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序章

第02話   話にならない折衷案

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部屋の中にいたエドゥアールから珍しく私に向かって微笑みが向けられていた。帽子についたヴェールが無ければ私の睨みにエドゥアールは声を荒げたかも知れない。

しかし、微笑みとは真逆の温度を持った言葉が私に向かって投げつけられた。


『結婚は愛する女性としたい』


私は、その言葉に光を見た。
ならば婚約は解消となるのではないかと。
なぜならその「愛する女性」が私ではない事は明らかなのだ。

王子に婚約解消されたとなればもう家の駒としては使えない。
そんな貴族令嬢の行く末など特殊な性癖のある有力者の元に金で売られるか、良くて修道院。

私にはもう1つ「死」という選択肢があった。
王妃教育も終えている私はおいそれと放逐できない位置にいる。

他家に道具として送り込む事も出来ないのが私だ。
死ぬことを選ぶなんて愚かだと言うものもいるだろうが、それは「自由」を知っているから言えること。

置かれた立場と育った環境が私こそまさに「異世界」なのだ。

なんせエドゥアールが廃籍されてもせいぜい去勢で済むのに私に与えられるのは毒杯。
王族と貴族の違いは生き方どころか、死に方すら決められてしまっている。

毒杯を賜る場合は婚約が白紙、若しくは解消になった時だが肉体的にも精神的にも限界が来ていた私には婚約解消による毒杯すら有難いと思える状態だった。


が、言葉には続きがあった。


『愛する人には自由を謳歌してもらいたい。だが王妃や王子妃となればそれも出来ない』


そう、エドゥアールは王位継承権の第1位。ほぼ次代の国王に決まっていた。
王妃の仕事は「おほほ」と笑っていれば良いものではなく国王と同レベルの執務をこなさねばならない。

その上、世継ぎを産むという役目もあり産褥期であっても寝台の上で執務をこなす。公務への復帰は出産後2か月。四方を他国に囲まれたこの国で「国を統べる」者に休んでいる暇などないのだ。

しかし、それには条件がある。
私が妃となる事がエドゥアールが即位する条件なのだ。


『そこで僕は考えた。王妃はエリーだが君にも王妃として役に立ってもらえればいいと』
『どういう・・・意味なのです?』
『君は予定通り王妃としての仕事をしてもらえればいい。公の場にはエリーが立つ』



エドゥアールの言葉に毒杯という希望が絶望に変わってしまった。

半年前に突然異世界という別の世界から現れた少女エリカにエドゥアールは溺れ、まるで別人になってしまった。精力的に行っていた公務も政務も執務も放り出し、朝からエリカ様の機嫌を取る。

『王妃様?あたしが王妃様に?!嬉しいッ!リック大好き!』

その一言で私の未来が決まってしまうなど私も予想だにしなかった。


『君の事はちゃんと認めている。だからこの案を飲んではくれないか?』
『馬鹿な事を仰らないで。ならば婚約は解消、若しくは白紙として頂いてエリカ様と婚約をし直せば済む事ではありませんか』


何の話かと思えば他愛もない。
エドゥアールはエリカ様にすっかり溺れてしまい手放すことが出来なくなったのだ。

しかしウォレンデス王国は一夫一妻の国で仮にエドゥアールが国王になっても側妃は認められてはいない。非公認にはなるが愛人として王宮の外にある離宮に囲って生活をさせ、公の場に出ることは叶わず生涯を日陰の身とし、側に置いて愛でるのが限界だろう。

エドゥアールはそれでは「エリーが可哀想だ」と声を荒げる。
ならば「私は可哀想ではないのか?」と聞きたくもなる。

そこへ半年足らずで第1王子の愛を一身に受け、愛し合う2人だが現状で周囲に関係は認めてもらえない憐れな異世界人。

片や私は5歳の時から体罰ありきの徹底した管理下に置かれて教育を受けさせられ、好いてもいない男に嫁がねばならない。

だから・・・良い折衷案だと提案をしたのだ。

【私と婚約を解消しエリカ様と婚約し直せば良い】と。

たったそれだけで私も、エドゥアールもエリカ様も笑顔でいられるが、それではダメだとエドゥアールは言う。


何故かなど考える必要もない。

私との婚約が無くなればエドゥアールの立太子は絶望的になる。
エドゥアールは自身で家を興し自身で稼ぐしか生き残る術はない。
愛するエリカ様を王妃にしてやることも叶わなくなる。

ウォレンデス王国は国王の子供だからというのは継承権が発生する要因となるだけで、国王の実子であっても次の玉座を確実に手に入れるとは限らない。

過去数代に遡り「血統」の道筋にある者が候補となる。国王が一人っ子であっても曾祖父も一人っ子とは限らない。既に臣籍降下をしている「親戚筋」から選べばよいだけ。

これは玉座を巡って醜い争いから内乱にまで発展した過去の教訓に基づいた決まりだ。

次代の国王を誰にするかの判定には本人の素質が大きく関係する。国内だけでなく国外に向けても「表に出せるか」のレベルは当然問われる。

決して私が出来るからではなく、エドゥアールを補佐する妃、つまり隣に誰を立てるかも同様に重視される。家柄などを考慮し選ばれるのだが少なくとも5歳で選ばれた私に将来どうなるかなど誰にも判らなかった筈だし、私だって判らなかった。そうなるよう育てられただけだ。


エドゥアール単独では臣籍降下をするしかない。
エドゥアールも教育は受けているので決して馬鹿ではないから無茶苦茶な要求を私に告げている。

私に【影の職業王妃】になりその身をエリカ様に捧げる犬になれ・・・と。
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