折れたのだろうか。
前回の人生では名を呼ばれたのは1度だけ。牢に来た時も名前など呼んではくれなかった。
しかし、リボンの色が変えられた事と、両親に言い返せたことは私に自信を与えた。この先何かが少しづつ変わるのであればもしかすれば・・・と考えてしまう。
もし違う生き方が出来るのなら私財があった方が良いことは間違いない。好き勝手されて「ありません」では話にならないのだ。
「お父様、ご冗談を。大事な事なので公的な書面は必要だと考えます」
何の話だとキョトンとしている母。
マナーだ所作だ、どこどこの令嬢はもうこれくらいはと五月蠅い母親だったが事業などになるとサッパリ理解出来ない。
この様子では母も使い込みはまだ知らないのだろう。
「ねぇ、何のこと?」
「お父様にお聞きになって下さい。生意気だと言われては敵いませんので」
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